死体コレクター4
前作を読んでくださった方、感想を書いてくださった方、本当にありがとうございました。それこそがわたくしの活力であります。さて、今回、長めです。脳、フル活動です(笑)。
……………………眠い。
瞼を開けて、窓の外を見る。
空にはすでに、高々と太陽が昇っている。
いつのまにか眠ってしまったようだ。
目の前のノートパソコンに視線を向ける。
『都内で相次ぐ謎の連続失踪事件について』
これが徹夜の原因だ。
ここ3〜4年の間に、同じ地域で、何人もの行方不明者がでていた。
4年間に19人。これは明らかに異常な数字だった。
このうち2人は、家出と、借金を苦にした自殺であった。
しかし、それを差し引いても17人。そのどれもが原因不明で、所持品すら見つかっていなかった。
失踪者は全員女性だが共通点は無く、年齢にもばらつきがあった。
女子高生もいれば20代後半の女性もおり、生活環境や出身地もまったく関連のないことから、同一の事件とは考えにくかった。
なにより死体が見つかっていないので、家族が訴えても、警察は、まるで相手にしなかったようだった。
しかし私は、これらの出来事にとても興味をそそられたのだった。 この17人には絶対に、なにかある。
記者の血が騒ぐ。
調べてみたい。
真相を突き止め、このことを記事にしたい、と思った。
───今日も素晴らしい天気だ。 停車したままの外車の運転席から、空を眺める。 しばらくして、後部座席に女が乗り込んで来た。「○○支社までお願い。」
少し強めの口調で女が言う。今日は少々機嫌が悪いようだ。
「今日は本社じゃないんですか?」
「いいのよ。○○に行って頂戴。」
さらに強めに女が答える。やはり機嫌が悪いようだ。これ以上口応えするのは良くない。
「わかりました。」
僕は車を走らせた。
女は、電話相手に少し怒鳴り気味に喋っている。おそらく本社の重役、もしくは支社長だろう。 さすがは実力主義の敏腕女社長だ。その運転手をしている僕は、もしかするとけっこうな立場なのかも知れない。
ミラー越しに女を観察する。
三十代前半。なかなか整った顔立ちをしている。
全国にある支社をまとめ上げる女社長。
僕の交際相手。
…そして、僕が『まだ持っていない肉体』。
いずれ手に入れる。
いずれだ。
「今日は散々だわ。」 女は言う。
「そういう日もありますよ。」
相槌をうつ。
「私って、冷たい女なのかしら。」
女のテンションが下がる。
「社員の一部が、私のことを『鉄女』とか『女王』とか陰口を言っているようなの。」
…まあ、無理もない。優しい口調なのは僕の前だけで、ほかの人には厳しい。鉄女と言われても仕方がない。
しかし、正直に言うことはできない。
「確かに、中にはそんなことを言う社員もいるかもしれませんけど、本当に会社のことを考えている人なら、社長のことをわかってくれると思いますよ。」
少し黙ってから女が言う。
「あなたはどっちかしら?」
「言わなきゃいけませんか?」
○○支社に着くと、彼女は少し上機嫌で車を出ていった。
「また後でね。」
別れ際に女は言った。
……そう。またあとで。
その時こそ、彼女は僕の『コレクション』に加わるのだ。
気がつくと、誰もいない車内で、僕は静かに笑っていた。
──失踪した女性たちの自宅付近の聞き込み始めて数日後、失踪した中の一人が、いなくなった当日に居酒屋に行っていたことを突き止めた。
居酒屋の主人が、彼女に話し掛けていた男を目撃していた。
男は、彼女と3時間ほど会話したあと、彼女と一緒に店を出ていったという。「どんな話をしてましたか?」
「確か…女の子のほうが一方的に喋ってたかな。男の子のほうは相槌うちながら、ずっと話聞いてるだけだったよ。」
「ほかには何か言ってました?住んでる場所とか、趣味とか。」
「ああ、そういや男の子が『家から海が見えるんですよ』とか言ってたかな。
あとは、『僕には人とは違う趣味があるんだ』とか女の子に話してたよ。」
…海。
この辺りだと湘南だろうか。 きっと、彼女を家に連れて帰ったに違いない。
とりあえず明日は湘南へ向かってみることにしよう。
…必ず見つけてやる。
──残念だ。とても残念だ。
結局、あの後彼女は家には来ることはなかった。
やはり社長というのは忙しいのだろう。
彼女もとても残念そうで、何度も謝っていた。
まあいい。今日のところは諦めておこう。
僕の『趣味』に加えるのは、また次の機会だ。
…さて…、
今日の所は『集める』のを我慢して明日にそなえて眠りにつくか…。
…それとも…、
僕の目に叶う、『コレクション』を捜しに行くか…。
この葛藤する時間も、僕の『趣味』の愉しみのひとつ。
──翌日、私は湘南を訪れた。
居酒屋の主人の話で、大方の人物像がわかった。
痩せ型、背が高く、髪は黒。
身なりがよく、清潔感漂い、気品がある。
年齢はおそらく二十代で、真面目で優しそうな感じ。男前。
そして、海の見える家に住んでいる。
ここまでわかっていれば、すぐに見つけることができるだろう。
ここまでよくできた人物はなかなかいないし、何より私は記者なのだから。
──その人物の自宅は、思っていたよりずっと早く見つかった。
男は、近所でも風当たりのよい、好青年だったからだ。
男前で好青年、しかも有名大企業の社長専属の運転手。どれをとっても完璧である。
私は、今更ながらに思った。
本当にこの男が事件に関係しているのだろうか、と。
とにかく、全て本人に会ってからだ。
もうすぐ男が帰ってくる。
真実がわかるのは、その時だ…。
──帰宅してみると、玄関の前に見知らぬ女性が立っていた。
女は記者だと言った。
一瞬僕は身構えたが、冷静になり、彼女を家に招き入れることにした。
よく見ると、僕の手に入れていない『躯』だった。
彼女をリビングに案内しながら、僕は心の中で興奮していた。
──本当に彼が事件に関わっているのかしら?
さっきも、記者だと名乗っても身じろぎひとつしなかったし、私をすんなり家に招き入れてくれた。
彼は想像していたよりも物腰がやわらかく、本当に好青年で、見るからに優しかった。
失踪事件の重要人物でなければ、付き合いたいぐらいだ。
しかし私情は禁物。
私は毅然として、彼に質問を投げかけた。
──
「数カ月前、○○という居酒屋に行きましたね?」
「はい。」
「そこで、町田 嘉代子という女性に会いましたね?」
「…ああ…。はい。」
「そのあと、彼女をどこへ連れて行ったんですか?」
「ここです。」
「それで?どうしたんですか?」
「そのままですよ。」
「……は?」
「そのまま。『彼女』はここにいますよ。」
「どこですって?」
「ここです。地下。」
私は何を言っているのかわからなかった。
「どういうことですか?」
「口で言うより、見る方が早いですよ。
見ますか?」
なんのことかわからないが、そこに彼女が住んでいるのだろうか。
しかし、何故地下に…。
私は、不審に思いながらも、彼について行くことにした。
真実を知るために…。
地下室への道は暗く、心なしか寒かった。
…真夏だというのに。
「ここです。」
その扉はいかにも頑丈そうで、潜水艦の水密扉を思わせた。
「どうぞ。」
そう言われて、私は扉に手をかけた。
低くうめく取手。
そして…、扉が開いた。
中は薄暗かったが、そこに置かれている物が何かは、良くわかった。
戦慄。
悲鳴。
後頭部への、衝撃。
───そうして私は、ここの住人となった。
ここは暗くて寒いけど、寂しくはない。
ト モ ダ チ が た く さ ん い る か ら 。
向かいに座る『三体目』を見つめながら、
彼女は思った。
──朝。
僕は目覚める。 今だに僕は、満足感で心がいっぱいだ。
シャワーを浴びてバスルームから出ると、携帯に電話がかかる。
「はい…。あ…社長。」
「今夜だけど、空いてるかしら?」
「はい、大丈夫です。」
「じゃ、今夜家へ行くわね。」
「はい。たのしみにしてますよ。」
「私も。愛してるわ。」
僕の『趣味』は、
まだまだこれからだ。
朝食を食べながら窓の外を見る。
雲ひとつない、青空。
いつのまにか、僕の顔はかすかに笑っていた。