投げ売りバレンタインチョコレートが結ぶ縁
2月のバレンタインデーが過ぎても、お菓子屋の繁忙期は続く。
時期を過ぎて値下げされたバレンタインチョコレートを狙う客がいるからだ。
これは、そんな二人の女の子が出会って一悶着する話。
2月には恋する乙女たちとそれ以外にも重要なイベント、
バレンタインデーがやってくる。
女たちが、好きな人や日頃お世話になっている人に、
バレンタインチョコレートを配る、今や重要な行事だ。
だがバレンタインデーには、もう一つの側面がある。
それはチョコレートの安売りだ。
バレンタインデーには明確に時期があり、
それを過ぎるとバレンタインチョコレートは途端に売れなくなる。
売れなくなったバレンタインチョコレートは値下げされ、
その値下げされたバレンタインチョコレートを狙う者たちもいる。
高級チョコレートの格安販売。
これがバレンタインデーのもう一つの側面だ。
今日もまた、デパートのチョコレート売り場では、
高級チョコレートが値下げされ、女たちがそれを買い漁っていた。
ショーケースの中の高級チョコレートなど、高校生には高嶺の花。
しかしこのバレンタインデーを過ぎた安売りの時期だけは、
それがお小遣いでも買える金額になる。
女子高校生の三鷹陽子はチョコレートが大好き。
今年も安売りのバレンタインチョコレートを狙って、
ショーケースを見ながら横歩きしていた。
すると陽子の行く先から、
同じくショーケースの中のバレンタインチョコレートを見ている、
ある女子高校生が横歩きでやってきた。
その子は名を田中愛未という。
愛未はショーケースの中のバレンタインチョコレートを見るのに夢中で、
陽子が横歩きで近付いてくるのには気付いていない。
やがて陽子と愛未の二人は、頭からゴツンとぶつかってしまった。
よろけた愛未に、陽子は咄嗟に頭を下げた。
「ごめんなさい。あたし、よそ見をしていて・・・」
すると愛未は、気を悪くした様子もなく頭を下げた。
「こちらこそごめんなさい。ショーケースの中ばかり見ていて。」
「そうだったんだ。
あたしたち、値下げされたバレンタインチョコレートを狙う、
仲間同士ってわけだね」
にこりと笑う陽子に、愛未は曖昧に微笑んだ。
陽子は言う。
「どう?
安売りでも高級チョコレートは結構高いし、
あたしと一緒に割り勘で買わない?」
知り合ったばかりの陽子にそんな提案をされて、愛未は迷った。
どうやら陽子と愛未はバレンタインチョコレートを買う、
という点では共通しているようだ。
少ないお小遣いでより多くの種類のバレンタインチョコレートを買いたい、
という目的も共通している。
それならば、この提案に乗らない手は無いだろう。
「私、田中愛未って言います。
一緒にバレンタインチョコレートを買いましょう。」
「ありがとう。
あたしは、三鷹陽子。チョコレートが大好き。
一緒に色んなチョコレートを買おうね。よろしく。」
意気投合した陽子と愛未は、しっかりと握手をしたのだった。
陽子と愛未は、違う高校に通う間柄だと分かった。
そこで放課後、学校が先に終わったほうがデパートで待っていて、
後から来たほうと合流して、安売りのバレンタインチョコレートを探す、
という手筈になった。
今日もまた、学校が先に終わった愛未が、陽子が来るのを待っている。
「遅れてごめーん!宿題出すの忘れててさー!」
そこに元気よく駆ける陽子が現れた。
愛未は微笑んで応じた。
「ううん、そんなに待ってないよ。」
「そう?じゃあ、今日もバレンタインチョコレートを探しますか!」
そうして陽子と愛未の二人は、
今日も安売りのバレンタインチョコレートを見に行くことにした。
陽子と愛未は安売りのバレンタインチョコレートを買い終わると、
家が近い愛未の家に集まることが多かった。
愛未の家は両親が仕事で帰りも遅く、行きやすかったからだ。
陽子と愛未はお互いに買ったバレンタインチョコレートを広げると、
お互いに中身を半分ずつ分け合った。
早速、陽子は安売りのバレンタインチョコレートを口に入れた。
安物とは違う、複雑な甘みと香りが口の中に広がる。
「うーん、やっぱり高級チョコレートは違うなぁ!
普通のチョコレートとは砂糖からして違うんだよね。」
チョコレートの蘊蓄をたれる陽子に対し、
愛未はチョコレートを口にせず、ラッピングをし直していた。
「あれ?愛未はチョコレートを食べないの?」
「う、うん。これは私にはちょっと・・・」
「そうなんだ。勿体ない。でも独り占めも意地悪かもね。」
この時、陽子は、愛未がラッピングしたチョコレートは、
家族や友人にでも配るのだろうと思っていた。
陽子と愛未の安売りバレンタインチョコレート漁りは、
お小遣いと相談しながら、そこそこの頻度で行われていた。
そのうち、一緒に買ったチョコレートを分け合うだけでなく、
お互いに一緒に食べたりもするようになった。
相変わらず愛未は自分の分のチョコレートにはあまり口を付けなかったが、
それでも陽子から貰ったチョコレートは美味しそうに食べていた。
「やっぱり美味しいものは人と一緒に食べたほうが美味しいよね。」
「うん。」
高級チョコレートを頬張り、陽子と愛未はしあわせそうにしている。
心配なのはお小遣いと体重だけ・・・なのは陽子だけだったのは、
その時の陽子にはまだ知る由も無かった。
ある日、陽子は思った。
お互いに山分けしたバレンタインチョコレートを、
愛未はラッピングしてどうしているのだろうと。
誰かに渡しているのだろうか。あんなにたくさん?
陽子は迷うこと無く愛未に尋ねてみた。
すると、愛未は話しづらそうにしながら、モジモジと話し始めた。
「実はね、私、あこがれてる先輩がいるんだ。」
「へぇ、どんな人?」
「凛としていて物怖じしなくて、学校でも人気がある人なんだ。」
「ふーん。じゃあ、もしかして買ったチョコレートを自分で食べないのって。」
「うん、そう。そのあこがれの先輩に渡してるんだ。」
「そんなに何個もバレンタインチョコレートを渡して、喜んでもらえるの?」
すると愛未は表情を暗く沈ませた。
「それがね、最初のいくつかは受け取ってくれたんだけど、
最近は全然受け取ってくれないの。
チョコレートが好みに合わなかったのかな。」
「それはどうかな。
最初のバレンタインチョコレートを渡す時は、なんて言ったの?」
「好きです。付き合ってください。って言ったよ。
でも、君は好みじゃないとか言われて・・・」
「うわぁ、それは悲しいね。
それなのに、愛未は今でもバレンタインチョコレートを、
その先輩に送り続けてるの?」
「うん、そう。
だって私が恋心を先輩に伝えるには、それしか無いから。
でも、最近は見向きもされなくなって、ちょっと疲れたな・・・」
元気出しなって。
などと無責任な言葉を陽子は口にできなかった。
格安のバレンタインチョコレートを買い合う陽子と愛未の二人。
やっていることは同じでも、目的は異なっていたのだ。
陽子は自分のため、愛未は人のため。
それが分かって、陽子には愛未がちょっと遠く感じられた。
「愛未が悲しくない結果になるといいね。」
陽子はそれだけしか口にできなかった。
それからも陽子と愛未は一緒にチョコレートを買い、
お互いに分け合って一緒に食べたりもした。
しかしやはり愛未は憧れの先輩に渡すためであろう、
自分の分のチョコレートには手を付けず、ラッピングしていた。
最近の愛未は少しやつれたように、陽子には見えた。
愛未が自分が買ったチョコレートを食べない日は続いた。
しかしもうあこがれの先輩とやらには、
バレンタインチョコレートを受け取ってもらうことすらできなくなったようで、
愛未の部屋には戻ってきたバレンタインチョコレートが溢れていた。
捨てるのも勿体ないので、愛未のチョコレートも、
陽子が食べるようになった。
「こんなに美味しいチョコレートを、いつも用意してくれるのに、
それを全部受け取らないなんて、愛未の憧れの先輩は損な人だね。」
「先輩のことを悪く言わないで。」
「そうだけどさ。もうこの辺でいいんじゃないのかな?」
もうバレンタインチョコレートを受け取ってもらうのは、諦めたほうがいい。
他にもやり方や機会はあるはずだ。
陽子はそういうつもりでこの言葉を口にしたのだが、
愛未には違う意味に聞こえたようだった。
「・・・そうだよね。
この辺で、白黒はっきりさせたほうがいいよね。
私のものにならないのなら、いっそ・・・」
愛未のやつれた顔に爛々と輝く瞳に、陽子は恐怖よりも心配をしていた。
それから数日間。
愛未の都合とかで、陽子と愛未は、
一緒にバレンタインチョコレートを買いに行くことはしなかった。
更に数日後、愛未は久しぶりにいつもの待ち合わせ場所に現れた。
「愛未ー!ちょっと久しぶり。調子は・・・」
陽子は手を振って愛未を呼んで、気が付いた。
愛未が泣いていることを。
あわてて陽子は愛未に駆け寄った。
「ちょっと愛未、どうしたの?」
「先輩が、先輩が、バレンタインチョコレートはもういらないって・・・!」
あとは涙声で聞き取れない。
とにかく愛未を落ち着かせるため、陽子は愛未を愛未の家に連れて行った。
愛未の家は相変わらず両親は留守だった。
だが今はその方が都合がいい。
しくしくと泣いている愛未を部屋にあげ、
陽子は愛未の隣に座って手を握っていた。
「何があったの?あたしに事情を話して。」
「それがね・・・」
愛未の事情とはこうだった。
愛未は無数のバレンタインチョコレートをあこがれの先輩に渡すが、
今はもうすべて受け取りを断られていた。
だから愛未は考えた。
あこがれの先輩にバレンタインチョコレートを受け取ってもらう方法を。
そして一つの結論に思い当たった。
いくら高級なチョコレートでも、心が籠もってなければ駄目なのだ。
不格好でもいい。手作りのバレンタインチョコレートを贈ろう。
そうして愛未は慣れないチョコレートづくりをはじめたのだという。
出来上がったチョコレートは何度も吟味して、
きれいに出来上がったチョコレートを、あこがれの先輩に渡した。
しかし当の先輩は。
「他人が作った手作りの食べ物って気持ち悪いんだよね。」
そう言って放るように愛未の手作りチョコレートは返されてしまった。
もうあこがれの先輩にバレンタインチョコレートを受け取って貰う方法はない。
すべてが終わってしまったのだ。
泣きながら愛未はラッピングされた箱を投げ捨てた。
部屋の中で箱が開いて、中からは不格好なチョコレートが二つ出てきた。
泣いてる愛未に、陽子が言う。
「愛未。泣く必要なんて無いよ。
あんたが作った手作りチョコレートは、よくできてる。
それをあたしがこれから証明する!」
陽子は愛未の手作りチョコレートに手を伸ばし、
一つを口に放り込んだ。
ダークチョコレートなのか、重い苦みが口の中に広がった。
すると愛未は喜ぶのでも悲しむのでもなく、
陽子に必死にすがりついた。
「陽子ちゃん!それ食べちゃ駄目!
それは私が先輩と一緒に食べるつもりだった・・・」
愛未の言葉は最後まで陽子の耳に届かなかった。
陽子は感じる。
体が重い、四肢が痺れて動かない。立っていられない。
陽子は床にバタリと倒れてしまった。
何故?答えは決まっている。これはいま口にした・・・。
そこまで考えたところで、陽子の意識は途絶えた。
真っ暗な意識の中で、気分の悪さだけが伝わってくる。
四肢がなくなったみたいに感覚がない。
体が鉛のように重い。
このまま流されれば、川に沈む石にでもなりそうだ。
それもいいかもしれない。
「いや、よくない・・・!」
重いまぶたを開くと、ぼんやりと景色が目に入ってくる。
床に倒れた陽子を、愛未が支えてくれている。
そのかたわらには、薬だの水だの牛乳だのが置かれていた。
愛未がでたらめに行った救命措置が功を奏したようだ。
気分は最悪だが、陽子は確かに目を覚ました。
「陽子ちゃん!よかった・・・!」
陽子の目が開いたのを見て、愛未は涙を流していた。
愛未はあこがれの先輩に好きになってもらいたかった。
もしそれが叶わないなら、先輩を自分だけのものにしたかった。
だから愛未は、手作りチョコレートを作った。
中身には、インターネットで調べて作った毒薬が仕込んであった。
この毒入りチョコレートを二人で食べれば、心中できるはずだった。
しかし実際は、毒入りチョコレートと知らない先輩には、
チョコレートの受け取りすら断られてしまい、
仕方なく家に持ち帰った毒入りチョコレートを、
陽子が誤って口にしてしまうという、予想もしない事態になってしまった。
不幸中の幸いだったのは、愛未がチョコレートほど毒物を作るのが上手くなく、
チョコレートに仕込んだ毒物に人を殺すほどの毒性がなかったことだ。
今はふらふらしている陽子に、愛未は事情をすべて話した。
そして涙ながらに謝った。
「ごめんね。ごめんね、陽子ちゃん。
私、もう少しで陽子ちゃんを殺してしまうところだった。」
「そうだよ・・・あたしが死んだらどうするつもり?」
「そうしたら私ももう一つの毒入りチョコレートを食べて心中した。」
「縁起でもないこと言わないでよ。
愛未は確かに私と先輩を殺しかけた。
でもそれは未遂で終わったんだから、それでもういいじゃない。」
「そうなのかな。
私、友達も何もかも、すべて失っちゃった。」
涙を流す愛未に、陽子は弱々しく微笑んだ。
「何言ってるの。
愛未は先輩を失ったかも知れないけど、愛未にはまだ味方がいるでしょ?」
「味方・・・?それは誰?」
「言わなくてもわかるでしょ!ほら、そっち咥えて。」
陽子は大きなハート型のチョコレートを咥えてみせた。
愛未は最初意味がわからず、それからおずおずと口を差し出した。
陽子が咥えるハート型チョコレートの端を咥えるために。
そして尋ねた。
「本当に私でいいの・・・?」
「いいからこうしてるの。
最初から私、こうなったら良いなーと思ってたんだ。」
そうして愛未は、陽子が咥えているハート型のチョコレートの端を咥えた。
二人が咥えたハート型チョコレートは、蕩けるようにゆっくりと溶けていき、
やがてその端と端を咥える唇は一つに重なっていった。
二人の心も、チョコレートのように溶けて混ざっていくようだった。
終わり。
まだまだバレンタインチョコレートの売れ残りセール中、
投げ売りのバレンタインチョコレートが切っ掛けになる話にしました。
愛未はずっとあこがれの先輩の姿ばかりを追いかけていましたが、
もっと身近に自分のことを大切に思ってくれている人の存在には、
中々気がつけませんでした。それも無理からぬことです。
二人の間のチョコレートが溶けた後、二人はどうしたのでしょうか。
バレンタインの恋人たちが末永くしあわせでありますように。
お読み頂きありがとうございました。




