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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

投げ売りバレンタインチョコレートが結ぶ縁

作者: ウォーカー
掲載日:2026/03/01

 2月のバレンタインデーが過ぎても、お菓子屋の繁忙期は続く。

時期を過ぎて値下げされたバレンタインチョコレートを狙う客がいるからだ。

これは、そんな二人の女の子が出会って一悶着する話。


 2月には恋する乙女たちとそれ以外にも重要なイベント、

バレンタインデーがやってくる。

女たちが、好きな人や日頃お世話になっている人に、

バレンタインチョコレートを配る、今や重要な行事だ。

だがバレンタインデーには、もう一つの側面がある。

それはチョコレートの安売りだ。

バレンタインデーには明確に時期があり、

それを過ぎるとバレンタインチョコレートは途端に売れなくなる。

売れなくなったバレンタインチョコレートは値下げされ、

その値下げされたバレンタインチョコレートを狙う者たちもいる。

高級チョコレートの格安販売。

これがバレンタインデーのもう一つの側面だ。

今日もまた、デパートのチョコレート売り場では、

高級チョコレートが値下げされ、女たちがそれを買い漁っていた。


 ショーケースの中の高級チョコレートなど、高校生には高嶺の花。

しかしこのバレンタインデーを過ぎた安売りの時期だけは、

それがお小遣いでも買える金額になる。

女子高校生の三鷹みたか陽子ようこはチョコレートが大好き。

今年も安売りのバレンタインチョコレートを狙って、

ショーケースを見ながら横歩きしていた。

すると陽子の行く先から、

同じくショーケースの中のバレンタインチョコレートを見ている、

ある女子高校生が横歩きでやってきた。

その子は名を田中たなか愛未あいみという。

愛未はショーケースの中のバレンタインチョコレートを見るのに夢中で、

陽子が横歩きで近付いてくるのには気付いていない。

やがて陽子と愛未の二人は、頭からゴツンとぶつかってしまった。

よろけた愛未に、陽子は咄嗟に頭を下げた。

「ごめんなさい。あたし、よそ見をしていて・・・」

すると愛未は、気を悪くした様子もなく頭を下げた。

「こちらこそごめんなさい。ショーケースの中ばかり見ていて。」

「そうだったんだ。

 あたしたち、値下げされたバレンタインチョコレートを狙う、

 仲間同士ってわけだね」

にこりと笑う陽子に、愛未は曖昧に微笑んだ。

陽子は言う。

「どう?

 安売りでも高級チョコレートは結構高いし、

 あたしと一緒に割り勘で買わない?」

知り合ったばかりの陽子にそんな提案をされて、愛未は迷った。

どうやら陽子と愛未はバレンタインチョコレートを買う、

という点では共通しているようだ。

少ないお小遣いでより多くの種類のバレンタインチョコレートを買いたい、

という目的も共通している。

それならば、この提案に乗らない手は無いだろう。

「私、田中愛未って言います。

 一緒にバレンタインチョコレートを買いましょう。」

「ありがとう。

 あたしは、三鷹陽子。チョコレートが大好き。

 一緒に色んなチョコレートを買おうね。よろしく。」

意気投合した陽子と愛未は、しっかりと握手をしたのだった。


 陽子と愛未は、違う高校に通う間柄だと分かった。

そこで放課後、学校が先に終わったほうがデパートで待っていて、

後から来たほうと合流して、安売りのバレンタインチョコレートを探す、

という手筈になった。

今日もまた、学校が先に終わった愛未が、陽子が来るのを待っている。

「遅れてごめーん!宿題出すの忘れててさー!」

そこに元気よく駆ける陽子が現れた。

愛未は微笑んで応じた。

「ううん、そんなに待ってないよ。」

「そう?じゃあ、今日もバレンタインチョコレートを探しますか!」

そうして陽子と愛未の二人は、

今日も安売りのバレンタインチョコレートを見に行くことにした。


 陽子と愛未は安売りのバレンタインチョコレートを買い終わると、

家が近い愛未の家に集まることが多かった。

愛未の家は両親が仕事で帰りも遅く、行きやすかったからだ。

陽子と愛未はお互いに買ったバレンタインチョコレートを広げると、

お互いに中身を半分ずつ分け合った。

早速、陽子は安売りのバレンタインチョコレートを口に入れた。

安物とは違う、複雑な甘みと香りが口の中に広がる。

「うーん、やっぱり高級チョコレートは違うなぁ!

 普通のチョコレートとは砂糖からして違うんだよね。」

チョコレートの蘊蓄うんちくをたれる陽子に対し、

愛未はチョコレートを口にせず、ラッピングをし直していた。

「あれ?愛未はチョコレートを食べないの?」

「う、うん。これは私にはちょっと・・・」

「そうなんだ。勿体ない。でも独り占めも意地悪かもね。」

この時、陽子は、愛未がラッピングしたチョコレートは、

家族や友人にでも配るのだろうと思っていた。


 陽子と愛未の安売りバレンタインチョコレート漁りは、

お小遣いと相談しながら、そこそこの頻度で行われていた。

そのうち、一緒に買ったチョコレートを分け合うだけでなく、

お互いに一緒に食べたりもするようになった。

相変わらず愛未は自分の分のチョコレートにはあまり口を付けなかったが、

それでも陽子から貰ったチョコレートは美味しそうに食べていた。

「やっぱり美味しいものは人と一緒に食べたほうが美味しいよね。」

「うん。」

高級チョコレートを頬張り、陽子と愛未はしあわせそうにしている。

心配なのはお小遣いと体重だけ・・・なのは陽子だけだったのは、

その時の陽子にはまだ知る由も無かった。


 ある日、陽子は思った。

お互いに山分けしたバレンタインチョコレートを、

愛未はラッピングしてどうしているのだろうと。

誰かに渡しているのだろうか。あんなにたくさん?

陽子は迷うこと無く愛未に尋ねてみた。

すると、愛未は話しづらそうにしながら、モジモジと話し始めた。

「実はね、私、あこがれてる先輩がいるんだ。」

「へぇ、どんな人?」

「凛としていて物怖じしなくて、学校でも人気がある人なんだ。」

「ふーん。じゃあ、もしかして買ったチョコレートを自分で食べないのって。」

「うん、そう。そのあこがれの先輩に渡してるんだ。」

「そんなに何個もバレンタインチョコレートを渡して、喜んでもらえるの?」

すると愛未は表情を暗く沈ませた。

「それがね、最初のいくつかは受け取ってくれたんだけど、

 最近は全然受け取ってくれないの。

 チョコレートが好みに合わなかったのかな。」

「それはどうかな。

 最初のバレンタインチョコレートを渡す時は、なんて言ったの?」

「好きです。付き合ってください。って言ったよ。

 でも、君は好みじゃないとか言われて・・・」

「うわぁ、それは悲しいね。

 それなのに、愛未は今でもバレンタインチョコレートを、

 その先輩に送り続けてるの?」

「うん、そう。

 だって私が恋心を先輩に伝えるには、それしか無いから。

 でも、最近は見向きもされなくなって、ちょっと疲れたな・・・」

元気出しなって。

などと無責任な言葉を陽子は口にできなかった。

格安のバレンタインチョコレートを買い合う陽子と愛未の二人。

やっていることは同じでも、目的は異なっていたのだ。

陽子は自分のため、愛未は人のため。

それが分かって、陽子には愛未がちょっと遠く感じられた。

「愛未が悲しくない結果になるといいね。」

陽子はそれだけしか口にできなかった。


 それからも陽子と愛未は一緒にチョコレートを買い、

お互いに分け合って一緒に食べたりもした。

しかしやはり愛未は憧れの先輩に渡すためであろう、

自分の分のチョコレートには手を付けず、ラッピングしていた。

最近の愛未は少しやつれたように、陽子には見えた。


 愛未が自分が買ったチョコレートを食べない日は続いた。

しかしもうあこがれの先輩とやらには、

バレンタインチョコレートを受け取ってもらうことすらできなくなったようで、

愛未の部屋には戻ってきたバレンタインチョコレートが溢れていた。

捨てるのも勿体ないので、愛未のチョコレートも、

陽子が食べるようになった。

「こんなに美味しいチョコレートを、いつも用意してくれるのに、

 それを全部受け取らないなんて、愛未の憧れの先輩は損な人だね。」

「先輩のことを悪く言わないで。」

「そうだけどさ。もうこの辺でいいんじゃないのかな?」

もうバレンタインチョコレートを受け取ってもらうのは、諦めたほうがいい。

他にもやり方や機会はあるはずだ。

陽子はそういうつもりでこの言葉を口にしたのだが、

愛未には違う意味に聞こえたようだった。

「・・・そうだよね。

 この辺で、白黒はっきりさせたほうがいいよね。

 私のものにならないのなら、いっそ・・・」

愛未のやつれた顔に爛々と輝く瞳に、陽子は恐怖よりも心配をしていた。


 それから数日間。

愛未の都合とかで、陽子と愛未は、

一緒にバレンタインチョコレートを買いに行くことはしなかった。

更に数日後、愛未は久しぶりにいつもの待ち合わせ場所に現れた。

「愛未ー!ちょっと久しぶり。調子は・・・」

陽子は手を振って愛未を呼んで、気が付いた。

愛未が泣いていることを。

あわてて陽子は愛未に駆け寄った。

「ちょっと愛未、どうしたの?」

「先輩が、先輩が、バレンタインチョコレートはもういらないって・・・!」

あとは涙声で聞き取れない。

とにかく愛未を落ち着かせるため、陽子は愛未を愛未の家に連れて行った。


 愛未の家は相変わらず両親は留守だった。

だが今はその方が都合がいい。

しくしくと泣いている愛未を部屋にあげ、

陽子は愛未の隣に座って手を握っていた。

「何があったの?あたしに事情を話して。」

「それがね・・・」

愛未の事情とはこうだった。

愛未は無数のバレンタインチョコレートをあこがれの先輩に渡すが、

今はもうすべて受け取りを断られていた。

だから愛未は考えた。

あこがれの先輩にバレンタインチョコレートを受け取ってもらう方法を。

そして一つの結論に思い当たった。

いくら高級なチョコレートでも、心が籠もってなければ駄目なのだ。

不格好でもいい。手作りのバレンタインチョコレートを贈ろう。

そうして愛未は慣れないチョコレートづくりをはじめたのだという。

出来上がったチョコレートは何度も吟味して、

きれいに出来上がったチョコレートを、あこがれの先輩に渡した。

しかし当の先輩は。

「他人が作った手作りの食べ物って気持ち悪いんだよね。」

そう言って放るように愛未の手作りチョコレートは返されてしまった。

もうあこがれの先輩にバレンタインチョコレートを受け取って貰う方法はない。

すべてが終わってしまったのだ。

泣きながら愛未はラッピングされた箱を投げ捨てた。

部屋の中で箱が開いて、中からは不格好なチョコレートが二つ出てきた。

泣いてる愛未に、陽子が言う。

「愛未。泣く必要なんて無いよ。

 あんたが作った手作りチョコレートは、よくできてる。

 それをあたしがこれから証明する!」

陽子は愛未の手作りチョコレートに手を伸ばし、

一つを口に放り込んだ。

ダークチョコレートなのか、重い苦みが口の中に広がった。

すると愛未は喜ぶのでも悲しむのでもなく、

陽子に必死にすがりついた。

「陽子ちゃん!それ食べちゃ駄目!

 それは私が先輩と一緒に食べるつもりだった・・・」

愛未の言葉は最後まで陽子の耳に届かなかった。

陽子は感じる。

体が重い、四肢が痺れて動かない。立っていられない。

陽子は床にバタリと倒れてしまった。

何故?答えは決まっている。これはいま口にした・・・。

そこまで考えたところで、陽子の意識は途絶えた。


 真っ暗な意識の中で、気分の悪さだけが伝わってくる。

四肢がなくなったみたいに感覚がない。

体が鉛のように重い。

このまま流されれば、川に沈む石にでもなりそうだ。

それもいいかもしれない。

「いや、よくない・・・!」

重いまぶたを開くと、ぼんやりと景色が目に入ってくる。

床に倒れた陽子を、愛未が支えてくれている。

そのかたわらには、薬だの水だの牛乳だのが置かれていた。

愛未がでたらめに行った救命措置が功を奏したようだ。

気分は最悪だが、陽子は確かに目を覚ました。

「陽子ちゃん!よかった・・・!」

陽子の目が開いたのを見て、愛未は涙を流していた。


 愛未はあこがれの先輩に好きになってもらいたかった。

もしそれが叶わないなら、先輩を自分だけのものにしたかった。

だから愛未は、手作りチョコレートを作った。

中身には、インターネットで調べて作った毒薬が仕込んであった。

この毒入りチョコレートを二人で食べれば、心中できるはずだった。

しかし実際は、毒入りチョコレートと知らない先輩には、

チョコレートの受け取りすら断られてしまい、

仕方なく家に持ち帰った毒入りチョコレートを、

陽子が誤って口にしてしまうという、予想もしない事態になってしまった。

不幸中の幸いだったのは、愛未がチョコレートほど毒物を作るのが上手くなく、

チョコレートに仕込んだ毒物に人を殺すほどの毒性がなかったことだ。

今はふらふらしている陽子に、愛未は事情をすべて話した。

そして涙ながらに謝った。

「ごめんね。ごめんね、陽子ちゃん。

 私、もう少しで陽子ちゃんを殺してしまうところだった。」

「そうだよ・・・あたしが死んだらどうするつもり?」

「そうしたら私ももう一つの毒入りチョコレートを食べて心中した。」

「縁起でもないこと言わないでよ。

 愛未は確かに私と先輩を殺しかけた。

 でもそれは未遂で終わったんだから、それでもういいじゃない。」

「そうなのかな。

 私、友達も何もかも、すべて失っちゃった。」

涙を流す愛未に、陽子は弱々しく微笑んだ。

「何言ってるの。

 愛未は先輩を失ったかも知れないけど、愛未にはまだ味方がいるでしょ?」

「味方・・・?それは誰?」

「言わなくてもわかるでしょ!ほら、そっち咥えて。」

陽子は大きなハート型のチョコレートを咥えてみせた。

愛未は最初意味がわからず、それからおずおずと口を差し出した。

陽子が咥えるハート型チョコレートの端を咥えるために。

そして尋ねた。

「本当に私でいいの・・・?」

「いいからこうしてるの。

 最初から私、こうなったら良いなーと思ってたんだ。」

そうして愛未は、陽子が咥えているハート型のチョコレートの端を咥えた。

二人が咥えたハート型チョコレートは、蕩けるようにゆっくりと溶けていき、

やがてその端と端を咥える唇は一つに重なっていった。

二人の心も、チョコレートのように溶けて混ざっていくようだった。



終わり。


 まだまだバレンタインチョコレートの売れ残りセール中、

投げ売りのバレンタインチョコレートが切っ掛けになる話にしました。


愛未はずっとあこがれの先輩の姿ばかりを追いかけていましたが、

もっと身近に自分のことを大切に思ってくれている人の存在には、

中々気がつけませんでした。それも無理からぬことです。


二人の間のチョコレートが溶けた後、二人はどうしたのでしょうか。

バレンタインの恋人たちが末永くしあわせでありますように。


お読み頂きありがとうございました。


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