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婚約破棄の口上を述べる王子が緊張のあまり噛みまくって「婚約ポッキー」と言ったので空気が凍りついた

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/02/05

「エレーナ・ローゼス! 貴様との婚約を……っ、婚約ポッキーする!」


 煌びやかなシャンデリアが輝く王宮の夜会会場。

 第一王子アルノーの力強い宣言が響き渡った瞬間、世界から音が消えた。


(……え、ポッキー?)


 私、エレーナは、扇を口元に当てたまま固まった。今、この国の次期王位継承者は、確かにそう言った。

 「破棄」ではなく「ポッキー」と。


 チョコがけの細長いビスケット菓子にするぞと、私に宣告したのだ。

 周囲の貴族たちも、耳を疑った表情で顔を見合わせている。

 アルノー王子の隣に寄り添う男爵令嬢までもが、勝ち誇った笑みを浮かべたまま「……ぽ、ぽっきぃ?」と小さく呟いた。


 沈黙が痛い。

 アルノー王子は突き出した人差し指をプルプルと震わせ、顔を茹で上がったタコのように真っ赤にしている。

 どうやら、あまりの緊張で噛んでしまったらしい。


 早く、早く言い直して。

 お願いだから、その「ポッキー」を上書きする、格好いい断罪の言葉を放ってちょうだい。

 私は今、笑いを堪えるために自分の頬の内側を全力で噛んでいるのだから。


「あ、違う! 今のは間違いだ! ええい、聞き直せエレーナ! 貴様との婚約を、婚約ハバネロ……ッ!!」


 ハバネロ。

 ……辛くなった。


「……っ……、ふ、ふぅーっ」


 私は必死に深呼吸をした。

 視界の端で、王宮騎士団のリーダーが「くっ、ふふっ」と噴き出し、慌てて咳払いで誤魔化しているのが見える。


「わ、笑うな! 皆、笑うな! あー、……コホン! エレーナ・ローゼス、貴様の悪行は数知れない! よって、貴様をこの国から、追放ポテチにする!」


 ポテチ。

 もはや食べ物縛りの大喜利である。

 

「……アルノー殿下」


 私は震える声で、ようやくそれだけを口にした。


「……何だ! 今更命乞いしても遅いぞ! 貴様はもう、おやつ……、ではなく、追放なんだからな!」


 王子はもう半べそだ。

 「おやつ」って言っちゃったよ、この王子。


「殿下、一つだけ。……追放されるのは、のり塩味でしょうか。それとも、コンソメ味でしょうか」


 私の問いかけに、ついに会場の誰かが耐えきれず「ぶっは!」と爆笑した。

 それを合図に、厳かな夜会は阿鼻叫喚の爆笑の渦へと叩き落とされたのである。


「し、静まれ! 静まるのだ! 笑った者は全員、ポテチの刑に処すぞ!」


 もはや刑罰なのかご褒美なのかわからない叫びをあげるアルノー王子。

 私はプルプルと震える膝を必死に押さえ、真顔 (のつもり)で問いかけた。


「殿下……。ポテチにされる前に、私がなぜ『婚約ポッキー』、いえ、『婚約破棄』されねばならないのか、その理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


 そう、これが肝心だ。

 私は公爵令嬢として幼少期から王妃教育という名の地獄を生き抜き、一度も茶会に遅刻したこともなければ、扇の角度を間違えたこともない。非の打ち所がないはずの私が、なぜここまで晒し者にされなければならないのか。

 すると、アルノー王子は、隣に立つピアーナ嬢の腰を抱き寄せようとして……、空振って自分の腰を叩いた。どこまでも不器用な男である。


「決まっているだろう! 貴様が、この愛らしくて食べちゃいたいほど可愛い……、ピーナッツをいじめたからだ!」


 ピーナッツ。

 ……王子の隣にいる、可憐(を装った)男爵令嬢、ピアーナ嬢のことだろう。


「殿下、彼女の名前はピアーナ様です。ナッツではありません」

「うるさい! 貴様は彼女の教科書をチョコフォンデュにして、ドレスをイカ焼きのタレで汚したそうじゃないか!」


 ……どうやら、このアルノー王子。

 実は、根が真面目すぎるがゆえに、この「人生最大の決戦(婚約破棄)」に向けて三日三晩不眠不休で口上を練習しすぎたらしい。

 極度の睡眠不足と、一世一代の芝居を打つプレッシャー。そして極めつけは、この夜会の豪華な食事の匂い。

 脳内の「シリアス」が、空腹と疲労によって「食欲」に完全に浸食されていたのだ。


「……身に覚えがございませんわ。そんなもったいないこと、いたしません」

「嘘をつけ! 証拠はあるんだ! 私は今日、この瞬間のために、三日間ポテチ……、いや、一睡もせずに貴様の悪行を調べ上げたのだ!」


 ポテチを食べていなかったことだけはわかった。

 王子は懐からよれよれの紙をバッと取り出した。それは本来、私の罪状がびっしりと書かれた告発状のはずだ。

 しかし、彼が勢いよく突きつけたのは、


「これだ! 私の……、本日の夕飯の献立表だ!」


 会場が、今日一番の静寂に包まれた。

 王子が握りしめているのは、羊皮紙ではなく、明らかに王宮料理番から手渡された「本日のメニュー:牛フィレ肉のステーキ〜赤ワインソースを添えて〜」だった。


「……殿下。それはハンバーグのデミグラスソースがけと書いてありますわ。しかも裏には『お夜食のプリン』とメモが」

「えっ? ……あ、あわわわわ! ち、違う、これは……、これはだな!」


 アルノー王子は手元の献立表と、周囲からの「あ、この王子もうダメだ」という同情混じりの視線を交互に浴びた。

 彼はプライドが高い。高すぎるがゆえに、この「取り返しのつかない大失敗」という現実に心がポッキリと折れてしまった。


「もう嫌だぁぁぁ! 滑舌が家出したぁぁぁ! 緊張して何言ってるか自分でもわかんないよぉぉぉ!」


 王子、まさかの号泣。

 「婚約破棄して愛する女と結ばれる俺、かっこいい」という脳内シミュレーションは、今この瞬間、ポッキーの如く無残に砕け散ったのである。




 王子が「ポッキー!」と叫びながら夜会会場を全速力で走り去ってから、一週間。


 あの日王子の隣で「ピーナッツ」と呼ばれたピアーナ嬢はどうなったか。

 彼女は王子の妃の座を狙い、数々の冤罪を私に着せてきた策士……、のはずだった。しかし、あの日を境に、彼女に付いた二つ名は『ピーナッツ男爵令嬢』。


 アルノー王子が「食べちゃいたいほど可愛い」と言ったのは、愛の囁きではなく「単なる食欲(または極限状態の混濁)」だったと社交界で結論づけられた彼女は、今や完全にネタキャラ扱いである。

 さらに、彼女が私を陥れるために書いた「偽の罪状書」は、王子の失態により本物の「夕食の献立表」とすり替わって(王子が間違えて捨てて)しまったため、証拠不十分で断罪計画は霧散。

 それどころか、あまりの空気の読めなさに愛想を尽かした王子から、「君の顔を見るとポテチを思い出すから……」と、これまた噛みまくりの告別を告げられ、現在は実家の領地でピーナッツ栽培に励んでいるという。


 そんな彼女の不遇をよそに、私は違った。

 普通なら「婚約破棄された悲劇の令嬢」として引きこもる場面なのだろうが。

 

(……これ、いけるわ)


 私は王子の自爆によって棚ぼたで手に入れた「同情」と「知名度」を、最大限に利用することにしたのである。

 私はすぐさま家令を呼びつけ、領地の菓子職人を総動員させた。


「いい? 細長いビスケットの一部にチョコを塗るのよ。持ち手を作れば、夜会でドレスを汚さずに済むでしょう?」


 そうして爆誕したのが、新作菓子『婚約ポッキー』である。

 パッケージには、あの日涙目で指を突き出したアルノー王子のシルエットを(無許可で)採用した。


 これが、売れた。

 爆発的に売れた。


 「これを食べればどんな緊張する場面でも王子のようには噛まない」という謎のジンクスまで生まれ、受験生や告白前の若者がこぞって買い求めたのだ。

 さらには、辛口の『追放ハバネロ』、厚切りカットの『断罪ポテチ』とシリーズ化。私は「普通の公爵令嬢」から、国を代表する「製菓ギルドの女帝」へと華麗なる転身を遂げたのである。


 そんなある日。

 執務室で売り上げを確認していた私の元に、一人の男が訪ねてきた。


「エ、エ、エレーナ……っ! こ、こ、こん……っ」


 目の前で顔を真っ赤にしてガタガタと震えているのは、あの日以来謹慎処分を食らっていたアルノー王子である。

 どうやら彼は、どうしても私に伝えたいことがあるらしい。


「殿下。また『婚約ポッキー』の補充ですか? 定期購入プランなら割引になりますが」

「ち、違う! 私は、貴様に……っ。謝罪と、その……、あ、あ、愛の……っ」


 王子は、懐から一箱の『婚約ポッキー』を取り出した。

 あの日と同じように、プルプルと震える指で私を指差し、ひきつっているが全力の笑顔で叫ぶ。


「エレーナ! 私と、ケ、ケ、ケ……っ、……結婚ポタージュしてくれ!」


 ……ポタージュ。

 どうやら今度は、昼食のスープが脳内に混入したらしい。


「殿下。温かい家庭を築きたいという意味でしたら、今のセリフ、合格点を差し上げてもよろしくてよ?」


 私は差し出されたポッキーを一本抜き取り、パキリと小気味よい音を立てて噛み砕いた。

 私の商売は、まだまだ「噛めば噛むほど味が出る」ことになりそうである。



(完)

最後までお読みいただきありがとうございます!


「ポッキー」を食べながら思いついた一発ネタです。

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