第9話 恋する女の子こそ至高なの♡
二人で教室を出て、並んで廊下を歩いた。
由梨ちゃんの肩が、すぐそばにある。歩くたびに髪が揺れて、ふわりとシャンプーの匂いが流れてきた♡
それだけで胸の奥がきゅうっとしぼられて、足元がふわふわ浮くみたいに心細くなるのに──同時に、吸い込まれるように惹かれてしまう♡♡
呼吸が浅くなり、心臓がとくんとくんと騒いで、理性の声なんて遠くに追いやられていく♡
階段を降りていくとき、ふいに私の手の甲に、やわらかい指先が触れた♡
その瞬間、世界のすべてが真っ白になった♡
びくん、と心臓が全身を打ち抜いて、血の一滴まで熱に変わる♡♡
ただ指先がかすめただけなのに、身体の奥深くまで甘い電流が流れ込んできて、息をすることすらできなくなった♡
そのままぎゅっと手を握ってしまいたい。腕ごと由梨ちゃんをこちらに引き寄せてしまいたい♡
ひやりとした感触と、ふわふわした肌のなめらかさを「私だけのもの」にしたくて──理性の奥で、身体が「好き」って大声で叫んでいるのがわかる♡♡
欲しい、触れたい、抱きしめたい。そんな衝動が心臓の拍動に重なって、胸の奥で鳴りやまない♡
「あ、ごめん……」
由梨ちゃんは小さな声で言って、ぱっと手を引っ込めた。
私は慌てて笑った。
「べつにいいよ。……びっくりしただけ」
もちろん嘘だった。
本当は、もっと触れていたかった。触れた瞬間のときめきが、余韻のように指先に残り、まだ火照りを手放してくれない♡
体の奥で鳴っている「好き」という声が、今も響き続けて、頭をとろとろに溶かしている♡♡
私の笑いに釣られて、由梨ちゃんもクスクスと笑い出した。何か面白いことなんてひとつもない。
ただ、手が触れてしまったあとの照れや、どうしていいか分からない鼓動の早さを隠すみたいに、笑うしかなかったんだと思う♡
でも──だからこそ、笑い声が重なった瞬間、私たちは同じ気持ちを抱えているんだと分かった♡
秘密を共有するみたいに、恥ずかしさまで分け合って、胸の奥が甘いもので満たされすぎて、今にも溢れそうだった♡♡
好き……好き……♡胸の奥が苦しいっ……♡
細胞ひとつひとつが、由梨ちゃんのこと、好きって叫んでるの……♡
溢れてる……♡触れたい……♡でも、もう体の中に入りきらない……♡
そんな余韻を抱えたまま、私たちは下駄箱にたどり着いた。
そこに、一人の男子が立っていた。
「直樹……」
由梨ちゃんの声がわずかに揺れる。
その男子は長身で、少し乱れた前髪から覗く目が、私と由梨ちゃんを交互に映していた。
その眼差しは、気怠さと不安が一緒に揺らいでいて、彼女を探していた切実さが浮かんでいた。
「由梨……と、白鳥さん……?」
私と目が合った瞬間、彼の視線がほんの一拍、揺れた。
黒目がぐらりと泳ぐように揺れて、それから──ぴたりと私に縫いつけられる。
眉間に残る迷いを隠そうとしても、目の奥に浮かんだ色は正直だった。
ほら、知ってるよ。こういう時、男ってわかりやすい。
由梨ちゃんを探して、不安と安堵で胸をいっぱいにしていたはずなのに、私の姿が視界に入った瞬間、その感情が一瞬、霧のようにかき消されてしまう。
目の前に自分の彼女がいるのに、ほんの数秒、私を見てしまう。
その刹那の間に、喉がわずかに動き、言葉にならない息を飲み込む仕草まで伝わってきた。
あーあ、これだから男って最悪。
それがどんな意味を持つかなんて、深く考える必要はない。
たとえ本気で由梨ちゃんを好きでも、美しい女が目に入れば、意識は自然とそっちに向く。
それが男というもの。
そして、その事実を私は誰よりもよく知っている。
……まあいい。
由梨ちゃんに下卑た視線を向けるよりは、私に向いたほうがまだマシだ。
「彼氏?」
「……う、うん」
「ほら、行ってあげて」
私は唇の端だけを上げ、軽く笑って顎をしゃくった。由梨ちゃんは少し迷うように眉を寄せ、私を見つめる。
「いいの……? なんか、申し訳ないよ……」
「いいの、いいの。私なんて、いたらおじゃま虫でしょ?」
女の子との時間に男なんて必要ない。
由梨ちゃんとの大切な空間を男からあの劣情に濡れた視線で穢されるなんて堪えられない。
なにより由梨ちゃんにも嫌な思いはさせたくない。
由梨ちゃんは短く息を吐き、決心したように笑った。
「……うん。じゃあ、また明日」
私に手を振りながら、由梨ちゃんは男のもとへと歩き出す。
その瞬間、彼女の顔はすっかり「恋する乙女」のものになっていた♡
頬はやわらかく緩み、目尻がほどけて、瞳が光を受けた宝石みたいにきらきら輝いている♡♡
──きれい♡
視線を釘付けにされた私の胸は、不意にちくりと痛んだ。同時に、心臓がひときわ強く脈打ち、血が一気に上ってくる。
耳の奥が熱を帯び、背中に薄い汗がにじむ。
息を吸ったはずなのに、肺がいっぱいにならず、喉が妙に乾いている。
あんな顔……私にはさせてあげられない。
そう理解しているのに、胸の奥で甘い痛みがじゅわりと広がっていく。
分かっている。私は女の子が好きだ。
ただの憧れなんかじゃない。
目の前で光を放つその笑顔に、身体が勝手に反応してしまう♡
胸の奥にしびれたような熱がこもり、下腹がふわりと重くなる♡♡
指先にまで微かな震えが走って、どうしても視線を逸らせない♡
恋をして、可愛くなって、きらきらして、誰かのために少しだけ背伸びする……そんな瞬間が、この世界でいちばん尊いと思う♡
︎けれど、私自身はその「誰か」にはなれない。
胸に刺さった棘を抜けずにいるみたいに、わかっていても諦めきれない。
羨望と渇望が入り混じり、息苦しいほどに胸を満たしていく。
心臓がひとつ跳ねるたびに、血が熱く波打って、脚の内側までじんわり火照ってしまう。
もし私が由梨ちゃんを抱きしめても、あの表情は返ってこない。
唇の裏側を噛んで、無理やり笑みを貼りつけながら、誰にも知られない場所に押し込んできた。
……けれど今は、それすらもう隠しきれない。
ならば適当な男でも作る?
──ないない。それは絶対にない。
想像しただけで胃の奥がざらついて、冷えた鉄を呑み込んだみたいに気分が悪くなる。
皮膚の表面が拒絶するように粟立ち、背筋を冷たいものが走る。
他人の腕に絡めとられることを考えるだけで、吐き気に似た嫌悪がこみ上げる。
私が今、この女子グループの中で立っていられるのは、美人でありながら変に男に媚びず、誰の彼氏候補にも手を出さず、女子同士の関係の障害にならないから。
だからこそどの層の子たちからも信頼され、敵に回さなければ「利用価値がある」として取り込まれる。
この立ち位置があるから、私は誰にでも声をかけられるし、時には牽制もできる。誰かへの悪意を止めることもできる。
もし人気者の男子と付き合えば、たちまち羨望と共に嫉妬を買って孤立する。
平凡で優しい男子と付き合っても、発言力は削がれてしまう。
──それでは意味がない。
私が目指しているのは「全ての女の子が笑っていられる環境」。
カーストの頂点にも、最下層にも興味はない。でも、この位置でなければ、守れる笑顔は限られる。
だから私は、男を選ばない。
いや、そもそも男なんて興味がない。
あの視線の湿り気も、声の低さも、全部、胸の奥でざらつくだけ。
女の子の透明な声、柔らかい香り、触れた時のぬくもり──それこそが愛であり、至高だ♡
愛してる……♡愛してるの……♡女の子を……いっぱい……♡
細胞のひとつまで……♡愛で包まれて蕩けてるの……♡
この気持ち、全部伝えたい……♡愛してるよ……♡
下駄箱の外へ消えていく由梨ちゃんの背中を見つめながら、私は心の中でそっとつぶやいた。
──由梨ちゃん、今日も世界でいちばん可愛いよ。その笑顔、どうか壊さないで。
……たとえ、その笑顔の隣に、私が立てなくても。




