第65話 由梨ちゃんの純粋さが眩しいの♡
「由梨も仲間外れにされるとか嫌だろ?」
「え、まあ、うん。それはもちろん嫌だけど……」
「ほら、由梨もこう言ってんだから」
「はいはい、分かりました。恵美のそういうとこには敵いません」
恵美に促されて、由梨ちゃんは小さく肩をすくめ、困ったように返事をした。
その言葉を聞いて、私はふっと息を吐く。
反論でも、納得でもなく、諦めが静かに胸の奥に沈んでいく、そんな溜息。
恵美は正しい。
私の“守りたい”という気持ちは、独善に近い。
それでも、その手を離したくないと思ってしまう。
どうして私は、ここまで由梨ちゃんに執着してしまうんだろう。
その答えは、自分でもなんとなく分かってる。
私は、由梨ちゃんが羨ましい。
由梨ちゃんの純粋さが、胸が刺されるくらい眩しくて、悔しいくらい綺麗だと思う。
かつての私が、嫌なモノを見つめて、擦り切れて、いつの間にか落としてきたものを——彼女はまだ全部抱えている。
その事実が、どうしようもなく羨ましくて、同時にどうしようもなく妬ましくて、愛しい。
だから私は、彼女を見るたびに、自分の欠けた何かを撫でられているような気がしてしまう。
まるで慰めモノにしているみたい——そんな気さえして、胸の奥がじわりと熱くなる。
そんなつもりはないのに、その構図は確かに存在していて、それを否定しきれない自分がいる。
大人になるって、前向きな言葉で語られがちだ。
世の中に詳しくなって、俯瞰して物事を見れるようになって、立ち回り方が上手くなって——それが成長だって。
でも、それだけじゃないってことは、みんなもなんとなく気付いてる。
俯瞰して見れるようになったのではなく、ただ、無邪気さが削られただけ。
疑うことを覚えて、警戒する必要性を知って、全てを信用するのを諦めただけ。
純粋だった部分がひとつずつ落ちていって、気づけば大人の顔をさせられてる。
純粋さを手放すことが大人に近づくって言うのなら、それはつまり——自分を穢す作業でもある。
だって、無邪気でなくなるって、そういうことだ。
汚れたという自覚を持たずに、ただ“成長”なんて言葉で包んでいるだけ。
そのくせ、誰かの純粋さを前にすると、胸がぎゅっとして、触れたくなる。
もちろん、由梨ちゃんが“完全に無垢”だなんて、そんな綺麗ごとを言うつもりはない。
どんな子どもでも赤ちゃんでも、生きている限り欲や不満や不機嫌は持っている。
邪気がない、なんて定義は、ただの幻想だ。
それでも、由梨ちゃんに比べたら私は負ける。
明らかに由梨ちゃんの方が、心が澄んでいて、まっすぐで、私なんかよりずっと綺麗に光っている。
思い返せばすぐに浮かぶ。
私に声を掛ける直前の、ほんの少しだけ不安を滲ませる顔。
見つめ返した時に頬へゆっくり広がる朱色。
揺れながらも逃げようとしない瞳。
褒めてあげるだけで、あの子の表情は一瞬で変わる。宝石なんかじゃ到底太刀打ちできないほど眩しく輝いて、胸の奥がひりつくほど美しくなる。
そして——私が見つめるだけで、まるで呑まれていくみたいに、抵抗もなく、ふわりと沈んでいく。
戸惑いと期待と、少しの怖さが混ざって、それでも逸らすなんて考えてないような瞳。
あれが、瞼の裏に張り付いて離れない。
あの揺らぎは、どこか幼くて自他の境界が薄い由梨ちゃんだからこそ生まれるものだ。
一般的に言えば“自立していない未成熟な精神”って表現になるのかもしれない。
理想の自分を私に重ねて、その偶像に自ら呑まれる。そうすれば、理想の自分に近づける気がする。
だから依存してしまう。そういう心の動き。
弱さと言えば弱さだ。
でも同時に、それは強さでもある。
だって、自分の一部を誰かに託すなんて、簡単にできることじゃない。
怖いし、危ういし、裏切られたら立ち直れないほどのリスクだってある。
それを無意識のうちにやってしまえるのは、一種の才能に近い。
そんな子が、由梨ちゃんが——私に向かって
「役に立ちたい」って言ってくれた。
その言葉の重さが、いまだに胸の内側でじんわりと熱を帯びて広がっている。
あの純粋な気持ちをどう扱えばいいか分からなくて、嬉しさと怖さが混ざって、胸の奥がきゅっと縮む♡
そして、そんな想いを、由梨ちゃんは恵美に“代弁させてしまった”とも言える。
自分では言えなくて、言えば責任を負わなきゃいけなくて、でも本当は望んでいたことを、無意識に恵美へ押し付けた。
由梨ちゃんのあの強さ——いや、強かさ。
他人に願望を預けてしまえる、あの柔らかさ。
自分の手を汚さずに「こうなりたい」と示せてしまう、あの危うい賢さ。
幼さのように見えて、その実とんでもなく人間らしい技術だ。
揺らげるからこそ、あんなにも柔らかくいられる。それが羨ましいと感じてしまう私もまた、どうしようもない。
もちろん、女の子は一人ひとりがちゃんと輝いている。由梨ちゃんだって、誰かに依存せずに自分だけで輝ける子だと思うし、そうあってほしいとも思っている。
けれど——それでも。
誰かに堕ちるほど、心を許せるあの未熟さを、私は羨ましく思ってしまう。
そうやって誰かの腕の中に自分を預けて“安心”してしまえることを、どうしようもなく欲している自分がいる。
それは浅ましさだと分かっているのに、胸の奥でひっそり疼く。
そんな自分を自覚した瞬間、「由梨ちゃんを巻き込みたくない」なんて私の気持ちは、ただの独善だと突きつけられる。
恵美が言った通り、もう巻き込まれている。
だったら関わるべきだという意見の方が、どう考えても正しい。
でも、正しいだけで正解ではない。
大人に近付くことを“成長”と呼ぶのか、“喪失”と呼ぶのか。
どちらも本当のようで、どちらも嘘みたいで、結局どちらとも決められない。
たぶん、分からないんじゃなくて——
本当に“正解”なんて最初から存在しない。
みんな、自分で選んだ瞬間を後から「これが正しかった」と呼ぶだけだ。
だから、私の意見と恵美の意見、二つを並べて、どちらに寄り添うかを選んだ由梨ちゃん。
その選択こそが、由梨ちゃんにとっての正解であり、答えなんだ。
なら、私は——その選択を、本気で尊重したい。
胸の奥で、由梨ちゃんの“決めた”という事実が光になって広がって、その光に全身を包まれて、眩しさにとろけそうになる♡
胸の真ん中が熱くなって、喉の奥がきゅっと締まる♡♡
嬉しいのか、切ないのか分からないまま、心臓が脈打って落ち着かない♡
由梨ちゃんがひとりの人間として、自分の“意思”で足を踏み出したんだと思うと、抱きしめたくなるほど愛しくて、息が浅くなる♡♡
その“生きている”という証明が、美しくて仕方ない♡
由梨ちゃん……好き……止まらない……頭の奥まで満ちてるの……♡
可愛すぎて……息が甘く絡まって……呼吸まで蕩けちゃう……♡
甘い……甘すぎる……幸せが血管を駆け回ってる……♡
「で、詳しく話し聞かせてくれるんでしょ? その由梨って呼び出したのもそれが原因?」
「あぁ、それが面白くてさぁ。まあいいや、私が知ってるとこ話すから、由梨は上手く穴埋めしてよ」
「……わ、分かりました」
「もー、堅いなぁ。とりま由梨が教室に呼び出されたとこから話すわ」
私が問い掛けると、恵美は「待ってました」と言わんばかりに肩を揺らした。
まるで忘れていた玩具を思い出した子どものような、愉快そうな笑顔。
恵美の軽口に、由梨ちゃんはぴくりと肩をすくめて返事をする。
そんな様子を見ると、つい守ってあげたいような、微笑ましいような感情が胸の奥にふっと灯る。
私はそれを顔に出さないように、静かに二人のやり取りを見守った。
余計な口を挟めば進まないし、休み時間は短い。
恵美が今から楽しそうに語ろうとしているなら、流れを止めるのは野暮だ。
だけど——胸の奥で別の感覚がじわりと広がっていた。
スクールカーストは、一度出来上がると岩のように動かないものに思える。
けれど実際は、砂丘みたいに風向きひとつで形を変える。その風こそが、みんなの“気分”だ。
あの子は勉強ができないから、少し下に見ても構わない“気がする”。
あの子は先生のお気に入りだから、逆らわない方が良い“気がする”。
そんな曖昧な判断の積み重ねが、まるで自然法則みたいにクラス全体の秩序を形作っていく。
本当はどこにもルールなんて存在しない。
ただの空気。それなのに、空気は時に人の人生をねじ曲げるくらい強い。
その空気を決めているのは、カーストの上層にいる私たちだ。
表向きは何もしていないように見えながら、私たちが笑い、黙り、名前を呼ぶ。
それだけで、他の子たちの“気分”は簡単に跪く。
カーストの上位にいるということは、権力を振り回すことではなくて、場の意味や言葉の価値を定義する権利を持つということだ。
誰を「友達」と呼ぶか。
誰に「ちゃん」をつけて呼ぶか。
名前の響きひとつで、その子の立ち位置は再配置される。
恵美が由梨ちゃんのことを、ためらいもなく「由梨」と呼ぶ——その事実は重い。
それは単なる親しみのサインなんかではない。
私のお気に入りだから、という理由だけでもない。恵美というカースト上位の人間が「この子はここに立っていい」と認めたという、まさに存在に対する定義の行使だった。
由梨ちゃんは、もう教室の片隅で透明みたいに扱われていた“地味な子”ではない。
私と恵美——空気を変える側の人間を良い“気分”にさせる存在として、クラスに認識され始めている。
その変化は、ゆっくりではなく、驚くほど素早い。空気は、風向きひとつでひっくり返る。
私は一応、莉里の件で由梨ちゃんを守るという大義名分をもっている。
外向きには、そう説明できるだけの根拠がある。
けれど、恵美にはその理由がない。
ただ、気に入った。
いや、その理由はもっと単純だ。
ただそっちの方が面白い——ほんのそれだけの理由。説明も大義もない。ただの気分。
けれど、その“気分”が恐ろしいほど純粋で、無邪気で、だからこそ強かった。
理屈で形を与えられたものより、理由のない衝動の方がずっと暴力的だ。
意味なんてどこにもない。不条理の塊みたいな判断なのに、誰も逆らえない。
スクールカーストなんて、所詮はふわふわした“気分”の集合体だ。
この子は優しい“気がする”。
あの子は関わると面倒な“気がする”。
この子と関わると得な“気がする”。
そんな曖昧で脆い空気を、みんなが怖がりながら共有している。
だから、その空気を作る側の気分ひとつで、構造は呆気なく変わる。
今日は上にいた子が、明日は下に落ちる。
昨日は無関心だった子が、今日は突然“特別扱いされる”。
カーストの形なんて、砂場の山みたいに、ちょっと指で触ればいくらでも崩れる。
その歪みや不条理を放置しておくと、クラスの関係性は崩れてしまう。
だから私は、他の子たちにフォローを入れて調整する。
誰かが理不尽に持ち上げられすぎれば、別の子が傷つかないようにフォローを入れる。
逆に、誰かの気分で踏みつけられれば、それとなく空気を変えて緩衝材になる。
そして、その私の気分の結果を、恵美はまた別の形で調整してくれる。
恵美の気分によって変わる揺れを、私が受け止め、細かく修正する。
互いに目に見えない微調整を繰り返すことで、クラスのカーストは成立し、機能している。
この循環はどこまでも不合理で、不条理で、そして滑稽だ。こんなものに縛られ続けるなんて、考えれば考えるほどバカみたいだと思う。
でも、そんな空気が確かに存在して、みんながそれに呑まれてる。そして、その空気を一番強く吹き込んでいるのは、紛れもなく女の子たちだ。
教室の中で笑ったり、泣いたり、嫉妬したり。
そんなひとつひとつの揺れが光の粒みたいに集まって、やがて澱み、混ざり合って、渦になる。
そんな透明なはずの空気が、女の子たちの感情で虹色に染まる瞬間がある。
それは祈りにも似ていて、呪いにも近くて、触れたら崩れそうで、だけど確かに美しい。
だからこそ、女の子たちって光の集合体なんだと思う。理屈じゃない、細かい粒子みたいなきらめきが、全身から零れ落ちている。
私たちはその渦に身を委ねて、巻き込まれて、流されて、痛いほど眩しい場所や、どうしようもなく苦しい場所に押し出される。
それでも、みんな自分の立ち位置を見つけていく。光の中で揺れながら、震えながら、それでも立っていく。
その一つ一つがあまりに尊くて、見ているだけで胸がきゅっと掴まれる。
教室のどこかで、今日も誰かが誰かの光を見つめている。その奇跡の連鎖が、ここにしかない世界を作っている。
ほんの一瞬の感情の煌めきが、たったそれだけで世界を変える——そんな女の子たちって、本当に信じられないほど尊いんだ。




