表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/67

第62話 つい由梨ちゃんのこと考えちゃうの♡

 私は授業を受けながら、黒板の文字よりも、由梨ちゃんが莉里に絡まれた件のほうを考えていた。

 先生の声は確かに耳に届いているし、内容そのものも理解できている。

 けれど、意味のある言葉として胸に落としていく作業とは別に、頭の奥ではまったく別の回路が動いていた。


 授業の内容については、予習の段階でほとんど整理してある。

 構造も流れも、大枠は掴んでいて、いまはそれをなぞりながら、理解の穴を探して埋めるだけの作業だ。

 脳の表層で、軽く情報を撫でるように確認するだけで十分だった。


 予習というのは、分かっていない部分を先に浮き彫りにしておく行為だ。

 何が既知で、何が未知で、どこを重点的に見る必要があるのか。

 授業に臨む前に“分からないの形”を把握しておくことで、理解が滑らかになる。


 由梨ちゃんの件も、同じこと。

 起こったことの輪郭を掴み、どこに空白があるのかを確かめておく。

 恵美に聞くべき点、莉里の動きの不自然さ、由梨ちゃんの反応、それらを頭の中で整理させていく。


 授業の内容について考えることも、由梨ちゃんのことを考えることも──結局のところ、どちらも“考える”という一点では同じなのだと思う。


 ただ一つ違うのは、授業よりもずっと、由梨ちゃんのことのほうが心に引っ掛かる。

 黒板の文字よりも、あの子の顔や声が、思考の奥で静かに揺れている。


 由梨ちゃんのことを考えれば考えるほど、胸の奥がじんわり熱くなる。

 授業の文字を追っているはずなのに、心臓だけが別のテンポで動き続けていた。


 指先が少しだけ落ち着かなくなる♡

 ペンを持つ手が、ほんのわずかに強く握られて、書く必要もないページの隅に、意味のない線を細く刻んでしまう♡♡

 呼吸も浅くなる。吸った空気が胸の中で少し詰まって、ゆっくり吐き出すたびに、胸の中心がきゅっと縮む♡


 守りたい、なんて大げさな言葉じゃない♡

 ただ、由梨ちゃんの泣きそうになる顔を見たら、私はきっと──冷静ではいられなくなる♡♡


 そのことに気づいてしまって、余計に胸が苦しくなった。


 でも、その苦しさがどこか愛おしくて、手放したくないような気さえしてしまう♡

 黒板の文字は淡々と並んでいるのに、私の体だけが、ひとりで熱を帯びていた♡♡


 大好き……ほんとに……愛しすぎて……♡もう、どうにかなっちゃいそう……♡

 熱くて……苦しくて……手放せない……♡包みたい……♡

 抱き締めて……愛して……♡私が守るから……♡


 つまり──「考える」という行為は、きっとこういうことなのだと、私は自分の中でゆっくりと言葉を組み立てていく。


 まず、頭に入っている情報を整理して一覧にする。細かい部分も確認しながら、全体の構造を把握する。


 次に、その情報同士の因果関係や仕組みを見つけ出し、自分の直感や感情と照らし合わせる。

 なぜ自分はこう感じるのか、相手の意図は何か、自分の前提とどこでズレがあるのかをひとつずつ確かめる。

 情報と感情を行き来させながら、頭の中で仮説を組み立てる。

 それはまるで、絡まった糸を少しずつほぐし、隠れたパターンを浮かび上がらせる作業のようだ。


 最後に、自分の理解や解釈を言葉にして整理し、次にどう反応するか、どう判断するかの指針にする。こうして、考えるという行為は、単なる思考ではなく、情報・感情・構造を行き来させながら理解の網を編み上げる作業なのだ。


 そうやって、今回の事件について、頭の中で起きた出来事をひとつずつ並べていく。


 まず事実だけを拾い上げる。

 由梨ちゃんは莉里に絡まれ、それを恵美が助けてくれた。ここまでは確定している。

 ただ、由梨ちゃんは「合コンに行く」とまでは言っていないし、莉里が焦っていた理由もはっきりしない。

 そして──今回の絡みは、おそらく私を狙っての行動だ。これは確証はないけれど、状況から見れば十分に予測できる範囲のこと。


 だから、ひとまずその前提で話を進めることにする。仮に由梨ちゃんが本当に標的だったとしても、私がやるべきことは変わらない。

 どちらの線を採用しても到達する結論が同じなら、いまはそれで十分だ。


 案件を整理するときと同じ。

 枝葉の細かい違いにこだわるより、まずは“大筋で変わらない部分”を手元に確保する。

 それが判断の軸になる。


 由梨ちゃんを守る。その一点に揺らぎはない。


 次に、今までの情報を重ねる。

 莉里は悪い男と付き合っていて、その男のために莉里が学校の女の子たちを“合コン”という名の下に献上している。

 しかし、もう着いて行く子はほとんど残っていない。


 恵美と莉里は仲の良い友達だったけれど、男の影響で少しずつ距離ができて、合コンの誘いも断っている。

 莉里自身、カーストはなんとか維持しているが、クラスでの居場所も薄くなりつつある。


 あの日、私と由梨ちゃんがコスメを見に行った時、莉里とその男と遭遇した。

 あの男は、明らかに私を値踏みするように見てきた。あの視線は忘れられない。

 これが今のところ把握している全体像だ。


 情報を整理すると、自然と“最悪のパターン”が浮かんで来る。


 私や由梨ちゃんが、あんな男たちのいる場に無理やり連れて行かれること。

 そんな状況は絶対に避けなければならない。

 そして、望む未来は、莉里がその男と関係を切って、問題がそれで終わること。


 もしそれが叶わないなら、私が莉里と向き合う程度の覚悟はある。

 女の子同士の揉め事なら、多少強引でも、私の手の届く範囲で収められる。

 けれど、相手が“あの類”の男なら、対処の仕方は根本から変えなければいけない。


 力関係も、常識も、倫理も通用しないことがある。その手の危険は、ただのトラブルではなく“事件”に変質する可能性を含んでいる。


 だから、こちらも事前に動けるようにしておく必要がある。

 女の子同士で情報を共有して、危険を察知したらすぐに動けるネットワークを作っておく。

 必要なら、親にも話しておく。教師にも伝えておく。場合によっては警察だって視野に入れておかなければいけない。


 つまり、結論としては──


 由梨ちゃんを危険に晒さない。

 男の介入を許さないし、万が一別の方向から侵入されても対応できるよう、対策を静かに進めておく。莉里への対処も忘れない。

 どう転んでも、私と莉里の関係性だけで完結させる。


 ……こんなところだろうか。


 自分の中で線を引いて、その線から先は絶対に踏み込ませない。絶対に。


 では次に、その方法を具体的に落とし込んでいくか。


 まず、莉里との接触の仕方について考える。

 直接対決するよりも、まずは彼女の防衛を崩さずに、こちらの意図を伝えることが先決だと思う。

 落ち着いた態度で、感情的にならずに。


 言葉には、彼女自身の選択肢と安全を尊重するニュアンスを添える。

「無理に私の言うことを聞いてほしいわけじゃない。ただ、危険なことには巻き込まれないでほしい」

 ──そんな距離感で、まずは私と由梨ちゃんを守ることをはっきりさせる。


 次に、最悪のパターンを避けるための具体策も組み立てる。あの男の行動パターンを頭に浮かべ、以前の視線や言動を思い返す。


 その視線が、もし次に向けられるとしたら。

 その手が、誰に伸びるとしたら。


 ある程度、情報を固定した状態で対策を練る。


 女の子をひとりで帰らせない動線。

 男が接触してきそうな場面の予測。

 由梨ちゃんを巻き込ませない配置。

 教師と親に繋ぎを作るためのきっかけづくり。


 こうした細かい要素を積み上げていけば、行動が“ただの勘”ではなく、“準備された判断”に変わっていく。


 もし本当に介入されそうな状況が起きた場合のために、事前に行動できる準備をしておく必要がある。


 その瞬間になってから考えるようでは遅い。

 実際に動く時、頭を使う余裕なんてほとんど残っていないのだから、緊急時のタスクは少なければ少ないほど良い。

 反射で動ける状態を作る。それが“守る”という行為の基本だ。


 ただし、大人に相談するタイミングは慎重に考えなければならない。

 まだ事態が現実化していない状況であれこれ話しても、具体的な対処にはつながらないし、むしろ余計な心配や干渉を招く可能性がある。


 合コンに行った子たちの中で、被害届が出されるような状況になれば別だが、今のところその動きはたぶんない。

 こちらが踏み込んで聞き出せば情報は得られるかもしれないけれど、それは傷ついた心をもう一度掘り返す行為だ。

 そんなやり方を、私は選びたくない。


 だからこそ、どのタイミングでどの程度の情報を大人側に流すべきか。

 直接の告発ではなく、あくまで“兆し”の段階で動いてもらうにはどうすればいいか。


 ひとつの方法として、噂を流すという手がある。

 「最近そういう変な誘いが増えているらしい」

 「友達が怖い目に遭いかけたって聞いた」

 そういった話を、女子のあいだの“雑談”として広げておく。


 誰か固有名詞を使う必要はない。

 ただ、大人たちが「最近、何かあるのでは」と認識するきっかけを作るには、それで十分だ。

 

 けれど、噂だけでは守れないものもある。

 ならば次に考えるべきは、女の子たちとの連携だ。


 “数は力なり”というのは、都合の良い綺麗事なんかじゃない。

 女の子が一人でいるときは弱くても、二人なら声が出しやすいし、三人いれば簡単には隙を突かれない。

 協力できる人数が増えれば増えるほど、入ってくる情報の密度も質も上がる。


 危険な場面に誰かが遭遇した時、その瞬間を誰かが見ていてくれる可能性も上がる。

 不安や違和感を共有しておくだけでも、守りの輪は強く大きくなっていく。


 実際、ひとりで警戒を続けるより、多くの目と足があるほうが何倍も動きやすい。

 そしてなにより──誰かを守るという行為は、その“誰か”と繋がるところから始まる。


 万が一になったとしても、一人では聞き入れてくれないことも、十人や二十人では変わってくる。

 それだけの数の女の子から求められれば、きっと交番の警察官ぐらいなら動かせる。


 しかし、人数が増えるということは、そのぶん裏切りや混乱した情報も混ざりやすくなる。

 誰かの思い込みや、主観だけが独り歩きしてしまう危険だってある。

 だからこそ、全員と深く繋がる必要はない。むしろ、そんなことをすれば制御できなくなる。


 信頼できる数人を絞る。

 この“核”となる子たちこそが、もしもの時の全体への連絡係になる。

 彼女たちの役割は明確で、負担が偏らないように複数人で互いを監視し合う。


 それによって、誰かに情報が集中した瞬間に生じる“裏切りの誘惑”を薄めることができるし、単独行動を防ぐ仕組みにもなる。


 「専属性を薄める」というのは、単に役割を分散するという意味にとどまらない。

 人は、ひとりに寄りかかりすぎた時にこそ倒れやすい。ならば最初から、立つ支点を増やしておく。

 そうすれば、誰かのミスや不調があっても、全体の流れが崩れることはない。


 これは大人の介入を必要としない、最低限の“自衛のシステム”だ。

 誰かひとりに責任が偏らないというだけで、怖さはずいぶん減る。


 少なくとも、私は今までそういう関係性を築いてきた。連携網を構築してきた。

 全ては女の子という光を守るため。その輝きを失わないため。

 女の子という神聖さを穢させるなんて、許さない。


 ここまで整理すると、胸のざわつきもいくらか落ち着いていくのがわかる。

 混乱していた感情の焦点がゆっくりと定まっていき、頭の中で、次に踏むべき足場が自然と浮かび上がってくる。


 考えるという行為は、単なる思考ではない。

 情報と感情を行き来させながら、自分の中で網を編むように理解を広げ、その網の上に“これからの行動”という形を与えていく工程だ。

 焦りや恐れが混ざるのは当たり前で、それでも手を動かし続ければ、やがて道筋は見えてくる。


 ちゃんと自分の立場や、周囲に及ぼす影響を意識して動くこと。

 感情に振り回されず、必要なときは感情を切り離し、論理で支えること。

 それが出来れば、私は前へ進める。

 少なくとも、ただ悩んで苦しむだけの私ではなくなる。


 考えて、考えて、考え抜いて。

 その上で、自分が納得できる形で生きていたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ