第6話 女の子って神秘的で奥深いの♡
由梨ちゃんは、ふっと視線を落として、まつ毛の影を頬に落とした。
少しの間、何も言わずに唇をぎゅっと噛んで、それから小さく息を吐く。
それから、まだ赤い目で、ゆっくりと私を見上げてくる。
その目に、責める色はなかった。
むしろ、ちょっとだけ安心したような、不思議な光が混じっていた。
「ううん、いいよ。ちょっとびっくりしただけ。白鳥さん、私に自信持たせようとしてくれたんでしょ? こっちこそ、変な空気にしちゃってごめん」
「何言ってんの。さっきのは完全に私の方が変な空気にしちゃったんだから。坂尾さんは気にしないで」
私は慌てて、にこっと笑ってみせた。
わざと肩をすくめて、冗談っぽく振る舞う。
そうすれば、由梨ちゃんは“怒ってない”って顔をしてくれる——そんな空気を作れるって、分かっててやってる。
私の大好きな女の子達が作っている、大嫌いな立場を利用した笑顔。
その自覚が、自分で自分に刺さる。
胸の奥に、じわりと冷たい鉛を流し込まれたみたいな感覚。
こんなこと、したくない。
でも、嫌われたくない。
ただ、それだけの理由で、私はそっと自ら笑顔を貼りつける。
それが、表立って嫌われない方法だと理解して。
……でも、そんなのはただの錯覚だ。
女の子はみんな、そのままで可愛い。
笑って、輝いて、生きていてほしい。
なのに私は、目の前の由梨ちゃんの可愛さを、我が身可愛さから、そっと蓋をしてしまっている。
やめて。
そんなに気をつかった顔、しないで。
もっと、本当の由梨ちゃんを見せて。
もっと、あなたの可愛さを、惜しみなく見せてほしい。
そう願うたびに、胸がぎゅうっと締めつけられる。
呼吸が浅くなって、指先が冷たくなる。
鼓動は早く、でも力なく、じわじわと体温を奪っていくみたいだ。
頭の奥で低く唸るような耳鳴りがして、視界の端がにじむ。
「坂尾さん、可愛いよ? 自信持っていいと思う。私が保証する」
「で、でも……私、今の彼氏にしか告白されたことないし。白鳥さんみたいに可愛くないし」
どうして、そんなに自分を下げるの。
おふざけでキスなんてされたら、普通はもっと怒っていい場面でしょ。
なのにどうして、そんなふうに申し訳なさそうにするの。
そんなに、他の誰かの評価が大事なの?
そんな評価で、あなたの価値を測ってほしくない。
女の子はみんな純粋で、尊くて、神聖な存在なのに——。
私の言葉は、まるで深い水底で響く声みたいに、自分の耳にも遠く聞こえる。
そのすべてが虚しく胸の内に沈んで、重くのしかかる。
「私なんてさ、最初から断られると思ってるバカとか、断られるなんて考えてないバカとか、断られても平気なバカとか……そんなのばっかりだよ。男子だって本気で好きなら、簡単に告白なんてできないって」
——大して話したこともない男から、いきなり呼び出されて告白される。
ねぇ、なんで親しくもない相手と恋愛できるって思えるの?
あの、自称モテる男の自意識だけ肥大した「俺すごいだろ」っていう自己主張。
どれだけの女の子が、見て見ぬふりをしてやり過ごしているか分かってる?
街中でつきまとうナンパだって、私の女の子同士の大切な時間を平気で壊してくる。
脈がないと分かれば、すぐ次の女の子に行く——まるで女の子が使い捨てできる物みたいに。
もちろん、親切な男もいる。
それが下心からだったとしても、無碍にはできないから、ありがたく受け取るしかない時もある。
でも——なんで男はその優しさを、他の女の子にも向けられないの?
あの子が陰でうつむいているのを、ちゃんと見てあげてよ。
ほら、あの笑顔がぎこちない美咲ちゃんだって、本当は人が困ってるときに一番先に手を差し伸べられる。
勉強が苦手な結衣ちゃんは、誰かが失敗しても絶対に笑わないし、むしろ一緒に恥をかこうとしてくれる。
ちょっと強気に見える千夏だって、放課後には小さい弟の面倒見ながら、家事に勉強に頑張ってる。
それって、簡単そうで誰にでもできることじゃないんだよ。
ねえ——なんで男は、私じゃなくて、こんなに可愛くて素敵な女の子達を見てあげられないの?
「そ、そうなのかな……」
「そうだって。坂尾さん、そんなに可愛いのに自信ないとか、おかしいよ。具体的にどこが可愛くないの? 教えてよ?」
「だって……一重で目は細いし、顔は丸いし、鼻も低いし……」
「いつも笑ってるみたいで可愛いじゃん。それに、黒目すごくキラキラしてて綺麗だよ。丸顔で可愛い子なんていっぱいだし、てか女優さんにもいるし。鼻だって、ちょこんとして形いいじゃん」
さっきの反省から、自然な感じに話してみる。
さすがにキスのギリギリまで行って、ルックスの話しになると気を使うかな。
でも、これはお世辞じゃなくて、本当に心の底からそう思ってる言葉だ。
そう確信した瞬間、由梨ちゃんのまつ毛の奥が、ゆっくりと濡れていくのが見えた。
「あ……ありがと。まさか白鳥さんにそんなこと言われるなんて……ちょっと嬉しいかも」
声はかすかに震えていて、耳までうっすら赤くなっている。
伏せられたまつ毛が小さく揺れ、そこからこぼれ落ちそうな涙が光を受けてきらりと瞬いた。
その儚さに、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
まるで、自分の言葉が小石みたいに由梨ちゃんの心に落ちて、静かな水面を波立たせたようだった。
——私の言葉で、こんなに喜んでくれるんだ♡
ただ思ったことをそのまま伝えただけなのに、こんなふうに瞳を潤ませてくれるなんて♡♡
その事実が、胸の奥で小さく脈打つような感動を生む♡
心の奥が、くすぐったくて、でもあたたかくて……息を吸うのも忘れそうになる♡♡
視界の端がふわっと明るくなった気がして、耳の奥が少し熱い♡
胸の奥では、何かがポンっとはじけるように、嬉しさが跳ね回っていた♡♡
心臓は少し速くなって、手のひらまでぽかぽかしてくる♡♡♡
ただ言葉を交わしただけなのに、世界が少しきらきらして見える♡
自分の声が由梨ちゃんの心に届いて、ちゃんと響いてくれた♡♡
そのことが、信じられないくらい嬉しかった♡♡♡
もう……だめ……♡好き……♡ほんとに好き……♡
触れたくて……♡抱きしめたくて……♡ぎゅってして離したくなくて……♡
胸が苦しいのに、こんなに幸せで……♡壊れちゃいそう……♡
由梨ちゃんが笑ってくれるだけで、私の全部が蕩けそうになる……♡
「……一応、一重から二重にするなんて、プチ整形もあるし、テープとかアイプチで作れるけど……それで可愛いって言われても、ちょっと微妙じゃない?」
テープやアイプチなら、道具を軽く貼るだけで二重ができるし、朝のメイクにほんの数分加える程度で済んでしまう。
自分でも、あまりこういうことは言わない方がいいかなって思うけど、もし少しでも由梨ちゃんの助けになるなら……そう思って、あえて口にする。
「そのときは自己肯定感上がっても、たぶん長続きしないよ。しかも彼氏いるのに、そんなことする必要ある?」
自己肯定感っていうのは、一時的に外からの評価で押し上げられるものじゃなくて、自分の内側から湧き出るもの。
その場の満足感だけじゃ、心の深い部分はまだ不安定なまま。
見た目を変えただけで、内面の自分に対する信頼や安心感は生まれない。
一瞬の自信に浮かれても、時間が経てばまた不安に引き戻される。
おしゃれって、その子の自由だ。
私だって、少しでも女の子に可愛いって思ってもらいたくて、髪型や服を工夫している。
だから、否定も肯定もできない。
コンプレックスとの向き合い方は人それぞれ。
でも──私は、今のままの由梨ちゃんだって、十分可愛いって思う。
……ただ、それを私が言うのは、なんだかズルい気がするけれど。
こういう時だけは、都合よく彼氏の存在を引き合いに出してしまう。
女の子は、みんなそのままでも可愛い。
それに加えて、おしゃれをして、さらに輝くことだってできる。
その瞬間ごとに違う“可愛い”が生まれるなんて──なんて、女の子って神秘的で奥深いんだろう。




