第51話 私という檻に沈めてあげるの♡
「……一緒に、歩く?」
「うん。私はね、たぶんみんなが思ってるほど、出来た人間じゃないの。悩むことばっかりだし、間違えることもたくさんある。こんな私でも良いのかなって、いつも考えてる。
でも……だからこそ、“一緒に悩みたい”。みんなとそんな関係で在りたいの。
一緒に悩み合える友達なら、きっと思いっ切りぶつかって、喧嘩したりしても、ちゃんとまた笑い合えると思うんだ。……ね? それって、ちょっと楽しそうじゃない?」
「……白鳥さん」
「そんな私の、友達になってくれませんか? お願いします」
頭を下げた瞬間、頬に重く熱が集まるのがわかった♡
視界の端で、結菜ちゃんの唇が震えた♡♡
驚き、戸惑い、そして──少しの感動が混ざったような表情♡♡♡
その目が、私のことをまっすぐに見ている♡
まるで、世界のすべての音が遠のいていくみたいに、彼女の瞳だけが鮮明だった♡♡
胸の奥が、きゅっと締めつけられる♡
熱が喉元までせり上がってきて、呼吸が少しだけ乱れる♡♡
どうしてだろう、結菜ちゃんの視線を浴びるだけで、全身の血の気がふわっと上がっていく♡♡
肩の力が抜けて、まるで重力から少し解放されたみたい♡♡♡
結菜ちゃんの瞳の中に、自分の顔が小さく映っていた♡
頬が赤くて、唇が少しだけ震えていて♡♡
自分がこんな顔をしているのを見たら、きっと恥ずかしくて逃げ出したくなる♡♡
けれど、そのまま視線を逸らせなかった♡♡♡
胸の鼓動が、まるで名前を呼ばれるたびに跳ねているようで、その音が、どこか甘く、少しだけ苦しい♡
それを確かめるように、私は小さく笑って、結菜ちゃんに微笑み返した♡♡
ふふ……愛してるよ……もっと……もっと深く愛させて……♡
可愛すぎて……息が甘く絡まって……呼吸まで蕩けちゃう……♡
鼓動が早すぎて……私、壊れちゃうかもしれない……♡
当たり前だけど、私は決して“出来た人間”なんかじゃない。
ただ、たまたま少し恵まれた家庭に生まれて、たまたま見た目が整っていて、たまたま記憶力や運動神経が良くて、ほんの少しだけ要領が良かっただけ。
でも──ときどき思ってしまう。
私は、優れた人間なんじゃないかって。
褒められるたびに、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「白鳥さんって綺麗」「頭いいよね」──そんな言葉を聞くたびに、知らないうちに心の奥に“特別”という言葉が芽を出していく。
皆が「難しかった」と嘆くテストで、自分だけ良い点を取ったとき。
部活で、毎日努力している子たちよりも上手く動けたとき。
目の前でふとした自分の表情が他人の視線を惹きつけるのを感じたとき。
私は、あぁ、私ってちょっと凄いのかも……って。
そんなふうに思ってしまう瞬間がある。
けれど、現実はすぐにその思い上がりを叩き潰してくる。
全国模試のランキングを見れば、私より上がいくらでもいて、SNSを覗けば、もっと才能に溢れた子がいくらでも笑っている。
世界の広さに軽く絶望しながら──それでも、私の中の何かは、それを見てもなお、静かに自惚れを手放そうとしない。
頭の中の私は、井の中の蛙みたいに居心地のいい幻想に浸りたがる。
“出来る自分”の檻の中で、周りの努力を見ないふりをして、都合よく自分を保とうとする。
井戸の外の世界なんて、見たくない。見てしまえば、自分がどれほど取るに足らない存在か、思い知らされるから。
驕りは、すぐに傲慢に変わる。
“出来る”という実感は、“出来ない”を見えなくさせる。
“分かっている”という安心は、“分からない”を笑うようになる。
そして、“要領の良さ”という名の鎧は、他人の努力や苦しみを隠してしまう。
その方が、自分の居場所を守るには都合がいいから。
……でも、そんな自分に気付いて嫌になる。
女の子の涙に共感したいのに、心の奥ではどこか冷めていて。
「かわいそう」と思いながら、その言葉の裏で、自分の安全圏を確かめている。
優しくありたいのに、本当の意味では寄り添えない。
──そんな自分を、見透かされるのが怖い。
私なんて、本当にただの凡人だ。
たまたま持って生まれた“出来る”の積み木の上にずっと座っているだけ。
それを才能と勘違いして、少しだけ高い場所から笑ってる。
そんなもの、自信なんかじゃない。
ただ、他人を軽んじているだけ。
出来なかった自分を忘れてしまって、知らなかった時の自分を、まるで別人みたいに見下ろしている。
“過去の私”を、都合よく切り離して、今の自分だけを綺麗に飾り立てて──それを“成長”だと錯覚している。
でも、何かを得るということは、必ず何かを失うということだ。
出来なかった時の悔しさ、知らなかった時の好奇心、足掻いていた頃の無様さ。
それらを置き去りにして、私は“分かっている側”の人間になってしまった。
“知っている”は、“知りたい”を殺す。
“出来る”は、“やりたい”を奪う。
そして、気づかないうちに私は──誰かの「まだ出来ない」を、少し冷めた目で見ていた。
同じ場所を通ってきたはずなのに、その痛みを“通過点”としか思えなくなっていた。
でも、そんなふうに迷いながらも必死で頑張る女の子の姿は、本当は眩しくてたまらない。
傷ついて、泣いて、それでも前を向こうとしている光。
その輝きがどんな宝石よりも尊いのに、私の驕りは、それすらも曇らせてしまう。
──まるで、自分の影が、誰かの光を踏みにじっているみたいに。
だからこそ、思う。
本当の自信って、きっと“勝つこと”でも、“優れていること”でもない。
自信っていうのは──言葉の通り、自分を信じてあげることだ。
出来なかった自分を見捨てないで、出来るようになった自分を、ちゃんと愛してあげること。
その過程の全部を、肯定してあげることなんだと思う。
まだ出来なくて悩んでるあの子を見ると、私はいつも、昔の自分を重ねてしまう。
あの頃、何も分からなくて泣きながらノートをくしゃくしゃにしていた自分。
誰かの言葉に救われて、もう一度立ち上がれたあの瞬間。
そんな記憶が、結菜ちゃんの中に蘇るみたいに感じる。
彼女の不器用な笑顔や、真っ直ぐな眼差しを見るたびに──胸の奥が懐かしくなる。
そして、どうしようもなく、愛おしくなる。
出来なかった苦しみを、私は覚えている。
知らなかった後悔の重さを、私は知っている。
だからこそ、今、目の前でそれをまっすぐ抱えている結菜ちゃんが、たまらなく愛おしい。
彼女の悩みは、かつての私の痛みであり、彼女の光は、今の私が失いかけていた眩しさそのもの。
結菜ちゃんと私は違う。
考え方も、感じ方も、生き方も違う。
だけど──だからこそ、その違いが美しい。
彼女が選んだその道を、私は誇らしく思う。
私の中にもう一度、信じるという力を思い出させてくれるその存在を。
──ねぇ、結菜ちゃん。
私があなたを見つめてしまうのは、きっとあなたの中に、私が失ってしまった“光”があるからなんだ。
「……うん、こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふふっ、ありがと。でも、結菜ちゃんからの相談だったのに、私ばっかりお話ししちゃった。やっぱダメだなぁ、私」
「ううん、そんなことない。……なんかすごく、満たされてる。ちゃんと悩んで、自分の気持ちを大事にしたいって思えた。友達にも、あの人にも、本気でぶつかりたいって思ってる」
「そう? ……少しでもお役に立てたなら、良かった」
結菜ちゃんが小さく息を吸って、私と同じように頭を下げる。
その仕草があまりにも丁寧で、思わず微笑んでしまった。
顔を上げた瞬間、視線がふと重なって──お互い、どちらからも逸らせなかった。
私は何かを誤魔化すように、照れ隠しの笑みを浮かべる。
話しすぎたかも。重かったかな。
そんな自己嫌悪が胸の奥にふっと広がって、心の中で小さくため息を吐いた。
でも、その瞬間。
結菜ちゃんは、頬をほんのりと赤く染めながら、まっすぐに私を見ていた。
その目は、さっきまでと違う。
少し潤んで、何かを言いかけて、でも言葉にならない──そんな温度を宿していた。
胸の奥が、静かに、でも確かに高鳴った。
空気の粒が熱を帯びるように、心臓がひとつ、ふたつとリズムを刻んでいく。
どうしようもなく嬉しくなって、私はつい、また微笑んでしまった。
無意識に唇の端が上がっていく。
私も、自分で自分を選ぶ私であり続けたい。
誰かの期待や評価のためじゃなく、自分で決めた自分を、生きていたい。
未来の私から、「よくやってるね」って言ってもらえるように。
どこかの誰かが、「あなたの生き方、好きだよ」って笑ってくれるように。
たぶん、これを見てる誰かは、きっと気恥ずかしそうに笑うんだろう。
“何カッコつけてるの”って茶化すかもしれない。
でも──だからこそ、これは私の願いなんだ。
照れくさいくらいが、きっとちょうどいい。
だって、そうやって笑い合える誰かがいるなら、きっとそれだけで、もう幸せだから。
悩むことで、私は私らしくいられる。
苦しむことで、私は自分という輪郭を確かめられる。
そして──決断することで、私は確かに「私」で在ると信じられる。
たぶん、“自分を信じる”って、そういう決断の積み重ねなんじゃないかな。
一度の成功とか、誰かの承認なんかじゃなくて、
小さくても、何度でも「これが私」と選び直す勇気。
その瞬間にだけ、世界の中で自分の心臓が本当に鼓動している気がする。
結菜ちゃんの悩みは、私がそっと掬ってあげたい。
水面に落ちた涙を手のひらですくうみたいに、壊さないように。
女の子の苦しみは、私が大事に抱き締めてあげたい。
痛みの奥にある“優しさ”を知っているからこそ、離したくない。
私の自信は、少しだけ結菜ちゃんの手を取るためにあって。
結菜ちゃんの自信は、少しだけ私の背中を押してくれる。
そんなふうにして、互いの光が少しずつ重なっていく。
まるで窓から差し込む光が、机の上でゆっくり溶け合うみたいに。
恋愛相談って、きっとそういうものなんだと思う。
誰かを好きになる気持ちを語り合いながら、
実は一番深く向き合っているのは“自分自身”なんだ。
だから、悩みを分け合うたびに、私たちは少しだけ優しくなって、少しだけ勇気をもらえる。
──そうやって結ばれる関係が、友達であり、絆なんだと思う。
そんな絆で繋がっている女の子たちの輝きは、どこまでも眩しくて。
笑い声や涙、語り合った日々のぬくもりのひとつひとつが、世界を柔らかく照らしていく。
私もその光のひとつであれることが、ただただ嬉しくて。
何よりも、誇らしい。
「本当はもっとお話ししたいけどね。もう昼休みも終わっちゃうし、また今度かなぁ」
「今日はありがとうございました。白鳥さんに相談して、本当に良かった」
「じゃあ、また連絡ちょうだいね。私も話したいこと出来たら、LINEするから」
「うん、バイバイ。本当にありがとう」
「またね、結菜ちゃん」
笑顔で手を振り合った瞬間、空気がふっと静まり返った。
名残惜しくて、でもこれ以上言葉を紡ぐと、なにかが壊れてしまいそう。
私は小さく息を吐いた。
結菜ちゃんが丁寧に頭を下げる、その仕草があまりにも美しくて、胸の奥がトクンと跳ねる♡
まるで胸の奥に仕舞っていた熱が、一気に血の巡りへと溶け出していくようで、立ち上がる足が少し震えた♡♡
膝の裏が熱を帯び、指先まで微かに痺れる♡
視界の端が滲んで、彼女の笑顔の輪郭だけがやけに鮮やかに浮かび上がって見える♡♡
──ふわりと、甘い香り♡
彼女の髪に触れた空気がまだこの空間に残っている♡♡
その残り香の中で、私はふと、自分の頬に手を当てた。熱い♡♡
何かを隠すように笑ってみせるけれど、胸の鼓動がまるで嘘をつけなくて、「またね」と口にした声が少し掠れていた♡♡♡
大丈夫だよ──。
もしも男なんかに振られたりしても、私が思い切り、抱き締めて慰めてあげる。
ちゃんと、あたたかく、壊れないように。
女の子はみんな綺麗で可愛くて、眩しく輝いている。
結菜ちゃんみたいな子を振るような見る目のない男なんて、お呼びじゃない。
そんな存在は、この世界に必要ない。
──だから、安心して。
あなたを囲う檻を、私は用意してあげる。
甘くて、やわらかくて、外の世界の音が届かない場所。
そこに沈めて、眠るように愛してあげる。
男なんていう下等な因子から、私はあなたを“奪ってあげる”。
結菜ちゃんの光が濁らないように、私が全部、代わりに汚れてあげる。
だから──覚悟してね。
だって、私の中ではもう、あなたはただの“友達”なんかじゃないから。




