第5話 キスがしたくて止まらないの♡
由梨ちゃんは、視線を落としたまま、眉をちょこんと寄せてる。
あの、ちょっと困ってるみたいな顔……ずるい。反則♡
頬がほんのり赤くて、唇は小さく結ばれて、見てるだけで胸の奥がぎゅーっとなる♡
なんかもう、脳内でよくわかんない幸せ物質がわーって溢れてる気がする♡♡
胸の奥がぎゅーっと熱くなって、心臓はドクドクして、手先がじんわり熱い♡
「可愛い……好き……守りたい」っていう信号が、全身を駆け巡って止まらない♡♡
出来るのならば、これ以上は踏み込まないほうがいいのは分かってる。
ここで余計なこと言ったら、今までの由梨ちゃんの悩みを全部「違うよ」って否定しちゃうかもしれない。
けれど——このままモヤモヤを抱えたまま帰らせるなんて、そんなの私が許せない。
折角、私を選んでくれたんだから……何か、ほんのちょっとでも、由梨ちゃんの気持ちが軽くなるようなことを言いたい。
……ああもう♡……好き♡ほんと、可愛いなぁ♡
困らせないようにって思ってるのに……♡困らされてるのは私のほう……♡
可愛い女の子に困らせられちゃうのって……♡ホント幸せ……♡蕩けちゃう♡
「うん、分かるよ、その感じ。理屈じゃないんだよね。なんか不安で、なんか恐いって思っちゃう」
私の声は、なるべく柔らかく。
膝の上で組んだ手を少し解いて、身を前に傾ける。由梨ちゃんの横顔が、かすかに影を帯びていた。
私は頷きながら、そっとその顔を覗き込む。
光の加減で、まつ毛の先に小さな影が落ちているのが見えた。
「でもさ、それって坂尾さんが、ちゃんと自分の気持ちに向き合おうとしてる証拠だと思う」
「……そうなのかな」
「うん、そうだよ。だってさ、ずっと不安なままってしんどいでしょ?」
「……まぁ」
「不安が不安を呼んで、本当は何を求めていたのか分からなくなっちゃうの」
「……分かる気がする」
「……たぶん坂尾さんの中には、もう答えがあるんじゃないかな。でも、本当にそれで良いのか自信がない。……違う?」
たぶん由梨ちゃんは自分に自信がないんだと思う。頭では理解していても、心から信じきれてない。
自分の答えに触れたとしても、確信を持てずにいる。
「…………」
「だったらもう、時間をかけて、ちょっとずつ自信付けて、慣れていくしかないんじゃないかなって」
「慣れる?」
小首を傾げる仕草に、髪が頬へと滑り落ちる。
なにそれ、可愛い♡大好き♡
「そう。たとえば行ったことない駅とか道って、最初は迷いそうで不安になるけど、
何回か通るうちに景色とか目印覚えて、自然に歩けるようになるでしょ?それと同じ」
「だから、いきなり全部克服しようとしなくていいから……少しずつ、ね。小さな“練習”みたいなやつ」
「……練習」
「そう、練習。坂尾さんは何が恐くて、何が不安なの? 慣れるために試しにやってみようよ。私が力になるから」
由梨ちゃんはしばらく黙り込んだ。
視線は落としたまま、でも耳だけが真っ赤になっている。
やがて彼女は小さく喉を鳴らし、ちらりと私を盗み見ると――すぐにまた視線を逃がした。
「もしかして、そ、それって……」
由梨ちゃんが視線を宙にさまよわせ、息をためらうように溜め――
「キ、キスの……練習……でも……?」
——え?
いきなり由梨ちゃんの口から飛び出した予想外の単語に、私の思考が一瞬固まってしまった。
目が合う。向こうはすぐ逸らして、頬がじわじわと熱を帯びていく♡
「……いやいやいやいや、待って待って。キ、キス……?」
反射的にそう言いながらも、唇の端が勝手に上がってしまう♡
頬の内側に笑いがこもって、息が熱くなった♡♡
キスの練習? 由梨ちゃんが?
あの大人しくて、人見知りがちな由梨ちゃんが、そんなこと妄想してるの?
一人で目を閉じて、胸を高鳴らせながら、そっと唇を濡らして、じっと待ってたりするの?
……なにそれ……♡可愛い♡可愛い♡
ちょっと可愛すぎない? ずるい……♡反則……♡
好き……♡好き……♡大好き……♡
そんな由梨ちゃん、絶対に見たい♡♡
「もしかしてさ、坂尾さんって、ちょっとえっち?」
「え、あ、えと……。そう、なのかな……?」
「ふふっ。でも、そうやって開き直って、大胆になっちゃうのもいいかも、なんて?」
冗談めかして口角を上げると、由梨ちゃんのまつ毛がわずかに震える。
一度、緊張を解かせるために軽く息を吐く。
大丈夫、これはただの冗談。……でも、ほんの少しだけ、本気♡
「もう、白鳥さんったら、意地悪……」
「ごめんね。確かにちょっと意地悪な言い方しちゃったかも」
笑いながら、わざと机越しに手を伸ばし、彼女の手へと触れる。
指先同士がかすかに触れ合った瞬間、ぴりりと小さな電流が走る♡
短く整えられた爪は、やわらかなクリーム色のネイルで少しだけ光っていた。
蛍光灯の明かりを受けて、つやつやと優しく反射する。
私はその縁を、人差し指でそっとなぞる。
ただ触れているだけなのに、指先から腕へ、ゆっくりと熱が伝わってくる気がした。
あぁ……指先が甘く震えて……好きが零れ落ちる……♡
好きが全身を巡って……皮膚の奥まで痺れてる……♡
すぅ……んっ……好き、好き……♡ もう、だめぇ……♡我慢できないっ……♡
「でもね、私たち歳頃だもん。好きな人とそういうことしたくなるのって、当たり前だよ?」
「……そうなのかな」
小さな声。信じたいけれど怖い——そんな迷いが、瞳の奥で揺れる。
「そうよ。じゃあ……しよっか? キスの練習」
机越しにぐっと身を乗り出す。
由梨ちゃんの背中が椅子に押し付けられ、その反動で靴底が床を引きずる音が響く。
距離が詰まるたび、吐息が頬に触れ、ほんのりとした甘い匂いが鼻先をかすめる。視線は泳いでいるのに、どうしても私から逸らせない♡
手を重ねる。柔らかくて、まだ少し冷たいその手が、触れるたびにじわりと熱を帯びていく♡
指先から腕、胸の奥へと、痺れるような感覚が伝わって——もう、逃がさない♡♡
「え、え、本当に白鳥さんと……? 待って、待って」
「待たない。私、そうやって頑張ろうとしてる坂尾さんのこと……好き。だから……ね?」
軽く椅子の背を押す♡
その一押しに抗う間もなく、彼女は立ち上がらされ、私の胸元まで引き寄せられる♡♡
その勢いのまま一歩踏み込み、距離を一気に奪う♡♡♡
恋人繋ぎで指を絡める。一本ずつ、ゆっくりと、まるで“封じる”ように絡め直す♡
親指の腹で手の甲をなぞれば、彼女の呼吸がひとつ乱れ、わずかに肩が揺れる♡♡
腰に添えた手は、呼吸の上下に合わせてじり……と動き、そのたびに体温と心音が、布越しに直に伝わってくる♡♡♡
少し動かせば、ぴくりと背筋が跳ね、そのあとで力が抜けていくのがわかる♡
揺れる瞳と言葉の拒みとは裏腹に、その身体は、確かに私に預けられていた♡♡
お願い……もっと、そばに……♡
指を絡められるたび、胸の奥が甘く弾けて……体の芯まで熱くなるの……♡
触れるたびに……全身に好きが走って……息がうまくできない……♡
もう……今は由梨ちゃん以外、見えない……♡
「す、好きって……」
「いつもみんなを気にかけるところが好き。
どんな人にも分け隔てないところが好き。
彼氏のことをちゃんと大切にしようって思ってるところも……
自分と向き合おうって頑張ってるところも……ぜんぶ、好き」
言葉を紡ぐたび、絡めた指先から、じわじわと熱が伝わっていく♡
布越しにもわかる鼓動と体温。そのぬくもりを確かめながら、ゆっくりと壁際へ追い詰めていく♡♡
腰に回した腕の力を、支えるためと偽ってわずかに強める♡♡♡
背中が壁に触れた瞬間——ほんの小さな反響音が、密やかに耳へ返ってきて、彼女の肩がびくりと跳ねた♡
いつも授業を受けている教室で、こんなことしてるなんて、背徳感がヤバい♡♡
「わ、私、白鳥さんが思ってるような、そんな良い人じゃない……」
「いいの。この“好き”に嘘はないから。……ちょっとだけ、練習、ね?」
じっと視線を絡める♡
逃げられないと悟ったように、由梨ちゃんの瞳孔がゆっくり開いていく♡♡
吸い寄せられるように、唇がわずかに緩み、呼吸が浅くなる♡♡♡
互いの吐息が混ざり合うたび、胸の奥が熱くなって、もう——止まらない♡♡♡
「だ、だめ……」
……あ。
心臓が、跳ねた♡
その拒みの声が、かえって私の中の何かを煽る♡♡
息が混じり合う距離♡
握った手を、鼓動のリズムに合わせてきゅっと締めるたび、胸の奥に熱があふれていく♡♡
由梨ちゃんの鼓動が、私の手の中で小さく跳ねた♡♡♡
……顔が近づく。
少しずつ、ほんの少しずつ。
視界の端でまつ毛が揺れ、唇がわずかに開く。
鼻先が触れそうになる瞬間、吐息が絡まって、胸の奥まで温かくなる♡
世界の音が遠くなって、見えるのは彼女の瞳だけ♡
ゆっくりとまぶたが閉じていく、その一瞬に全てが詰まっていた♡
息も鼓動も、ただその瞬間のためにあるみたいに——。
もうダメ……好きすぎて壊れちゃう……♡
触れる前から、溶けちゃいそうで……頭の中、全部由梨ちゃんで染まってる……♡
鼓動も吐息も……ぜんぶ混ざって、境界がなくなっていく……♡
この一瞬で、世界ごと……全部由梨ちゃんに染まりたい……♡
「やめて……」
かすれた小さな声と一緒に、由梨ちゃんの潤んだ瞳の縁から涙がひとつ、ぽろっとこぼれた。
きらりと光って、頬をつたって落ちていく。
それを見た瞬間、胸の奥がぎゅっと強くしめつけられて、心臓が一瞬止まったみたいに息が詰まる。
——あ、ダメ。
やっと頭が冷えて、どうにか一線をこえずにすんだことに、少しほっとする。
でも、その安堵感は、すぐに胸の奥で苦く後悔へと変わった。
もし今の「やめて」と零れた涙がなかったら……きっと、私は本当に止まれなかった。
想像するだけで背筋が冷たくなり、胸の奥に沈む心が重くなる。
「……あはは。坂尾さん、面白ーい、可愛いなぁ」
乾いた笑い声が、自分の口から出ているのに遠くに聞こえた。
彼女の肩の震えを見ていられなくて、距離を取る。
——ああ、最悪だ。
由梨ちゃんを泣かせてしまったのに、その涙を直視しないで、彼女を「からかわれた側」にしてしまえば、私は傷つかずにいられる。
そんなの、卑怯だってわかってるのに。
「……ごめんね? 冗談に決まってるじゃん。って言ったら信じる?」
声は軽く装ったつもりなのに、喉の奥が熱くて、震えが混ざった。
由梨ちゃんの頬をつたった涙の跡が、きらりと光って見えた。
さっきまで私の胸に触れていたあの体温が、急速に遠ざかっていく。
……ねぇ、私、ちゃんと冗談にできてた?
それとも、この涙の温度はもう、取り返せない?




