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第46話 恋愛相談って光に焼かれちゃう♡

 結菜ちゃんの待つ家庭科室へと走る。

 少し遅れたけれど、まだ昼休みは半分ぐらいは残っている。息を整える間も惜しくて、私は勢いのまま扉を開けた。


 竹田結菜ちゃんは、ちょこんと椅子に座って待っていた。

 耳横のあたりで二つに結んだツインテールが、ふわりと肩の上で弾む。

 ほんのり巻かれた毛先が光を受けて柔らかく揺れ、薄く施されたメイクが、そのあどけない顔立ちに小さな艶を添えていた。


「わー、ごめんね、遅くなっちゃった」

「ううん、そんなに待ってないから大丈夫。むしろ、忙しそうなのにごめんね?」

「あはは、私用だから気にしないで。てか、その巻いてる髪、可愛すぎ! 目元も決まっててヤバイね!」

「えー、白鳥さんに褒められるとめっちゃ照れるんだけど。完璧過ぎて、どこ褒めて良いか逆に悩むレベル」


 その瞬間、結菜ちゃんの頬がふわりと色づいた♡

 わずかに伏せられた睫毛が震え、潤んだ瞳がこちらを見上げる♡♡

 胸の奥が、きゅ、と音を立てた気がした♡♡♡


 心臓の鼓動が一拍、二拍──と遅れて跳ねる♡

 体の中心が温かくなって、指先がほんのり熱を帯びる♡♡

 まるで血の流れが一瞬で速くなったみたいに、顔の内側がじんわりと火照る♡♡♡


 どうしてだろう、目が離せない♡

 視線を向けるたびに、彼女の笑顔が胸の奥で波紋を広げていく♡♡

 柔らかい声のトーン、わずかに首をかしげる仕草──それら全部が、頭のどこかをくすぐってくる♡♡♡


 「かわいい」と口にしたのは私のほうなのに、

 今はむしろ、見返されるたびに私のほうが追い詰められていく♡


 喉の奥が少しだけ乾く♡

 笑おうとした唇が、思ったより上手く動かない♡♡

 その小さな違和感のすべてが、恋に似た予感として身体の中を駆け巡っていた♡♡♡


 好き……可愛いっ……♡頭が溶けちゃいそう……♡

 その声が……響きが……♡私の中に入ってくる……♡

 揺れて……蕩けて……とろとろ……♡……もう全部が結菜ちゃんだけ……♡


「てか、お昼食べながらでいい? まだ食べれてなくて」

「あ、うん、どうぞどうぞ」

「ごめんね、さっさと食べちゃうから」


 私は机の上にビニールの袋を置き、サンドイッチの袋をくしゃりと音を立てて開けた。

 中から取り出したサンドイッチは、卵とツナ、レタスサラダの三種類。ラベルの透明のフィルムを剥がすと、

 ほのかにマヨネーズとパンの匂いが立ちのぼる。


 ひと口かじる。

 しっとりとしたパンが舌に吸い付くように馴染み、冷たいツナの塩気が口いっぱいに広がった。

 昼の光がカーテン越しに差し込み、家庭科室のテーブルをやわらかく照らしている。

 結菜ちゃんは向かいで静かに待っていて、私は小さく息を飲んだ。


 その視線が優しくて、なんだか少し恥ずかしい。

 「食べてるとこ見られてるのって、変に照れるよね」なんて笑いながら、もうひと口、卵の方をかじった。

 甘い卵とマヨの味が混ざって、少しだけ緊張がほぐれていく。


「で、好きな人が友達と被ったって相談だよね?」

「うん、同じクラスの男子のことが気になるんだけど、なんか友達も同じ男子のこと好きみたいで」

「それでどうしたら良いか、悩んでると」

「……そうなの、ねえ、白鳥さんはどうしたら良いと思う?」


 結菜ちゃんは、揺れる瞳で問いかけてきた。

 その声は小さくて、まるでテーブルの上にこぼれ落ちそうなほど儚い。


 こういう時って、だいたい答えはもう決まってるんだと思う。

 ただ、誰かに聞いてほしかったり、

 自分の気持ちが間違ってないって、誰かに肯定してほしかったり。

 人は“答え”よりも、“誰の声で”その答えを聞くかを、無意識に選んでいるのかもしれない。


 でも──それでも私は思う。

 こういう問題って、結局その子自身の中でしか解けない。

 友情も恋も、他人の尺度じゃ測れないし、他の誰かがどうこう口を挟める問題じゃない。

 そもそも男なんかに、女の子同士の関係を壊してまで追う価値があるとは思えない。


 だけど。

 恋する女の子の想いって、それだけで美しい。

 たとえ報われなくても、傷ついても、誰かをまっすぐに見つめているその姿は、どうしようもなく尊くて愛しい。

 心の底から大事にしたいと思ってしまう。


「うん、じゃあ、前提から話すね。私は相談の連絡をくれた結菜ちゃんの味方だし、その恋を応援したいと思ってる。でも、女の子同士で喧嘩もして欲しくないって思ってる。これはいい?」

「……うん、大丈夫」

「その好きな相手が誰なのかは敢えて聞かないよ。ただ人気のある男子ってことは、もっと他にその男子のことを好きな子だっているかもしれない」

「……そうかも」

「なら、その友達だけじゃなくて、他の子からの嫉妬やぶつかっても構わないって気持ちがあるかってことが第一だよね。じゃないと、もし付き合っても同じような気持ちを抱えたままになると思う」


 そう言って、私は手元の紙パックの紅茶をストローで吸った。

 小さな音が静かな家庭科室に響く。その音が、妙に現実的で、結菜ちゃんの沈黙をやわらかく包む。


 相談なんて言っても、大げさなものじゃない。

 まずは、結菜ちゃん自身の言葉で状況を整理してもらう。

 そのあとで、私はきちんと伝える──「私は味方だよ」と。

 安心感を与えれば、心の鍵は少しずつ緩む。

 そこから彼女の中にある言葉と感情を引き出してあげるだけ。

 そして、まだ形になっていない情報を拾い上げて、そっと鏡のように返してあげる。

 それ以外のことは、何も必要ない。


「……好きかどうか、ってこと……?」

「そうだね、それもあるし、どう感じるかってことでもあるの。例えば、もし今この時間に友達がその男子に告白してたとしたら、どうする……?」

「……どうするって言われても」

「もし断られたら、『やったー』って喜ぶ? それとも一緒に悲しいって思う?

もし付き合ったら? 『おめでとう』って祝福する? それとも『悔しい。奪いたい』って思っちゃう?」

「……それは」

「たぶんどっちもなの。『好き』ってそういうことだと思う」

「……そうなのかな」

「そう。結菜ちゃんは、その友達のことも好きだし、その男子のことも好きなの。

だから“どちらかを選ぶ”って考えた瞬間に、答えられなくなる。同じ“好き”でも、ぜんぜん違う種類なのにね」

「そう、そうなの……! 友達のことも大事だし、でもその相手への気持ちも大事で……。

どうしたら良いか、分からなくなっちゃって」


 私の言葉を聞いた途端、結菜ちゃんの肩が小さく震えた。

 胸の奥で何かが溶けていくように、張りつめていた表情がほどけていく。


 言葉が一気に溢れる。

 泣きそうな顔で、それでも真っ直ぐにこちらを見てくる。

 その瞳の中には、まっさらな恋と、痛みと、眩しいくらいの誠実さが混ざっていた。


 私は息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。

 今、彼女の言葉には確かに“熱”が宿っている。

 理屈ではなく、生きている人間の心が発する本音の温度。

 その光が、私の中にまで届いて、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 ──ああ、恋をしている女の子って、本当に綺麗だ♡

 そのまっすぐな痛みを抱えたまま、こんなにも必死に誰かを想っている♡♡

 そんな結菜ちゃんの光が、いまこの瞬間、なによりも眩しい♡♡♡


「……そして、これは結菜ちゃんだからこそ言うね。私が勝手にそう受け取っちゃっただけだから、もし違ったらそう言って欲しいんだけど、結菜ちゃんは、つい自分のこと守っちゃってるんだと思う。無意識のうちに、自分が傷付かないようにって考えてるんじゃないかな?」

「…………」

「それって当たり前のことで、私もよくやってしまうんだけど、そういう時って自分のこと守ってるつもりでも、自分の気持ちは大事に出来てなかったりするんだよね。そして、そういう気持ちとか空気って、なんでか相手の子も分かっちゃうの」


 言葉が落ちたあと、空気が少しだけ震えた気がした。

 窓から入る光が、結菜ちゃんの頬を斜めに照らしている。彼女は視線を机に落としたまま、ぎゅっと指先を組んで──小さく震えた。


「だから自分もその友達ともなんとなく気まずくなるってこともある。だからって男に逃げても、大事になんてされないよ? 自分が大事だからって、自分の気持ちを大事にしない子のことを男子は軽く見ちゃうから」

「…………」


 結菜ちゃんは黙ったまま、私の話をじっと聞いていた。

 唇はきゅっと結ばれ、眉の端がほんの少しだけ下がっている。言葉を返す代わりに、彼女のまつ毛がわずかに震えるのが見えた。光を受けて揺れるその影が、机の上に淡く落ちている。


 私は息を整えながら、彼女の沈黙を否定せず、むしろその静けさに寄り添うように声を紡ぐ。


「でもね、自分を守るって悪いことじゃないの。

人はみんな、傷ついたら立ち上がるのに時間がかかる。

だから“まだ守りたい”って思えるうちは、それでいいの。

大事なのは、守りながらでも少しずつ“自分の本音”を見つめていくこと。

その好きな男子と友達と、どうなりたいか、どうしたいのか。

友達と気まずくなるのが怖いのと、その男子の気持ちが欲しいって気持ち。今はどっちの方が重たいの?って、自分に問い掛けてみて。

その先にきっと、“どうしたいか”が見えてくるから」


 結菜ちゃんはしばらく口を噤んだまま、指先でスカートの裾をいじっていた。ぎゅっと握って、また放して──その小さな動作の繰り返しが、彼女の心の揺れをそのまま写しているようだった。

 やがて、ほんの少しだけ息を吸い込み、声を震わせながら言葉をこぼした。


「……ありがと。ごめん、正直、そこまで考えたことなかったかも」

「ふふ、だよね。私もここまで突っ込むことはあまりないかも。でも、結菜ちゃんの顔見てたら、これは本気で悩んでるのかなって思ったの。キツく思ったなら、ごめんね?」

「……ううん、嬉しい。白鳥さんがそこまで考えてくれるなんて」


 彼女が顔を上げた瞬間、光が瞳に反射して、かすかな涙の膜がきらりと光った。

 まっすぐに見つめ返してくれるその瞳に、私は不思議な感覚を覚える。


 ここまで踏み込めるのは、たぶん私が“白鳥沙織”だからだ。スクールカーストの上位にいて、周囲から一定の距離で見られている、その特権。

 普通の友達同士なら、こんな言葉を投げたら関係は壊れてしまう。けれど私なら、ギリギリの境界でそれを伝えられる。


 相談を受けるという立場でありながら、私は今、結菜ちゃんが自分の心と向き合う瞬間を、誰より近くで見ている。その揺らぎが目の前にある。

 その時間が、どうしようもなく愛おしい。


 結菜ちゃんの瞳がまた揺れた。そこには、言葉とは裏腹に苦しみと悩みが詰まっている。けれど同時に、確かな意志の光も宿っていた。

 その光が、あまりにも眩しかった。


 私には、ただその輝きを見つめていたくなる衝動しかなかった♡

 誰かを好きで苦しむこと、その痛みに戸惑いながらも、前を向こうとするその姿が、どうしようもなく美しくて♡♡

 ああ、これが“恋をしている女の子”なんだ、と、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた♡♡♡


 なんだか息が少し浅くなる♡

 心臓がぽん、と強く打つたびに、手のひらまで微かに熱を伝えてくる。視線を外せば胸がきゅっと締め付けられるようで、自然に肩が少し丸まった♡♡


 手先が無意識に膝の上で組んだ指をぎゅっと握りしめる。息を整えようとしても、結菜ちゃんの存在が近くにあるだけで、呼吸がふっと乱れ、胸の奥がふくらむ♡


 光に揺れる結菜ちゃんの瞳が、さらに私の胸をざわつかせる。鼓動が耳元まで響き、ほんの少し胸の奥がざわざわと疼くような感覚。身体の芯から熱を感じながらも、それを抑えようとする自分と、ただこのまま見つめていたい自分が同時に存在する♡


 背筋がぴんと伸び、息を吐きながら肩を落とす。意識的に平静を保とうとしても、胸の高鳴りが止まらず、じんわりと手足の先まで熱が回っていくのがわかる♡


 眩しい……苦しい……♡痛いぐらい輝いてる……♡

 大好き……ほんとに……好きすぎて……♡もう、どうにかなっちゃう……♡

 壊れてもいい……♡このままその光で焼いて……壊して……♡

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