第41話 私が女の子に捧げられちゃう♡
「それで困ってるのが、違うクラスの子から先に相談乗ってって頼まれちゃってて」
「ああ、バッティングしたのね」
「ちょっと遅れるとはLINE入れたんだけど……」
「ブッチすれば良いじゃん」
「どっちを?」
「告白の方」
「嫌よ。今時、手紙で呼び出そうとしてくる人なんか。変な怨み持たれたくない」
そんなこと言いつつ、万が一にも女の子に待ち惚けさせてしまったらどうしよう、って気持ちの方が強い。
もしも私のことを想って待っててくれた子が、誰も来ないまま、涙を流したりなんかしたら、私はもう生きて行けない。
どうしても、女の子からの告白という僅かな期待を捨てられずにはいられなかった。
告白なんて、恋愛や人間関係を形作るコミュニーケーションの一部でしかなくて、言ってしまえば普段の挨拶や会話と何ら変わらない。
もちろん、そこに至るまでの想いの重さや、
交わされる言葉に込められた誠実さは人それぞれで、お互いの関係性を確認し合うロマンチックな“儀式”としての尊さは理解している。
むしろ、女の子なら誰しも、そんな夢を一度は見たことがあるだろう。
でも——それは、相手が“好きな人”であればの話。
もしくは、少し気になっている人とか、手の届かないと思っていた憧れの誰かからの言葉なら、きっと胸の奥が甘く弾けてしまう。
けれど、差出人の顔も名前も分からない。
そんな一枚の手紙からでは、想いを感じ取ろうとすら思わない。
相手の存在を想像する余地がないぶん、そこに生まれるのは期待よりも不安だった。
私をどんな気持ちで見て、どんな思いで書いたのかも分からないからこそ、恐い。
誰かに見つかるのが嫌だなんて気持ちは分からなくもない。
恋する心はいつだって臆病だし、誰だって拒絶されるのは恐い。
でも、それならなおさら、手紙なんて渡し方は選ばないで欲しかった。
取るべきリスクと取らざるリスクの管理がバラバラで、つい頭を抱えたくなる。
女の子がラブレターをもらって嬉しいのは、
その紙の上に書かれた言葉だけじゃない。
その裏にある“勇気”——
人目を気にしながらも、それでも気持ちを伝えたいという誠実な覚悟——
その行動に心を打たれるのだ。
どんなに稚拙でも、不器用でもいい。
その瞬間の震えるような誠実さが、何よりの贈り物になる。
……けれど、今回の手紙にはそれがない。
ただ一方的に呼び出され、こちらの都合も知らず、顔も名前も明かさないまま、時間と場所だけを指定する。
そこに見えるのは、恋心ではなく“独りよがりな自己満足”。
私はこれまで、数え切れないほどの告白を受けてきた。
彼らにとって、私への告白は一つの挑戦であり、お約束であり、通過儀礼のようなもの。
「告白」と言う名の儀式をこなすことで自分が成長した気になって、“青春の一ページ”として彩りを添えたい。
そんな彼らの思惑が、透けて見える。
“告白してみた相手”として私を選ぶ、その安易さ。
そこに本気の感情はなくて、ただ“特別な何かに挑戦した”という自己満足だけが残る。
——だから、嫌なのだ。
彼らの告白には、誠実さよりも私に対する“甘え”がある。
「断られても仕方ない」と自分に言い訳して、
その一方で“特別な存在”に触れた気分に浸っている。
そんな都合の良い幻想の中で、彼らの自尊心を満たす道具に甘んじてしまう自分が嫌で、余計に男に対する嫌悪感が増していく。
そんな告白なんて、受けたくない。
「好き」という言葉を借りた自己満足を、もう見たくない。
「好き」って言葉がそんなに軽いわけがない。
「そりゃそうね。じゃあ、相談の方?」
「それも可哀想でしょ。せっかく連絡くれた子を蔑ろにしたくないし」
「……はぁ。じゃあ、誰かに購買でパンでも買いに行かせる? そして体育館裏に走らせる。それなら見守り役も兼ねて、良いでしょ?」
「うーん、それは助かるけど、申し訳ないなぁ」
恵美の申し出は確かにありがたい。購買での買い物はそんなに時間かからないし、もしものことを考えても安全面のリスクは大幅に減少する。
私は、眉を顰めつつ、ついつい悩んでいた。
もし本気で告白を成功させたいなら、
まずは自分という存在を、相手の視界に“認知”させることから始めなきゃいけない。
名前を覚えてもらうこと。
目が合ったとき、自然に会釈できること。
何気ない会話に、違和感がないこと。
そのどれもが、特別じゃなくていい。
自分を晒せるだけのスペックを提示して、ようやくスタートラインに立てる。
女の子たちは、学校という狭い世界の中で、みんな周囲の目を気にして生きている。
「みんなに見下されるような男に好かれるなんて恥ずかしい」——そんな空気が、確かに漂っている。
付き合うとなると、そのハードルはさらに上がる。
誰かの彼氏と比べられ、どこが良い、どこが悪いと、他人の物差しで評価される。
つまり、“相手が安心して周囲に紹介できる存在かどうか”を、行動で示さなければいけないということ。
そういう小さな行動の積み重ねの上にしか、恋は芽生えない。
いきなり「好きです」と言われたところで、
その言葉がどんな日々の延長線上にあるのかが見えなければ、それはただのノイズにしかならない。
恋って、熱だけで伝わるものじゃない。
信頼という静かな層を通してしか、相手の心には届かない。
だから、まずは安心させられる距離感を作ること。
そこまで辿り着いて、ようやく——“告白する資格”が与えられる。
さらにここで、関係性の選別が起きる。
でも、それは“意識して線を引く”というより、無意識のうちに自然に行われているものなんだと思う。
誰かと出会ったとき、私たちはまず、その人が“安全か、それとも危険か”で判断している。
言葉の裏に、声の高さに、笑顔の角度に、その人の“温度”を感じ取って、直感的に分類してしまう。
そしてその“安全”の中にも、さらに二つの層がある。
一つは、「友達として安心できる人」。
もう一つは、「異性として惹かれる人」。
前者は、近くにいても波が立たない。
一緒に笑って、一緒に話して、感情の温度が穏やかに揃っていく。
どこか空気のように自然で、呼吸を合わせるのも苦じゃない。
それが“友達枠”との関係だ。
でも、もう一方——“恋人候補枠”の相手には、
必ず少しだけ“不安”が混じる。
視線が交わると、理由もなく心臓が速くなる。
指先がかすった瞬間、ほんの一瞬、息が止まる。
そのたびに、身体が自分のものじゃないような感覚になる。
その予測不能な反応。
自分の中の“揺らぎ”を相手によって引き出されてしまう瞬間があるからこそ、女の子は恋をするのかもしれない。
私たちは、本能的に——自分を乱す相手に惹かれてしまう。
それは、生殖本能や遺伝子の多様性という、生命の根っこから説明することもできるし、
もっと単純に言えば、“自分にないものを補おうとする無意識の働き”なのだと思う。
落ち着きのない人に惹かれる人がいれば、静けさのある人に心を奪われる人もいる。
理屈ではなく、心の奥で“この人と関わったら、自分が少し変わるかもしれない”と感じた瞬間、
人はもう、恋に落ちている。
でも——その一方で、私たちは安定を求める生き物でもある。
予測できない人には惹かれるけれど、近づきすぎると怖くなる。
その境界線は、曖昧で、繊細で、いつも変化し続ける。
そして多くの女の子は、実に贅沢なもので、
「刺激」と「安心」——そのどちらも欲しがってしまう。
ある時は、そっと寄り添ってくれる友達のように安心させてほしい。
でも、次の瞬間には、思わず胸を掴まれるような“ドキドキ”をくれる人でいてほしい。
そんなふうに、安らぎとときめきのあいだで、
まるで綱引きをするように関係が育っていく。
そして、気づけば——
その“曖昧な関係”が心地よくなっていることに気づく。
友達枠の中で、ふとした瞬間にドキッとさせられたり、恋人候補だと思っていた人から、何気ない安心をもらったり。
そのたびに胸の奥が柔らかく波打って、“もしかしたら”と“でも違うかも”が、交互に顔を出す。
そうやって少しずつ、友情と恋の境界線が溶けていく。
そんなシチュエーション、女の子はみんな大好きだよね。
……なんて、私は男からそんな気持ちを受けたことは一切ないけれど。
でも、女の子はみんな、私に“震え”と“安心”を同時に与えてくれる。
見つめられるだけで、空気がきゅっと詰まる♡
視線が絡まった瞬間、背筋の奥を、細い稲妻が走り抜けるような感覚になる♡♡
胸の奥がひゅうっと掴まれて、息を吸うのも忘れてしまう♡♡♡
彼女たちの声を聞くだけで、世界の輪郭が少し柔らかくなる♡
高すぎず、低すぎず、微妙な音の震えが、鼓膜から神経へと溶けていく♡♡
それが“言葉”として届く前に、意味よりも先に、体の奥で響く♡♡♡
そのとき、私の中の何かが、ふわりと浮かび上がるように揺れる♡
体温が上がる。心拍が少し速くなる♡♡
なのに、不思議と怖くない。むしろ、包まれるような安らぎさえ感じる♡♡♡
——女の子って、本当に不思議だ。
彼女たちは私に、安心をくれるのに、同時に息を詰まらせるほどのときめきを与えてくれる。
触れられなくても、ただ視線を交わすだけで、
私は世界の中心に立っているような錯覚に陥る。
ねえ……お願い……♡蕩けさせて……もっと好きって叫ばせて……♡
指先まで甘く震えて……好きが零れ落ちる……♡
私の全部が……可愛いって言ってるの……もう止まらない……♡
「はーい、この中で沙織が告白されるとこ見たい人ー? 当選者は、沙織が何でも言うこと聞いてくれるってー!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? 誰がそんな——!」
教室中の視線が、一斉にこちらへ突き刺さった。
「な、なんでも……だと……?」
次の瞬間、ノリの良い男子が「じゃあ俺も!」と手を挙げ、教室がどっと沸いた。
でも、恵美はすぐにピシャリ。
「エロい男子は却下ー。女子だけに決まってるでしょ!」
「えー、そりゃねーだろ。ブーブー!」
「……あ? 文句あんの?」
「……いえ、何でもないです。すいません」
短く鋭く、まるで刃のような一言。
その声に、男子たちの笑いが一瞬で凍った。
彼女が軽く言葉を投げるだけで、場の温度が変わる。
私は、そんな恵美の背中を見つめながら、息を呑む。言葉ひとつで、その場の空気が流れを変える。
それが怖くて——少し羨ましかった。
私じゃ、こんなふうに男まで巻き込んだ“場”は作れない。みんなの“感情の方向”をひとつにするような力は、私にはない。
それに、正直——
男なんかに関わりたいとも思ってない。
視線を向けられるだけで、体のどこかが強張る。
言葉を交わすたび、相手の意図を読み取りすぎて疲れてしまう。
でも、教室の半分は彼らでできていて。
その現実をまるっと包み込んで、しかも笑いに 変えてしまう恵美の姿は、どうしようもなく、眩しい。
「じゃあ、ジャンケンで勝った女子が沙織に何か一つお願い出来る権利ねー!」
「……えぇ、そういうパターンな感じ……? 私、まだ何も——」
「はい、ジャーンケーン! ポン!」
私の主張なんて、もう誰の耳にも届かない。
教室の空気は完全にひとつの渦になって、恵美を中心にぐるぐると回っている。
一斉に挙げられる手。
恵美が笑う。
クラスが笑う。
もう私なんかが少し口を出したくらいじゃ、この流れは止まらない。
だからこそ、楽しい。
だからこそ、嬉しい。
日々、憧れられることで、いつの間にかみんなとの間に見えない距離ができていた。
そんな私を、恵美はあえて“景品”として茶化すことで、同じ場所に引き戻してくれる。
皆ともっと近づきたいと願いながら、どこかでその輪に入りきれない私が、今は確かにこの享楽の中にいる。
自分の中に溜め込んでいた何かが、少しずつ溶け出していくのが分かる。
頬が熱い♡
耳の奥がじんじんして、心臓の音がやけに近くで響く♡♡
笑ってるのに、呼吸が浅い♡♡♡
まるで、教室全体の熱が身体の中に入り込んでくるみたいだった。
みんなの笑顔の中で、私は確かに“ここにいる”。
そう思うと、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
ほんの少しだけ、女の子たちと私が一つになれた気がした。




