表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/58

第40話 女の子の挨拶に蕩けちゃうの♡

 朝の登校時間。

 昇り始めた陽の光が、校舎のガラス窓をゆるやかに撫でている。

 私はその光の筋を切り裂くように、ゆっくりと歩を進めた。


 校門を抜けると、空気が変わる。

 その瞬間、いつものように、周囲の視線が一斉にこちらへ集まった。


 羨望。嫉妬。好奇。恋慕。警戒。

 いくつもの感情が、見えない糸のように空間を漂い、私の輪郭に絡みついてくる。

 それでも、私は怯まない。むしろ、それが朝の日差しのように心地よい。


 女の子たちの視線は、どれも尊い。

 彼女たちが、私を通して揺れ、触れ、変わっていく——その瞬間の彼女たちの“生きている光”が、たまらなく愛おしい。


 誰かが私を見ることで、自分を少しでも揺らしているのなら。

 その一瞬に寄り添えるのなら、私がこの場所にいる意味がある。


「おはようございます」


 私がそう口にすると、空気が柔らかく震えた。


「白鳥さん、おはようございます」

「白鳥先輩、おはようございます」

「白鳥さん、おはよー」


 幾つもの声が、波のように返ってくる。

 先輩も、後輩も、同級生も。

 その声のひとつひとつが、私の中で宝石のようにきらめいた。


 鈴が鳴ったような声も、小鳥の囀りのような声も、すべてが私の鼓膜をとろりとろりと震わせ、蕩けさせていく♡

 音が波紋となって内側へ広がり、やがてそれは“音”という形を失って、甘い液体のように脳髄へと流れ込んでくる♡♡


 脳の奥底から、熱く濃密な光がじゅくじゅくと滲み出す♡

 まるで神経そのものが濡れていくような——そんな錯覚♡♡

 息をするたびに、光が脈打ち、世界の輪郭がやわらかく歪む♡♡♡


 目の前の景色がじわじわと白く霞んでいく♡

 友人たちの笑顔も、通り過ぎる制服の群れも、すべてが淡い光の粒子となって溶け合い、現実と夢の境界が曖昧になっていく♡♡

 音と光と鼓動だけが、私を包み込む♡♡♡


 頭の中は、とろり、とろり……どろり……と粘度を持ちながら溶けていく♡

 言葉も、理性も、構築された思考の枠組みも、みんな甘く溶解していく♡♡

 ただ、世界が心の奥に沈み込み、静かに蕩けていく感覚だけが残る♡♡♡


 脳内を駆け抜ける恍惚の奔流が、神経を焼き尽くすように全身を走り抜けた♡

 背骨の奥でビリビリとした痺れが灯り、それが心臓の鼓動と重なってリズムを刻む♡♡

 それは痛みではなく、悦びに似た生の震えだった♡♡♡


 好き……好き……っ♡女の子は……みんな……大好き……♡

 ねえ……もっと見て……私を……♡もっと……もっと……♡

 愛してる……♡その気持ち、全部受け止めるから……お願い……♡


 靴箱の前に立ち、いつものように扉を開ける。

 乾いた蝶番の音と同時に、ひらりと白い封筒が視界に落ちた。


 上靴の上に、まるで小さな贈り物のように、封筒が一枚ちょこんと乗っている。

 差出人の名前はない。


 胸の奥が、ひゅっと冷たくなった。

 外の世界が一瞬だけ遠のき、鼓動の音だけがはっきりと聞こえる。


 視線を周囲に走らせながら、素早く封を切る。

 中から出てきたのは、一枚の便箋。


『昼休み、体育館裏で待ってます』


 たった一行。

 それ以上の情報も、装飾も、名前さえもない。

 手紙を封筒の中に戻しながら、心の中で大きく息を吐いた。


 考えるまでもなく、告白のためのラブレター。


 今どき、こんな直球なやり方、珍しいにもほどがある。

 LINEもSNSもある時代に、あえて“手紙”という手段を選ぶなんて。

 その古めかしさに、少しだけ笑いたくなった。


 いまの学校生活で、こういうやり取りをしている子なんてほとんど見ない。

 みんなスマホひとつで、言葉も気持ちも簡単にやり取りできる。

 それなのに、こんな手の込んだ方法で伝えようとするなんて——。


 「……危なっかしいというか、なんというか」


 自嘲気味に呟いて、カバンの中に手紙を仕舞い込む。


 たとえば、誰かがこの瞬間を見ていたら。

 私の下駄箱を開ける姿を、遠くから見ていたら。

 封筒を拾い上げる仕草を、目で追っていたら——。

 それだけで、あっという間に“噂”になる。


 そんなこと、書いた本人は考えなかったのだろうか。

 誰かに見つかったらどうするつもりだったんだろう。

 現物を残すなんて、男からしたらリスクでしかないのに。


 確かに、私は男と深く関わる気はない。

 LINEを交換することもほとんどないし、連絡を取り合う関係もない。

 だから、連絡手段として手紙を選ぶのも、理屈としては分かる。

 でもそれでも、やりようはいくらでもあるはずだ。

 友達づてに連絡先を聞けばいいし、インスタを辿ればメッセージも送れる。

 フォローもしてもらえない相手に告白しても、答えは見えているのに。


 ……どうして、わざわざこの方法を選んだんだろう。


 名前は書かれていない。一方的な誘い。時間も場所も、全部向こうの都合。

 まるでこちらの気持ちや予定なんて存在しないかのような、押しつけがましい書き方。

 ……こんな手紙、普通に考えたら不審以外の何ものでもない。

 知らない相手に呼び出されることが恐ろしいなんて、少しでも考えたら分かることだ。

 そんな配慮があるとは、とても思えない。

 

 昼休みは、結菜ちゃんとの約束がある。

 けれど、手紙に返信する手段はない。

 断りようも、確かめようもない。

 放っておけば、妙な噂を立てられる可能性だってある。

 そう思えば、行かないという選択肢はないのかもしれない。


 カバンのチャックを閉めながら、ひとつ大きく溜め息をつく。


 ──お昼ご飯は、抜きになっちゃうかも。本当にお願いだから、いきなりの告白とかやめてほしい。


 ……いや、待って。

 もしかしたら——女の子からの手紙、かもしれない。

 いやいや、そんなことあるわけない。

 でも、もしそうだったら……いや、待って、そんな期待していいの?


 そんな考えが浮かんだ瞬間、胸の奥で何かが“ぽんっ”と弾けた♡

 喉がきゅっと詰まって、呼吸が浅くなる♡♡

 心臓が、リズムを忘れたみたいに早鐘を打ち始める♡♡♡


 だめだ、期待したら負け、でも期待しないってどうすれば良いの?

 いやいやいや、落ち着け、これはただの手紙、ただの紙、ただの文字……文字だって? 文字なのに心がこんなにざわつくの?


 期待してもいいの? いや、でも期待したら、外れたときの失望は絶対に大きい。

 ……でも、外れたときのこと考えなきゃいいんじゃないの? いや、それも無理、考えちゃう、どうしたって考えちゃう。


 だって、もし本当にそうだったら。

 名前を書けなかったのは、きっと恥ずかしかったから。

 でも、それでも直接、自分の言葉で伝えたかったから。


 ——そう思った途端、頬の奥からじわじわと熱が上がってきた♡

 耳の裏がくすぐったい♡♡

 笑いたいのか、逃げ出したいのか、自分でも分からない♡♡♡


 封筒を握る手のひらが、かすかに汗ばんでいた♡

 心の奥に、誰かに見られたくない甘い期待が芽を出して、

 その小さな花が胸の中で音もなく開いていく♡♡


 ちょっと待って、冷静に、落ち着け……いや、もう落ち着けない! だってもし本当に女の子からの手紙だったら、どうしよう、どう反応すればいいの!?

 どう考えれば正解!? いや正解なんてあるの!? そんなのない、ない、ないのに、なんでこんなに止まらないの!?


 ああ、どうしよう、どうしよう……でも、ほんの少し、ほんの少しだけ、もしそうなら……期待してもいいよね?

 

 乱れた思考のまま、なんとかスマホを取り出して、結菜ちゃんにメッセージを送る。

 『昼休み、少し遅れるかも。お昼食べてから来てね』

 そう打ち込んで送信ボタンを押した瞬間、

 胸の中のざわめきが、ほんの少しだけ静まった。


 期待はしたい。でも、したくない。そんな感じ。

 いや、もしそうだとしたら……違う、やっぱりダメかも……いや、でも少しくらいなら……いや、でも……


 教室の扉に手をかける。

 冷たい金属の感触が、ひどく現実的で。

 その瞬間、浮ついた気持ちを一瞬だけ引き戻してくれる。

 けれど、扉を開けた途端、また世界が一気に眩しくなる。


「おはよー」

 私が声をかけると、すぐにいくつもの声が重なる。


「白鳥さん、おはよー!」

「沙織、おはー!」


 ぱっと教室の空気が明るく広がる。

 窓際から射し込む光が髪を照らし、制服の白がきらりと反射する。

 そのたびに、心の奥の不安や緊張が、

 泡のようにふわふわと浮かび上がって消えていった。


 誰かの笑い声。机の上を叩く音。

 そのひとつひとつが心臓の鼓動にシンクロして、

 身体の内側からテンポをつけてくるみたいだった。


 肩の力が抜けて、頬が自然と緩む。

 唇の端に小さな笑みが宿る。


 ——やっぱり、女の子の声っていい。


 透明で、柔らかくて、

 その響きが鼓膜に触れるたびに、胸の奥が甘く震える。


 教室という小さな世界の中で、

 光と声と笑いに包まれて、私はまた、少しずつ浮き上がっていく。


「沙織、おはよー」

「うん、恵美もおはよー」


 机に鞄を置きながら、いつものように微笑みを返す。

 朝の光を受けて、恵美の茶色がかった髪が柔らかく揺れた。その瞳の奥の、まっすぐで強い光に一瞬だけ目を細める。


「あれ、沙織、いつもより元気なくない?」

「そう? 別にいつも通りよ」

「……もしかして、また誰か男からの告白のご予定でも?」


 冗談めかした声。

 それが本気ではないと分かっているのに、心臓がぴくりと反応する。

 ――そんなに顔に出てたんだ。


 本当に恵美は、面白い匂いを嗅ぎつける天才だ。

 その勘の鋭さが少し怖くて、でも嫌いじゃない。


「……そうよ、嫌になっちゃう」

「いつ?」

「昼休みに体育館裏」

「相手は?」

「分かんない」

「ユーザーネームぐらいは分かるでしょ」

「それがね、今どき珍しく手紙なの。名前もなし。用件だけ。……見せないけどね」


 私がわざとらしく溜め息を吐くと、恵美も「ご愁傷様」と肩をすくめて笑った。

 その何気ない仕草に、つい頬の力が抜けてしまう。


 モテ自慢だと思われても仕方ないような話なのに、この愚痴をちゃんと笑って受け止めてくれる恵美には、本当に頭が上がらない。


 その温度に包まれるたび、胸の奥のこわばりがほどけていく♡

 まるで冷えていた体が陽だまりの中に引き戻されるみたいに、体の芯がじんわりと緩む♡♡


 肩にかかっていた見えない力が抜けて、呼吸が深くなる♡

 息を吸うたびに、恵美の笑い声が空気の中をふわりと漂って、肺の奥まで染みていくようだった♡♡


 笑っているうちに、頬の内側がほんのりと熱を持つ♡

 血が指先に戻ってくる感覚がして、指の一本一本まで柔らかくなっていく♡♡


 ふざけた中に、確かな優しさがある♡

 その軽やかさと、温かさと、どこまでも自然な笑顔に、私はつい溺れてしまう♡♡

 心が溶けていくのに、抗う気も起きない♡♡♡


 ふふ……恵美のこと……大好きなの……♡もっと……もっと愛させて……♡

 可愛すぎて……息が甘く絡まって……呼吸まで蕩けちゃう……♡

 蕩け過ぎて……私、壊れちゃうかも……♡


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ