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第33話 強い瞳に魅せられちゃうの♡

 今日の授業も、そしてホームルームもようやく終わって、放課後。

 教室はどこか柔らかな解放感に包まれて、友達同士がわいわい話しながら帰り支度をしていた。


 由梨ちゃんは彼氏と一緒に帰るって言って、短く「またね」と笑って手を振ってくれた♡

 あの小さな仕草だけで、胸の奥がぎゅっと詰まる♡♡


 ほんとうなら、私の友達──恵美とか、他のグループの子たちにももっと溶け込んで欲しいって思ってた。でも、由梨ちゃんの性格を考えたら、急ぎ過ぎると逆に居心地悪くしちゃうだろうし、今日のところは、これでよかったのかもしれない。


 ……でも。

 「彼氏と一緒に帰る」という事実が、まだ喉の奥に引っかかる。

 由梨ちゃんを男にくれてやるだなんて、どうしても割り切れない。もしあの彼氏が、由梨ちゃんを泣かせたり、触れてはいけないものに触れたりしたら──私は、絶対に許さない。


 そんな思いを胸に抱えたまま、私は恵美や友達数人と教室を出た。廊下を少し歩いたところで、莉里と鉢合わせる。莉里の歩き方はどこか誇らしげで、廊下の光に明るい髪色が反射して輝いている。


 彼女は取り巻きの子を二人ほど引き連れて、ちょうど別の教室から出てきたところだった。

 

 私は軽く警戒しながらも、何気なしに軽く声をかける。

「莉里、昨日ぶりー。お疲れー」


 一瞬、彼女は眉を寄せて目を細める。その端に、ほんの一瞬だけ影のような不快感がよぎった。

 けれど、すぐに表情を切り替える。

 いつもの強気な瞳。その奥に、ほんの少しの愛嬌を混ぜて、こちらを真正面から射抜いてきた。


 その視線に貫かれた瞬間、息がふっと詰まり、肺に残る空気さえ熱を帯びて揺らぐ♡

 鼓動が耳の奥で大きく鳴り響いて、鼓膜の内側が自分の心臓に支配されていく♡♡

 胸の奥から押し上げられるように血が駆け上がり、首筋がじんじんと脈打って、頬の内側まで真っ赤に染められていく♡♡♡


 ただ見つめられているだけなのに、まるで高揚の波に呑まれていくみたいに、身体がふわりと浮き上がってしまう♡


 指先が勝手に震え、熱が滲むみたいに皮膚の表面まで火照りが広がる♡

 視線を逸らせば一瞬で楽になれると分かっているのに──どうしても出来ない♡♡

 かといって、そのまままっすぐ受け止め続けるには、あまりにも強すぎる♡♡♡


 視線を交わす、その一瞬ごとに甘い痺れが身体を駆け巡り、溶けるように喉が渇いていく♡

 まるで見つめられているだけで、身体の奥深くにまで火を灯されたみたいで♡♡


 息苦しいのに、心地よくて、逃げ出したいのに、その狭間で身動きが取れず、ただ熱と快感の渦に溶けていく♡

 胸の奥が甘く灼けて、脚の力まで抜けてしまいそう♡♡

 

 好き……好き……っ♡お願い……好きってもっと言わせて……♡

 強い瞳に魅せられて……♡細胞ひとつひとつが、好きって叫んでるの……♡

 蕩ける……蕩ける……このまま全部、溶けて消えちゃいそう……♡


 取り巻きの二人は、明らかに私に向かって目を輝かせていた。しかし、ふと思い出したかのように気まずそうに視線を逸らす。


「お疲れー。授業怠いわー。やっと終わったって感じ」

 莉里は肩をすくめて、いつもの調子で言葉を返す。


 学校という場では、莉里の男の存在感は直接は及ばない。まして、こちらには莉里と仲の良かった恵美までいる。

 莉里にとって、この場は昨日のように強気では振る舞えないはずだ。取り巻きの二人も、どうやら完全に彼女の味方というわけでもなさそうだし。

 それでも──彼女は強気な目を私に向ける。その視線の強さが、かえって胸を高鳴らせる。


「マジそれ。莉里はこれからどうするの? 私たちはこれからみんなでカラオケにでも行こうかー?ってなってるけど」


 軽い調子で投げかけたつもりだった。だけど自分でもわかっていた。

 これはただの社交辞令じゃない。莉里に繋ぎを置いておきたい、という本音が混ざってる。


 莉里は別に孤立しているわけじゃない。むしろ、あの華やかさと強引さでクラスの中心にいる。

 誰も正面から否定できない、あのカースト上位の輝き。その背後に“男”という存在があるだけで、周りは一歩下がる。媚びるように、あるいは距離を置くように。

 けれど──その分、莉里が安心して本音を吐ける相手はどんどん減っているはずだ。


 男がいることで得た立場は、同時に鎖でもある。別れた瞬間、その鎖は自分を守る柵から、牙を剥いた反動へと変わる。


 今まで抑え込んできた反感や嫉妬が、一斉に降りかかるだろう。莉里はそれを恐れて、男の言葉に従うしかない、と思い込んでいるかもしれない。

 

 そして、もしその関係が壊れたら、また新しい鎖を探す。新しい彼氏、新しい“後ろ盾”。より強い男を。そうやって繰り返すうちに、莉里はどんどん堕ちていく。


 ……だから、今ここで手を差し伸べられたら。彼女を“こちら側”に取り込めたら。

 少なくとも、誰かの影響に振り回されることなく、安全な場所に落ち着かせてあげることが出来る。私にとっては、それが一番の安心。


 でも──それって、簡単じゃない。

 あんな男を選んでしまうくらい、莉里は今のこの学校の空気に反発している。

 自分の居場所を守るために、わざと刺を立ててる。そんな莉里が、私の声を素直に受け止めるはずがない。


「私はパス。今日も彼氏に呼ばれてるの」

「そっか、残念。また誘っていい?」

「沙織がウチの誘いを断らなければね」

「あはは、そっちはそっちでパスだから」


 軽口を交わすように見えたやり取りは、どこか噛み合わない。


 莉里の声には、わずかに張り詰めた強がりの膜があった。私がそこに踏み込んだところで、はじき返されるだけだろう。無理に突き崩す必要はない。

 ──少なくとも今は、下手に出て「誘った」という既成事実を残しておく。それで十分。


「彼氏とは、ちゃんと上手くいってるの?」


 横から飛び込んだのは恵美の声だった。

 一拍だけ空気が止まる。彼女の声音には心配が滲んでいて、けれどあえて隠そうともしない。私には絶対に真似できない直球の質問。

 だからこそ、莉里も無視はできないはず──そう思った。


 次の瞬間、莉里の目が細く光を帯びる。刃のような棘が一瞬だけ顔を出し、それからすぐに引っ込んだ。代わりに浮かんだのは、とろんと蕩けるような笑顔。


 何事もなかったかのような仕草。でも私は気づいてしまう。あれはただの恋する笑顔じゃない。

 莉里は、自分が「夢中になっている女」に見えれば 見えるほど、その男と自分の価値が上がることを理解している。計算づくの笑顔。


「そりゃもう、彼ったら私にゾッコンだから。毎日会いたくって仕方ないみたい」

「そりゃ羨ましい。まあ気が向いたら、たまにはこっちにも付き合ってよ」

「あー、はいはい。分かったわよ。気が向いたらね」


 莉里はわざとらしく肩をすくめ、呆れたような風を装って笑い飛ばす。

 けれどその表情には、どこか温度の定まらない色が残っていた。芝居なのか、本心のかけらなのか、判別できない曖昧さ。

 ──今はこれ以上踏み込まない方がいい。けれど確かに、ひとつの亀裂を見た気がした。


 私はそこで深追いをやめて、取り巻きの二人に軽く声をかける。

 

「そっちの二人は? 一緒に行く?」

「……あー、私たちはまた用事があるから。ごめんなさい、折角誘って貰ったのに」

「もう、そういうの気にしなくていいのに。ちょっと聞いてみただけ。じゃあ、またねー」


 彼女たちは気まずそうに笑い、軽く会釈して去っていく。そう、それでいい。


 これは単に彼女達が“帰る理由”を作るための誘いだ。もし受け入れてしまえば、二人は莉里の機嫌を損ねてしまい、明日からの学校生活に影響するだろう。

 誘った私が睨まれるぐらいは別に構わないけれど、あの二人には重すぎる。だからこそ、断られて正解だった。


 そして、その流れに乗るようにして、取り巻きの二人も背中を揃えて帰っていく。残ったのは、私たちと莉里、恵美。


「んじゃ、ゾッコンの彼氏によろしくー」


 恵美が片手をひらひらと振りながら、少し茶化す調子で声を投げる。

 その軽やかさに呼応するように、莉里の唇がふっと持ち上がった。


「へーい。恵美の方もね」


 ひらり──。

 細い指先が宙に浮かび、光を反射して一瞬きらめく♡

 その動きはあまりにも儚く、舞い落ちる羽根が揺らぐみたいに美しかった。そして、次の瞬間には制服の袖口に隠れてしまう♡♡


 ──ドクンッ。

 胸の奥で、心臓が強く跳ねた。血が駆け上がって頬を熱くし、こめかみまで脈打つ。呼吸が浅くなり、指先がじんと痺れる♡

 ほんの軽口のやり取りを見ただけなのに、身体の奥から熱がせり上がってきて、甘い電流みたいに全身を駆け抜けていく♡♡


 強がりと優しさが絡み合う二人の姿が、どうしようもなく眩しくて♡

 その光景を目に焼きつけるたび、胸の中に甘く切ない火花が散って、頭が蕩けそうになる♡♡


 可愛い……可愛い……っ♡

 莉里も恵美も……ほんとに……可愛すぎて……♡胸がじゅわって溶けてく……♡

 私……もう無理……♡好きでいっぱいで……頭がふわふわする……♡


 ホント、学校生活って面倒ごとばかりだ。

 でも同時に、こんなふうに女の子たちが必死に、眩しいくらいに生きている姿を間近で魅せられてしまう。

 それってなんて幸せで、楽しくて、尊いんだろう。女の子ってみんな眩しくて、神聖で、輝いてる。そんな光が愛おしいの。

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