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第30話 君が好きだと叫びたいの♡

 体育館の中は、春と夏の間を迷っているような空気で満ちていた。


 今日の授業はバスケットボール。

 胸に大きな数字が描かれた学校のゼッケンを着せられるとき、正直少し抵抗を感じた。けれど、一度袖を通してしまえば、すぐに慣れてしまうのだから不思議なものだ。


 男女は別々に分かれ、二つのコートでそれぞれ練習や試合をする。

 同じバスケという競技なのに、動き方の違いが見ていて面白い。


 男子はというと、上手くない子はだいたいゴールの近くや後ろの方に立ち、目立たないように構えることが多い。

 上手い子の影に紛れながらタイミングを計り、こっそりとボールを奪おうとする。全体の流れを意識して、自分なりに「役割」を選んでいる感じがあった。


 一方で女の子たちはまるで真逆だ。

 ボールが床を転がれば、すぐさま何人もがそこに群がり、誰かが拾い上げれば「待ってました」とばかりに全員がその後を追いかける。

 ドリブルが始まれば、鬼ごっこの延長線みたいに一列で走り、ゴールへとまっすぐ駆け抜けていく。上手い子が先頭に立てば、そのまま全員がわっと押し寄せる。


 もちろん、これは素人ばかりの学校という空間だからこその動きだと思う。ちゃんと部活に所属している子達ならまた違う振る舞いをするのだろう。

 けれど、今までサッカーとかの動きを見てきても、大まかに男女でこういう傾向が出る気がする。


 多分、男子は小さいころからスポーツに関わる機会が多いから、自然と「自分がチームの中でどんな役を担えばいいか」を考える癖がついているんじゃないかな。

 逆に女の子たちは、ボールに直接触れたい、一緒に動きたい、その一体感を求める気持ちが強いのかもしれない。


 その違いは単純な優劣じゃなくて、見ているとなんだか微笑ましい。

 でも、私は心のどこかで思ってしまう。どうせやるなら、みんなにもっとスポーツの楽しさを知ってほしいって。パスがつながったときの高揚感とか、チームで力を合わせて得点したときの歓喜とか──あれは一人では絶対に味わえない喜びだから。


 もちろん、全員が同じように楽しめるわけじゃない。運動が苦手な人にとっては苦痛かもしれないし、やる気のない人もいるだろう。だからこれは、きっと私のわがまま。

 それでも、みんなで呼吸を合わせて一つのプレーを作り上げるあの瞬間は、とても幸せなことだと思うんだ。


「みんな、ボールとか見なくていいからね。私と恵美だけ見ててくれたら良いから。適当にバラバラに散って、パスしたら、ボール取る。そして、また近くの二人のどっちかに投げ返すことだけ考えて欲しいの」


 言葉はできるだけ短く、明確に。

 体育の時間で複雑な作戦を立てても、頭で理解する前に足が止まってしまう。だから単純なことを一つ、全員に共有するだけでいい。


 実際、クラスの女子でバスケにちゃんと動ける子なんて、上手く分ければ、どのチームでもせいぜい二人いれば御の字だ。少なくともこのクラスはそう。だからこそ、私と恵美が軸にならざるを得ない。


「よし、始めよっか」


 私はボールを軽く床に弾ませる。乾いた音が体育館に響いた瞬間、わずかにざわついていた空気が、ぴんと糸を張ったように引き締まる。


 ジャンプボールの位置に立つ。

 正面にいるのは、バスケ部でレギュラーを張っている子。立ち姿だけで分かる、場数の違い。跳躍力も反応も、正直私じゃ歯が立たない。恵美と二人がかりでも、素直に勝負すればボールを奪うのは難しい。


「……まあ、やれるだけやりますか」

 心の奥で小さく呟き、呼吸を整える。


 審判役の先生が笛を吹き、ボールが宙に舞う。

 私は思い切り跳んだが、やはり相手の方が一瞬高い。けれど、なぜか私の指先の方が先にボールに触れる。

 最初のボールは恵美の手にすっと収まった。……少し、遠慮してくれたのだろうか。こういう場面にまで、クラスの序列やカーストの空気が滲んでくるのは、正直あまり好きじゃない。勝負なら勝負で全力でやればいいのに、と喉の奥で苦笑する。


 それでも、恵美の動きを目で追った瞬間、胸の奥の不安はふっと軽くなる。

 彼女のドリブルは滑らかで、無駄な音を立てず、まるで床を撫でるようにボールが弾む。その姿を見ると、自然と「大丈夫だ」と思えてしまう。パスを受ける準備をしながら、私は改めて彼女の存在の大きさを実感していた。


「はい、じゃあみんな散ってねー」


 私が声を上げると、ぎこちないながらも、みんなはちゃんと私の指示通りにバラバラに散ってくれた。ほんの数歩、位置をずらしただけなのに──それだけで体育館の景色がぐっと広がって見えるから不思議だ。

 さっきまでボールを追いかけて人の塊になっていた空間が、少しずつ形を変えていく。


「パス!」


 恵美の声が響く。彼女のドリブルは軽やかで、床と手のひらの間を行き来するボールの音が心地いいリズムを刻んでいた。すぐ近くにいた由梨ちゃんへ、恵美がふわりとボールを渡す。

 恵美は私のやりたいこと、本当によく分かってる。


「わっ」


 由梨ちゃんは慌てて胸元に抱え込むようにボールを受け取った。小さく跳ねる肩。けれど、その目は迷わずこちらを見てくれていて──次の瞬間、彼女の両手からボールが飛んでくる。


「ありがと!」


 自然と声が出た。胸の奥がじんわりと熱くなる。そうだ、こうやって繋がっていくんだ。誰かが投げて、誰かが受け取って、また返す。その一つひとつが確かに私たちを結んでいる。


 相手チームの子たちは、やっぱりボールに吸い寄せられるように動いてくる。けれど、こっちは違う。散っているからこそ、見える道がある。パスコースが幾つも重なって、私の目に線を描いていく。


 私は恵美と目を合わせた。彼女の瞳は、いつも通り静かで、それでいて強い。言葉なんて要らない。彼女が右へ走れば、私は左へ。互いに空いたスペースを感じ取るように身体を動かす。


 ボールは自然に流れた。手から手へ、まるで水が傾いた方へ零れ落ちるように。気づけば、視界の先には相手のゴール。


 私は一気に駆け上がり、レイアップシュート。ボールが弧を描いて、リングの内側に吸い込まれる。


「よしっ」


 思わず息が弾んだ。次の瞬間には恵美と軽くタッチして、二人して笑っていた。嬉しい、とか、やったね、とか、そんな言葉よりも前に笑顔が出てくる。


 でも、そこで終わりじゃない。私はすぐに由梨ちゃんのもとへ駆け寄った。両手を胸元に当てて、まだドキドキしているみたいな顔をしている彼女に向かって、私は少し息を切らしながら言った。


「由梨ちゃん、ナイスパス! 今の完璧だったよ」


 言葉にすると、ますます胸の奥が熱くなる。

 ──これだ。こうやってみんなで繋いでいくのが、やっぱり一番楽しい。


「ちゃんと目が合って嬉しかった! 今度はもう少し強めにパス出してもいい?」

「う、うん、大丈夫!」

「ありがと! 由梨ちゃんも、もっと強いのお願いね!」


 私は軽く手を差し出した。

 すると、由梨ちゃんは一瞬戸惑ったように視線を泳がせて、それから決心したみたいにおそるおそる自分の手を出す。


 ぱちん──。

 少し強めのハイタッチ。


 周囲に見せつけるように、強めに音を鳴らす。

 これでチームのみんなも由梨ちゃんと同じようにすれば良いんだと、実感する。


 由梨ちゃんの顔が、みるみる蒸気したように赤くなっていく♡

 まるで頭の上から湯気が立ちそうな勢いで。驚いたように大きく目を見開いたまま、彼女は息を飲み込んで固まっている♡♡


 ……その仕草が、あまりに可愛すぎて♡

 胸の奥がきゅっと熱くなる♡♡


 触れた手のひらと、由梨ちゃんの真っ赤な顔。その全部が、私の心臓を跳ねさせる♡

 呼吸が浅くなって、胸がぎゅうって締めつけられるみたい♡♡

 耳の奥がじんじんして、世界の音がぼやけていく♡♡♡


 なのに、由梨ちゃんの瞳だけがくっきり浮かんで、離してくれない♡

 熱が背中を駆け上がって、頭の中まで真っ白に染まる♡♡

 もう、声を出したら変な音しか出なさそうで、唇を噛むしかできなかった♡♡♡


 好き……好き……ねえ……もっと見て……私を……♡

 体温も心拍も……全部由梨ちゃん一色に染まってく……♡

 ふわふわして……地面が消えちゃいそう……♡

 

 褒めるっていうのは、結局のところ「支配」だ。


 私という評価軸の上に相手を載せて、その行動を測る。私が「良い」と言えばそれは肯定され、「悪い」と言えば否定される。その評価を受け入れるか拒むかは相手の自由に見えて──実際には、もう逃げ場なんてない。


 褒められたら、嬉しくなる。褒められなかったら、寂しさと不安に沈む。

 つまり、相手の感情の行き先を握っているのは常に「褒める側」──つまり、私。


 ……それが良くないことくらい、もちろん分かってる。

 スクールカーストだってそう。評価軸を上位の子たちが握るからこそ、空気を縛れるし、自由を制限できる。

 私がやっていることは、本質的にはそれと同じ。


 でも、由梨ちゃんみたいに自信のない子は──褒められることでしか、なかなか一歩目を踏み出せない。

 何をすればいいのか分からなくて、いつも迷って、立ち止まってしまう。

 そんな彼女に指示を出して、ちゃんと褒めてあげる。結果を褒めてあげる、過程を褒めてあげる、次への期待もかけてあげる。そうすると、少しずつ動き始める。動いた自分を褒められると、さらに嬉しくなって、また動きたくなる。


 やがてそれは、私だけじゃなく周囲の子たちからも褒められるようになる。

 ──その瞬間から、由梨ちゃんは「みんなに認められる子」になる。

 そして「動いてみたい」という欲求が芽生える。小さな決意が自分の中に生まれて、自分の価値観で選択できるようになる。


 そうやって初めて、自分の軸で動き始めるんだ。

 他人に委ねていた心を、自分自身に取り戻す。

 その姿は、本当に眩しい。目を逸らしたくても逸らせないくらいに、女の子としての輝きに満ちている。


 私は──その瞬間が見たい。

 女の子たちが、自分の意思で羽ばたく姿を見届けたい。


 由梨ちゃんだけじゃない。

 女の子は、誰もがそうやって輝くべき存在。

 褒めて、導いて、支えて。

 ──その果てに、自分だけの光を放ってほしい。


 ……由梨ちゃん……好き♡……みんなももっと光って……輝いて……♡

 女の子って……♡なによりも尊いの……♡ 輝いてるの……♡

 愛してる……♡この気持ち、全部受け止めて……お願い……♡

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