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第27話 ※直樹視点(由梨の彼氏) 由梨が白鳥さんに寝取られた♡

 昼休み、俺は由梨の教室へと向かっていた。

 なんでも白鳥さんが由梨に直接メイクしてあげたらしく、クラスの女子がキャアキャア黄色い声をあげていたからだ。


 朝から王子様みたいに由梨を席にエスコートして、それは大事な宝物を磨き上げるように、丁寧で愛情深くメイクしてあげていたとかなんとか。

 こういう噂はだいたい尾ひれがついて広がるものだから、鵜呑みにする気はなかった。けど、やけに女子達が浮き立っているのは確かで、その熱の矛先は由梨よりも白鳥さんの振る舞いにあるように思えた。


 ──女子ってそういうものなのか。

 男からすると不思議な話だ。普段は平気で友達同士で手を繋いだり肩を寄せ合ったりしてるのに、白鳥さんが由梨の手を引いてやったってだけで大騒ぎになる。

 そりゃ白鳥さんが飛び抜けての美人だってことは分かるけど……それにしたって、ここまで騒ぐほどのことなのか。


 そんなことを考えながら辿り着いた由梨の教室は、やっぱり噂どおりの熱気に包まれていた。

 廊下にまで女子達が溢れ、扉や窓から中を覗き込んでいる。

 視線の先、教室の中央では白鳥さんが一人の女子にブラシを当てていて、その所作はどこか神秘的で、まるで舞台の一幕か絵画のワンシーンを切り取ったようだった。

 周囲の女子達はうっとりと見つめ、男子はどうにも居心地が悪そうに端の方へ固まっている。


 そんなざわめきの中、由梨は自分の席に座りながら静かにその光景を眺めていた。

 俺が扉から覗き込んでいるのに気付いたのか、彼女は立ち上がり、こちらに歩いてくる。


「……直樹、来たんだ」

「おお、なんかさ。由梨が白鳥さんにメイクしてもらって可愛くなったって聞いたからさ」


 冗談っぽく言ったつもりだったけど、心臓が妙に落ち着かない。

 近づいてきた由梨の顔を見て、思わず息を止めてしまった。


 肌の色が、普段より白く澄んで見える。光の加減だけじゃない。下地か何かで毛穴が隠され、すべすべに整えられているせいだ。

 頬はほんのりと赤みが差し、体温がそこだけ柔らかく灯っているみたいに見える。粉をはたいてあるせいか、淡く霞んだような質感があって、すぐに触れたらさらりと指先を逃げていきそうな肌。

 唇には控えめな色がのっていて、かすかに光を含んでいた。口元の動きに合わせて、そこだけ時間が緩むように感じてしまう。


 それでも──。


 目の前にいるのは、やっぱりいつもの由梨だ。

 声も仕草も、少し不安げに俺を見上げる目元も。

 化粧で飾られても変わらない芯の部分があって、どうしても「別人になった」とは思えなかった。


「……で、どう?」


 由梨が、ほんの少し視線を揺らしながら聞いてくる。

 期待と不安が入り混じった顔。その様子に、俺はどこか落ち着かなくなった。


 ……可愛い、とは思う。正直。でもまあ、由梨だなとしか。


「良いんじゃね? 可愛いと思う」


 そう答えると、由梨は「ふうん、そっか……」と小さく頷いた。嬉しそうにも、どこか不満げにしているようにも見える。その様子に苦笑しようとした時──。


 ざわざわと集まっていた女子達の輪が、自然に割れていった。

 そこから姿を現したのは白鳥沙織だった。


 彼女はゆっくりと歩みを進め、まずは由梨の隣に立ち、柔らかく微笑みを向ける。その仕草ひとつで、周りの空気が静まり返るのが分かった。


 そして──俺の方へと顔を向けた。


 その瞬間、心臓が大きく鳴り、肺の奥に残っていた空気が一気に押し出されたように呼吸が乱れる。

 澄みきった栗色の瞳が、まるで水底まで透けて見える湖のように俺を捕らえる。逃げられない。見つめ返そうとするほど、深みに引きずり込まれる。


 流れるような黒髪が肩から胸元へと滑り落ちる。その一房が揺れるたびに、仄かな香りが漂ってきて、意識ごと絡め取られる。

 喉が勝手にゴクリと鳴り、舌が乾く。


 血流が荒れ狂うように全身を駆け巡り、鼓動は耳の奥でドラムのように響く。胸から下腹へと熱が押し寄せ、そこから先は自分の意志とは無関係に跳ね上がる。ビクビクと震える衝動を抑えられず、ただ目の前の存在に吸い込まれていく。


 頭の中は白く焼き切れたようにぼやけ、目だけが彼女に釘付けになった。


「由梨ちゃんの彼氏だよね?」


 鈴を転がしたような声が落ちてきて、意識が強く揺れる。


「うん、2組の中村 直樹。私は直樹って呼んでる」


 由梨が横で答えるのが耳に入る。けれど、白鳥さんの視線が離れない。

 見定めるように、ジッと俺を覗き込んでくる。まるで心の奥を暴かれているみたいで、全身の血が煮えたぎる。


 咄嗟に思い出したように、俺は声を振り絞った。


「……中村直樹です。由梨と仲良くしてもらってるみたいで……ありがとうございます」


 言葉にした途端、胸の奥が焼けつくように熱くなった。

 その言葉に、白鳥さんはふっと口角を上げ、透き通る声で返す。


「直樹くんだね、よろしく。……うーん、将来的にはそこそこ良い感じ。でも、由梨ちゃんに寂しい想いをさせてるのは良くないなぁ。もうちょっと、男の子として頑張って欲しいって思っちゃう」


 軽やかに紡がれた言葉は、柔らかいのに妙に鋭く、胸の奥に針を刺されたみたいにちくりと響いた。

 けれど、不思議と腹は立たなかった。そこに嫌味はなくて、本当に「そう見えた」から口にしているんだと分かったから。

 彼女にとっての俺の評価。それがそのまま胸にストンと落ちていった。


 「そこそこ良い感じ」──たったそれだけの言葉なのに、心の奥でひどく嬉しかった。

 俺は今までモテたこともないし、誰か女子にアピールされた経験なんて皆無だ。

 友達と馬鹿みたいに駄弁って、クラスの誰かが「昨日やった」だの「胸がどうだ」だのと話しているのを、遠い世界の出来事みたいに聞いていただけ。


 俺にとって恋愛は、どこか現実感のないものだった。

 由梨と付き合えたのだって、奇跡みたいなことだと思っている。だから俺には、由梨以外とどうこうするなんて考えはそもそも浮かばない。彼女なんて由梨だけで充分だ。他はいらない。


 恋愛は面倒くさい。女子のご機嫌を取って、エスコートだの、男らしくだの、そんな煩わしい作法から解放されたい。由梨相手なら、そういうことをあまり気にせずにいられる。息をするみたいに一緒にいられて、余計な力を抜いても大丈夫な関係。それが心地よかった。


 ……はずなのに。


 欲望だけは、俺の中で確かに存在していた。

 夜の布団の中で、何度も何度も「可愛い」と思う女子で欲情した。

 実際に大して話したことなんてろくにないのに、すれ違うだけで目を奪われる子の姿が頭に焼きついて、何度も射精した。


 その中に──白鳥沙織もいた。


 廊下ですれ違った一瞬、黒髪の揺れや横顔の線だけで昂ぶって、帰宅してから抑えきれずに何度も抜いた。

 回数なんてもう覚えていない。手の中で幾度も快楽に沈みながら、脳裏には彼女の姿があった。


 なのに、今こうして目の前に立たれて、微笑まれて、名前を呼ばれて。

 あのときよりも強烈に、体の奥が熱を帯びていく。

 目の前には由梨がいるのに。

 俺はもう、白鳥さんに呑まれかけていた。


 でも、いつもそうする度に由梨の顔が浮かぶ。胸の奥に鉛みたいな罪悪感が積もっていく。

 由梨を想えば股が勝手に熱を帯び、疼いて、気付けば手を伸ばしてしまう。


 触らなきゃ落ち着かなくなって、由梨だったり、違う子だったり、結局そのまま溢れてしまうことも、何度もあった。


 行為のあとには、小さい頃からの由梨との思い出まで汚してしまったような気分になる。

 それでも、由梨との日々は何も変わらない。彼女は笑って隣にいてくれる。だから余計に、胸の奥では温かさと濁った欲望だけが重たく渦巻いて、抜け出せなくなる。


 性欲はある。由梨としたいとも思う。けれど、今の関係を壊すのはもっと怖い。

 それでも、積もっていくものに抗えず、自然と欲求に支配されていく。──男って、そういうものだ。ままならない。


 白鳥さんが由梨の頭をひと撫でして笑った。

 白い細い指が、由梨の黒髪の上をすべる。

 ただの仕草のはずなのに、俺にはそれが妙に艶めいて、淫らに見えてしまった。


「由梨ちゃんのこと、ちゃんと大事にしてあげてね?」


 由梨はビクリと肩を震わせて、ぎゅっと身体を固くする。潤んだ瞳がこちらを見ているようで、でもすぐに逸れて、頬がみるみる紅潮していく。

 俺の知っている由梨じゃない。胸の奥がざわつき、心臓が早鐘みたいに暴れ出す。


「幼馴染だからって甘えちゃダメだよ?」


 白鳥さんは言葉に重ねるように、もう一度、指先で髪を梳く。優しく、慈しむように。撫でる仕草が妙に艶めいて見えて、呼吸が浅くなる。

 由梨は抗うでもなく、ただその手に身を委ねてしまいそうで──俺は一瞬、自分が透明人間にでもなったような気がした。


「もうっ、沙織ちゃん……」


 強がるような響きは一瞬だけ。すぐに声は萎み、甘える子供のようにか細くなっていく。頬を真っ赤に染めて、瞼を半ば閉じ、白鳥さんの撫でる感触に浸って蕩けていく由梨がそこにいた。


 ……おかしい。何かがおかしい。

 白鳥さんが綺麗で、人を惹きつけるのは理解できる。実際、今の俺も彼女の指に触れられたいなんて思っている。けれど、こんな由梨を見せられるのは──耐えられない。


 頭の奥でズキズキと痛みが鳴り響き、こめかみから心臓の鼓動が伝わるように脈打つ。胃の底から酸っぱいものがせり上がるみたいで、喉が焼けつく。

 胸の内側では黒い感情が渦巻き、掌にじっとりと汗が滲んでいく。拳を握っても力が入りすぎて、爪が掌に食い込み、鈍い痛みが現実を知らせる。


 俺の隣で、由梨が別の誰かに蕩させられている。

 その事実が、呼吸を荒くさせ、全身の血を逆流させるみたいに熱くしていた。


「私、由梨ちゃんのこと好きだから、ね?」


 最後にもうひと撫で。指先が髪を滑り抜けるのと同時に、由梨は堪えきれないように白鳥さんの肩へともたれ掛かり、額がコツンと触れ合った。 

 まるで小さな子供が母親に甘えるみたいに無防備で、彼女はそれを優しく受け止める。絵の具で塗り重ねたみたいに整った二人の姿は、どこまでも美しく調和していて──俺にはとても入り込めない世界のように見えた。


 周囲を取り囲む女子たちも、息を呑むように目を輝かせていた。瞳は潤み、頬は火照り、ただその光景を「神聖なもの」として崇めるみたいに見入っている。ざわめきも歓声もなく、ただ熱を帯びた空気が廊下に充満していた。


 胸が痛んだ。

 由梨が俺に見せたことのない顔を、白鳥さんにはこんなにもあっさり晒している。自分の知らない由梨がそこにいる。それを受け止める白鳥さんは誰からも当然のように受け入れられていて──気づけば俺の存在は輪郭を失っていた。


 息苦しい。胸の奥に鉄の塊を押し込まれたみたいに重くて、血の巡りが悪くなる感覚。頭はぼんやりしているのに、下腹部だけがじんじんと熱を帯びていく。嫉妬と欲望が絡まり合い、吐き気すら覚えるほどだった。


「……分かりました」


 搾り出した言葉は、俺自身にすら他人事のように聞こえた。


「ふふ、ありがと。お願いね」


 白鳥さんは柔らかく微笑んで、ひらりと俺に手を振る。その動作は軽やかで、当たり前のように由梨の手を取る。その瞬間、俺が由梨と付き合っているという事実なんて、世界から切り取られてしまったかのように感じた。


 さらに白鳥さんは、廊下に集まっている女子たち一人ひとりにも視線を巡らせ、優雅に微笑んで手を振る。熱を帯びた吐息があちこちから漏れ、彼女が教室へ入っていく一挙手一投足までもが儀式めいて見えた。


 ふと由梨の視線がこちらに合わさった。

 胸がざわめいて、堪えきれず声が飛び出した。


「おい、由梨っ!」


 わけもわからず、喉の奥から勝手に声が飛び出していた。

 二人が振り返る。由梨の瞳は一瞬揺れ、白鳥さんはその横で微笑を湛えたまま。


「……今日は、ちゃんと一緒に帰ろう」


 思考より先に口が動いていた。自分でも、なぜそんなことを言ったのか分からなかった。けれど言葉にしてしまった以上、そこには揺るぎない重さが宿っている気がした。


 由梨と白鳥さんが、ほんの一瞬だけ互いに視線を交わす。沈黙の中に意味を探るように──その短い間がやけに長く感じられた。

 やがて白鳥さんが小さく、けれどはっきりと頷いた。


「……うん、いいよ。一緒帰ろ」


 由梨の返事は、驚くほど素直だった。

 胸の奥に溜まっていた重苦しい空気が、ふっと解けるように流れ出す。


「おお、じゃあ放課後待ってるから」


 口元が自然に緩む。力を込めた笑顔ではなく、ただ安堵が形になっただけの、不器用な笑みだった。


「うん、私も待ってる」


 由梨もまた、小さな声で応えた。けれどその声音は確かに、俺に向けられたものだった。


 二人は再び並んで教室の中へと入っていく。背中を見送りながら、俺は息を大きく吐き出した。張り詰めていた身体が緩み、肩の力が抜ける。


 白鳥さんが言った言葉──「大事にする」「甘えちゃダメ」。

 俺は、その言葉の意味を測りかねていた。どうすればいいのか分からない。正解なんて見えない。


 それでも、由梨が俺の言葉に頷いてくれた。それだけで胸の奥に小さな灯りがともったようだった。

 濁流のようにかき乱されていた心に、細いけれど確かな光が差し込む。

 その光が、これからの俺に何を照らすのかはまだ分からない。けれど──俺はそれを失いたくないと思った。


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