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第23話 ※由梨視点 私の中の沙織ちゃんが囁くの♡

 朝、目を開けても、まだ夢の続きにいるみたいだった。

 頭がぼんやりしてるわけじゃないのに、胸の奥がじんわり温かくて、体のまわりにやわらかな羽毛布団がもう一枚かかっているみたい。


 現実のはずなのに、どこか現実感が遠い。


 昨日のことを思い出すと、頬が自然と熱を帯びていく♡

 沙織ちゃんに抱き寄せられたときの感触⸻肩越しに感じた体温、髪に混じってふわっと香った匂い、そして耳元で落ちてきた言葉たち♡♡

 「特別」「嬉しい」「救われてる」「我慢できなくなっちゃった」……♡


 そのひとつひとつが、まだ耳の奥に澄んだ鈴みたいに鳴り続けていて、思い出すたびに心臓が小さく跳ねる♡

 まるで、私という存在が全部その言葉の中に溶けてしまったみたい♡♡


 ……だからなのか、昨日の帰り道の記憶がほとんどない。気づいたら自分の部屋で、気づいたらお風呂に浸かっていて、気づいたら――濡れた髪をタオルでくるみながら、鏡の前に座り込んでいた。


 まだ火照りの残る肌に、ひんやりとした化粧水をコットンで滑らせる。

 頬に触れた瞬間、じゅわっと水分が吸い込まれていく感触があって、その冷たさに思わず目を細めた。首筋から鎖骨へ、手の甲から肘へ、潤いが追いかけるように広がっていく。


 続けて美容液を指先でぽん、と落とす。

 とろりとした透明の滴が肌の上で溶けていくのを、ゆっくりと押し込むように馴染ませる。

 指の腹で小さな円を描きながら頬をなぞると、内側からふわっと温かさが戻ってきて、心臓の鼓動まで透けて伝わってしまいそうで、少しだけ恥ずかしくなる。


 仕上げに乳液を掌で温めて、両頬を包み込むようにして押し当てる。

 しっとりとした膜が肌を覆っていく感覚に、深く息を吐き出した。手のひらに残る甘い香りが、まるで自分を抱きしめるようで――。


 まるで明日に向けて、身体を、心を、ゆっくりと整えていく儀式のように。

 肌を整えることが、沙織ちゃんのために今の私ができる唯一の準備のような気がしたから。


「ファンデとか塗ってきて」

 沙織ちゃんがそう言った意味は、正直まだよく分からない。だけど⸻沙織ちゃんの言葉なら、考えるより先に従いたくなる。

 ただ「はい」って、素直に応えたくなる♡


 また気づいたら、私は鏡の前に腰かけていた。

 指先に少しだけ取った化粧下地を、頬にそっと置く。ひんやりとした感触が火照りの残る肌に触れた瞬間、胸の奥まで静かに深呼吸が広がるようで――心が落ち着いていくのを感じる。


 額から、鼻筋へ。頬から顎先へ。

 一か所ずつ丁寧に広げていくたび、指先が自分の顔を撫でていく。

 薄い膜が少しずつ均されていく感覚に、体温が溶け込み、私の「沙織ちゃんへの想い」が目に見える形に変わっていくようだった。


 そして、ファンデーション。

 パフに軽く取って、頬へとすべらせる。

 ふわりとした柔らかさが肌に触れるたび、表面がすっと均され、なめらかに整っていく。


 重さはなく、むしろふわっと守られる安心感。

 素肌の上にもう一枚、淡いヴェールを重ねていくようで、心まで静かに包み込まれていく。


 頬を押さえたパフから伝わる微かな弾力に、胸の奥がちり、と熱を帯びる。

 「これは沙織ちゃんに見せる顔なんだ」――そう思った瞬間、心臓がどくんと脈打ち、甘く痺れるような痛みが広がった。

 

 沙織ちゃんのために頑張りたい。

 そう思ったのに、実際に「頑張る」って何をすれば良いんだろう。


 可愛くなれば喜んでくれる? 沙織ちゃんのがずっと可愛いのに? 

 勉強を教えてあげれば役に立つ? 私が沙織ちゃんに教えられる科目なんてあるわけない。

 それともただ隣にいればいい? 隣にいたところで、どうなるの?


 考えれば考えるほど、霧の中をさまよっているみたいに答えが見えなくなる。


 学校の友達に相談する……のは、やっぱり違う。沙織ちゃんとのことを軽々しく話したら、きっと迷惑になる。

 それに、きっと信じてもらえない。だって私だって、もし他の私みたいな地味な子が「白鳥沙織に抱きしめられた」なんて言ったら、信じられる自信がない。


 じゃあ、直樹に相談?

 一応、彼氏だし、相談するならアイツな気もしてる。頭の中で会話をシミュレーションしてみる。


「ごめん、この間の週末、直樹との約束断ったけど、あれね……同じクラスの白鳥沙織ちゃんとお出かけしてたんだ」

「そうなんだ。まあ俺と白鳥さんなら、白鳥さん選ぶわな」


 うん、想像通りすぎる返事。


「それで、一緒にカフェでご飯食べたり、コスメ屋さんでメイク教えてくれて」

「へえ、良かったじゃん。白鳥さん、本当に優しいんだな」


 普通すぎる。もっとこう、深い答えはないの?


「それでね……いろいろ話してたら、急に沙織ちゃんから、ぎゅって抱き締められて」

「ん? いきなり百合ラブコメの話? WEB小説でも書いてんの?」


 ああもう! なに、その反応! 想像してるだけで腹立ってきた。


「私も沙織ちゃんの力になりたいんだけど、どうすれば良いんだろ……?」

「由梨は由梨のまんまで良いんじゃね? とりあえず毎日投稿頑張れよ」


 はい、終了。ダメだ、直樹は本当に頼りにならない。悪いやつじゃないけど、私の気持ちなんて分かるはずがない。


 ……私の聞き方が悪いのかもしれない。でも、どんな言い方をしても、きっと大して変わらない。


 だったら、やっぱり沙織ちゃんに聞くしかない。

 私の妄想力じゃ全然追いつかないけど、それでも⸻妄想の世界でも、沙織ちゃんなら、絶対にちゃんとした答えをくれる。


 沙織ちゃんは、私の世界をまるごと救ってくれる。また頭の中で、沙織ちゃんと会話する。


「昨日のお出掛けのことなんだけど」

「うん、とっても楽しかった。由梨ちゃんとお話し出来て、すごく嬉しかったよ」


 ⸻うん、ここまではきっと合ってる。


「コスメ屋さんにも連れて行ってくれて」

「由梨ちゃん、とっても綺麗で可愛かった。今度は約束通り、お家においでよ。もっと可愛く出来るように頑張るから」


 ……あれ? ちょっと甘すぎる? いや、沙織ちゃんなら、言ってくれるかも……。


「あの……急に抱き締めてくれたのって……?」

「……ふふっ、なんか恥ずかしいな。あの時、本当に嬉しくて……我慢できなくなっちゃったの。ごめんね?」


 ⸻いやいや、こんなふうに素直に打ち明けてくれるだろうか。いや、でも、もしかしたら……?


「私も沙織ちゃんの力になりたいんだけど、どうすれば良いんだろ……?」

「由梨ちゃんは由梨ちゃんのままでいいんだよ。そのままが一番、私にとって大事なんだから」


 ……ダメだ。

 やっぱり私の妄想力が足りなさすぎる。

 想像してみても、どこかそれっぽい言葉だけで、本物の沙織ちゃんじゃない気がする。


 本当の沙織ちゃんなら、もっともっと胸に刺さるような、世界がひっくり返るような言葉をくれるはず。


 「……でも、私、やっぱり沙織ちゃんの力になりたいよ。ねえ、どうすれば良いの……?」


 頭の中でもう一度、沙織ちゃんに問いかける。

 さっきより深く、沙織ちゃんの香り、側に来た時の震え、心に直接響く声、より深く沙織ちゃんに思いを馳せる。

 妄想だって分かってる。なのに、その声はやけに鮮やかで、耳の奥にちゃんと届いてしまう。


「うーん、難しいなぁ。じゃあ逆に聞くけど、由梨ちゃんは私にどうなって欲しい?」


「沙織ちゃんに?」


「そう。私も足りないところがいっぱいあって、もっと由梨ちゃんの助けになりたいし、みんなの助けになりたいって思ってる。由梨ちゃんは、私にどうなって欲しい?」


 その問いに、しばらく答えられなかった。

 どうなって欲しい、なんて……そんなこと、考えたこともない。


「……沙織ちゃんは沙織ちゃんのままで良いと思う」


 自分でも驚くくらい、自然に口から出た。


 その瞬間、胸の奥がふっと温かくなる♡

 まるで心臓の奥に、やわらかい光がぽうっと灯ったみたいで、血が温泉みたいに全身へ流れていく♡♡

 頬がじんわり熱くて、目の奥も少し滲んで、まるで本当に目の前で会話しているかのように息が震える♡


「そうだよね。私もそう。由梨ちゃんは由梨ちゃんのままで良いと思う」


 ああ……。その声を聞いた瞬間、背中までじんと痺れるような安堵が広がった♡

 心の中にあった張り詰めた糸がほどけていく♡♡

 ただの想像のはずなのに、涙が出そうなくらい嬉しい♡


 ⸻おかしい。直樹だって、似たようなことを言ってくれたはずなのに。

 「由梨は由梨のままで良い」って。言葉だけなら、本当にほとんど同じ。なのに、どうして。


 どうして沙織ちゃんの言葉は、こんなに深く私の中に届くんだろう。


 胸の奥に沈んでいた澱みがふわりと浮かび上がって、消えていくみたい♡

 心臓の鼓動が、自分でも分かるくらい早くなっていて、息をするたびに沙織ちゃんの声が体の中を巡っていく♡


 やっぱり沙織ちゃんはすごい♡

 ただ一言で、私をこんなに楽にして、こんなに幸せにしてくれる♡♡


 恋愛相談といえば、白鳥沙織⸻その名前はやっぱり伊達じゃない。


 やはり白鳥沙織。

 白鳥沙織は、全てを解決する。


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