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第22話 我慢出来なくなっちゃった♡

「あとさっき話し掛けてきたのは、たぶん男と一緒だからイキっちゃったのね。強そうな男と一緒なら、私がビビって言うこと聞くと思って声を掛けたんだと思う」


「そ、そうなんだ……」


「でも、思ったより普通の対応されたから、逆にムキになって、なんで予定入ってるはずの週末に遊んでるのかって詰めてきた。これは彼氏に対する言い訳でもあるんだろうね。たぶん彼氏には『こんな女いるなら引っ張ってこい』って思われてる」


「な、なるほど……」


「私は前と同じ言い訳をしたし、身持ちの固い女だって思われただろうから、無理やりどうこうって可能性は低いと思う。私を引き込めないからって莉里の立場がそこまで悪くなるとも思えないけど……。心配は心配。……結局、怖くてさっさと逃げちゃったし、そのくせ勝ち誇ってる莉里の顔がまた可愛いんだよね」


「か、可愛いの、それ……?」


 由梨ちゃんの困惑に、私は気づかぬふりで笑った。

 おっと、危ない。

 由梨ちゃんから自ら聞いてくれたのが嬉しくて、つい調子に乗って話しすぎてしまった。

 けれど、さすがに全肯定してくれる優しい由梨ちゃんでも、ここから先は聞かせられない。


 だから、ここからは独り言。


 ああいうエゴイストな男という獣にとって、女の子なんてただの「二重のエサ」なんだ。

 一つは、自分の欲望で食い散らかすためのエサ。

 もう一つは、新たなエサを引き込むためのエサ。


 その程度の認識で、優しくすることもある。

 逃げられたら面倒だから。新しい女を探すより、今抱えたエサから別の女を引っ張ってきた方が都合がいいから。


 飽きたら捨てる。もっと条件のいい女を見つけたら、古い方をキープしながら、邪魔になった瞬間に切り捨てる。

 そんな存在に、可愛い女の子たちが絡め取られていく。


 絶対に許せない。どうにかして女の子を守りたいって思う。

 でも、これは「自由恋愛」という名の弱肉強食の一環でしかなくて、法律でも規則でも裁けない。

 どこまでも残酷な自然の摂理。結局、自分を守れるのは、自分しかいない。


 一度獣に囚われれば、あらゆるしがらみが頭を支配していく。

 「軽い女だ」って友達に思われたらどうしよう。もしかしたら、私以外の友達に危害が及ぶかも。

 そんなクズな男にすら一度で捨てられる程度の女だって思われたら……なんて考え出したら、もう戻れない。


 そして最後には、自ら肉欲と力に屈してしまう。

 今の関係を守りたい、求められたいと錯覚して、環境を正当化して、最後には友達との絆さえ切り捨てる。


 ⸻いくら女の子みんなを守りたいと思っても、女の子って本当に無力なんだ。

 友達が堕ちていくのを見ていることしかできないって、本当に、辛い。


 気づけば、私は由梨ちゃんを見つめていた♡

 彼女は小さく首を傾げて、不安そうに、でも私の心の奥を覗き込もうとするように、真っ直ぐに見返してきた♡♡

 その瞳は、私の言葉のすべてを理解できていないはずなのに、どこかで「分かろう」としている光を宿していて♡♡♡


 その健気さに、胸がぎゅうっと締め付けられる♡

 さっきまでの憤りが溶かされていくみたいに、背筋が震える♡♡

 頬が熱を帯び、指先がじんじんして、心臓が落ち着きを失って跳ねる♡♡♡


「あはは、ごめんね? 由梨ちゃんといるとつい喋り過ぎちゃう。由梨ちゃんに話すことじゃないのにね。駄目だなぁ、私」


 自嘲するように笑って、私は視線を少し逸らした。胸の奥に渦巻く言葉を吐き出してしまったことへの後ろめたさと、安心して言えてしまったことへの居心地の悪さ。由梨ちゃんの前だと、いつもより自分が“弱い”のだと気付かされてしまう。


「ううん、そんなことない」


 由梨ちゃんの声は強かった♡

 真っ直ぐに向けられた眼差しは、ただ慰めるための言葉じゃない♡♡


「私、ずっと沙織ちゃんのこと凄いなって思ってた。綺麗で可愛くて、みんなの中心で、勉強もスポーツも上手で……こんな人生を歩みたかったって、ずっと思ってた」


 言葉を重ねるごとに、由梨ちゃんの瞳が揺れていく。ため込んでいた思いを吐き出すように、涙の気配を孕みながら♡


「でも、今日また会って、話して、私の知らなかった世界や見もしなかったことを、沙織ちゃんはずっと抱えてて……そのことに気付こうとすらしてなかった」


 由梨ちゃんはぎゅっと両手を握りしめ、唇を震わせた♡

 そこには憧れだけじゃなく、悔しさと、もっと深く知りたいという強い願いが滲んでいた♡♡


「……いいんだよ、由梨ちゃんは由梨ちゃんのままで。知らない方が幸せなことって、いっぱいあるもの」


「いやだよ、そんなの」


 強く首を振る。涙で潤んだ瞳のまま、必死に私を見つめて来る♡


「こんなに沙織ちゃんに助けてもらってるのに……こんなに救われてるのに、私だけ除け者にしないで欲しい。もっともっと沙織ちゃんのこと知りたい。沙織ちゃんの力になりたいの」


 その声は震えていて、けれど真っ直ぐで♡

 唇をきゅっと噛んで、潤んだ瞳を私に向ける由梨ちゃんは、どこまでも必死で♡♡

 ああ⸻こんなにもまっすぐに私のことを思ってくれているんだって、心臓の奥がぎゅっと強く掴まれた♡♡♡


「……ありがとう、由梨ちゃん。私、今すっごく嬉しい。すごく救われてる。……助けてもらってるのは、私の方だよ」


 声が震えてしまう。

 泣きそうなのをごまかすみたいに笑ったけれど、由梨ちゃんを見ていると胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、もう隠しきれなかった。


 ⸻私は美人と言われるこの顔のせいで、汚いものをいっぱい見てきた。

 それに負けないように頑張って、でも負けないようにって頑張るほど、自分自身が汚れていくような気がした。

 汚くなるほどに心が虚しくなって、絡め取ろうとしてくる男が大嫌いで……。

 それでもそんな男に頼りたくなる弱い自分が、もっと嫌いで。

 男という存在が、どうしようもなく嫌いになって。


 縋れるものがなくて、気付いたら女の子を好きになっていた。

 頑張るみんなが尊くて、可愛くて、眩しくて⸻女の子っていう光を愛してしまった。


 女の子たちのために頑張ったら、「凄い」って言ってもらえた。

 でも憧れられるほどに遠くなって、私が本当に欲しかったものはどんどん見えなくなって行く。

 ただみんなと仲良くしたいだけなのに、力がなければみんなの笑顔は守れない。

 夢のような理想を追いかけるほどに、私は自分がどんどん汚れていく気がして、心が虚しくなって。


 それでも。

 女の子を好きと言ってる時間だけは、幸せだった。

 女の子だけが、打算と傲慢に染まった私の心を、温かく満たしてくれた。


 そして今⸻目の前で必死に私を求めてくれる由梨ちゃんがいて。

 その存在に、私は救われている。


「……こっちに来て」


 気付いたら言葉が口からこぼれていた。

 私は由梨ちゃんの手を引き、そのままぎゅっと抱き寄せる。どこまでも優しく、どこまでも愛しそうに。


「さ、沙織ちゃん!?」


 驚いたように息が詰まる気配。由梨ちゃんの肩がびくんと震えて、腕の中で小さく身じろぎした♡

 けれど逃げようとはしない。戸惑いに震えながらも、ぎこちなく私の背に腕を回してくれる♡♡

 その手のひらは心細そうに迷ってから、そっと私の背中に置かれて⸻次の瞬間、熱がじわりと伝わってきた♡♡♡


「……いいから……ちょっとだけ、このまま」


 由梨ちゃんの吐息が首筋にかかる。甘く、震えるように不安定で、それが余計に胸をかき乱した♡

 柔らかな髪の匂いが鼻をくすぐる。ほのかなシャンプーの香りと、由梨ちゃん自身の体温の匂いが混ざり合って、私の意識をとろけさせる♡♡

 頬が触れ合うたび、微かな体温が伝わって⸻あぁ、こんなにも近い♡♡♡


 もっと♡

 もっと強く、由梨ちゃんを抱き締めたくて止まらない♡♡

 腕に力を込めるたび、私の中の空っぽが満たされていく。冷えていた心が、じんわりと温もりに染められていく♡♡♡


 由梨ちゃんの胸が小さく上下するのが分かる♡

 抱き寄せるたび、その鼓動が私の胸に重なって、互いに混ざり合っていくようで⸻その音を聞いているだけで、涙が出そうになった♡♡


 好き……好き……嬉しい……大好き……♡

 お願い……好きってもっと言わせて……♡止まらないの……♡

 大好き……ほんとに……幸せ過ぎて……もう、どうにかなっちゃう……♡


 由梨ちゃんの優しさと、その気持ちに報いたい。

 私みたいな女の子に自分の孤独を押し付けてしまっている存在に、それでも「力になりたい」って言ってくれる。

 その言葉がくれる救いが、どれほどのものか。


 この気持ちはただぶつけるだけじゃ駄目。

 私の中に大切に抱き締め続けなきゃいけない。

 私の中に置いてこそ、意味がある。


 名残惜しさに胸を引き裂かれながら、私はゆっくりと由梨ちゃんを抱き締める腕を緩めていった。

 それに気付いたのか、由梨ちゃんは小さく瞬きをして、ためらいがちに、けれど確かに私の腕の中から離れていく。


「……ごめんね、ビックリさせちゃったかな」

「……うん、でも嬉しかった」

「……私も。嬉し過ぎて、我慢できなかった」


 そう言った瞬間、由梨ちゃんの瞳が大きく揺らいだ。

 驚きと戸惑いと、でもそれだけじゃない。湖の水面に小石を投げ入れたみたいに、きらきらと複雑な感情が波紋になって広がっていく。

 光を受けて潤んだその瞳は、泣きそうで、笑いそうで、恋を知られた子どもみたいに純粋で⸻。


 私を真っ直ぐに映すその眼差しが、あまりにも綺麗すぎて、息が詰まった♡


 胸の奥がぎゅっと縮まる。どくん、どくんって、鼓動が耳の奥で反響して自分の体じゃないみたい♡

 頬が熱くなっていくのがはっきり分かって、もう誤魔化せないくらい真っ赤になってる気がした♡♡

 その瞳に映され続けるのが怖い。綺麗すぎて、正面から受け止めきれない♡♡♡


 逃げたいわけじゃないのに、でもこのままじゃ全部ばれてしまう。私の弱さも、欲張りな気持ちも♡

 由梨ちゃんの視線がただ当たってるだけで、体の芯までくすぐられてるみたいで、耐えきれない♡♡


「……ごめん……ちょっと今……まともに由梨ちゃんの顔……見れそうにない……」


 視線を外した瞬間、張り詰めていた心臓が少しだけ解放された。

 でも、顔を逸らしただけで耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 まともに見てしまったら、きっと何かを取り返しのつかない形で口走ってしまう。

 だから、逸らすしかなかった。自分を守るために。……でも、本当はもう、守れてない。


「……もう、帰るね。じゃあ……また明日……」

「……う、うん、また明日」


 由梨ちゃんの返事も、少し震えていた。

 でも私はその様子を見ることなんてできなくて、靴の先ばかりを見ていた。


 一歩踏み出したところでふと思い出して、振り返りもせずに言葉を投げた。


「……あ、そうだ。明日、上手くできなくても良いから薄くファンデとか塗って来て。ちょっとビックリさせるかもしれないけど、由梨ちゃんのためだから」


「う、うん、分かった」


 後ろから聞こえた由梨ちゃんの声は、なんのことだか分からないような戸惑いを含んでいた。

 それでも素直に受け止めてくれて、こくんと頷く気配が伝わってきた。


「じゃあね」

「うん、バイバイ」


 背を向けたまま手を振ることもできず、ただ心臓の鼓動だけを抱えて、私は由梨ちゃんとの別れを惜しみながら、家に帰った。

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