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第20話 ギャルって強くて輝いてるの♡

 由梨ちゃんは、まだ信じられないみたいに鏡を覗き込み、ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返していた♡

 光を受けたまつ毛の影が頬に揺れて、その横顔を見ているだけで、胸の奥がぎゅっと詰まる♡♡


「……すごい。私じゃないみたい」

「ふふっ。うん、可愛い。由梨ちゃん、ほんとに可愛いよ」

「いや……違い過ぎてて、なんか落ち着かない」


 彼女の頬が見る見る赤く染まっていくのを見て、思わず胸がきゅうっと締めつけられる♡

 こんな表情を独り占めしてしまっていいのかな、なんて⸻それすら幸せだった♡♡


「せっかくだし、ちょっとだけ買っていこうか」

「えっ、でも、そんなにお金持ってきてないかも」

「じゃあ、私が買っちゃう。今日の記念に」

「もー、記念ってなに?」

「由梨ちゃんとの初デート記念。……今度、家においでよ。メイクのやり方、ちゃんと教えてあげるから」

「……ほんと? うん、ちょっと楽しみ」


 私は勧められたリップを一つ手に取り、レジへ向かった。

 小さな紙袋を受け取った瞬間、胸の奥にぽっと小さな灯りがともって、全身があたたかくなる。


 お店の出口の扉に手を掛ける。

 隣で由梨ちゃんが少し照れたように笑ってくれるだけで、それだけで、もう十分すぎるくらい幸せだった♡


「じゃあ、次はなに見に行こっか? 洋服? それとも……下着?」

「ちょっ、無理無理無理! 下着とか絶対に無理だから!」

「えー? 由梨ちゃんをもっと可愛くするためのデートなのに?」

「無理なものは無理! 沙織ちゃんに見せられるわけないでしょ!」


 全力で否定する由梨ちゃん。耳まで真っ赤にして手をぶんぶん振る姿が、あまりに愛おしくて、

⸻思わず「可愛い」って心の中で何度も繰り返していた。


 可愛い……可愛い……由梨ちゃんが可愛すぎて……♡

 息まで可愛いの……抱きしめたら離せなくなる……♡

 どうしてそんなに可愛いの……いつも私を狂わせるんだよ……♡


「おー、沙織じゃん」


 駅ビルを出ると、昼過ぎの空気がふわっと軽く全身を包む。

 不意に声が飛んできた方を向くと、派手めな格好の女の子がこちらへ歩いてきていた。長く巻いた髪は金に近い茶色で、まつ毛は扇のように濃く広がり、グロスに濡れた唇は照明を反射してきらめいている。


 その隣には、腕にタトゥーを入れた年上の男がだらりと寄り添っている。最初は気怠げに立っていたのに、ふと私に視線を投げてきた途端、まるで獲物を見つけた肉食獣のような眼を光らせた。  

 その瞬間、心臓の奥に冷たい針を刺されたみたいに吐き気がこみ上げる。


 この子の名前は高木莉里。

 同じ学年のギャルグループの一員で、少し前からどうやら柄の悪い男と付き合い始めたとのことで、噂と共に存在感を増していた。

 

 彼女は、まるで燃え盛る太陽に翼を広げて飛ぶ鳥のようだ。羽を焼き切るまで自らを燃やして、輝き続ける。私には到底真似できない危うさと強さ⸻だからこそ、その眩さにどうしようもなく惹かれてしまう。


 整った顔立ちに濃いアイライン。挑発的でありながら愛嬌もある仕草。そんな自己顕示欲の塊みたいな煌めきこそが、彼女の魅力を形作っているのだと思う。


 綺麗……可愛いっ……♡女の子はみんな大好き……♡

 あぁ……そんな強い瞳で見詰めないで……♡全部燃やして、溶かされちゃう……♡

 私……そんな女の子も……愛しいの……♡


 莉里の視線が由梨ちゃんに一瞬だけ流れ、すぐに私へ戻る。⸻その眼差しは、完全に「下に見る」相手に向けられるものだった。


「わー、莉里じゃん! 偶然!」

「なにしてんの?」

「ちょっと新作のサンプル触ってきた。これってのはなかったかなー?」

「こっちは?」

「同じクラスの由梨ちゃん。あんまりメイクとかしないけど、興味あるって言うから誘ってみたの」

「……ふーん。まあいいけど」


 莉里の声が、わずかに低くなる。その下がったトーンが、耳の奥でじわりと警戒心を煽った。


「てかさ沙織、私が前に合コン誘った時は、週末はいつも家の事情で埋まってるって言ってなかったっけ?」

「そうよ。これから買い物して帰らないとなの。家って共働きで親が週末にいないことも多いから、そん時は私が夕食係」

「ソイツと買い物する時間はあるのに?」

「ソイツじゃないでしょ、由梨ちゃんだよ。これから帰るとこ。……莉里と遊んだら、こんな早い時間には帰してくれないじゃない」


 ⸻女の子がこういう男を連れているときの対応ほど、厄介なものはない。

 なにせ、このタイプの男って、礼儀やモラルなんて建前の武器は一切通用しない。返報性も働かない。ただ、自分の欲望だけを優先するエゴイスト。


 愛も道理もなく、暴力で女の子を手篭めにする機会を狙ってる。


 彼らは彼らで独自のコミュニティを持っていて、女の子たちの集団圧力さえ意味を成さない。牽制しようにも、相手の武器は暴力で⸻その必殺に、こちらの武器である愛嬌が「魅力」として返ってしまう危険がある。


 本来なら、「彼氏さんですか? 莉里がいつもお世話になってます」なんて言って、莉里との間柄に二重に釘を刺すところ。


 一つは彼女を傷付けたら許さないぞって男への牽制。もう一つは、調子乗って、女の子の輪を乱すなら、その彼氏奪っちゃうぞって女の子への牽制。


 学校での関係を考えれば、このまま莉里に舐められたくはない。でも、無駄に自分を危険にさらすのも嫌だ。


 だからこそ、彼女のカーストが今もじわじわ上がり続けているのだ。恐怖が、見えない形で彼女を輝かせている。


 背筋をひやりとしたものが走り、私は思わず由梨ちゃんの手を握る。


 ⸻あ、しまった。これはまずい。由梨ちゃんを守りたい気持ちは本心だけど、莉里に「二人の関係」を示すみたいな反応を取ってしまった。


 それでも、握らずにはいられなかった。彼女の温もりがここにあることが、今はただ、救いだったから。


 焦りを隠すように、なんでもない調子を装って声を出す。

 恐怖を悟られるのも不味いが、全く男の存在に触れないのも不自然だ。

 ただ友人が彼氏と一緒にいるだけ。


「そっちは彼氏?」

「そうよ」

「ふーん」


 男の方へ視線を送る。

 腕に這うような黒いタトゥーは、安っぽい蛇が絡みつくみたいに皮膚を汚していた。格好も態度も、すべて「俺は安全じゃない」と周囲に告げるための鎧のように見える。


 ⸻けれど、それはただの威嚇じゃない。

 無意識のうちに、相手の目線や歩幅、声のトーンを計算して、自分が“群れのボス猿”であると示している。人間というより、群れを支配する獣の類。


「じゃあ、私たちもう行くね? デートの邪魔しちゃ悪いし」

「そう? じゃあ学校で」

「うん、バイバイ」


 莉里の笑みは、唇の端だけがわずかに持ち上がった⸻関係性の上下を確信する勝者の笑み。

 背中にその視線を突き刺されながら、由梨ちゃんと視線を合わせる。コクリと頷き合って、二人で自然に歩き出した。


 私は人の多い歩道を選び、歩幅は落ち着いたまま保つ。⸻男の存在は、あくまで「背景」に過ぎないと自分に言い聞かせて。


 野生の熊なんかは、相手の姿勢や視線の揺れから「強いか弱いか」を一瞬で嗅ぎ分ける。恐怖を晒した瞬間、追い回される。だが怯えず、堂々とした個体には、無駄な力を振るわない。

 男も同じ。ここで少しでも肩をすくめたら、笑われたら、呼吸が乱れたら⸻執拗に絡んでくる。


 胸の奥でざわつく鼓動を抑えながら、背筋を伸ばす。視線を逸らさない。手先の震えを必死に殺し、息を整える。これは「私は弱くない」と示すための自然な信号。


 獣に狩りの対象と認識される危険は避けられない。けれど、恐怖を匂わせず、平然とした足取りを保てば⸻執着をかわすことはできる。

 私は、背後から突き刺さるような目線を一瞬だけ意識しつつも、人混みに紛れるようにゆっくりと歩を進めた。


 ……ねえ、莉里。

 その燃えるような光は、確かに貴女の最大の魅力。男を隣に置くことで、いっそう強く輝いて見えるのも分かる。

 だけど⸻どうしても願ってしまうんだ。貴女の輝きが、誰かの影に頼らないものであって欲しいと。


 莉里が本当に欲しいものって本当にそんな光なの?

 ギャルってそんな簡単なものじゃないでしょ?

 ギャルって全力で可愛いを楽しんで、全力で今を感じて、生きる生き方そのものなんじゃないの……?


 これは私のわがままなのかもしれない。私に有利な戦場に置きたいだけのポジショントークなのかもしれない。

 それでも、やっぱり思ってしまうの。莉里、どうか男の力に呑まれないで。女の子が持つ本当の強さを、忘れないで。


 ぎゅっと握った手のひらに、由梨ちゃんがそっと握り返してくる。

 その温もりが、冷たく張り詰めた心を、ようやく落ち着かせてくれた。

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