第19話 可愛いはみんなで作れるの♡
私は駅ビルの中をずんずんと進んでいく。人の流れに混ざって歩きながらも、心の中はただひとつ⸻もっと由梨ちゃんに自信を持って欲しい、可愛さを見せて欲しい。
そのためなら、少し強引にでも連れ出してあげたいと思っていた。
「ねえ、沙織ちゃん、どこ行くの?」
不安そうに首を傾げる声。私はちらりと振り返って、にっこり笑う。
「ちょっとコスメ見たくて。由梨ちゃんも着いて来てもらっていい?」
「もちろん、いいよ」
「ふふ、ありがと」
そう言って店内を少し進んだ先、目に飛び込んできたのは化粧品売り場だった。
白い照明が一面を照らし、整然と並んだコスメの棚には、まるで宝石みたいにきらめく瓶やケースがずらりと並んでいる。すれ違うたびに、甘やかな香水の匂いと、粉っぽいフェイスパウダーの香りが混ざり合って鼻をくすぐった。
そんな華やかな空間に踏み込んだ途端、すぐに一人の店員が近づいてきた。
真っ白なブラウスに黒のタイトスカート、柔らかな笑顔を浮かべた女性。その声色はどこまでも上品で、空気までふわりと柔らかくするようだった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「すいません、この子をもっともっと可愛くしたくて」
そう答えると、隣の由梨ちゃんが慌てて目を丸くした。
「え、わ、私? 沙織ちゃんの用事じゃないの?」
「もちろん。今日は由梨ちゃんに楽しんでもらうためのデートなんだから」
その言葉に由梨ちゃんはきょとんとしたまま、周囲のカラフルなパレットや鏡張りのディスプレイをきょろきょろと見渡す♡
落ち着かない仕草で視線を店員さんへ、それからもう一度私へ戻す。その一連の動きが、どうしようもなく愛しくてたまらない♡♡
この由梨ちゃんをもっと可愛くしたい。もっと輝かせたい。もっと色んな魅力を世界に見せつけたい♡
彼女自身に「私は可愛いんだ」って胸を張って言えるようになってほしい。誰にも遠慮せず堂々と輝いてほしい♡♡
可愛い……可愛い……っ♡
ほんとに……可愛すぎて……♡もっともっと可愛いが欲しくなる……♡
もっと……可愛くなろうよ……♡可愛いと好きでいっぱいで……頭がふわふわする……♡
「まあ、素敵なお友達想いですね。では、お肌の悩みや、なりたいイメージなどありますか?」
店員さんの柔らかい笑み。磨かれた声色が空気に響くと、売り場の甘い香りや静かなピアノのBGMと溶け合って、特別な舞台の幕が上がったように感じられた。
「うーん、由梨ちゃんは透明感を活かしたいんです。肌自体はすごく綺麗だから、厚塗りより軽やかに。でも、写真に映ったときにぼやけないくらいの発色が欲しくて」
「なるほど。でしたら、下地はツヤを出しすぎないセミマットにして、上から少しハイライトを重ねるのがおすすめです。頬の高い位置に光が入るだけで、一気に立体感が出ますよ」
「あ、それいいですね。由梨ちゃん、目元が柔らかいから、ハイライトが強すぎると浮いちゃう。部分的に、Tゾーンは控えめに……ですよね?」
「さすが、お詳しいですね。はい、その方がバランスが取れます」
やりとりを重ねながらも、私の視線は自然と由梨ちゃんへ吸い寄せられる♡
白い椅子にちょこんと座った姿は、小動物のようにおとなしくて、守ってあげたくなる♡♡
けれど、その頬に化粧ブラシがそっと触れるたび、まつ毛が小さく震えて、唇が無意識に結ばれて⸻その繊細な反応ひとつひとつが、どうしようもなく艶めいて見えた♡♡♡
頬にのるパウダーの粉雪、光を受けてわずかに煌めく肌♡
店員さんの手の動きに合わせて微かに傾く横顔は、あまりに無防備で。私はただ見ているだけなのに、胸の奥がじんわりと熱を帯びていく♡♡
「じゃあ、アイシャドウはどうですか? 普段はあまりしてないから、ブラウン系で陰影をつける感じ?」
「はい。ベースに明るいベージュを薄く広げて、目尻だけ赤みブラウンを少し。ナチュラルだけど、瞬きするたびに艶っぽく見えます」
「え、目尻に色を入れるだけでそんなに変わるの?」
「変わるよ。由梨ちゃんの目は黒目がちだから、ほんの少し陰影を足すだけで奥行きが出て、すごく吸い込まれるようになるの」
その「艶っぽい」という言葉に、心臓が跳ねる♡
実際、ブラウンが目尻にそっとのせられた瞬間、由梨ちゃんがぱちりと瞬きをした。その仕草はあまりに自然で、作為も何もない♡♡
⸻なのに、どうしてだろう♡
ただそれだけで、まるで私にだけ向けられた誘惑のように見えてしまう。視線を逸らすことができない。呼吸が苦しくなるほど、胸の奥がざわめいてしまう♡♡
売り場の明るい照明が由梨ちゃんを照らし出す♡
透明で、可憐で、でもほんの一滴の艶を纏ったその姿は⸻私のよく知る由梨ちゃんでありながら、どこか遠くへ連れて行かれそうで♡♡
気づけば、私の指先まで熱を持ち始めていた♡♡♡
「リップはどうしましょうか?」
「うーん、普段の由梨ちゃんなら薄いピンク。でも今日は特別だから、ちょっと攻めてもいいかな。青み系のローズで、透明感を引き立てる感じ」
「え、わたしそんなの似合うかな……」
「試してみますか?」
「……は、はい」
メイクさんがキャップを外すと、ほんのり甘い香りが空気に漂った。
そのままテスターをそっと唇にのせる。筆先が触れる瞬間、由梨ちゃんの肩が小さく震えて、かすかに息をのむ音が聞こえた♡
唇がわずかに開いて、そこに薄い色が溶け込んでいく♡♡
⸻私の喉がからんで、何も言えなくなる♡♡♡
ほんのり濡れたように光る口元から、どうしても目を逸らせない♡
自然な仕草なのに、どうしようもなく艶っぽくて、今この瞬間だけ、世界に彼女しか存在しないように思えてしまう♡♡
「はい、鏡をどうぞ」
「……えっ、なんか、大人っぽく……見える……」
由梨ちゃんの声は、驚きと少しの戸惑いが混じっていた♡
「ね、由梨ちゃん可愛いと思わない?」
そう口にした瞬間、自分でも驚くくらい声が甘くなっていた♡
まるで囁くみたいに、彼女の耳にだけ届ける秘密みたいな響き♡♡
友達に向ける声じゃない⸻そう分かっていても、胸の奥から自然に溢れてしまった♡♡♡
目の前の由梨ちゃんは、確かに私の友達なのに♡
でも鏡に映る姿は、手を伸ばせば壊れてしまいそうな美しさで⸻見てはいけないものを覗き込んでしまった気がして、心臓がばくばくと暴れている♡♡
「……うん。……これが、私」
鏡を見つめる由梨ちゃんの声は、少し掠れて、でも確かに嬉しさで震えていた。
「ふふ、面白いでしょ? 由梨ちゃん、元から可愛いんだから。ほんの少し色を足すだけで、また違った魅力が出るの」
由梨ちゃんはまだ鏡から目を離せないでいる♡
光に揺れる瞳は、自分の姿を確かめるように震えて、まるで新しい世界を見つけた子どものよう♡♡
⸻由梨ちゃん、今のあなたは世界で一番綺麗で、可愛くて、輝いてるよ♡
心の中で呟いたその言葉が、喉の奥で甘く絡まって、危うく声になりそうだった♡♡
好き……♡綺麗……♡可愛い……♡
ふわふわして……頭、熱い……♡可愛いが溢れて……苦しいの……♡
好きが全身を巡って……皮膚の奥まで痺れてる……♡
自信を持って、なんて簡単に言葉にするけれど、それが難しいのは私が一番よく分かってる。
毎朝、鏡に顔を近づける。
そのたびに、まず肌のトーンが気になる。ほんのり赤みが差してないか、昨日の疲れが残ってくすんでないか、吹き出物が出てないか⸻そんな小さな粗ばかりを探してしまう。
誰も気づかないくらいのことでも、自分にはどうしても大きく映る。
視線は次に目元へ。
まぶたが重く見えない? まつ毛は下がって、せっかくのビューラーの跡が消えてない? アイラインがにじんで、疲れてる人みたいに見えてない?
鼻に移れば毛穴や黒ずみが気になるし、唇に目をやれば乾燥で縦ジワが浮き出て、笑ったら割れてしまいそうに思える。
気がつけば顔全体が嫌になって、身体全体まで気になりだす。太ももが太いんじゃないか、お腹が出てないか、肩幅が広くて女の子らしくないんじゃないか⸻なんて、もうキリがない。
「まあ、こんなもんか」って無理に自分を納得させてみても、外に出ればすぐに元通り。
教室のざわめきの中で、誰が可愛いだの、今日のメイクはどうだの、SNSで誰の写真が映えてるだの⸻そんな話題ばかりが耳に入ってくる。
いくら「自分は自分」なんて綺麗事を唱えても、結局は他者評価に振り回される。
そんな状態で「自信を持て」なんて、あまりにも無茶な話だ。
でも。
ファンデを肌に伸ばして、色の違いを比べながら「どの色を重ねよう?」と考えている時、少しだけ楽しくなる。
アイラインを引くときは、息を止める。
線が震えないように、指先の力加減に神経を集中させて⸻思い通りに描けたら、胸の奥で小さなガッツポーズ。
チークの位置を迷いながら、頬にブラシを当ててみては首をかしげて、また少し色を重ねる。
「これでいいのかな」って不安が消えないまま、でもそれも含めて楽しい。
そんなふうに出来上がった顔で教室に入って。
友達に「今日のメイク可愛いね」って言われた瞬間⸻
胸の奥にあった不安が一気にほどける。
飛び跳ねて思い切り抱きしめたくなるほど嬉しくて、言葉にできないほどの熱が全身を駆け抜ける。
その「ひとこと」のために、どれだけの時間を鏡の前で費やしたかが、すべて報われる気がする。
そういう瞬間の女の子って、本当に可愛い。
瞳は光を映してきらきら輝き、頬はぽっと紅潮して、笑顔はまるで新しい光を描き足したみたいに鮮やかになる。
「可愛い」は生まれつきだけじゃない。
努力で作れるし、みんなとのやりとりで育っていく。
女の子同士が言葉をかけ合って、響き合って、「可愛い」を増幅させていく。
その共鳴があるから、誰かを見て「私も頑張ろう」って思える。
あなたと私⸻そうして一緒に作る「可愛い」は、たった一人じゃ絶対に辿り着けない宝物みたいなもの。
だから私は、由梨ちゃんにも少しでもその「楽しい可愛い」を知ってほしい。
由梨ちゃんの中に眠っている「可愛い」を、もっと私に見せてほしい。
上手く出来なくたって構わない。
むしろ「頑張ったんだね」って思えるその姿ごと、愛しくて仕方ない。
サボっちゃった日だって大丈夫。
「昨日は夜遅くまで勉強してたのかな」なんて想像するだけで、それがたまらなく尊くなる。
メイクなんてしなくてもいい。
そのままの姿が、何より尊くて、世界で一番愛しいから。
女の子はみんな、純粋で可愛くて、誰よりも神聖な存在。
けれど、それで終わりじゃない。
まだまだもっと、可愛くなれるし、綺麗になれる。
私はそんな女の子たちが大好きなんだ。




