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第16話 2人で手を繋いで、デートみたい♡

 昼を過ぎ、店内のざわめきも落ち着いてきた。

 まだまだ話したいことは山ほどあるけれど、今日はこれで終わりじゃない。

 この後には、由梨ちゃんをもっと可愛く変身させる計画が待っている。むしろここからが本番だ。


「じゃあ、そろそろ出よっか」

「うん、そうだね」


 会計を済ませて外へ出ると、街の空気がふわりと熱を帯びて肌に触れる。

 本当なら、この時間はただ隣に由梨ちゃんがいて、二人で並んで歩ける幸せをじっくり味わいたい。

 でも、それだけでは済まない。ここから先は、私がリードして守ってあげなきゃいけない時間だ。

 駅に近いお店を選んだのは便利だけど……同時にちょっと憂鬱な理由にもつながっている。


 思わず、ふう、とため息が漏れた。


「沙織ちゃん、どうかした?」


 すぐ隣から、覗き込むように顔を寄せられる♡

 肩に触れるか触れないかの距離。吐息が頬にかかるほど近くて、心臓が急に早鐘を打ち出す♡♡

 ゆるく垂れた瞳が真っ直ぐにこちらを映し、そこに余計な曇りも疑いもなく、ただ真純なきらめきだけが宿っている♡♡♡


 首を小さく傾げる仕草⸻それは問いかけのようでもあり、甘えるようでもあり、守りたくてたまらなくなる無邪気さに満ちている♡


 その一瞬が、もう、どうしようもなく可愛い♡

 可愛すぎて、胸の奥がぎゅっと締めつけられ、息がうまく吸えない♡♡


 愛おしさが波のように押し寄せ、指先から足のつま先にまで痺れるように広がっていく♡

 視線を逸らしたいのに逸らせない。笑ってしまうのに、笑えばこの気持ちが溢れてしまいそうで怖い♡♡


 なのに、自然と口元は緩んでしまう♡

 どうしようもない♡♡

 彼女の仕草ひとつ、視線ひとつが、私のすべてを簡単にほどいてしまう♡♡♡


 私はそっと手を差し出した。

 由梨ちゃんは一瞬、瞬きをしてから、困惑の色を浮かべる。


「え……な、なんで?」

「ここからちょっと、手繋ご?」

「え、えっと……でも……」

「いいから繋ご?」

「……う、うん」


おずおずと伸ばされた小さな手が、私の掌に重なった。

 最初に触れた瞬間、冷たい水に指を沈めたようなひやりとした感触が走る♡

思わずぞくりと背筋が震えそうになる⸻けれど、数秒もしないうちにその冷たさは淡いぬくもりへと変わり、じんわりと掌を包みこんできた♡


 細くて頼りない骨格、薄い皮膚の下で脈打つかすかな鼓動♡

 それが直に伝わってきて、私の胸の奥がじんじんと痺れる。自分の心臓まで釣られるように脈が早まり、呼吸が浅くなる♡♡


 壊してしまいそうで、強くは握れない♡

 けれど、この繋がりを失いたくなくて、そっと指先で彼女の手をやさしく包み込む。触れれば触れるほど、手のひらが熱を帯びていくのに、どうしてか離すという選択肢は浮かばなかった♡♡


「由梨ちゃん、この辺りはナンパ多いから、男の人に話しかけられても一切反応しないでね。いい?」

「わ、分かった……」

「……ごめんね?」


 謝罪の言葉を口にしながらも、視線はどうしても彼女の横顔に吸い寄せられてしまう。由梨ちゃんはきょとんと首を傾け、あどけない瞳をこちらに向ける♡


 無垢な眼差しに射抜かれた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。理性の糸が緩んで、指先の力がわずかに強まる。繋いだ手から伝わる熱が、どうしようもなく愛おしかった♡

 胸の張りつめていた緊張がふっとほどけ、思わず口元がゆるんでしまう♡♡


 可愛い……可愛いっ……♡大好きだよ……由梨ちゃん……♡

 指先が甘く震えて……好きが零れ落ちる……♡

 私の全部が……可愛いって言ってるの……もう止まらない……♡


 なんでもない会話を交わしながら、二人で駅に向かって歩く。

 ただ並んで歩くだけで心が満たされる⸻そう思った矢先、背後から声が掛かる。


「こんにちは! めっちゃ可愛いね、二人は友達? いいお店知ってんだけど、一緒にどう?」


 由梨ちゃんが一瞬言葉を飲み込む。けれど、私は返事をせず、足を止めない。

 ……これだから男は嫌なんだ。

 ただ歩いているだけなのに、平然と私たちの時間に割り込んでくる。


 大切な女の子との神聖なひとときを、安っぽい「可愛い」で踏みにじるな。

 どうせ見た目だけで口にしているんでしょ? それとも「女ならそう言っておけば喜ぶ」とでも思っているの?

 ただのパターン化された言葉の羅列だと思うと反吐が出る。

 ⸻馬鹿にしないで。可愛いって言葉は、そんなに安いものじゃない。


「ねえねえ、無視しないでよ、酷いなー」


 わざとらしいヘラヘラした悲しげな顔。

 私は横目で捉えながら、さらに歩みを速める。


 酷いのはどっち? 罪悪感を植え付けて、言葉巧みに絡め取ろうとしているのはお前じゃない。

 一方的に「無視された被害者」を演じながら、平気で他人を踏み荒らしている。

 そんな二枚舌に、かける時間なんて一秒もない。


「おーい……って、無視かよ……チッ……調子乗んなよ、クソが」


 捨て台詞と舌打ち。男の気配は背中から遠ざかる。

 ⸻なんて情けない。

 無視されて傷ついた自尊心を、暴言で誤魔化すしかないなんて。

 知らない女の子に相手してもらえると思い込む、その勘違いこそが「調子に乗ってる」ってことに気付かないの?


 ただ歩いているだけなのに、どうしてこんな嫌な気分を押し付けられなきゃいけないのか。

 ……だから私は、男なんかに関わりたくない。


 気まずそうに見上げてくる由梨ちゃんに、わざと軽く肩を竦めてみせる。何でもないふりで、歩き出す。

 けれど、ほんの数歩進んだところで、また背後から声が飛んできた。


「すいません。これ、落としましたよ?」


 その響きに、背筋がぞわっと粟立つ。

 振り返りたくない。けれど、無視できない。

 足を止めると、そこには小さなお菓子の袋を掲げた男が立っていた。


 ⸻買った覚えなんてない。

 カバンに入れた記憶もない。

 隣の由梨ちゃんと目を合わせる。彼女も同じように、首を横に振った。


「すいません。違うみたいなんで、失礼しますね」

「いやいや、今落としましたよね?」

「人違いだと思います」

「そんなわけない。俺、確かに落としたの見ましたから」

「……なら、もう捨ててください。失礼します」


 言葉を切り捨て、由梨ちゃんの手を強く引く。

 歩幅を早める。呼吸が浅くなる。


 いやだ、いやだ、いやだ。

 胸の奥で鐘が乱打されるみたいに鼓動が鳴り響く。呼吸が浅くなり、肺の奥で熱い空気が詰まっていく。喉がからからに乾いて、舌がうまく動かない。


 私ひとりならまだいい。無視して、吐き捨てて、駆け出すことだってできる。怖い思いをしても、傷つくのが自分ひとりで済むなら、それでいい。

 いつもなら何もなしに一瞥と一言だけ断りを入れて立ち去る場面。

 でも今は違う。隣には由梨ちゃんがいる。彼女の小さな手を、私はぎゅっと握りしめている。掌に伝わる温もりが、逆に重たくて、逃げられない現実を突きつけてくる。


 肩に余計な力が入り、全身の筋肉がきしむ。足は早足になっているのに、まるで地面に縫い止められているみたいに重い。後ろからかけられる声に背筋がぞわぞわして、皮膚が粟立つ。


 粗雑な真似は絶対にできない。強がって言い返したり、突っぱねたりすれば、それだけで危険が膨らむ。そんなの許されない。少しでも焦りを見せればそれに付け込んで来るなんてことも分かってる。

 それでも、由梨ちゃんを巻き込むわけにはいかない。

 胸はきゅうっと締め付けられて、脳裏には「もしも」の映像が勝手に浮かぶ。嫌な想像が勝手に膨らみ、吐き気すらこみ上げてきた。


 だから⸻結局、私にできるのは、ただ「逃げているふり」をすることだけ。

 小さな手を握りしめ、震えを悟られないように指先に力を込めて、ただ前へ、前へと足を運ぶしかなかった。


 ⸻なんで?

 なんで男は「やりたい」ためにここまでするの。

 明らかな嘘だって分かってるのに、「落としましたよ」なんて言われたら、立ち止まらずにはいられないじゃん。

 二人でいたら、逃げるタイミングを潰されるじゃん。

 わざとそういう状況を狙って、女の子を引き止めてるんでしょ。


 ナンパなんて、本当に最悪。

 コスパ最強? デメリットなし? 男が磨かれる?

 ⸻ふざけないで。


 バカみたい、バカみたい、バカみたい。

 そんなことで喜ぶ女の子が、どれだけいるの?

 少しでも「幸せにしたい」って思いはあるの?

 どれだけ女の子が怯えてるか、分かろうとしたことあるの?


 ただ数打つだけの下手な鉄砲。

 女の子の気分次第の運ゲーじゃない。


 ストナン、スト値、クソテスト、グダ⸻全部、バカみたいな自己満足。

 こんな男が、街には何人もいる。


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 なんで女の子だけが、こんなに怖い思いをしないといけないの。


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