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第15話 由梨ちゃんの良いところ見つけて惚れ直しちゃった♡

 簡単にランチを頼んで、湯気の立つスープと軽いパスタを前に、由梨ちゃんと他愛もない話で花が咲く。

 フォークをくるくると回しながら、口に運んでは「おいしいね」と笑い合って。そんな瞬間さえ、まるで小さな秘密を共有しているみたいで心地よかった。

 話題は自然と学校のことに流れていって、クラスの子のちょっとした仕草とか、授業中の面白かった瞬間とか。


「千夏はね、ちょっと天然なんだけど、いつも明るくて助かってるなー。それだけで元気貰える」


「うん、いつも笑ってるなーって思って見てるよ」


「あの笑い声がちょっと癖になるの。あと恵美はホント真面目。あんまそんな風に見えないんだけど、私しょっちゅう嗜められてる」


「へえ、そうなんだ。席替え前、同じ班だったんだけどさ、ありがたかったなぁ。私、発表とか苦手で……ついついお任せしちゃって、申し訳なかった」


 ……由梨ちゃんって、やっぱりすごい。

 友達の名前をふと出すだけで、当たり前みたいに会話に乗ってきて、その子の「いいところ」をちゃんと掬い上げて言葉にする。

 そこに余計な毒は一切なくて、つまらない愚痴やからかいの影すら落ちてこない。

 まるで当たり前の呼吸みたいに、人の良さだけをすくい上げていく⸻その自然さが、ずるい。


「この前の英語のディスカッションの時もさ」

「うん?」

「沙織ちゃんの班、なんかみんな遠慮してて……自然と沙織ちゃんがまとめ役っぽくなりかけたことなかった?」

「ああ……あったかも」

「でもね、その時に末永くんが『俺がやるわー』って引き受けてたの、凄いなって思ったんだ。そういうふうに言い出すの、私できないから……」

「……確かに、あれは助かったかも」


 彼女の声を聞きながら、私は小さく驚いていた。

 私はその場面をほとんど覚えていなかった。どうせまた、男子が下心でいいところを見せようとしてるだけ。そうやって軽く流してしまっていた。


 でも、由梨ちゃんは違った。

 「勇気を出してみんなを助けてくれた」って、ただそれだけをまっすぐに受け止めている。男女とか、人気とか、計算とか――そんなこと関係なく、クラスのひとりとしてちゃんと見ている。

 その目の澄み方が、羨ましい。


 ⸻ごめんね。

 やってくれたことに下心とか関係ないのにね。ただ"ありがとう"って感謝すれば良いだけなのに。

 私は、そんなことも忘れてて。

 でも由梨ちゃんは違う。見逃さず、ちゃんと「すごい」と思って、感謝してる。


 私もそうありたいのに。

 けど、どうしても彼女のようにはなれない。男の善意を信じて、そのまま胸に抱くなんて、怖くて、私には難しい。

 

 私は知っている。

 男の「善意」をそのまま信じてしまうことが、どれだけ危険かを。

 耳元に囁かれた言葉。見えない場所で伸びてくる手。無邪気な好意の顔をして忍ばせてくる欲望の匂い。

 油断していたら、物陰に連れ込まれて、声も上げられずに汚される。

 証拠を残すように携帯を向けられ、逆らえないように絡め取られる。

 欲望も、支配も、加害の衝動も、この世界には本当に存在する。私はその気配を、この身体で数え切れないほど思い知ってきた。


 だからこそ、由梨ちゃんのその澄んだ視線に、私は抗えず惹き寄せられてしまう♡

 濁りひとつなく、ただ人を真っ直ぐに見て、まるごと肯定してしまうあの目♡♡

 それを見ていると、私の心の奥の硬く閉ざした場所まで、溶かされていくようで怖い♡♡♡


 胸の奥で熱が広がって、きゅっと締めつけられる♡

 喉の奥まで熱いものがせり上がってきて、うまく息が吸えない♡♡

 ただ笑っているだけなのに、光に包まれたみたいで、私の視界には彼女しか映らない♡♡♡


 その笑顔を、誰かに渡したくない♡

 独り占めしたい。隣にいるのは私でなきゃいけない♡♡

 そう強く願うたびに、胸が痛くて、けれど甘く痺れて、どうしようもなく由梨ちゃんが欲しくなる♡♡♡


 彼女の笑顔はあまりにも眩しすぎて、ただ目を合わせるだけで呼吸が苦しくなる♡

 けれど苦しいその瞬間こそ、私にとっては一番の幸福なんだ♡♡


 好き……♡好き……♡お願い……好きってもっと言わせて……♡

 幸せが波みたいに押し寄せて……溺れちゃう……♡

 ふわふわして……頭、熱い……可愛いが溢れて……苦しいの……♡

 好きが全身を巡って……皮膚の奥まで痺れてる……♡


 「由梨ちゃん、ほんとに凄いよ。誰かの良いところとか優しさって、ちゃんと見ようとしないと気付けないものなのに。由梨ちゃんは、自然に拾えてる。私、そういうの、本当にすごいと思う」


「そんなことないよ。私は足りないところばっかりだから……。みんなの方がずっと凄いなって思っちゃうの。……沙織ちゃんの方が、そういうの見てるよ。すごいなって」


「え、私が?」


「うん。この間、私のこといっぱい好きって言ってくれたでしょ? 冗談だったとしても、あれ……本当に嬉しかったんだ」


「冗談じゃないよ。この”好き”に嘘はないから。あの時言った通りだし……今日こうして話して、もっと好きになった」


 その言葉を口にした瞬間、由梨ちゃんの瞳がふるっと揺れる♡

 垂れた目の奥で、黒目が大きく揺らぎ、頬がほんのり色づく。息を飲むようにまばたきをして、唇が困ったように尖る♡♡


「……ああもう、狡いなぁ、沙織ちゃんは。それ言われたら、私、何も言えないじゃん」


 可愛い。可愛すぎる♡

 その瞬間、垂れた目尻が恥ずかしそうに細められて、頬が赤く染まっていく♡♡

 その仕草を見ているだけで、胸の奥がぎゅっと詰まって、今にも破裂しそうに熱を溜めこんでしまう♡♡♡

 息をするたびに甘い痛みが胸を満たして、全身が震える♡♡♡


 頭の中が「好き」で溢れかえって、言葉という形を失ってとろとろに溶け出す♡

 視界の端が滲んで、由梨ちゃんの姿だけがやけに鮮やかに輝いて見える♡♡

 心臓の鼓動が暴れるみたいに速くなって、血が身体の隅々まで叩き込まれる♡♡♡

 今すぐ抱きしめたくて、触れて、唇を重ねて、全部欲しくてたまらない♡♡♡


 好き……好き……好き……♡由梨ちゃんのこと好きなの……♡

 由梨ちゃんの全部が欲しいの……♡今すぐにでも……♡

 溶けて、蕩けて、おかしくなっちゃう……♡


 でも、その直後に、由梨ちゃんはため息を混ぜるように別の話題を零した。


「……それに比べて直樹はさぁ、ほんとデリカシーないし。ちゃんと話し聞いてる?ってことばっかりだしさ。私のこと、本当に好きなのかも分かんない。あの告白って何だったんだろうって、思うときある」


 彼女は人の悪口なんて絶対に言わない。

 でも⸻彼氏のことだけは違う。遠慮もなく、不満が堰を切ったようにこぼれていく。

 その姿が彼への「信頼の証」だと分かるからこそ、胸の奥が軋んでしまう。


 だって、その言葉の一つひとつが、由梨ちゃんが傷付いているみたいに聞こえるから。

 そんな男に由梨ちゃんを渡しておけるわけがない。

 私は由梨ちゃんに幸せになって欲しい。大事にしたい。笑顔だけを見せて欲しい。


 他の子が惚気を話しても、私はこんなふうに思ったりしないのに。


 だって、私はやろうと思えば、簡単にその子の彼氏を奪える自信がある。静かに近付いて、優しく特別感を与えて、軽いスキンシップから振り回すようにしつつ、恥じらいも忘れず、小さなお願いをすることで少しずつ今の彼女の時間を奪って、最後にほんの少しの快楽を与えてあげるだけで良い。


 例えば──彼女が気付かない小さな欠点を「可愛い」と言い換えて褒めてあげる。少しだらしないところ、癖のある笑い方、彼女の前では隠している素の仕草。そこを肯定することで「自分を分かってくれる人はこの子なんだ」と錯覚させることが出来る。


 弱った瞬間を逃さない。テストで失敗した日、部活で怒られた日、彼女と喧嘩した帰り道。彼氏が「一人になりたい」と距離を置いた隙間に、私は「一人じゃない」と手を伸ばす。そのタイミングで差し出された手は、どんな相手でも甘く見える。


 それから「彼女には話せないこと」を用意してあげる。勉強の愚痴でも、家庭の話でも、なんでもいい。秘密を共有すれば、それは小さな共犯関係になり、他の誰でもない「私だからこそ」という幻想が育つ。


 さらに彼女の影響を削いでいく。彼女が彼に求めすぎていること、束縛に見える部分を、ほんの冗談めかして「大変そうだね」と突く。直接悪口は言わない。けれど、ほんの少しずつ「彼女といる窮屈さ」を意識させれば、私と過ごす時間は余計に心地よくなる。


 最後に決定打は、境界を越える仕草。手を繋ぐ、肩に頭を預ける、あるいは不意のキス。罪悪感と背徳感のスリルが混ざったその瞬間、彼はもう戻れない。


 奪うって、力づくじゃない。心をほぐして、安心と甘美な危うさを同時に与えて、彼女の居場所を少しずつ上書きしていくこと。ただそれだけ。


 恋愛なんてそんなもん。


 由梨ちゃんの彼氏も同じだ。由梨ちゃんから奪うことは多分簡単。男と女、彼氏彼女なんてその程度の関係。


 でも、由梨ちゃんの中にいる彼の存在は、たぶんどうやっても追い出せない。

 幼馴染で、積み重ねてきた信頼があって、あの位置は私なんかが壊せるものじゃない。


 それでも、その居場所が欲しいなんて願ってしまう自分が嫌で嫌で堪らない。


 でもね、だったら⸻私にしか与えられない場所を作りたいとも思ってしまう。彼氏でも家族でもなく、私にしかできない特別な居場所を。


 勉強も運動もそこそこできて、先生の受けも良くて、友達も多くて。学校での私は何もかも順調で、欠けているものなんてひとつもない。誰がどう見たって「うまくいってる」側の人間だ。


 それなのに、胸の奥には大きな穴がぽっかり空いたまま。その穴を無責任に由梨ちゃんで埋めてしまいたいなんて考えてる。

 そしてその穴があるのは由梨ちゃんもたぶん一緒。あの彼氏にすら与えられない「何か」を自分の手で与えたい。安心と甘さと、危うさを混ぜたような、居場所みたいなものを。

 それがどれほど歪んでいて、由梨ちゃんの幸せには繋がらないのが分かっているのに。


 由梨ちゃんには幸せになって欲しい。由梨ちゃんを幸せにしたい。

 でも、私もあともう少しだけ満たされたい。幸せに近付きたい。それがどれだけ贅沢で、甘美な毒だと分かっていても。今感じてるこの気持ちだけが私の全てだから。

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