第14話 デートの待ち合わせで蕩けちゃう♡
約束の週末。
私はすでに待ち合わせ場所のカフェに着いていた。
店内はお昼前で、混みすぎず静かすぎない、心地よいざわめき。
ガラス越しに差し込む春の光はやわらかで、二人で話すにはぴったりの雰囲気だ。
入り口近くのテーブルに腰を下ろし、スマホを指先で弄びながら、ときどき窓の外に視線をやる。
服装は少しラフにまとめた。由梨ちゃんに「気合い入りすぎ」と思われないように。
白いブラウスの袖を肘まで軽くまくり、首もとはゆるっとしていて風が抜ける。
明るいベージュの膝丈スカートは、座るたびにふわりと揺れる。
春と夏のあいだをすくったような爽やかさを意識してみた。
……でも、内心は全然落ち着けていなかった。
胸の奥がずっとそわそわして、落ち着きどころを失っている。
ハーブティをひと口含んで喉を潤し、深呼吸して気を落ち着けようとした、そのとき。
──視線の端に見覚えのある姿が映った。
扉を押して入ってきたのは、由梨ちゃん♡
不安そうに辺りを見回していた顔が、私に気づいた瞬間ぱあっと花が咲いたように明るくなった♡♡
その笑顔に胸を撃ち抜かれる。心臓が跳ねて、喉がきゅっと鳴る♡♡♡
淡いピンクのカーディガンを羽織り、下は水色のワンピース。
裾がひらりと揺れるたびに、春の風をそのまままとっているみたい。
耳元で揺れる小さなシルバーのイヤリングが、光を受けてきらりと輝き、彼女の笑顔をさらに引き立てていた。
「ごめん、待ったよね」
「あ、全然。五分ぐらいかな」
「少し早く来たつもりだったんだけどなぁ」
「あはは。だって私、今日楽しみだったから」
腰掛ける由梨ちゃんに向かって笑いながらそう言った瞬間、彼女の瞳がぱちんと大きく見開かれた。頬がじわりと桜色に染まっていく♡
可愛い♡
そんな単語じゃ到底追いつかない♡♡
胸の奥が熱くなりすぎて、呼吸が苦しい♡♡♡
指先が震えて、テーブルの下で膝ががくんと力を抜かれる♡
……やばい。可愛すぎて悶絶する♡♡
ほんの数秒なのに、視界が眩しくて彼女しか見えない♡
「目を合わせたら死ぬかも」なんて、本気で思った♡♡
この可愛さに撃ち抜かれて、私の中の何かが甘くとろけていく♡♡♡
視線が絡んだだけで……息が甘く詰まって……喉が焼けそう……♡
心臓が暴れてる……耳の奥まで、鼓動が響いてる……♡
私の細胞ひとつひとつが……「可愛い」って叫んでるの……♡
「由梨ちゃん、今日のワンピースすごく似合ってる。春っぽくて可愛い」
気持ちを抑えきれず、口から零れるように言葉が出る。
「えっ……ありがと。沙織ちゃんこそ、そのブラウス爽やかで大人っぽいよ。なんか雰囲気すごく好き」
「ほんと? うれしいな。やっぱり制服じゃないと印象変わるね」
「うん。なんか新鮮で不思議な感じ」
「分かる。いつもと違う由梨ちゃんに会えて嬉しい」
「もー、そうやって褒め殺そうとするの、この間の仕返し?」
「えへへ、バレた?」
小さな笑い声が混じり合って、テーブルの上にふわりと広がる。心地よさに背筋がじんわり緩んでいく♡
だけど同時に、胸の鼓動は逆に早まって、耳の奥で自分の血の音がごうごう響いている。手を組んだ膝の下では、足先が落ち着かなくて小さく揺れてしまう♡♡
やだ……止まらない……♡
可愛いが溢れて……脳がしゅわしゅわしてる……♡
このまま壊れてもいい……♡
可愛い……好き……愛してる……全部、由梨ちゃんでいっぱい……♡♡
「ねえ、沙織ちゃんって……このお店、よく来るの?」
由梨ちゃんが少し首をかしげてメニューを持ち上げる。その仕草も無防備すぎて、喉がきゅっと鳴った♡
「うーん、よく来るとまでは言わないけど、便利だから友達とは何回かは来たかな」
「そっか。たしかに駅から近いし、落ち着いてる雰囲気だもんね。私、こういうカフェってあんまり来ないから新鮮。ちょっと特別な感じがする」
「ふふっ、じゃあ今日は特別デビューだね」
「うん。しかも沙織ちゃんと一緒だし、余計にね」
──ああもう♡
胸の奥がじわじわ焼けるように熱くなる♡♡
声が震えそうになるのを必死で抑える。笑って頷くだけで精一杯♡♡♡
由梨ちゃんは、何気なく私を殺しにきている♡
こんなに可愛い言葉を自然に言われたら、どうしたって好きになるに決まってる♡♡
「直樹との約束も断っちゃった」
「それって彼氏のこと? いいの、それ?」
「いーの、いーの。アイツ、バカだから。それぐらいしないとダメ。こっちがどれぐらい傷付いたとか分かんないから」
そこで見せた表情は、普段の控えめで優しい由梨ちゃんとは少し違っていた。肩をすくめ、唇を尖らせる。軽口みたいな愚痴をこぼしながらも、その奥には彼氏に甘えるような安心感が透けて見える。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。だけど同時に、熱く満たされるような感覚も生まれる。
彼氏との約束よりも、今こうして私との時間を選んでくれた優越感が、背筋の奥をぞわぞわと駆け上がっていく。
けれど、同時にその優越感の輝きは、あまりに儚くて脆い。
由梨ちゃんの仕草の端々には、長年積み重ねられた絆の色が滲んでいて、それは私には絶対に手に入らない領域で──その事実が鋭く胸を裂く。
──たしか、幼馴染なんだっけ。
私と由梨ちゃんは、ただのクラスメイトで、ただの友達。彼女と彼の間に割り込める要素なんてない。ないはずなのに。
それでも、どうして私はこんなにも胸をざわめかせてしまうんだろう。
頬の内側を噛む。呼吸が乱れる。指先が膝の上でぎゅっと握り込まれる。
優越と劣等、その両方の感情がぐちゃぐちゃに絡み合い、身体の内側を勝手に暴れまわる。甘いはずの優越感すら苦みに汚されて、苦しいのに快感に似ている。
私は女の子が大好きだ。
良いところも、悪いところも、全部まとめて愛しくてたまらない。
けれど、こんなふうに嫉妬や独占欲を燃やしている自分を、誰が好きになってくれるんだろう。
私みたいな歪んだ気持ちを抱えた存在を、理解して抱きしめてくれる人なんて、いないんじゃないか。
「アイツ、バカだから」
そう言いながら、どこか愛おしげに笑った由梨ちゃん。
その仕草が、私との距離を冷酷なまでに突きつける。彼女の世界には確かに彼氏がいて、その関係の中での愚痴も甘えも成立している。私はその外側でただ見ているだけ。
──どうして相手が男なんだろう。
それが一番悔しい。認めたくない。胸の奥で「私だったら」と何度も想像してしまう。
彼氏の位置に、私が立てたら。そんなの許されないのに、頭の中では勝手にシミュレーションしてしまう。
「そうなりたい」「でも無理だ」──その二つの矛盾した感情がぐちゃぐちゃになって胃の奥で渦を巻き、息を詰まらせる。
私は由梨ちゃんに幸せでいてほしい。心からそう願っている。
でもその「幸せ」の中に、私の姿は入っていない。そう分かっているのに。その事実を思うと、胸が裂けそうで、頭の奥がじんじん痛む。
ねえ、私は、どうしたらいいんだろう。由梨ちゃん……




