第13話 女の子たちにぎゅってされて蕩けちゃう♡
翌日、学校。
いつものように教室の扉を開けると、もうすでに女の子たちの笑い声が花みたいに咲いていた。
「おはよー」
「おはよー!」
いつも通りの挨拶を返すと、すぐに昨日のことを嗅ぎつけるように声が飛んできた。
「で、昨日の放課後デートは楽しかった? ねぇねぇ、告白された?」
「ちょっ……言わないって言ってるでしょ。っていうか、されるわけないじゃん」
「えー、つまんなーい」
「私、沙織の浮いた話し聞きたーい!」
「聞きたーい!」
あちこちから飛んでくる声に、教室の空気がふわっと甘く揺れる。
女の子って、本当に噂話が大好きだ。一人が投げた話題に、別の子が花びらを重ねるみたいに声を加えていって、瞬く間に花束みたいな会話になる。
その声の連なりが耳に触れるたび、胸の奥がじんわり温まっていく♡
華やかで、少し騒がしくて、でも心地よい──たくさんの音色に抱きしめられているみたいで、私はその真ん中にいることが、ただただ幸せに感じられた♡♡
確かに、女の子同士の噂話って面倒だなと思うこともある。けれど、それは「あなたと一緒にいたい」「あなたを知りたい」って気持ちの裏返しでもあるのだと思う。
だから、その輪に加わるだけで、何気ない一言や笑い声が、ふとしたときに私を救ってくれる。
いろんな女の子が集まって、大きなお花畑みたいになって♡
誰かの成功をみんなで喜び合って、誰かの失敗もみんなで励まし合って、笑顔が連鎖して、幸せな楽園が出来上がる♡♡
その中に私がいて、みんなの視線や声に包まれて、全身があったかくなっていく♡♡♡
好き……♡好き……♡みんな大好き……♡
細胞ひとつひとつが、好きって叫んでるの……♡
蕩ける……蕩ける……もっとみんなで、溶けて交わっちゃおうよ……♡
「もー、ないんだからしょうがないでしょ」
「えー、またそれ? あれだけモテて、ないはないでしょ」
「ないもんはないの!」
「沙織はお堅いなぁ〜」
みんなの笑い声が重なって、教室の空気はさらに明るく広がった♡
私は照れながらも、その輪の中心に居られることが、どうしようもなくくすぐったくて、気持ち良かった♡♡
「お試しで付き合えばいいのに。男子からの告白も少しは減るかもよ?」
「……それはちょっと魅力的な話だけど」
「でしょー?」
彼女たちの言うことも一理ある。確かに、告白ラッシュには私も疲れている。
週に何回かは、昼休みか放課後に“突然の告白イベント”が入る。私の予定も友達との約束も関係ない。友達からの申し訳なさそうな仲介、突然の見覚えのないアイコンからのLINE、机の中に折りたたまれたメモ、靴箱に差し込まれた手紙、廊下で「ちょっといい?」と呼び止められる声。
すっぽかしたり、その場で断ろうものなら角が立つ。調子乗ってるって変な噂が立ったりするかもしれない。
告白だって分かった瞬間にガクってなる。
そしてすぐに、頭の中でいくつものシナリオが浮かぶ。
──もし周りに人がいなかったら。
──もし強引に来られたら。
──もし断った後に変な噂が広まったら。
その“もし”が止まらなくなって、自然と身構えてしまう。
ポケットの中には、すぐ連絡できるようにスマホを忍ばせる。人気のない場所に呼び出されたら、少し離れたところで友達に待機してもらう。
そんな用心を重ねている自分が、なんだか嫌になる。
「気にしないで」なんて言われても、気にしてしまう。
真剣だからこそ、断れば傷つけてしまうし、ときには逆ギレされることだってある。だから余計に警戒が強くなる。
「友達からでもいいから」なんて言葉も、私には難しい。今まで関わりがなかった人と、急に“友達”になるって、そんなに簡単じゃない。むしろ距離感に困ってしまう。
そして、断り続けることで周りの女の子に嫉妬されないように立ち回るのもひと苦労だ。
──あの子ばっかりモテて、狡い。
そんな視線を感じたくないから。
万が一の連絡がつくようにお願いしてる女の子には借りばかり作って、私の帳簿は真っ赤っか。
お礼に勉強を教えたり、たまに奢りで放課後にお茶をしたり、買い物に付き合ったり。
それはそれで色んな女の子と関わりが増えたり、いつもは出来ない話しが出来て楽しいから、悪いことばかりじゃないけれど。
むしろ、そうやって女の子と笑い合える時間は大好きだ。
そして、私はそういう気持ちを男子に向ける予定は一切ない。
だから──ごめんなさい、男子のみなさん。
最初から「彼氏候補」に入れるつもりは、ないんです。
でも、もし「彼氏がいます」ってことにしておけば、わざわざ告白されることも減るだろうし、変に期待されることもなくなる。
そういう意味では「彼氏持ち」って肩書きは確かに便利かもしれない。
「でも、男いなくても楽しいし、今はいーの」
「もったいないなぁ」
「勿体なくない」
みんなが私の恋愛模様を気にするのも、たぶん安心したいからなんだろう。
白鳥沙織がどんな男を選ぶのか──それは、彼女たちにとって“道標”みたいなものだ。
──やっぱりイケメンで人気あるキラキラ男子?
──ちょっとやんちゃで、でも強くて守ってくれそうな先輩?
──それとも優しくて素朴な文学男子とか?
──まさか年上の大学生や社会人なんかじゃないよね?
そんなふうに勝手に想像して、騒いで、笑って。
そして私が誰かを選んだ瞬間、それは彼女たちにとって“正解例”になる。
あの子の彼氏選びの秤はここにあるんだ、って。
「沙織が選ぶならきっと大丈夫」──そう思えば、自分の選択にお墨付きを得られる。
逆に、私が変な男や平凡な男を選んだなら「あの白鳥沙織もその程度か」って、見切りをつけることもできる。
でも今の私は、どこにも行けない宙ぶらりん。
告白は数えきれないほど受けているのに、一度だって応えたことがない。
未だに“経験なし”を抱えたままで、格下の男子にばかりモテて、強い男ひとりも捕まえられない。
周りから見れば──女という武器を持て余してるだけの、扱いづらい欠陥品。
噂話ではいつも名前が挙がるのに、実際には何ひとつ動かない。
きっと友達にとって、私は彼氏に「紹介しづらい子」なんだろうな。
「自慢したいくらい綺麗だけど、油断すれば自分の彼氏も奪われかねない」──そんな危うさをまとった存在。
……ごめんね。
みんなの不安を埋めてあげられなくて。
私、男と付き合うつもりなんて、最初からないんだ。
だけど、それなら女の子ひとりに決められるかって言われたら、それもできない。
友達以上、恋人未満。誰にでも優しくしてしまう。
線を引けないまま、曖昧で、ずるい。
だから私は、選べるみんなのことがほんとにすごいと思う。
「私、この人が好き。この人と付き合います」って笑顔で言えるその勇気。
その潔さ。
それは私にはないものだ。
だから、恋する女の子はあんなにもまぶしいんだ。
彼女たちが笑って、照れて、名前を呼び合う瞬間──それは私の中に存在しない光だから。
……羨ましくて、悔しくて、それでいて心底愛おしい。
「じゃあ、私が沙織と付き合うー」
横から手を伸ばして、わざとらしく私の腕に絡めてくる。
「えー、それズルいー。私もー」
もうひとりが負けじと反対側に抱きついてくる。
やわらかい体温と、女の子特有の甘い匂いに一瞬とろけそうになる♡
可愛い……可愛いっ……ほんとに、みんな……大好き……♡
可愛すぎて……息が甘く絡まって……呼吸まで蕩けちゃう……♡
熱くて……苦しくて……でも幸せすぎて……溶けたい……♡
「もー、勘弁してよー」
そう言いながら、仕方なく振り払う。名残惜しくて、手のひらがずっと火照っている。
ふたりはケラケラ笑いながら離れていって──その背中が、ああ、愛しい。
「てかさー、昨日、彼氏がさー」
「えー、マジー? うらやましー」
また男の話。
口元は笑ってみせるけど、胸の奥は少し沈む。
別に彼女たちが誰と付き合おうと自由だし、そこに口出しする権利なんて私にはない。
でもね。やっぱり思うんだ。
恋する女の子は、世界でいちばん綺麗で、尊くて、儚くて──そんな存在を、男なんていう劣等因子に与えてやるなんて、もったいなさすぎて悔しい。
可愛い女の子の笑顔を、穢れた男に奪わせてなるものか。
それでも、彼女たちが笑顔でいる限りは我慢する。
彼女が幸せで、彼氏と手を繋いで笑っているなら、それはそれでいい。
でも──もしその笑顔が曇った時は、覚悟してもらう。
泣かされて、傷つけられて、心がすり減った時は、私の番だ。
私が甘く囁いて、とろとろに蕩けさせてあげる♡
彼氏なんかよりも深く、強く、溺れさせて──「別れたい」って、自分の口で懇願させてあげる♡♡
男に堕ちるより、女の子に堕ちちゃおうよ♡♡♡
その方がずっと気持ち良くて、ずっと幸せだから♡♡♡
ふと視線を上げると、由梨ちゃんが気付かれないように胸元で小さく手を振っていた。
そのささやかな仕草が可愛くて、思わず胸の奥がきゅっとなる♡
……何気ない、いつもの光景。
何気ない、いつもの学校生活。
そうして今日も、特別なことは何もないまま、1日が終わっていく。




