5話 九時のノックと語られた夢
夜の9時ぐらいに部屋にノックがあった。
こんな時間に誰だろう?
新聞配達の加藤社長かな?
でもこの時間は家族と団らんしてると思うし、出てみないとわからないよね。
加藤さんが最初に来た時に普通に開けたら、「女の子の一人暮らしだから、扉を開ける前に誰かを聞いた方がいい」っていわれたんだっけ?
「だれ?」加藤さんのアドバイス通りに聞いてみた。
「私」という返事がした。
この声は栞だとは思うけれど、扉越しだから聞き間違いかもしれないので、「私という人は知りません」と答えてみた。
「いや、綾さん。そんなお茶目な事言わないでよ。開けてくれないとこのまま騒ぐから」
そんなことをされたら近所迷惑だから、私は素直にドアを開けた。
「黙って入って」
「おじゃましま~す」栞は、悪びれもなしに部屋に入ってきた。
「何しに来たの?」
「つれないなぁ綾さん」
「一言、言っておくわね。先日アルバイト手伝ってくれてありがとう」
これには本当に感謝でしかなかった。私が出社すると考えてるのに、休まれたら人員不足になっていろいろな人に迷惑が掛かってしまう。そうならなかったので、機会があったら言おうと決めていたことだった。
「死んでも行くって感じだったしね」
「生活がかかってるから」
「助けてくれたお礼だから気にしないでいいよ」 彼女は、気にしないでという裏表がない無邪気そうな笑顔で答えてくれた。
芸能人だからなのかな?すごく笑顔が綺麗で魅了される感じがする。 確かに人気が高いのは理解ができた。
「話し変わるけれど何しに来たの?」
「えっと、久しぶりに会ったのに、ほぼ無視だったから」
「はぁ~、あなたはこの町に初めて来た事になってるのに、私が知人のようにふるまったらあなたが困るでしょ」
「でもさぁ、そっけなさ過ぎだし、嫌われたのかなって思って少しだけ落ち込んだんだよ」
「普段どおりだったけど?」
無視はしてないはず。聞かれたことには答えてたけど。
そっけないって言われてもあれがいつも通りだからそんなこと言われても困るだけだ。
「あれが、綾さんの普通の学校生活?」
「そうだね」
「そっかぁ」 何が聞きたいのだろうか?来た理由は何だろう。
「私からも聞いていい?」
「何?綾さん」
「なぜあの時いなくなったの?嘘なしでお願い。流石に気になる」
一方的なお別れになってさすがに気になった。
一応新聞の一面とかに掲載されてたから元気でやってるのだけは知ってたけど。
「ん~日本の捜査する人たちって無能じゃないからね。外に出ずに窓にも顔出さずにすれば可能だけど、さすがに外に出たのはまずかったのかも。朝刊配り終えたら、見慣れた車が迎えに来てね。理由を言ってあの時間だけ待ってもらっていたの」
栞はちょっとばつが悪そうに私に伝えてきた。
「もうひとつ仕事いやになって逃げたの?」
何でこんなことを聞いたのだろう? 私には関係ないこと、人に振み込むなんて面倒なことが増えるのになぜ?
「仕事は好きだよ。歌、歌うのも、作るのも、お芝居をするのも基本的に好きだよ。 いつの間にか休みの日もなくなり、窮屈になったり、あの日は丁度セクハラに近いの受けたりして見失ってたのかも」
「仕事がいやになって逃げたわけじゃないんだ」
「一応はね。色々な人に迷惑かけたけれど、丁度その埋め合わせも先日終わった所だよ。綾さんそういうの嫌いでしょ」
栞は、笑いながら優しい目で私を見つめてくる。 本当に調子が狂う。
「別に私は関係ないでしょ。確かに仕事を途中で捨てる人は嫌いだけど」
私はなぜか少しだけ恥ずかしくなり、栞から顔をそむけてしまった。
ちらっと見たら、ニヤッとした顔で見てくるから何でそんな顔するの?
私はすぐに話題を変えることにした。
「忙しいでしょ?芸能人さん?」 私は、そのままそっぽを向いて聞いてみた。
「意地悪だなぁ綾さんは、会えてうれしいくせに」
栞はまるでいたずらっ子のように聞いてきた。 なんかイラついてきた。
「そんなこと無い。話はそれだけ、ならもういいよね」
私はさっそうにお暇させようと、栞に言ってみた。
「ごめんってば、綾さん。冗談だって」
「は~、会えてよかったのは思ったのは、あのまま手紙1枚でいなくなったから心配しただけそれだけ」
「今日泊まったら駄目?」
「駄目。この近くに部屋があるんでしょ」
何を言ってるの?それに布団1枚しかないの知ってるでしょ。
「有るけど、もう夜遅いし」
「こんな時間にきたら遅くなるのわかってるでしょ。それに、朝同じ部屋から出たらスキャンダルになったらあなたが困るでしょ」
私の過去とか知ったら、栞に本当に迷惑がかかるから、帰ってほしかった。
本音を言えばもうかかわってほしくない。私のせいで迷惑をかけたくなかった。
私がそう言ったら、くすくすと栞が何が面白いのかいい笑顔になっていた。
「何、笑ってるの?可笑しい事言った?」
「だってぇ、普通スキャンダルって男の部屋から出てきたって事でしょ。綾さん何処から見ても女性じゃん。まあ私が変装したら身長の低い男性になり得るけれど」
栞は私と栞自身を見比べて、がっかりした口調で言ってきた。
がっかりするぐらいなら言わなければいいのに。
身長や胸の発育なんてどうしようもできないのに、なぜ悩むのだろうか?
胸なんてあっても重いだけだし、邪魔なだけなのに?
なぜ欲しがるのか不思議だ。
反対に栞のような小さい身長の方が可愛がられて得なことが多いのではないのか?
「スキャンダルって男女だけじゃないでしょ。夜遊びもそうじゃない。まだ22時だから今なら間に合う」
「綾さんは、か弱い女の子を夜道を帰らす気?」
「いつも私は、このぐらいに帰るから大丈夫よ」
実際アルバイトが終わって帰る時間はもっと遅いから大丈夫なはずだ。
「う~わかった帰るね。学校では普通に接して欲しいな」
「普通に接してる。無視はしてないよね。それに友達、かなり出来たような気がするけれど」
「あれはたぶん違うよ」
「ちがう?」 沢山人が集まり楽しく談笑してたのに?
「だってあれは私が芸能人だからだよ」
「ん?」 何を言ってるの?芸能人だから何が変わるの?同じ人なのに?変なことを言ってくる。
確かに忙しい社会人も兼任してるから、話しかけづらいのはあると思うけど。
「でも今度の土曜日遊びに行くのでしょ?」
確かそんなことを言って私にも誘ってきたはずだ。
「急な仕事が入らなければね」
「普通遊びに行くのは友達だからでしょ」
友達以外と遊びに行くことってあるのかな?
いかんせん友達というものができたことがないので想像でしかないんだけど。
「まぁ友好をかねてもあるけれど、せっかく同じクラスになったら誘われたら、いやな人じゃない限り行かない?」
「行かないし、時間の無駄」
何で無関係な人と行かないといけない?
そんな時間があるのなら休憩や予習復習をした方が時間の得だと思う。
「綾さん?部活の部員とは遊びに行かないの?」
「行かないよ。時間もないし、友達じゃないから」
友達作りのために部活に行ってるわけではないし。
「サッカーは面白い?」
「好きだよ?でも今は大変かなぁ」
好きでは無ければ部活はやらないでしょ?何を当たり前のことを聞いてくるの?
「なんで?」
「思ったところにチームが来てくれないし、先生がいなくなったらだらだらやっているから見てるときが一番疲れる」
「それって部員に言ってる?」
「なぜ?」
「チームスポーツでしょ。言わないとわからなくない」
「最低限は言わなくてもわかるでしょ。高校生なんだから」
園児や小学生じゃないのになんでそんなことを言わないといけない?
もう高校生なんだからわかってるでしょ。
「気に入らないものは、話し合ったりしないとチームがまとまらないと思わない?」
栞はまっとうな意見という感じで聞いてきた。
「そういうもの?」
「何でサッカーなの?」
「サッカーが好きになった理由を聞いてるの?」
「そう」
「別に関係ないでしょ」
なんでそんなことを聞くのだろうか? 聞いても楽しい話でもないのに。
じ~とずっと見てるから、面倒になってきた。
「ずっと昔にね」
「え?」
「聞きたいんでしょ」 これ言ったら本当に帰ってもらおう。
「え、うん聞きたい」
「昔って言っても今から10数年前ぐらいかなぁ。サッカーは、物心つく前からやってたと思う。その時のCMがすごく面白いCMだったの。出ていた選手がみんな笑顔でサッカーをしてたの。あんなに笑顔でやってたから、私も練習してたら楽しくなっちゃってね。そしたらもっともっとやりたくなって今に至る。確かスポーツグッズのCMでブラジルとポルトガル戦の設定でね。そのCMである選手がね足とボールがくっ付いているみたいに右に行ったボールがすぐ反動で左に行くテクニックをやっていたんだ。それを見て私もね。真似したら見事に転んで、初めて向きになって練習したかも」
やばい、私一人で盛り上がって置いてけぼりにしたかも。
「ごめん。余り良くわからないよね。それがきっかけで実際に本格的にやり始めたの」
「プロにはならないの?」
「どうだろう。日本だと女性はプロ契約は少ないからね」
「え!そうなの?なでしこで試合に出ている人たちってプロじゃないの?」
「あぁ、違うね。国内だと数人位しかしていない状況だと思うけど。外国で活躍してる選手合わせると多いけど、男性と比べると数少ないよ」
「そっか目指さないの?今日の放課後すごかったのに?」
「どうだろうね」
そんな時間はないと思うし、部活に毎日参加してないから試合にもほとんど出てないからね。
「いつ見てたの?グランドにはいなかったけれど」
「先生に呼ばれて職員室から帰って、教室で帰り支度してた時に見えたよ」
教室3Fなのによく見えたよね。視力いいんだと関係ないことを思ってしまった。
その話をして、「話せて楽しかった。また明日ね」って言って帰っていった。
全く嵐みたいな時間だった。
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