表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二部開始】 Liebe   作者:
2部 1章 共同生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/49

22話 謎の女性

 ラウンジで、私は一人、ボールを足元に止めて荒い息を吐いた。

 パチ、パチ、パチ。

 静まり返ったフロアに、乾いた拍手の音が響いた。


「いいイメージ。でも、ドイツのトップDFなら、今の重心の浮き方を見た瞬間に君の軸足を刈り取ってるよ」


 私が誰をイメージして練習してたか、わかったわけ?


 声のした方に振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。

 160センチにも満たない小柄な身体。胸の起伏もなく、少年のような細いシルエットにも見える。

 深く被った帽子のせいで顔はよくわからなかった。

 帽子の隙間から見える瞳だけは、からかいの目ではなく真剣そのものだった。


「……誰?」


「通りすがりの、ただのサッカー好き。……ねえ、その170センチの身体、飾りにしておくには勿体ないね。私が壁の壊し方を教えてあげようか?」


 カチンときた。他のことはどうでもいい。

 私のサッカーが大したことないって言われた……?

 私は苛立ちを隠さず、問い返した。


「それになんで、ドイツのチームだってわかったの?」


「サッカーを真面目にやってる人なら、すぐにわかるよ。君が今、右足に溜めた待ちの姿勢……あれはドイツの巨漢相手にしかやらない誘いだ」


 女は淡々と、しかし確信を持って続けた。


「でも、例えばバイルンの連中はそんなの通用しない。君がエラシコに入る前に、その立派なガタイを物理的に潰しに来るよ」


 実際、言われた通りだった。

 さっきから私が抜く動作をしようとするたび、イメージの中のバイルンの選手に動きを止められた感じがして、どうしてもエラシコへ移行できなかったのだ。

 図星を突かれた私は、言葉を失って彼女を凝視した。160満たない身長で言うだけならだれでもできる。

 言うのとやるのでは違うというのに、これが知ったかぶりというものだろうか?

 私はその声を無視をして次の練習に移ろうとした。

 無視する私に彼女が追い打ちをかけてきた。


「女を売るオーディションなら世界でも通用するんだろうね。そのルックスだったら見逃さないと思うしね。でもピッチの上じゃただの標的だよ。重すぎるんだよ、その身体のパーツが……」


「……っ!」


 カチンときた。自分の身体がハンデになることくらい、自分が一番わかっている。無駄に大きい胸や尻。

 サッカーには邪魔なだけだ。

 だから私は、体操選手みたいに身体を折れるまで柔らかくした。

 その不利を埋めようと必死に練習もした。

 100メートルだって12秒前半で走れる。


 この身体を抱えて、誰よりも速く走り、飛び、しなやかに動ける自負があった。

 それを、アスリートとして重荷だと切り捨てられたのは初めてだった。

 言い返そうとした私の唇を、彼女の言葉が遮る。


「あぁ、どうせ胸とかお尻とか思ってるんでしょうけど、関係ないから。……貴女はその体の動かし方を知らない。だから鈍重だと言ってるの」


 鈍重?

 サッカーでここまで言われたのは初めてだった。

 実際男子サッカー部にも無双したこともある。

 同じ女子サッカー部で本気を出したらサッカーにならないことはわかっている。

 そんな私が身体の使い方も知らない素人だと言われた。


 私はムッとして、足元のボールを彼女の足元へ強く蹴り出した。

 地を這うような鋭い本気のパス。受け手に高い技術を要求する、私なりの挨拶であり、初対面では絶対に出さないパスだった。


「……口だけなら、誰でも言える。教えてくれるって言うなら、見せてよ。その『壁の壊し方』とやらを」


 彼女は、少年のように細い足で、飛んできたボールをまるで磁石でもあるかのように吸い付くように止めた。


 嘘でしょ?

 あれほど激しく回転していた弾丸パスが、彼女の足元に触れた瞬間、まるで魔法にかけられたように死んだのだ。


 子供の頃、ビデオで擦り切れるほど見たガウジーニョやロベルト・バッジーニ。

 あの一切の衝撃を無に帰す、綿毛のような柔らかいトラップ。

 私が何度練習しても手が届かなかった理想が、今、目の前の小さな女性によって、呼吸をするように当たり前に行われていた。


「いいパスだね。いいよ。数分だけ、遊んであげる」

 

 彼女が帽子の隙間から不敵に口角を上げた。

 その瞬間、ラウンジの空気が一変した。160センチにも満たない小柄なシルエットから、バイルンの巨人たちよりも遥かに重い威圧感が膨れ上がってくる。


「来なよ。その重い身体で、少しでもボールに触れたら君の勝ちでいいよ」


「……いく」


 私が一歩、踏み出す。

 私は本気を出して、一気に彼女の懐を食い破りにかかった。

 パワープレイでふっ飛ばして取って見せる。

 このスピードとパワーだったら受けきれないでしょ。

 そして謝ってもらう。

 私は本気で取り組んできた事を。


 肩が彼女の肩に届く、そう確信した瞬間だった。

 彼女の身体が、氷の上を滑るように横へズレた。

 フェイントですらない。ただの重心移動だった。

 小さな身体が、私の突進するエネルギーを吸い込むように、私の視界から消えた。


「……遅い」


 背後から聞こえる、冷徹な声。

 すぐさま彼女からボールを渡された。


「あなたはディフェンダーじゃないんでしょ。得意なのは前線でしょ。」


 彼女は帽子の下で不敵に笑うと、手のひらをこちらへ向け、クイックイッと指を曲げて挑発してきた。


 なんかカチンときた。

 私はボールを拾うと、軽くリフティングを織り交ぜて立体的に彼女をかわそうと試みた。


「サッカーは曲芸じゃないよ」


 惑わされる様子もなく、彼女は影のようにぴたりとついてくる。


 エラシコは先ほどのイメトレで見破られているはずだ。

 なら、シザースで揺さぶってから、この1体格を利用して、強引に彼女を背負って反転する。


 得意の、ルーレットで置き去りにする。

 この回転に巻き込めば、小柄な彼女なんて置き去りにできるはずだ。

 そう確信して、自分の体幹に全神経を集中させ、彼女の重心をずらそうとした


 その瞬間だった。

 ガッ、と鈍い衝撃を感じた。

 まるで鉄の扉にでもぶつかったかのようだった。


 なっ……なぜ、動かない……!?

 背中に当たった彼女の肩は、岩盤のように微動だにしなかった。

 私より10センチ以上小さいはずの彼女の一点に、私の回転軸が完全に捕まっていた。

 力で押し通そうにも、彼女の体幹は私のパワーを柳のようにいなし、逆に私のバランスを崩しにかかってきた。


「ルーレット? 遊びなら100点満点。入り方も素敵だね」


 至近距離で、彼女の声が耳を打つ。


「でも、今の重心の浮き方じゃ、世界じゃ足首ごと持っていかれるよ」


 それから、私たちは交互に一対一を繰り返した。

 だが、結果は無残だった。私の仕掛けるエラシコも、スピードを活かした突破も、すべては彼女の手の平の上で転がされているに過ぎなかった。


 私はいつの間にか汗だくで、ラウンジの冷房が効いているはずなのに全身が熱い。

 対して、彼女は呼吸一つ乱さず、額に汗さえ浮かべていなかった。


「まだ……まだ、なんだから……っ」


 荒い息を吐きながら、私は這いつくばるようにして立ち上がろうとした。

 けれど、限界だった。

「ガクッ」と、身体を支える膝が、情けなく折れて床に沈む。


「ガッツはいいよね。その体力じゃ、もう動けないでしょ」


 彼女は呆れたように肩をすくめると、端に置いていた荷物の中から、手早くメモを書き、私の目の前に差し出してきた。


「この日時に、ここに来て。……君が、本気ならね。なかなか面白かったよ」


 差し出されたメモを受け取ることしかできない私を置いて、彼女は悠然と背を向けた。


 去り際、振り返りもせずに片手をひらひらと振りかざし、少年のように軽やかな足取りで、彼女は夜の静寂の中に消えていった。


 負けた……私が?

 どんな選手が相手でも、たとえプロが相手でも、自分なら通用する。どこかでそう思っていた。

 おごりなんてなかったと思う。

 高校になって私が入った試合で負けたことが無かった。

 でも、今日は完全に負けた。

 あんなに小さくて、華奢な身体の女性に、一切ボールが触れられなかった。


 私は這い上がるようにして立ち上がると、這うようにして台所に立った。

 家政婦としての仕事を再開し、夕食の準備を始める。

 けれど、何を作ったのかさえ何も覚えていない。

 五感のすべてが、あのラウンジでの数分間に囚われていた。


 そのまま自分の部屋に戻ると、暗闇の中で夕方のことを反芻した。

 どんなアイデアも、どんな技術も、私が命を懸けて磨いてきたすべてが、彼女のに跳ね返された。


「……っ……」


 熱いものが込み上げ、私は枕に顔を押し当てた。

 声を殺して、泣き出した。

 きっと、少しでも声を出せば、帰宅した栞が気付いてしまう。


 もう栞にだけは、知られたくなかった。

 こんな私を見たら多分心配すると思う。

 脳裏に焼き付いているのは、あの少年のように軽やかな、彼女の足取りだけだった。


 私は渡されたメモを見た。

 震える指先で、受け取ったメモをもう一度見つめる。


『七月XX日 十時 私立陵北高校 サッカーグラウンド』


 え? ここは、私が通っている学校?

 心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 陵北高校って私が通っている学校だ。


 あんな圧倒的な力を持つ女を見た覚えはない。

 もし彼女が関係者なら、私を知らないはずがないのに。


 明日栞に、当日や住む旨を伝えよう。

 私は赤く腫れた目に少しだけ涙を浮かべ、枕を強く握りしめた。

 次は、絶対に負けない。認めさせてやる。

「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?


もし「続きが気になる」「応援したい」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク登録と、ページ下部にある【評価する】ボタンから評価ポイントをいただけると、とても励みになります!


皆さんの応援が、次の話の執筆を進める力になりますので、どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綾の長編シリーズ!
【4部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~
~!
※R15・残酷描写あり。苦手な方はご注意!

他の長編もチェックしてね(現在4本!)
2. 白雪様と二人暮らし
女子高生と仏様とのほのぼの百合小説
3. 【完】紫微綾の事件簿
(百合×探偵×バイオレンス)

※R15・基本性的描写・残酷描写あり。苦手な方はご注意!

もっと知りたい人はTwitterで更新待ってるよ~
@VTuberAya_Nanjo
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ