21話S 朝から何この朝食。幸せなんだけど
今日の晩御飯の回鍋肉、本当においしかった。
でも本当に今日から、夏休みまで綾さんがいるなんて今でも信じられない。
まだ実感が湧かないというか……頭ではわかってるのに、心が追いついてこない。
あんなご飯が毎日続くのかって、急に実感が押し寄せてきた。
信じられないくらい嬉しいのに、同時に怖い感情も出てくる。
綾さんがいつか「やっぱり無理」って言って出て行ってしまうんじゃないかって。
それが頭の片隅でずっとチクチクしてる。
そういえばこのマンションの敷地内にサッカーの練習ができるスペースがあるよって言ったら嬉しそうだった。
本当にサッカーが好きなんだと思う。
あの時の綾さんの顔、目が少しだけ輝いて口元が緩んでいた。
「…本当?」って小さな声で確認してきたのはさすがにびっくりしたかな。
普段の無表情な綾さんからは想像できないくらい。
あんなに素直で無防備なかわいい顔は反則だよね。
学校に行きだしたから仕方ないんだけど、夏休みなどの長期休暇に仕事が多く入ってるんだよね。
綾さんに会えるのは朝とか夜とか少ない時間だけかも。
夜は仕事から帰ってきて、疲れてるのに、綾さんがおかえりって言ってくれるのはうれしいかも。
誰かがそう言ってくれるのは安心するのかもしれない。
もしかしたら、もっと一緒にいたいって欲が、どんどん膨らんでいっているのかも。
二学期以降も受けてくれると嬉しいんだけど、どうかな。
もう一度寝る前に明日のドラマのセリフチェックをしてたら、ふと時計を見ると3時を回っていたのでそろそろ寝ないと明日に響く。
台本のページをめくる指が少し疲れて、文字がぼやけて見える。
セリフを何度も口ずさむ声が、部屋に小さく響いて、頭の奥がズキズキする。
「やばい……明日収録なのに」って心の中で呟いて、台本を閉じてベッドに倒れ込む。
「おやすみなさい綾さん」
ピヨピヨ
目覚ましが鳴っているから、止めて。
頭がぼ~としながらリビングに向かうといい匂いがしてきた。
秋子さんかな?
鼻にふわっと甘い味噌の香りと、焼けた魚の香ばしさが混じって、眠気が一瞬で飛ぶ。
リビングのドアを開けると、長身で黒髪の美少女がみそ汁を少し飲みながら味見をしていた。
朝陽が彼女の黒髪を優しく透かして、髪の先が金色に光る。
白いエプロンが細い腰にぴったり沿って、まるで絵画みたいに見えてしまった。
私は、あまりのきれいさに心を奪われちゃった。
太陽の光が彼女を照らしていて、朝食を作っていた。
まるでドラマのワンシーンから出てきたみたいですごかった。
心臓がドキドキして、息が少し詰まる。
こんな朝は初めてだ。
「綾さんおはよう、すごく良い匂い。こんないい匂いを朝から嗅いだら早く食べたいよ」
綾さんは、私が声をかけて気が付いたみたいで、そのままの姿勢で返事してくれた。
「顔とか洗ってきて」
「うん」
普段の綾さんからは、信じられない。
普段の彼女は、いつも無表情で、感情をほとんど見せない。
それなのに今、笑顔で私を見て言ってくれていた。
すごく綺麗で心奪われてしまう。
口元が柔らかく上がって、目尻が少し下がって、
朝陽に照らされた顔が、ほんのり赤く染まってる。
普段の冷たい無表情とは全然違って、
優しくて、少しだけ照れたような無防備な笑顔だった。
きっと誰でも見てしまうと思う。
こんな彼女を見たら、誰もが立ち止まって心を奪われると思う。
私も今完全に奪われた。
そう思ったらすごく恥ずかしくなっちゃって、綾さんの指示通りに顔を洗いに向かった。
顔を洗う水が冷たくて、頬に当たるたびにパチッと目が覚める。
鏡に映った自分の顔が、少し赤くなっているのがわかる。
恥ずかしくて、また胸がドキドキする。
水を顔に何度もかけて、深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとした。
タオルで顔を拭きながら、呼び鈴が鳴ったので多分秋子さんも来たんだと思う。
身だしなみをしっかりして戻ると、秋子さんが、テーブルに着いていた。
私もテーブルに向かうとすごくおいしそうな朝ごはんが並んでいた。
ごはんに焼き魚。昆布と豆腐が入ったみそ汁が並んでいた。
目の前に置かれた瞬間、思わず背筋が伸びちゃう。
ごはんの湯気がふんわり立ち、炊きたての甘い香りが鼻をくすぐる。
焼き魚は、皮がこんがり黄金色に焼けて、脂がじゅわっと光っていた。
昆布と豆腐が入ったみそ汁は、お椀から立ち上る湯気が、味噌の優しい香りを運んでくる。
豆腐が透き通って、油揚げがぷっくり膨らんで、昆布の深い旨味が溶け出しているのがわかる。
テーブル全体が温かくて、優しくて心がホッとする匂いに包まれている。
こんな朝食、ドラマでしか見たことが無かった。
「いただきます!」
味噌の甘みと香ばしさが溶け合った、贅沢な合わせ味噌だった。
お椀を手に取った瞬間、立ちのぼる湯気と一緒に、幾重にも重なったお味噌の深い香りがふわっと鼻をくすぐる。
一口すすると、キリッとした塩気が舌を刺したあと、すぐにまろやかなコクが追いかけてきて……「ふぅ」って、体の芯から力が抜けるような安心感が広がった。
めちゃくちゃおいしい……!
朝からなんて贅沢なんだろう。
思わず目がキラキラしちゃうし。
こんなに食欲がわいて、どんどん食べたくなっちゃうなんて、久しぶりかも。
さあ、主役の焼き鮭に箸を運ぶよ。
皮の表面で脂がパチパチと小さく爆ぜて、キラキラと輝いている。
思い切ってひと切れを口に入れてみる。
箸を差し込んだ瞬間の、皮のパリッという小気味いい抵抗感……最高だよね!
そこから溢れ出したのは、身の奥に閉じ込められていた透明で熱々の脂。口の中であふれてきた。
「……んん~っ!」
鮭の身がホロホロと口の中で優しく解けて、凝縮された海の旨みがダイレクトに脳を刺激する。
皮の焦げた香ばしさが、鼻からスッと抜けていくのがまたたまらない。
そこに、コクの深い合わせ味噌のお汁をすかさず含んでみて。
味噌の複雑でふくよかな香りが、鮭の脂を包み込んで、さらに甘みを引き立ててくれる。
お魚の塩気と合わせ味噌のキリッとした深みが溶け合う「旨みの相乗効果」が、もう怒涛の勢いで押し寄せてくるから反則だと思う……!
となりを見ると秋子さんも目を大きくして「美味しい……」と一言呟いて食べてる。
料理が上手な秋子さんも、箸を止めてちょっと頬を緩めておいしそうに食べていた。
それを見ると、なんだかこっちまで嬉しくなっちゃった。
すかさず、白いご飯をかき込まないと、この感動に追いつけない……!
お茶碗をグイッと手前に引き寄せると、ふわっと立ち上る湯気が顔を優しく包む。
炊きたての熱気が頬を撫でて、ほんのり甘いお米の香りが鼻をくすぐる。
箸で山盛りになったご飯を勢いよくすくって、口いっぱいに放り込む!
「はむっ……!」
噛んだ瞬間、一粒一粒がぷちぷちっ!って弾ける音が口の中で響いて、瑞々しい甘みがじゅわぁ~っと舌に広がる。
つやつやで透明感のある粒が、熱々の湯気と一緒にほろほろ崩れて、甘くて優しいお米の味が、まるで花開くみたいにいっぱいに広がっていく。
そこに、さっきの焼き鮭から残ってる濃厚な脂が混ざってきて……鮭の旨みがご飯の甘さをギュッと抱きしめるみたいに絡みつく。
さらに合わせ味噌の深いコクが追いかけてきて、しょっぱい・甘い・香ばしいが一気に融合!していく。
もうお口の中が、旨みの大洪水状態だよ……!
噛むたびに新しい甘みが弾けて、鮭の塩気がそれを何倍にも引き立ててくれる。
黄金バランスがどんどん完成されていく感じで、「美味しい……!」って声が自然に出ちゃう。
「はぁ……朝からこんな幸せ、反則すぎる……」
ご飯の粒がまだ少し残ってるお茶碗を見つめながら、箸が止まらない。
この一粒一粒が、今日を最高の朝にしてくれるんだって実感して、胸の奥がじんわり熱くなった。
私たちが感動しながらご飯を頬張ってる間も、綾さんはまだキッチンで何かと忙しそうに動いていた。
「綾さんは食べないの?」
振り返った綾さんが、優しい笑顔で答える。
「今から栞の弁当作るから。移動中でも食べやすいように、サンドイッチと唐揚げと卵巻きにするよ。水無月さんの分も一緒に作ります」
「私の分もあるのですか?」
びっくりして聞き返すと、綾さんはさらっと。
「二人分作るのも三人分作るのも、同じくらいの手間ですから」
普段の朝ごはんは小食で済ませちゃう私だけど、今日はあまりのおいしさに二杯もおかわりしちゃった。
お茶碗を空にした頃、やっと綾さんが自分の分をテーブルに運んできて、静かに食べ始めた。
一緒に食べたかったな……待っててもよかったけど、
でも、あんなに美味しいご飯を冷めちゃうのももったいないし、なんか悪い気がして、先に食べ進めちゃった。
でも、心のどこかで「一緒に食べたかった」って気持ちが残ってる。
時計を見たらもう9時を回ってて、慌てて自分の部屋に戻って準備。
髪を整えて、服を着替えて、バタバタしながら玄関へ。
綾さんが、丁寧に包まれたお弁当を2つ持って待っててくれた。
「はい、どうぞ。気をつけて行ってきてね」
温かみが伝わってくる紙袋を受け取って、思わず「ありがとう……!」って声が震えちゃった。
秋子さんの車に乗って、現場に向かう道中。
車内は朝の柔らかい光が差し込んでて、なんだか穏やかな気持ちにさせてくれてた。
「綿津見さん、いい子ですね」
運転しながら、秋子さんがぽつりと言った。
「うん、すごく良い人で、まじめだよ」
「まさか朝ごはん、私の分まで作ってくれるなんて思いませんでした」
「しかもお弁当まで……ほんとすごいよね」
秋子さんが少し照れくさそうに笑う。
「お昼は現場で出るからって、伝えるの忘れてました」
「他のドラマで朝ごはん作る役があるんだけど、今日のあれ見てすごく参考になった。あんな感じにすればいいんだなぁって」
「すごく絵になってましたものね」
うん、私も見惚れちゃったもん。
キッチンでエプロン姿の綾さんが、丁寧に卵を巻いたり、唐揚げを揚げたりしてる姿……朝の光に照らされて、なんだか神々しくて。
あれは反則だよ、ほんとに。
窓の外を流れる景色を見ながら、今日という日が、こんなに優しくて幸せでいっぱいだって、改めて実感した。
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