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【二部開始】 Liebe   作者:
2部 1章 共同生活

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21話A 朝の仕事

 いつもの時間に目が覚めた。  

 あぁそういえば。私はベッドの横に置いたスマホを、ゆっくりと手に取った。

 画面を点けると、青白い光が暗い部屋に広がって、私の顔を一瞬だけ照らす。

 時刻は3時を指していた。

 

 そういえば今日から新聞配達は休職していたのだと思い出した。

 栞の家政婦の仕事を受けて学校が始まるまでの契約が始まったのだった。

 

 それにしても修学旅行や病院以外で初めてベッドで寝たけど、最初どうにも慣れなかった。

 クッションの沈む感じがどうしても。

 体がゆっくりと沈み込んでいく感覚が、

 まるで底なしの沼に落ちていくみたいで、

 背中が冷たくなる。


 枕の柔らかさが逆に体を浮かせて、

 どこにも安定しない。

 いつも使ってる畳の硬さが恋しくなるくらい、

 体が浮ついて、眠気が遠のく。

 多分慣れたら寝やすくなるのだろう。


 今日の栞のスケジュールは、10時には家を出ないといけないらしいので、部屋で身支度をした。

 5時ぐらいから朝の準備をすればいいか。


 私は時間が来るまで夏休みの宿題と一学期の復習をして目覚ましと同時にキッチンに向かった。


 まずはカーテンを開けると柔らかな朝陽が、部屋を照らしていた。

 朝陽はまだ弱く、薄いオレンジの光がカーテンの隙間から静かに忍び込み、部屋の床に淡く広がっていく。

 

 空気はまだ夜の冷たさを残していて、窓ガラスに薄い曇りが残り、

 外の景色がぼんやりと柔らかく滲んでいる。

 部屋全体が、朝の静けさに包まれ、

 キッチンのタイルの冷たさが足裏にじんわり伝わってくる。

 カーテンを完全に開けると、光が一気に部屋に満ち、

 柔らかな金色の帯が床から壁へ、ゆっくりと這うように伸びていく。

 その温かさが、部屋の隅まで届きながら、

 まだどこかよそよそしく、

 新しい朝の始まりを、静かに告げていた。


 アイランドキッチンの真っ白な人工大理石に反射して眩しい。

 朝陽が表面を滑るように広がり、キッチン全体を淡く輝かせていた。


 大理石の冷たさが指先に残る。

 白すぎて、目がチカチカする。

 私は、昨日渡されたリネンエプロンを締め、高級そうなフラットなIHヒーターに手をかざした。

 エプロンの生地が少しごわついて、

 腰紐を結ぶときの小さな摩擦音が部屋に響く。


 ヒーターの黒いガラス面は、まだ冷たくて、手をかざしても何も反応しない。

 スイッチを入れると、無機質な黒いガラス面が静かに熱を帯び始める。

 表示パネルが青く光り、

 数字がゆっくり上昇していく。

 その光がガラスに反射して、小さな星のように散らばる。


 まずは、厚切りの銀鮭を鉄のフライパンに乗せる。

 確かスキレットっていう名前だったと思う。

 こんな立派な物は使用したことがないからわからないけど、昨日使用したら凄く油の引きがよかった。

 ジューッ、という小気味よい音が、静まり返ったリビングに響く。

 鮭の皮がフライパンに触れた瞬間、

 油が弾けて小さな泡が立ち、香ばしい匂いがゆっくり広がっていく。


 IH特有の細かな温度調整にまだ慣れないけど、多分何回か使用したら慣れてくるとは思う。

 火加減が均一すぎて、焦げ目が予想より早くつく。

 皮目は焦がさずパリッと、身はふっくらと。立ち上がる香ばしい煙を、強力なレンジフードが音もなく吸い込んでいく。


 フードの風切り音が、部屋の静けさを少しだけかき乱し、鮭の焼ける音と混じって、朝のキッチンに小さなリズムを生んでいた。


 隣のコンロでは、小鍋で出汁を取る。

 昨日の夜から鍋に放り込んでおいた大きな昆布を見る。

 水の色がほんのり緑がかって、旨味が溶け出しているのがわかる。

 昆布の表面が少しだけふやけて、

 薄い緑の筋が水に揺れている。


 IHのスイッチを入れると、黒いガラス面が静かに熱を帯び始める。

 パネルが青く光り、温度表示がゆっくりと上がっていく。


「……ん」


 手元には、乾燥した鰹節の塊。

 昨日水無月さんに聞いたら削り器もあると言っていたので取り出す。

 それを削り器の刃に押し当て、ゆっくりと引く。

 シュッ、シュッ。

 薄く削り出される。

 削り花がパラパラと落ちて、木の匂いと混じった鰹の香りが立ち上る。


 癖を確かめてみた。

 初めて使う道具にしてはいい感じに削れたとは思う。


 お湯が沸く直前、昆布を引き上げて、削りたての鰹節をドサッと投げ入れた。

 お湯の中で鰹節が踊っていた。

 泡が立ち、鰹節がふわふわと浮き沈みする。

 それらが静かに沈むのを待って、網でそっと漉す。

 綺麗な黄金色の液体ができた。


 透明感のある黄金が、鍋底に光を反射して、小さな波紋を広げる。


 合わせ味噌を溶き、豆腐を落とす。

 豆腐がゆっくり沈んで、味噌の香りが立ち上る。


 ちょうど、隣では、脂の乗った鮭が、魚の脂でパチパチと音を立てながら焼けている。

 その香ばしさが、食欲を存分に注いでくれると思う。


 最後に、炊飯器の蓋を開けた。

 真っ白な湯気がふわっと立ち上り、甘いお米の香りが顔を包み込む。

 蓋から溢れる熱気が頰を撫で、湿った空気が一瞬だけ視界をぼやけさせる。


 ご飯の表面がふっくらと輝いていて、粒の一つひとつが柔らかく膨らんでいる。

 炊飯器とお米もとてもいいものなのだろう。


 普段使っている古い炊飯器とは違い、音もなく、匂いもなく、ただ完璧に炊き上がる。

 いい感じに、炊けたと思う。


 普段私はここまではしないのだけど、せっかく雇ってくれた栞に、おいしい物を食べてもらいたかった。

 それにスケジュール帳を見たら、今日はドラマの収録にバラエティ。インタビューと、いくつも仕事が入っていた。

 人気の芸能人は分刻みと聞いたことがあるけど本当に忙しそうだった。


 朝から晩まで、休む間もなく。

 笑顔を強要されて、周囲から見られてストレスもたまると思った。


 そんな栞が、このご飯を食べて、少しでも元気になってくれたら……。

 そんなことを考えてしまう自分が、少しだけ、不思議に思えた。


 朝食の準備が終わったので、起こしに行こうとしたら部屋の扉が開いた。


「綾さんおはよう、すごく良い匂い。こんないい匂い朝から嗅いだら早く食べたいよ」


 栞の声が、眠気まじりの甘いトーンで響いてくる。

 まだ少し寝ぼけた顔で、髪が少し乱れてる。

 

「顔とか洗ってきて」


 そう言った時だった。

 部屋のチャイムが鳴ったので、TVモニターに出ると栞のマネージャーの水無月さんがいたので出迎えた。

 ドアを開けると、いつもの落ち着いた笑顔で立っている。


「綿津見さん、おはようございます」


 私は無言でドアを広く開けて、中に入れる。

 すっかり水無月さんの分を忘れていたので、私の分の朝ご飯を水無月さんに渡した。

 食べてる最中に、私の分はと聞かれた。


「今から栞の弁当作るから、移動中でも食べやすいように、サンドイッチと唐揚げと卵巻きを作るよ。水無月さんの分も作ります」


「お昼もあるの。綾さん嬉しいんだけど……」


 栞の声が、少しだけ甘えるように響く。

 何か言いたそうだけど、次の言葉は聞こえなかった。


「もし、仕事場で弁当が出たら食べなくてもいいから」


 私がそういうと、「そんなの綾さんの方優先に決まってるでしょ」


 強い調子で、栞の返事が、即座に返ってくる。

 そんなに強く言う必要があるのだろうか? 


「準備してくれた人に悪いから、私の作ったのはいつでも食べられるし」


「またそうやって後回しにする」


 栞の声が、少し低くなる。

 目が真剣で、私の目をまっすぐ見つめてくる。


「別に……そういう意味ではなくて、廃棄したらもったいないから」


 なんか変な感じがしてそっぽを向いて弁当を作る。

 ハムサンドに唐揚げと卵巻きをランチセットに入れた。

 一応(いろど)りを気にしてみた。

 栞は見られる仕事をしているのだから必要でしょ。

 水筒に飲み物を準備していたら、二人とも食べ終わったみたいだった。


 二人ともすごくおいしいと言ってくれた。

 口に合ってよかったと思う。


 二人を送り出してから、部屋の掃除に洗濯をしてお昼過ぎには自由な時間になった。

 晩御飯を作る時間には早いので、ボールを持って昨日聞いた場所に向かった。


 マンションの敷地にスポーツ広場があると聞いたので行ってみた。

 周囲が壁で仕切られていて外から見えない状態だった。

 コンクリートの高い壁が四方を囲み、

 外の喧騒や視線を完全に遮断している。


 足元に広がる人工芝は、新品のように鮮やかな緑で、陽の光を浴びて少しだけ熱を帯びている。

 何でマンションに人工芝があるわけなのかよくわからない。


 本当にここに来てから別世界だと本当に思う。

 家具にしろ設備にしろ、私が使用したことが無い物ばかりだから。

 高級そうなソファ、自動で開くカーテン、音もなく動くレンジフード。


 どれも「普通」の生活では触れることのないものばかりで戸惑っていた。

 自分の存在がここに馴染んでいないことを、毎回突きつけられる。


 なぜ栞は私に構うのか、やはりわからない。

 軽くリフティングをして今日の体調を確認していつもの奴をやる。

 ボールを足の甲で軽く蹴り上げ、膝で受け止め、また足の甲で繰り返す。

 リズムが少しずつ体に戻ってくる。


 イメージトレーニングで対戦を私はボールを床に下ろして相手と対面をする。

 ドイツサッカークラブのバイルン所属伊藤輝選手をイメージしている。

 相手の視線を感じて、ボールを右足で軽くタッチ。

 抜けると思ってボールを出そうとしたら止められたり、ボディコンタクトでガードされたりしてやはり抜けなかった。

 イメージの中で壁のように立ちはだかる。肩がぶつかり、足が絡まり、ボールが奪われる。

 抜けるイメージが無かった。


 そんな時だった。後ろの方から拍手があった。

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