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Liebe (一部完)  作者:
4章 どうしてこうなった?

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12話A サッカー談義

 あの練習から数日後の昼休憩時間だった。教室はいつものように賑やかで、弁当の匂いが漂っている。

窓から差し込む柔らかな陽光が、机の上を優しく照らしていた。


 私は窓際の席で、静かに弁当を広げていた。

卵焼きを箸でつまみながら、午後の授業の予習を頭の中で進めている。

隙間時間は、こうして有効に使わないと。バイトが忙しい分、勉強の時間は自分で作るしかない。


 突然、教室のドアが開いた。

「綿津見、いるか?」


 聞き覚えのある声。上野君だった。


 男子サッカー部の主将が、なぜか私のクラスの教室に立っている。クラスメイトたちの視線が一斉に集まるのがわかった。ざわつく声が、少しずつ大きくなっていく。誰かが小声で「上野君だ……」と呟くのが聞こえた。


 私は弁当を食べながら、顔を上げた。


「昼休み時間だと思うんだけど、どうしたの?」


 上野君は、少し照れたような笑みを浮かべて、教室に入ってきた。周りの視線を浴びながらも、堂々と私の席の近くまで歩いてくる。


「ここで一緒に食べないか?」


「ここは、私のクラスの教室だけど」


「頼んでも来てくれそうにないしな」


 確かに、そうかもしれない。行く用事もないから。私は特に何も言わず、弁当を食べ続けた。


「別に構わないけど」


 上野君は、私の隣の空いた席に腰を下ろした。クラスメイトたちの視線が、さらに熱を帯びる。女子たちの間で、ひそひそ話が始まるのがわかった。私はそのまま、鶏のから揚げを口に運んだ。上野君が、私の弁当をちらりと見て、言った。


「その卵焼き、おいしそうだな」


「そう」


「もしよかったら、くれ。食べさせてもらってもいいぞ」


「ほしいのなら、持っていけばいい」


 上野君は一瞬、目を丸くした。


「本当にクールだよな。普通、こういうこと言ったら何か言うと思うんだけど」


「なにか」


 何を期待しているのか、わからない。上野君は、くすっと笑った。


「何か、って来たか。こりゃ一本取られたな」


 私は弁当を食べ続け、予習と復習を頭の中で進めていた。でも、上野君はまだ帰らない。弁当を食べ終わっても、席に座ったまま、私の横顔を時々見ながら、何か考え込んでいるようだった。結局、昼休憩の最後まで、教室に残っていた。チャイムが鳴って、上野君が立ち上がる頃には、私は少しだけ、不思議な気分だった。何も話さず、何でそこにいるのかわからない。


 次の日も、上野君はやってきた。かばんを持って、自分の弁当を広げている。昨日と同じ席に座って、自然に話しかけてくる。


 昼ごはんを食べ終わると、すぐにサッカーの話になった。男子部の弱点、レギュラー陣の評価、そういったこと。

私は、前回の練習と試合を思い出しながら、はっきりと言った。


「このままでは、地区大会突破は難しいと思う」


 上野君は、少し驚いた顔で箸を止めた。


「どうしてだ。俺が言うのも何だが、春の時よりはうまくなってるぜ」


「多分、あなたへのマークは増える。そうしたら一気に潰れる。あなたが凄すぎるから、あなたを止められたら烏合の衆。そしたらチーム総合力で上のチームの方が、確率的に勝つと思う」


 上野君は、少し黙って、私を見つめた。


「うちのチーム力は?」


「あなたがいれば、優勝できるポテンシャルはあると思う。あなたがいないと、地区の中位ぐらい。地区突破できても、あなた一人だけで県大会優勝は難しいと思う。あと、最低一人、二人はできる人がほしい」


「はっきり言うなぁ」


「女の私のパスを取れないのは致命的」


 上野君は、苦笑した。


「綿津見のパスは、男子でも厳しいパスだぞ」


「そんなことはない。朝倉翔太選手とかは、もっと速いよ」


「お前、それ日本代表だろうが」


「そうだけど、何かおかしい?」


 上野君は目を見開いた。


「お前、誰をイメージしてやってるんだ」


 私は、少し考えて、答えた。


「現役選手だと、レオン・メッサーさんやクリス・ロナウドさん、堂本律さんや伊藤輝さん。引退した人だと、ガウジーニョさんやロベルト・バッジーニさんなど、もっといるけど」


上野君の目が、さらに丸くなった。


「イメージだけど、登美(とみ)健介さんは抜けなかった。どれだけ振っても、重心が変わらなかったし、抜けるイメージが全くなかったよ」


 上野君は呆然とした顔で私を見ている。


「長谷部結さんと対峙したときは、全く守れなかったよね。ボールもイメージなのに、全部あざ笑うかのように抜かれたから、すごく楽しそうに。彼女は本当にすごいよね」


「ちょい待て。一流アスリートと比べられてたら、そりゃ無理だわ」


「そうなの?」


 上野君は大きく息を吐いた。


「なんでお前が厳しいパスとかするのか、少しわかる気がしたわ。そりゃ、見ている景色が違うんだから、テンポが遅れるのがわかる」


 毎日のお昼には上野君が来ることが日課になっていた。ご飯が食べ終わったらサッカー談義が始まっていた。高校レベルの話、サッカーの戦術の話、いろんな話題が広がった。


 上野君の話は、面白かった。男子部の内情、相手チームの分析、自分のプレーの悩み、将来の進路のことまで。やはり将来プロになることを考えてるようだった。


 私は、ただ事実を言っているだけなのに、上野君は真剣に聞いて、時には反論し、時にはうなずく。「それ、試してみる価値ありそうだな」とか、「でも、高校レベルじゃそこまで通用しないかもな」とか、議論がどんどん深くなっていく。


 クラスメイトたちの視線は、最初は好奇心満々だったけど、話が専門的になるにつれて、だんだん遠巻きに見るだけになった。昼休みのチャイムが鳴るまで、サッカーの話は続いた。


 上野君が立ち上がって、教室を出ていくとき、私はふと思った。お昼のサッカー話を、楽しみにしている自分がいるなんて、思わなかった。


 サッカーの話をする相手が、こんなに近くにいるなんて、少し、不思議な気分だった。


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