11話 あの時の感覚が私を襲う
久しぶりに、バイトの予定がなく、部活に集中できる日だった。女子サッカー部のグラウンドは、夕方の柔らかな陽光に包まれていた。
土の匂いが少し湿り気を帯び、風がピッチを優しく撫でていく。ミニゲームの合間にストレッチをしながら、私は仲間たちの動きを眺めていた。最近、みんなの動きが少しずつ良くなっている気がする。でも、まだどこか噛み合わない。それでも、今日はサッカーができる。それだけで、胸の奥が静かに熱を帯びていた。
急に、顧問の先生に呼ばれた。「あの時みたいに帰れって言われるのかな」と思ったけど違った。
「綿津見、お前を少し貸してくれと男子部から打診があったが、どうする?」
私は一瞬、考えた。でも、答えはすぐに決まった。
「先生が行けというのなら行きます。相手がだれであれ、サッカーですので」
先生は少し私の顔を見て、考え込んだあと、頷いた。
「なら、少し行ってこい。そっちの方が思いっきりできるかもしれないしな」
ちょうどミニゲームの後半に入るタイミングだった。キャプテンが私の肩を叩いて、小声で言った。
「あの時の仕返しかもしれないから、気をつけなさい」
仕返しってないと思う。私は軽く首を振った。もしあったとしても、どうでもいいと思った。誰であれ、サッカーができる。それだけで十分。男子部のグラウンドに足を踏み入れると、上野君が待っていた。
「よく来たな、綿津見」
「まさか部活中に呼ばれるとは思わなかった」
男子部員たちがちらちらとこちらを見ている。何か囁き合っているけど、気にしない。男子部の顧問にも挨拶をして、すぐに準備を始めた。
今日は攻撃5人、守備5人の練習試合形式らしい。審判は上野君がやるという。私は攻撃チームに振り分けられた。最初は、いつものように違和感があった。オフサイドラインを意識して、最高のタイミングで飛び出したつもりだった。
笛が鳴った。オフサイド?私のイメージと、味方のイメージが合っていない。次は飛び出さずにボールを受け取って、保持する。マークが少し外れた瞬間を見てパスを出したけど、味方が追いつけず、パスミスになってしまった。
「周囲を見ろよ!」
「反対側、フリーだったぞ!」
仲間から声が飛ぶ。もちろん、反対側は見えていた。でも、そこにパスを出したら、すぐにカットされる罠のような気がした。通っても、そこで攻撃の芽が摘まれる。チーム練習だから、一人で切り込みすぎるのも違う。私は手伝いに来ているだけ。
それに、男子のフィジカルは圧倒的だ。無理に突っ込めば、簡単に潰される。そんなやり取りを、かれこれ10回ほど繰り返した頃だった。
私がボールを持ってパスを出そうとした瞬間、上野君が急にホイッスルを鳴らした。
「シビ、そのパスじゃ今度は遅え! お前らも動き出しが遅いから、パスミスになるんだろうが。少し変われ」
上野君がピッチに入った瞬間、グラウンドの空気が変わった。まるでピシッと張り詰めた糸が走ったように、緊張感が一気に高まる。校舎裏で会った時の、柔らかい雰囲気とはまるで別人だった。上野君の号令で、練習形態が変わった。
攻撃陣は私と上野君の2人だけ。守備陣は3人。変則的な2on3。私はボールを持って、相手陣地へ攻め入る。相手は、私に1人、上野君に1人、そして私たちの間にパスカットを狙う1人がポジションしていた。
フォローの動きも含めると、常に数的劣勢は当たり前だった。私は抜けるのを我慢して、タイミングを計った。目の前の一人を抜いても、パスが通らなければ意味がない。何度もフェイントを繰り返す。抜けそうで抜けない、相手を誘う動き。そして、チャンスが来た。今だ。目の前の守備を一瞬で抜き去る。
同時に、タイミングよく前に出てきた上野君のマークがパスカットを狙って前に出る。右側からもう一人が寄ってくる。左側は空いているけど、そこにパスしてもすぐに取られる。なら私は、思い切りのいいパスを出した。通らなかったら意味がない。でも、通れば次も生きるパスをした。
そんな掛けの一本。パスを出した瞬間、私はゴールに向かって全速力で走り出した。来た。私が走った先に、ボールが来た。
本当に、完璧な軌道で、こんなタイミングは初めてだった。転がってきたボールを、ノートラップで振り抜く。足がボールに吸い付くような感触が最高だった。ネットが揺れた。決まった瞬間、嘘みたいだと思った。完璧なパス。完璧なシュート。サッカーをやってきた中で、初めて味わう感覚だった。胸の奥から、熱いものが駆け上がってきた。
物心つく前に見た、あのCMの記憶。選手たちが笑顔でボールを繋ぎ、ゴールを喜び合う姿。あの時の感動が、身体中に蘇った。
この後は、私が攻めで上野君が守備の2on2。初めて、抜けずに終わった。部活が終わり、グラウンドを後にしながら、私は静かに息を吐いた。とても、楽しかった。
充実していた。サッカーが、こんなに心地よいものだったって、久しぶりに思い出した気がした。
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