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Liebe  作者:
3章 土曜日

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16/33

9話A 目が覚めたら貴女がいた

 明けましておめでとうございます。

今年も本作を頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。

新年の挨拶になるかは分かりませんが、9話AとSを時間ずらしてUPいたします。

もしよろしければ読んでください。9話S 19時30分UP予定。

 目が覚めた時、まず鼻を突いたのは、刺さるような鋭い消毒液の匂いだった。ぼんやりとした視界を動かす。視界を(おお)うのは、見慣れない白い天井。腕には点滴の細いチューブが繋がり、そこから冷たい液体が私の体内に流れ込んでくる。カーテンで仕切られた、狭くて静かな空間。多分、ここは病室だ。


 体が鉛のように重い。指先を動かすのさえ億劫で、頭は霧がかかったようにぼんやりとしている。何よりも、喉がひび割れそうなほどからからに渇いていた。ベッドに横たわったまま、重い首をゆっくりと回して周囲を見回す。  カーテンの隙間から見える空はもう完全に夜の色に塗り潰されていた。


 病室の隅。ベッドのすぐ横に置かれたパイプ椅子に、栞がいた。

膝の上にバッグを大切そうに抱え、体を少し前屈みにして、栞は静かに目を閉じている。  

病室の光を浴びて、長いまつ毛が彼女の頬に深い影を落としていた。寝息さえ聞こえないほど、その姿は静止している。いつも完璧な彼女の顔に、隠しきれない疲れがにじんでいた。よほど心配をかけてしまったみたいだった。


 私のせいだ、と思った。寝返りを打とうと体を少し動かしただけで、白くきれいなシーツがカサリと小さな音を立てた。それだけで、眠っていたはずの栞が過敏に反応した。


 うっすらと目を開け、最初は焦点が合わない様子で私を見つめる。そして、私の意識が戻っていることに気づくと、はっと息を飲むように大きく目を見開いた。


「……ありがとう」


 私の声は弱弱しい声でかすれていた。栞が、私をここまでやってくれたんだろうと思った。  

倒れた私を見つけた後、救急車を呼び、入院の手続き等。私を助けるために、彼女はどれほどの労力を割いてくれたのだろう。二回目だ。あの時と同じ。また彼女に、助けられた。


 胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。なぜかはわからないけど、ほんの少しだけ胸の奥に熱を帯びた気がした。


「迷惑、かけたね」


私は、消え入りそうな声でもう一度お礼を言った。


 栞は力強く首を横に振って、すぐに椅子から立ち上がった。


 ベッドに近づき、私の顔をじっと覗き込む。彼女の瞳が、少しだけ赤いことに気づいた。仕事で忙しいのに、看病で寝不足なだけだろう。


「もうびっくりしたよ……! 熱中症だって。点滴二本打って、ようやく落ち着いたんだから」  


 声が震えていた。私への怒りなのか、それとも安堵なのか。きっと、その両方なのだと思う。


 熱中症だったんだ。そういえば…あんな暑い中にいたのに、飲み物を飲まなかったから、私は自分のミスを心の中で指摘した。


「でも、なんであんなところにいたの?」


 あんなところにってどういうことなんだろう?私は少しだけ思考を巡らせて、素直な言葉を口にした。


「待ち合わせ時間を間違えた?」


 栞が、戸惑ったように瞬きをした。


「時間は十時だけど」


「あってるね……もしかして二十二時だった?」


 朝の十時と夜の十時。数字だけなら同じだ。

私は、自分が何か単純な勘違いをしたのだと思った。よくある話だ。朝とか夜なんて省くことはよくある話だから。

けれど栞は、悲しげに小さく笑って首を振った。


「そんなわけないじゃん。私たち高校生だよ。一応私は十八越えてるけど、補導されるよ」


……そうか。時間は、間違えてない。ならばしょだったのかな。


「場所はあそこの駅であってるよね。そう栞に聞いたし」


 途端に、栞の表情が急激に曇った。


「違うよ、綾さん。あそこは最初の待ち合わせで、急遽変わったんだって」


「私、聞いてない。…そっか、変わったんなら仕方ないね」


 私は事実だけを答えた。場所が変わったんなら仕方ない。私の連絡先なんて誰も知らないのではないかな。なら連絡するのも不可能だと思う。誰も悪くないね。


 栞が、苦しそうに眉を寄せた。


「そういう問題じゃないでしょ……おかしいなと思わなかったの?」


 おかしい? 私はまた、少しだけ考えた。


「栞は仕事で急遽来られなくなって、それで解散したのかなって思ってた。誰も私の連絡先知らないし」


 私は、胸の奥にある矛盾した、自分でも説明のつかない感情を、そのまま言葉にした。


「でも、なぜか栞は来てくれる気がして……待ってないと栞が来たときに寂しいかなって思った。でも来てくれたね」


 それに可笑しいとは思わなかった。来ないなら来ないで仕方ない。今日の予定は、栞達との約束だけだった。バイトが入っていたら困ったかもしれないけれど、幸い、今日、明日は休みだったから。なんとなく、栞の寂しい顔は見たくないなと思った。待ってた理由はそれだけだった。


 栞が、黙って私の顔を見つめている。その目は、少し困ったような、それでいて今にも泣き出しそうな、悲しそうな光を宿していた。結局悲しませてるのだから同じだったかな?


「栞」


 私はいつもの調子で彼女を呼んだ。多分、栞は誰かが、わざとやったと思うかもしれない。邪推したらいくらでも理由は作れるから。そんなあいまいなことに振り回されても仕方ない。それに起きたことはなくならないしね。私は好きで、自分の意志であそこにいた。それだけが事実つだと思った。


「なに、綾さん」


「病院に連れてきてくれたことは、感謝してる」


「もし、これを追求するのはやめてほしい」


 栞が驚いたように目を丸くしていた。


「なんで? 意味わからないし、悪質じゃん」


「おきたことは言っても仕方ないし、それに興味ないから。事実は私が自分の意志であそこにいた。それだけだよ。誰にもあそこにずっといてとも言われてないでしょ」


「そうだけど…」


 私は、自分でも無意識のうちに、少しだけ微笑んでいた気がする。


「来てくれて、ありがとう。嬉しかったよ」


 これも私の中に生まれた事実だから。


 栞の顔が、一瞬で赤くなった。彼女は慌てて目を逸らし、蚊の鳴くような声で小さく呟いた。


「……また、来てもいい?」


「別に、好きにすればいい。私は何か言うかもしれない。でも来るのは栞の自由だから」


 それに許可なんて取らなくても、勝手に来ることを私は知っている。なぜそんな当たり前のことを聞くのだろう。相変わらず、可笑しい人だ。


 栞は、私の意識が完全に戻ったのを見届けて、安心したように大きく息を吐いた。 「じゃあ、また学校でね」 そう言って、彼女は病室を出て行った。


 ドアが静かに閉まる音がして、部屋は元の沈黙に包まれる。

なぜか、胸の奥が少しだけ寂しくなった。さっきまでそこにいた熱が消えて、心の隙間が広くなったような。とても、不思議だった。


 その後、看護師さんが様子を見に来てくれた。「熱中症の軽症ですね。点滴で十分に回復しています。明日の朝には退院できますよ」 看護師さんの言葉に、私は安堵した。月曜日の朝には、新聞配達の仕事がある。それに間に合うなら、助かった。


 今日は、ゆっくり寝よう。ベッドに体を沈め、無機質な白い天井を見つめる。窓の外はもう、深い夜の色に染まっていた。遠くで、夜を走る車の音が低く響いている。



「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?


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