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Liebe  作者:
3章 土曜日

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13/32

7話S 夕暮れの観測者

 綾さんもいるのかな、と思ってグラウンドの方に目を向けると、ちょうど彼女がピッチに足を踏み入れるところだった。


 夕方の柔らかい陽射しが、彼女の背中をオレンジ色に染めている。ユニフォームに沿ったシルエットが、しなやかでとてもきれいだった。


 少しだけ、見ていこうかな。そんな軽い気持ちで、グラウンドに向かった。 

得点板を見上げると、スコアは3対0。女子チームはかなり押されている。

ボールを持つたびに相手のプレスに遭い、すぐに奪い返されてしまう。観客の歓声も、明らかに相手側の方が大きい。


 綾さんは孤立しているのかなって思っていたけれど、すぐに異変に気づいた。

綾さんが手で味方に合図を送っている。

……あ。私が昨日言ったこと、実践してくれてるんだ。

そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 綾さんの前に二人のディフェンダーが立ちはだかる。

背丈の違う二人なのに、息の合ったように挟み込んで、逃げ道を塞ごうとしている。

けれど、彼女はスピードを全く落とさない。

 むしろ、わずかにボディを揺らして相手の目を引きつけ、右足の外側でボールを軽く外へ押し出したかと思うと

吸い付くようなしなやかな動きで、同じ足の内側へと瞬時に切り替え、ボールを逆方向へ弾き返した。


 昨日話していた、あのCMの技そのもの。 

一人のディフェンダーが完全に騙されて、重心を崩し、よろめきながら空振りする。

私も気になって動画サイトで探してみたけれど、それをあんなに鮮やかに、しかも実戦のプレッシャーの中でやってのけるなんて……。

調べたらエラシコっていう技名だった。


 続いてもう一人も、独楽が回るような鮮やかな回転で置き去りにした。

ボールを足裏で引き寄せ、体を軸にくるっと360度スピンしてディフェンダーを置き去りにしちゃった。

あっという間に二人を抜き去り、綾さんはゴール前へ広いスペースを独占していた。

格好いい。……ねえ、凄すぎるよ、綾さん。

見惚れていると、周囲の観客たちのざわめきが耳に届いた。


「え、何今のは?」


「連続で抜いたぞ!」


「すげぇ……」


「あんなの、男子のトッププロでも難しいだろ」


「女子っていうだけで日本サッカーの損失だよな」


 そんな声が、次第に大きな拍手と歓声に変わっていく。

私も、握る手に力が入っていた。

胸が熱くなって、頰が少し火照る。

綾さんのプレーを見ているだけで、こんなにドキドキするなんて。


 やっぱり、そう思う人はいるんだ。

私も仕事でアクションシーンを撮ったりするけど、あんな流れるようなドリブルや回転は、逆立ちしたって真似できない。

綾さんの動きは、まるで重力を無視しているみたいだった。

 

 敵に複数人に囲まれた瞬間綾さんが鋭く横パスを出した。

完璧なタイミング、完璧な強さ。受け手が少しでも動いていれば、決定的なチャンスになったはずのパスだったと思う。

けれど、味方の誰も反応できなかった。

ボールは無情にも相手に奪われ、カウンターの餌食になる。

胸が、ちくりと痛んだ。

際立ちすぎて、サッカーの中でも孤立してしまっている。


 まるでスポットライトだけが強すぎて、周りが影に隠れてしまう舞台みたい。

私のアクションシーンだってそうだ。

相手役やスタントマンが、私の動きに合わせてくれるからこそ、あの凄い映像が完成する。

でも今、綾さんの周りには、彼女のスピードに追いつける選手が一人もいない。

そのことが、なんだか無性にもどかしくて、拳を握りしめていた。 

……私だったら、こう動くのに。

気づけば、頭の中で自分がピッチに立って、綾さんのパスに走り出す姿を想像していた。

ちょっと恥ずかしくて、頰が熱くなる。 


 試合をそのまま見続けていると、突然、奇跡が起きた。 

相手のファウルで、三十メートルほどの距離からのフリーキック。

プロでも成功率の低い、難しい位置だと思う。 


 綾さんがボールの前に立つ。

一歩下がって、助走した。

右足が振り抜かれた瞬間、放たれたボールは高く上がり、ゴールの上を越えるかと思った。

ところが、空中で突然、激しく沈みながら揺れ、まるで魔法に操られたようにゴールネットの隅へ吸い込まれていった。

え? なんで? なんであんなふうに落ちるの?

手品か、魔法を見ているような感覚におちいった。


 スタンド全体が一瞬静まり、すぐに大歓声が沸き起こった。

あの曲がり方、きっと野球のナックルに近いと思うけど、サッカーボールのあの大きさでもできるのがびっくりしちゃった。


 驚きが冷めやらぬうちに、試合が再開されて五分ぐらいがたった時だった。 

ピッチ中央でボールを待っていた綾さんの元へ、ようやくまともなパスが通った。

彼女は一気に加速し、ディフェンダーを引き連れてゴール前へ。

キーパーがシュートコースを読んで、少し前に飛び出してくる。 

でも綾さんは慌てなかった。

軽くボールを浮かせて、ボールは優雅な弧を描き、必死に手を伸ばすキーパーの頭上を軽々と越えて、ゴールネットに吸い込まれて行った。 

 

 グラウンドの見学席からすごい歓声がしていた。

私も、思わず立ち上がって拍手をしていた。 

本当に、綾さんはすごい。


 試合は残り数分。

時計を見上げると、もう本当に終わりが近い。

グラウンドの空気が張り詰めて、みんなの息遣いが聞こえてきそう。

四人に囲まれて、綾さんが動きにくそうにしている。

男子部の選手たちが、わざと体を寄せてプレッシャーをかけているのがわかる。

……どうして今、しゃがみ込んだの? 靴紐? それとも疲れた?


 そう思った瞬間。彼女は弾かれたようにダッシュした。

味方のクリアボールが上がるのを、完璧に予測していたタイミングだと思う。

味方ゴール方向を見てた綾さんが、ジャンプして胸でボールを優しく受け止め、そのまま敵ゴール側にボールをそらして、着地して、ターンしてゴール方向へ走り去った。

 敵のスライディングがボールに行こうとした瞬間。綾さんは、ボール事ジャンプして相手をかわし、シュートをじゃなった。


 放たれたボールがゴールの上段のバーを叩き、真上に高く跳ね返った。

着地する間際、綾さんは迷わず体を反転させて空中でバク宙した。


 逆さまになった視界の中で、彼女の足が正確にボールを捉える。

私でも知ってる。オーバーヘッドキックだ。


 漫画やハイライトでしか見たことのない、神業そのものだった。

ボールがネットを強く揺らした瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

グラウンドがどよめき、歓声と拍手が爆発する。


 結局、綾さん一人で三点を奪ってしまった。

スコアは3-3の同点。


 男子部が先生にこっぴどく怒られているのが、遠目に見えた。

自業自得だよ。あのプレーは、セクハラじみたラフプレーばっかりだったから。


 少し綾さんを待っていようかな、と思ってベンチに座って景色を眺めていたら、

彼女は私に気づかずに校門の方へ歩き出していた。


 慌てて追いかけて、背中に声をかける。 


「綿津見さん!」 


 彼女は足を止め、無防備な顔で振り返った。

 汗で少し髪が乱れてるのに、それがかえって可愛い。


「なに?」


「すごい活躍だったね。最後のは特に……鳥肌立ったよ」


「ありがと」 

相変わらずの淡々とした返事だったけど、教室の時のような冷たい雰囲気はなかった。

私はもう少しだけ、彼女のそばにいたかったから。


「途中まで一緒に帰ろう?」


「私と一緒に帰って大丈夫なの?」


「んー、私は大丈夫だけど、綿津見さんの方がやばいかもね」

私みたいな仕事してる人間と一緒にいたら、変な噂が立つかもしれない。

分かってるけど、今の私は止まらなかった。


「二人抜いた技のことでしょ、この間言っていたの」


「あぁ、見てたんだ」


「校舎から出たらちょうど、試合に出るところだったから」


 ふと綾さんの横顔を見上げる。

夕日に照らされて、頰が少しだけ赤く染まっている。

照れてる? 可愛い。

カッコいいプレーとのギャップが、たまらない。


「なんで私に構うの?」

不意に問われて、私は迷わずに答えた。


「好きだから?」

嘘じゃない。本当だ。


「!!」 


 彼女の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。

耳まで赤くなって、目を逸らして口ごもる姿。

こんな素直な反応、初めて見た。

綾さんって、かっこいいのに時もあるし、こんなに可愛いこともするんだ。

ヤバすぎ。これってギャップ萌えだよね。


 本当なら、このまま家まで送りたかった。

でも、限界だった。誰かが、私たちを尾行してる気配がする。

芸能人の勘が、背中をぞわぞわさせる。

ちょうど分かれ道のT字路についた時、綿津見さんが「私、こっちだから」と言ってくれたのが、救いだったかも。 


「気をつけてね」 

なんとなく、そう言ってしまった。

何に気をつけて、って自分でもわからないけど

尾行のことかな。


 綿津見さんが見えなくなったのを確認して、私はすぐにタクシーアプリを起動。

尾行者の気配を振り切るように、事務所へ向かうタクシーに乗り込んだ。

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