7話A 反撃のフィールド
放課後のグラウンド。私は部室で着替えを済ませ、少し湿った土の匂いが漂うピッチへと向かった。
今日は男女合同のサッカー、二十分ハーフの練習試合が行われる。
部員が少ないためによくある光景だった。
ストレッチをしながらキャプテンの話を聞く。 「今まで全敗だけど、今日こそは一矢報いたい」
彼女の言葉には切実な響きがあった。
どうやら全部完敗らしい。それは仕方ない。
男子と女子のフィジカルの差があって、女子のプロチームでも男子中学生に負けるって話は聞いたことがある。
最近男子の一部に、プレーを装ってわざと身体をぶつけてくるような、セクハラまがいの動きをする奴がいるのを聞いた。
前半戦、私は先生の配慮でベンチだったけれど、ピッチ上の光景は想像以上に露骨だった。
「うまく裁ききれなかった」なんて、向こうはヘラヘラ笑いながら言い訳をしている。
けれど、それが嘘だというのは見ていれば分かる。
証拠がないのをいいことに、彼らはサッカーという競技を、自分たちの下劣な欲望の道具にしていた。
前半が終わって、それでも遊ばれながらスコアは三対〇だった。
勝ち誇った顔で引き上げてくる男子たちを見て、私の胸に静かな怒りが灯った。
私は先生のもとへ歩み寄り、頭を下げた。
「先生、後半から出させてください」
少しの間があったけれど、私の必死さが伝わったのか、先生は頷いてくれた。
交代することになった子が、泣きそうな顔でピッチを去ろうとしている。
普段ならそんなことはしないはずなのに、私は気づけば彼女の頭を撫で、その肩を優しく叩いていた。
彼女は驚いたように目を見開いたけれど、すぐに泣き顔を笑顔に変えようと踏ん張って、私の目を見た。
「綿津見さん、お願い」
後半戦のホイッスルが鳴る直前、私は前日に栞から言われた言葉を思い出していた。
自分の意見はちゃんと言わなきゃいけない。それを、プレーで実践してみるつもりだった。
「私が人差し指を出すから、少しだけダッシュして受け取って」
私はチームメンバーにそうつ立てた。
後半戦が始まると、チームの動きはまだ鈍かったけれど、私の合図にはしっかりと応えてくれた。
私がパスを出し、そのままリターンを受ける。
届いたボールは想定より少し後ろだったけれど、止まっている暇はない。
トラップした瞬間に二人のディフェンダーが立ちはだかる。
私はスピードを落とさず、足の外側でボールを押し出し、同じ足の内側で逆側へ切り返した。
よしエラシコ成功した。まず一人。
二人目が力任せに私の身体を狙って突っ込んできたけれど、私はその勢いを利用して背中から一回転するようにかわし、抜き去った。
全くセクハラするなら、もっと技術を磨けばいいのに。
バレないようにやれば、誰も傷つかなくて済むのに
怒りを込めて放ったパスは、スピードが速すぎて味方の誰にも届かなかった。
けれど、チャンスは残り時間10分切った時に、巡ってきた。
相手が女子の胸に触れようと出した手が、ボールに当たった。
露骨なハンドの反則。
ゴールまでの距離は約三十メートル。
「私に蹴らせてもらっても、いいですか?」
私が自分から志願すると、キャプテンは驚きながらも「できるの?」と聞いてきた。
私は静かに首を縦に振った。
ゴールまでの距離は約三十メートル。プロでも壁を超えるのが精一杯な、あまりに遠い距離。
私は、ボールの空気入れの穴を手前に向けて置き直し、ゆっくりと距離を取って助走をつけた。
インパクトの瞬間、振り抜く足を振り切らず、ボールの中心を押し出すようにミートする。
放たれたボールは、一切の回転を拒絶したまま、空中で不気味に静止しているかのように見えた。
誰もがゴールを大きく外れると思ったその瞬間。
ボールは、生き物のように左右に激しく揺れながら、ボールが急激に落下した。
相手キーパーは反応すらできなく、ただ呆然と立ち尽くす彼の真横をすり抜け、ボールは魔法のようにゴールの隅へと吸い込まれていった。
イメージ通りの無回転シュートができた。
届いてよかったと思う。
これで一対三。あと三点取って、逆転してやる。
試合は加速していった。
残り五分、キーパーの子がパンチングで凌いだボールが、味方選手のパスが通り、ハーフラインで待っていた私まで繋がった。
みんなが必死にボールを繋いでくれる。
私はそのボールをしっかりと受け取ると、そのまま敵陣へと独走した。
キーパーがコースを防ごうと慌てて前に出てくる。
私は、急ストップをかけ、ボールの下を叩いてふわりと浮かせた。
キーパーが必死にジャンプして手を伸ばしたけれど、ボールはその指先を軽々と越えていき、そのままゴールネットに吸い込まれた。
いつの間にか周囲には観客が増えていた。
チームメイトも私を祝福しに近寄ってきたけど、「まだ負けてるから、最後まで頑張ろう」と言って定位置に戻る。
私はキャプテンに「ボールを取ったらロングパスを」と頼み込んだ。
私には四人のマークがついていた。
私は少し姑息かなと思いつつ、しゃがみ込んで靴紐を結び直すフリをした。
キャプテンがボールを奪い、こちらを向いた瞬間、私は全速力で駆け出す。
飛んでくるボールの軌道を予測し、高くジャンプ。胸でトラップして後ろに逸らすと同時に、着地して相手を抜き去った。
横から滑り込んでくる相手の足を、ボールを浮かしてかわし、そのまま足を振り抜く。
ボールは一度クロスバーを叩き、真上に戻ってきた。
私はその場で見事なバク宙を見せ、空中でボールに足を叩きつける。
背中から地面に落ちた私の視界の先で、ネットが再び揺れていた。
その瞬間試合終了の笛が鳴った。
チームメイトが駆け寄り、キャプテンが差し伸べてくれた手を掴んで立ち上がった。
あと一点取れなかったか残念だと思う。
反省会が終わると、はしゃぐみんなを後に、私は一人で校舎を後にした。
「綿津見さん」
後ろから呼び止められて振り返ると、そこには栞が立っていた。
「なに?」
「すごい活躍だったね」
「ありがと」
帰り道が同じだというので、私たちは並んで歩き始めた。
「私と一緒に帰って、大丈夫なの?」
「んー、私は大丈夫だけど、綾さんの方がやばいかもね」
「ならいい」
私がそう言うと、栞は少し笑った。
「二人抜いた技のこと、この間言っていたやつでしょ」
「……見てたんだ」
「丁度ね」
「ふーん」
なんだか、少しだけ嬉しくなった。
「なんで私に構うの?」
ふと気になって尋ねると、栞はさらりと言ってのけた。
「好きだから?」
「!!」
「そんなに照れないでよ」
「……別に、照れてない」
「ふーん?」
顔が熱くなるのを感じて、私は逃げるように自分の家の方向を指差した。
「私、こっちだから」
「気をつけてね。ばいばーい」
一人になると、また周囲からの視線を強く感じたけれど、もうどうでもよかった。
私はそのまま、夕暮れの道を家へと急いだ。
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