6話S お誘い~クラスメイトの思惑
学業に集中できるのは、この契約したドラマの仕事が終わってからだ。
必死にスケジュールを詰めて、何とか木曜日に今期の撮影がクランクアップした。
それでも翌朝は、早起きして生放送の情報番組に出演。ようやく学校に着いたのは、四限目が終わって昼休憩が始まった頃だった。
「こんにちは~」
教室に入ると、クラスメイトたちの視線が一気に集まる。
私はいつもの笑顔で手を振って、席へ向かった。
綾さんは、相変わらずだ。一瞬だけこちらを見て、すぐに目を逸らす。
それから、私が近づいてくるのを認めた瞬間、微かに眉を寄せて「なんでこっちに来るの?」みたいな顔をした。
……そりゃ私の席が、綾さんの隣なんだから。当然の行動なのに。
なんだかその反応が可笑しくて、胸の奥がくすぐったくなる。
「栞ちゃん、久しぶり~! 大丈夫だった?」
「うん、ありがとう。どうしても今のドラマが、学校に来る前に決まってたスケジュールでさ、休めなくて」
「お疲れ様~」
クラスメイトたちが自然に輪を作って、声をかけてくれる。
「でも、これでやっと一段落だから、ちゃんと学校に来れると思うよ」
「栞ちゃん、そんなに学校好きだったんだ~」
私は小さく笑って、肩をすくめた。
新しい世界を見るのは、いつだって楽しい。
それに、この、綾さんの反応が、実に面白い。
今まで、こんな風に素っ気なくされて、それでも気になってしまう人っていなかったから。
「それもあるけど……明日の約束もあるしね」
一応、約束した以上は守りたい。社会人としての顔も持ってるから、約束を簡単に破るのは嫌なんだ。
こういう誘いを増やしすぎると後が大変だから、本当は慎重に受けなきゃいけないんだけど。
「覚えていてくれたんだ! 嬉しい~」
クラスメイトの一人が目を輝かせて言うと、周りも笑い声で包まれた。
私はその輪の中心で、完璧な笑顔を保ちながら、ちらりと隣の席を見た。
綾さんは、弁当箱を開けながら、完全に聞こえないふりをしている。
私の周りに、クラスメイトたちが自然と集まってきた。
いつものように、軽い世間話が始まる。
私は笑顔を保ちながら、適度に相づちを打って聞いていた。
内容はほとんど頭に入ってこないけど、必要なキーワードが飛んできたら反応できる。
いつもやってることだし、慣れたものだった。
「土曜日って、どんな予定なの?」
「もちろん! やっと一日オフだよ」
そう答えてから、ふと視線を隣に移す。
そうだ、もう一度だけ。ダメ元で、綾さんを誘ってみよう。
これで断られたら、きっとバイトがあるんだろう。
綾さんは、嘘はつかない人だと思うから。
私がこうやって直接聞けば、即座に断るんじゃなく、ちゃんと検討してくれるはず。
……勝手な希望だけど。
「そうだ、綿津見さん」
急に名前を呼ぶと、綾さんが箸を止めてこちらを見た。
「何?」少し警戒したような、短い声。
「もう一度、お誘いしていい? 用事なければ、明日一緒に来ないかな?」
その瞬間、周りのクラスメイトたちがざわついた。
私が特定の誰かを誘うのがそんなにざわつくことなのかな?
綾さんは一瞬目を細めて、それから静かに言った。
「返事は……今じゃなきゃダメ?」
「ん~、みんなのこともあるし、今日の放課後までなら待つよ」
場所や時間は、みんなで決めてるはずだから。それ以上は、待てないだろうなぁ。
「そう。それまでに返事する」
「いい返事が聞けるといいな」
「期待はしないで」
綾さんはそれだけ言って、弁当箱を片付けると、すぐに教室から出て行ってしまった。
残された私たちは、少しの間沈黙して、それからまた笑い声が戻った。
よし。とりあえず、第一関門は突破。
そう思った矢先、隣にいた女子が小声で聞いてきた。
「ねえ、栞ちゃん。どうしてそんなに綿津見さんが気になるの?」
私は少しだけ視線を落として、微笑んだ。
「何でだろう? 自分でも、よく分からないんだよね」
それは、たぶん本心。あの、そっけなくて、でもどこか可愛い生き物を。もっと近くで見たい。
知りたい。ただ、それだけ。
「それで、知りたくて誘ってるってこと?」
「うん。まあ、そんな感じかな」
彼女はくすくす笑って、続けた。
「なにそれ~。面白い」
そりゃ、そうだよね。私も、第三者が同じこと言ってたら、そう返すと思う。
「綿津見さんってさ、どんな人か全然分からないし、ミステリアスっぽいじゃん。芸能界にもああいうタイプ、いないから、興味が湧いちゃって」
適当な理由で、ごまかしておいた。
「すごいね、栞ちゃん」
「何が?」
「だって、綿津見さんに話しかけられるの、栞ちゃんだけだよ?」
私は少し目を丸くして、周りを見回した。
みんなが、こくこくと頷いている。
「そうなの?」
「うん。基本、無視するか一言で終わりだから」
へえ。そうだったんだ。
「私はただ、学生生活楽しみたいだけだよ。知らないことを知るのって、楽しいでしょ? 綿津見さんのことも、その一つかな」
そう言って笑うと、みんなもまた笑ってくれた。
でも、心の奥では。あの三日間の記憶が、静かに温かく残っている。
綾さんの優しさを味わいたいと思ってる。
……明日、来てくれるかな。少し、期待しちゃってるかも。
私はそんな雑談を続けながら、マネージャーから渡された弁当を食べ終えた頃、教室の扉が開いて綾さんが戻ってきた。
その後は大人しく席について、授業を受けた。
正直、結構大変だった。去年学んだはずの内容なのに、頭からすっぽり抜け落ちたみたいに分からない。
撮影が長引いて、ほとんど勉強の時間が取れなかったからかな。休憩時間に参考書を開かないと、まずいかも。
そんなことを考えながら、時間があるたび、そっと隣の横顔を盗み見る。
整った目元に、きれいな形の瞳。透明感のある肌が、窓から差し込む光に柔らかく映る。
……ほんとに、きれいだなぁ。そんな風に見とれていると、突然、チャイムが鳴った。
授業終了のベルではっと我に返る。
綾さんがふっとこちらを向いた。……やばい。見とれてたのバレた?
少し体が強張る。でも、綾さんはただ静かに立ち上がって、私を見て言った。
「霧生さん」短く名前を呼ばれて、ドキッとした。
「返事、遅くなったね。……明日、お世話になるよ。待ち合わせと何時だけ教えて?」
それだけ言って、鞄を肩にかけて、教室を出て行ってしまった。
え?今、なんて?「明日お世話になるよ」って。
つまり、来るってことだよね。来てくれるんだ。
心臓が、急に大きく跳ねた。嬉しさが胸の奥からじわじわと広がって、思わず笑顔がこぼれそうになる。
その時、周りのクラスメイトたちがまた話し始めた。
「やっぱり綿津見さん、変わってるよね~」
「うんうん。部活はサッカー部に入ってるけど、ほとんど幽霊部員なのに一番の実力者らしいし。ワケあって一人暮らしって話もあるし」
……なんで、急に綾さんのネガティブキャンペーンみたいな話に?すごく不思議。
でも、私はとりあえず曖昧に笑って、相づちを打った。
「そうなんだ~」
そっか。綾さん、ワケありで一人暮らしなんだ。
……それは、知らなかった。あの小さな部屋で、全部一人でやってたんだ。秘密主義っぽいし、聞いても絶対答えてくれなさそう。
なんか、地雷っぽい話題かも。触れない方がいいのかな。
「ねぇ、栞ちゃん、聞いてる?」
「あ、ごめん! ちょっと考え事してて」
ヤバい、ヤバい。いつの間にか話題が変わってたみたい。
「お仕事のこと、思い出してたんだ」
そう言って笑顔でごまかす。みんなも「大変だよね~」って同情してくれるけど、心の中では全然違うことがぐるぐる回ってる。
「明日、どうする?」クラスメイトの一人がスマホを片手に聞いてきた。
「ん?」
私は少し首を傾げた。どうするって……最初、カラオケに行くって話じゃなかった?
「9人くらい集まるんだけどさ、そんなに大勢が入れるところが見つからなくて」
「最初、カラオケって言ってなかった?」
確かに、みんなでそう言ってたはず。
「うん、最初はね。でも、大きい部屋が取れなくて」
「じゃあ、カラオケじゃなくてどこかにしない?」
周りの子たちも「そうだね」「別のところの方がいいかも」と同意して、話がどんどん進んでいく。
あれこれ候補を挙げてるうちに、なんだかお腹が空いてきた。
お弁当、ちゃんと食べたはずなのに。
「ちょっとお腹すいてきたよね」私がぽそっと呟くと、周りからくすくすと笑い声が漏れた。
「ならさ、ケーキ屋さんとかどう?」
「ケーキバイキングの店、いいかも!」
「学校の近くに、食べ放題のとこあったよね」
私は今、すごく甘いものが欲しくなってるのに。明日はきっと大丈夫なのに、なぜか行き先がケーキバイキングに決まりそうになってる。
わいわいガヤガヤ騒がしく話がまとまる間に、私が口を挟む隙もなく、決定してしまった。
……なんか、違和感がある。私は少し離れて、みんなの会話を観察モードで振り返った。
カラオケの部屋が取れない、って。多分、嘘だ。
私だって、打ち上げや懇親会でよくカラオケに行く。
大きなチェーン店なら、10人以上でも入れる部屋はあるはず。
予約してたのが8人くらいだったとしても、一人増えるくらいならお店に言えば融通利くはずなのに。
じゃあ、なぜカラオケをやめたのか。
ここまでか。「そろそろ帰るね。明日、楽しみにしてるよ」
「ばいば~い」
「また明日~」
別れの挨拶が飛び交う中、私は笑顔で手を振って教室を出た。
廊下に出て、悪いなぁと思いながら、でも足を止めて、教室の扉の陰に隠れた。
少しだけ、聞き耳を立てる。
「……でも、本当に良かったの? カラオケじゃなくて」
「だよね。栞ちゃんの生歌聞けるのレアだけどさ」
「綿津見さん、めちゃくちゃ上手いじゃん。栞ちゃんもなんか、彼女のこと気にかけてるみたいだし……」
「そうだよね」
「ケーキバイキングなら、綿津見さんも普通に楽しめると思うし、大丈夫でしょ」
「意外だったよなぁ、綿津見さんが来るって言ったの」
「多分、クラスメイトの前で何度も誘われて、断り続けたら気まずくなるって思ったんじゃない?」
「どういうこと?」
「だって、他の子も絶対行きたい子多いのに、栞ちゃんに直々に指名されて断ったらさ」
「あー、そっか。誘われなかった子からしたら、悔しくてたまらないよね。私だったら絶対悔しい」
「それって、どっちにしても……」
「行かないより、行った方がいいってことだよ」
「でも、綿津見さんって近づきにくい雰囲気あるのに、やっぱり栞ちゃんは普通と違うよね」
なるほど。理解した。
ただの嫉妬だよね。私が直々に指名して、特別扱いしてる相手が気に入らない。綾さんが来ることで、私の注目が彼女に集まるのが面白くないんだ。
ふうん。明日、どうなるのかな。私は小さく息を吐いて、隠れていた場所から抜け出した。
夕暮れの校舎を後にしながら、胸の奥が少しざわつく。
綾さんは、こんな空気の中で来るんだ。
それでも、来てくれるって言った。そのことが、なんだか嬉しくて。
少し、意地悪な笑みがこぼれた。明日、楽しみだ。
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