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Liebe  作者:
3章 土曜日

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6話S お誘い~クラスメイトの思惑

学業に集中できるのは、この契約したドラマの仕事が終わってからだ。

必死にスケジュールを詰めて、何とか木曜日に今期の撮影がクランクアップした。

それでも翌朝は、早起きして生放送の情報番組に出演。ようやく学校に着いたのは、四限目が終わって昼休憩が始まった頃だった。


「こんにちは~」


 教室に入ると、クラスメイトたちの視線が一気に集まる。

私はいつもの笑顔で手を振って、席へ向かった。

綾さんは、相変わらずだ。一瞬だけこちらを見て、すぐに目を逸らす。

それから、私が近づいてくるのを認めた瞬間、微かに眉を寄せて「なんでこっちに来るの?」みたいな顔をした。


 ……そりゃ私の席が、綾さんの隣なんだから。当然の行動なのに。

なんだかその反応が可笑しくて、胸の奥がくすぐったくなる。


「栞ちゃん、久しぶり~! 大丈夫だった?」


「うん、ありがとう。どうしても今のドラマが、学校に来る前に決まってたスケジュールでさ、休めなくて」


「お疲れ様~」


 クラスメイトたちが自然に輪を作って、声をかけてくれる。


「でも、これでやっと一段落だから、ちゃんと学校に来れると思うよ」


「栞ちゃん、そんなに学校好きだったんだ~」


 私は小さく笑って、肩をすくめた。

新しい世界を見るのは、いつだって楽しい。

それに、この、綾さんの反応が、実に面白い。

今まで、こんな風に素っ気なくされて、それでも気になってしまう人っていなかったから。


「それもあるけど……明日の約束もあるしね」


 一応、約束した以上は守りたい。社会人としての顔も持ってるから、約束を簡単に破るのは嫌なんだ。

こういう誘いを増やしすぎると後が大変だから、本当は慎重に受けなきゃいけないんだけど。


「覚えていてくれたんだ! 嬉しい~」


 クラスメイトの一人が目を輝かせて言うと、周りも笑い声で包まれた。

私はその輪の中心で、完璧な笑顔を保ちながら、ちらりと隣の席を見た。

綾さんは、弁当箱を開けながら、完全に聞こえないふりをしている。


 私の周りに、クラスメイトたちが自然と集まってきた。

いつものように、軽い世間話が始まる。

私は笑顔を保ちながら、適度に相づちを打って聞いていた。

内容はほとんど頭に入ってこないけど、必要なキーワードが飛んできたら反応できる。

いつもやってることだし、慣れたものだった。


「土曜日って、どんな予定なの?」


「もちろん! やっと一日オフだよ」


 そう答えてから、ふと視線を隣に移す。

そうだ、もう一度だけ。ダメ元で、綾さんを誘ってみよう。

これで断られたら、きっとバイトがあるんだろう。

綾さんは、嘘はつかない人だと思うから。

私がこうやって直接聞けば、即座に断るんじゃなく、ちゃんと検討してくれるはず。

……勝手な希望だけど。


「そうだ、綿津見さん」

急に名前を呼ぶと、綾さんが箸を止めてこちらを見た。


「何?」少し警戒したような、短い声。


「もう一度、お誘いしていい? 用事なければ、明日一緒に来ないかな?」


 その瞬間、周りのクラスメイトたちがざわついた。

私が特定の誰かを誘うのがそんなにざわつくことなのかな?

綾さんは一瞬目を細めて、それから静かに言った。


「返事は……今じゃなきゃダメ?」


「ん~、みんなのこともあるし、今日の放課後までなら待つよ」


 場所や時間は、みんなで決めてるはずだから。それ以上は、待てないだろうなぁ。


「そう。それまでに返事する」


「いい返事が聞けるといいな」


「期待はしないで」


 綾さんはそれだけ言って、弁当箱を片付けると、すぐに教室から出て行ってしまった。

残された私たちは、少しの間沈黙して、それからまた笑い声が戻った。

よし。とりあえず、第一関門は突破。

そう思った矢先、隣にいた女子が小声で聞いてきた。


「ねえ、栞ちゃん。どうしてそんなに綿津見さんが気になるの?」


私は少しだけ視線を落として、微笑んだ。


「何でだろう? 自分でも、よく分からないんだよね」

それは、たぶん本心。あの、そっけなくて、でもどこか可愛い生き物を。もっと近くで見たい。

知りたい。ただ、それだけ。


「それで、知りたくて誘ってるってこと?」


「うん。まあ、そんな感じかな」


 彼女はくすくす笑って、続けた。

「なにそれ~。面白い」


 そりゃ、そうだよね。私も、第三者が同じこと言ってたら、そう返すと思う。


「綿津見さんってさ、どんな人か全然分からないし、ミステリアスっぽいじゃん。芸能界にもああいうタイプ、いないから、興味が湧いちゃって」


 適当な理由で、ごまかしておいた。


「すごいね、栞ちゃん」


「何が?」


「だって、綿津見さんに話しかけられるの、栞ちゃんだけだよ?」


 私は少し目を丸くして、周りを見回した。

みんなが、こくこくと頷いている。


「そうなの?」


「うん。基本、無視するか一言で終わりだから」


 へえ。そうだったんだ。


「私はただ、学生生活楽しみたいだけだよ。知らないことを知るのって、楽しいでしょ? 綿津見さんのことも、その一つかな」


 そう言って笑うと、みんなもまた笑ってくれた。

でも、心の奥では。あの三日間の記憶が、静かに温かく残っている。

綾さんの優しさを味わいたいと思ってる。

……明日、来てくれるかな。少し、期待しちゃってるかも。


私はそんな雑談を続けながら、マネージャーから渡された弁当を食べ終えた頃、教室の扉が開いて綾さんが戻ってきた。

その後は大人しく席について、授業を受けた。


 正直、結構大変だった。去年学んだはずの内容なのに、頭からすっぽり抜け落ちたみたいに分からない。

撮影が長引いて、ほとんど勉強の時間が取れなかったからかな。休憩時間に参考書を開かないと、まずいかも。

そんなことを考えながら、時間があるたび、そっと隣の横顔を盗み見る。

整った目元に、きれいな形の瞳。透明感のある肌が、窓から差し込む光に柔らかく映る。

……ほんとに、きれいだなぁ。そんな風に見とれていると、突然、チャイムが鳴った。

授業終了のベルではっと我に返る。


 綾さんがふっとこちらを向いた。……やばい。見とれてたのバレた?

少し体が強張る。でも、綾さんはただ静かに立ち上がって、私を見て言った。


「霧生さん」短く名前を呼ばれて、ドキッとした。


「返事、遅くなったね。……明日、お世話になるよ。待ち合わせと何時だけ教えて?」


 それだけ言って、鞄を肩にかけて、教室を出て行ってしまった。


 え?今、なんて?「明日お世話になるよ」って。

つまり、来るってことだよね。来てくれるんだ。

心臓が、急に大きく跳ねた。嬉しさが胸の奥からじわじわと広がって、思わず笑顔がこぼれそうになる。


 その時、周りのクラスメイトたちがまた話し始めた。


「やっぱり綿津見さん、変わってるよね~」


「うんうん。部活はサッカー部に入ってるけど、ほとんど幽霊部員なのに一番の実力者らしいし。ワケあって一人暮らしって話もあるし」


 ……なんで、急に綾さんのネガティブキャンペーンみたいな話に?すごく不思議。

でも、私はとりあえず曖昧に笑って、相づちを打った。


「そうなんだ~」


 そっか。綾さん、ワケありで一人暮らしなんだ。

……それは、知らなかった。あの小さな部屋で、全部一人でやってたんだ。秘密主義っぽいし、聞いても絶対答えてくれなさそう。

なんか、地雷っぽい話題かも。触れない方がいいのかな。


「ねぇ、栞ちゃん、聞いてる?」


「あ、ごめん! ちょっと考え事してて」


 ヤバい、ヤバい。いつの間にか話題が変わってたみたい。


「お仕事のこと、思い出してたんだ」

そう言って笑顔でごまかす。みんなも「大変だよね~」って同情してくれるけど、心の中では全然違うことがぐるぐる回ってる。


「明日、どうする?」クラスメイトの一人がスマホを片手に聞いてきた。


「ん?」


 私は少し首を傾げた。どうするって……最初、カラオケに行くって話じゃなかった?


「9人くらい集まるんだけどさ、そんなに大勢が入れるところが見つからなくて」


「最初、カラオケって言ってなかった?」

確かに、みんなでそう言ってたはず。


「うん、最初はね。でも、大きい部屋が取れなくて」


「じゃあ、カラオケじゃなくてどこかにしない?」


 周りの子たちも「そうだね」「別のところの方がいいかも」と同意して、話がどんどん進んでいく。


 あれこれ候補を挙げてるうちに、なんだかお腹が空いてきた。

お弁当、ちゃんと食べたはずなのに。


「ちょっとお腹すいてきたよね」私がぽそっと呟くと、周りからくすくすと笑い声が漏れた。


「ならさ、ケーキ屋さんとかどう?」


「ケーキバイキングの店、いいかも!」


「学校の近くに、食べ放題のとこあったよね」


 私は今、すごく甘いものが欲しくなってるのに。明日はきっと大丈夫なのに、なぜか行き先がケーキバイキングに決まりそうになってる。

 

 わいわいガヤガヤ騒がしく話がまとまる間に、私が口を挟む隙もなく、決定してしまった。


 ……なんか、違和感がある。私は少し離れて、みんなの会話を観察モードで振り返った。

カラオケの部屋が取れない、って。多分、嘘だ。

私だって、打ち上げや懇親会でよくカラオケに行く。


 大きなチェーン店なら、10人以上でも入れる部屋はあるはず。

予約してたのが8人くらいだったとしても、一人増えるくらいならお店に言えば融通利くはずなのに。

じゃあ、なぜカラオケをやめたのか。


 ここまでか。「そろそろ帰るね。明日、楽しみにしてるよ」


「ばいば~い」


「また明日~」


 別れの挨拶が飛び交う中、私は笑顔で手を振って教室を出た。

廊下に出て、悪いなぁと思いながら、でも足を止めて、教室の扉の陰に隠れた。

少しだけ、聞き耳を立てる。


「……でも、本当に良かったの? カラオケじゃなくて」


「だよね。栞ちゃんの生歌聞けるのレアだけどさ」


「綿津見さん、めちゃくちゃ上手いじゃん。栞ちゃんもなんか、彼女のこと気にかけてるみたいだし……」


「そうだよね」


「ケーキバイキングなら、綿津見さんも普通に楽しめると思うし、大丈夫でしょ」


「意外だったよなぁ、綿津見さんが来るって言ったの」


「多分、クラスメイトの前で何度も誘われて、断り続けたら気まずくなるって思ったんじゃない?」


「どういうこと?」


「だって、他の子も絶対行きたい子多いのに、栞ちゃんに直々に指名されて断ったらさ」


「あー、そっか。誘われなかった子からしたら、悔しくてたまらないよね。私だったら絶対悔しい」


「それって、どっちにしても……」


「行かないより、行った方がいいってことだよ」


「でも、綿津見さんって近づきにくい雰囲気あるのに、やっぱり栞ちゃんは普通と違うよね」


 なるほど。理解した。

ただの嫉妬だよね。私が直々に指名して、特別扱いしてる相手が気に入らない。綾さんが来ることで、私の注目が彼女に集まるのが面白くないんだ。


 ふうん。明日、どうなるのかな。私は小さく息を吐いて、隠れていた場所から抜け出した。

夕暮れの校舎を後にしながら、胸の奥が少しざわつく。

綾さんは、こんな空気の中で来るんだ。

それでも、来てくれるって言った。そのことが、なんだか嬉しくて。

少し、意地悪な笑みがこぼれた。明日、楽しみだ。

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