9話
月曜の夕方、八雲中央公園のベンチにて、鷲尾慎一郎(52)は、アニマル戦隊の司令官・キャプテンわんと向かい合っていた。
左右大帝の理念再定義から一夜。わんだにゃー側も、組織内で議論が起きていたという。
「副司令、うちのメンバーが言い出したんだ。“非対称って、ただの反抗じゃないよね”って」
「……反抗ではない。表現だ」
「そう。で、改めて考えた。“非対称の哲学”って何だろうって」
キャプテンわんは、紙袋から左右非対称な帽子を取り出した。
片耳が長く、もう片方が短い。色も左右で違う。
「これ、うちの新人が作った。“不安定な自分をそのまま出したい”って」
「……それは、秩序の外にある安心かもしれんな」
「副司令、あなたの言葉、うちのメンバーにも響いてる。“秩序とは、誰かの安心に寄り添う形”って」
鷲尾は、静かに頷いた。
「秩序と非対称は、対立ではない。構造と動きのように、共存できる」
「じゃあ、うちの“非対称の哲学”は、“揺らぎの中に自分を見つける”ってことでいい?」
「……それは、成熟という名の自由だ」
そのとき、公園の一角で、子どもたちが“左右非対称な鬼ごっこ”を始めていた。
鬼は右手だけでタッチ、逃げる側は左足だけで走る。ルールは混沌、だが楽しげだった。
「副司令、あれ、うちのメンバーが考えたんです。“ルールをズラすと、笑いが生まれる”って」
「……笑いは、秩序の隙間に生まれるものだ」
キャプテンわんは、帽子を鷲尾に差し出した。
「これ、よかったら。うちの“非対称の証”です」
鷲尾は、しばらく見つめてから、静かに受け取った。
「……ありがとう。だが、私は副司令だ。秩序の象徴であるべき立場だ」
「でも、現場では“象徴”より“共感”が求められてるんじゃない?」
沈黙。
鷲尾は、帽子を膝に置きながら言った。
「……ならば、秩序の中に非対称を織り込む。それが、現場の副司令の役割かもしれんな」
その夜、シンメトリー本部にて、鷲尾は報告書を提出した。
「非対称の哲学:揺らぎの中に自己を見つける。秩序と共存可能」
「提案:現場活動において、非対称的表現を一部許容する」
左右大帝は、報告書を読みながら、静かに言った。
「……副司令。貴様、最近詩人のようだな」
「理念とは、言葉の形を持つものです」
「よかろう。“秩序の中の揺らぎ”、暫定的に認める」
空は、左右対称ではなかった。
だが、帽子の片耳は、誰かの不安に寄り添っていた。




