11話
水曜の朝、シンメトリー本部の会議室にて、左右大帝が静かに告げた。
「副司令。理念の再定義は暫定だ。貴様には、“秩序の軸”を再確認する任務を与える」
鷲尾慎一郎(52)は、資料を手に黙って頷いた。
“秩序とは、誰かの安心に寄り添う形”――その言葉が、今や組織の新たな指針となりつつある。
だが、左右大帝はなお“完全対称”の美学を捨てきれていなかった。
「現場の声に流されすぎれば、理念は崩壊する。副司令として、均衡を保て」
「承知しました」
その午後、鷲尾は八雲中央公園で“左右対称ベンチの再配置”作業を視察していた。
戦闘員たちは、住民の意見を取り入れ、あえて“少しズレた配置”を提案していた。
「副司令、こっちのベンチ、左右で木陰の量が違うんです。だから、少しだけズラした方が快適かと」
「……快適さは、秩序の一部かもしれんな」
だが、その言葉を口にした瞬間、鷲尾は自問した。
(私は今、“理念”を守っているのか? それとも、“現場”に流されているのか?)
その夜、鷲尾は本部の資料室にこもった。
過去の活動記録、左右大帝の初期演説、創設時の理念文書――すべてを読み返した。
「秩序とは、混沌への抵抗である」
「左右対称は、世界の均衡を象徴する」
「整えることは、支配ではなく、救済である」
その言葉に、鷲尾はかつての自分を思い出した。
正義組織を辞め、理念に惹かれてシンメトリーに加わったあの日。
だが今、自分は“ズレたベンチ”を許容している。
翌朝、戦闘員No.22が声をかけてきた。
「副司令、昨日のベンチ、住民から“ちょうどいい”って言われました」
「……そうか」
「でも、左右大帝から“再配置報告書にズレの理由を明記せよ”って指示が来てます」
「理念との整合性を求めているのだろう」
鷲尾は、報告書にこう記した。
「左右対称の原則に基づきつつ、現場の安心を優先した配置。理念の応用である」
その夜、左右大帝から返信が届いた。
「応用は許容する。ただし、原則は忘れるな。副司令の言葉に、理念の軸を見た」
鷲尾は、静かにマントの襟を整えた。
「……理念とは、揺らぎの中で軸を探すものかもしれんな」
空は、左右対称ではなかった。
だが、副司令の言葉は、理念と現場の狭間に均衡を築いていた。




