10話
火曜の午後、鷲尾慎一郎(52)は、八雲第三小学校の家庭科室で“左右対称おにぎり講座”の講師をしていた。
戦闘員No.22が米を炊き、No.37が海苔を切り揃え、鷲尾は児童たちに「左右均等な握り方」を指導していた。
「副司令、海苔がちょっとズレました」
「……それも、現場の味だ」
児童たちは笑いながら、左右非対称なおにぎりを量産していた。
その様子を見ていた校長が、ぽつりとつぶやいた。
「副司令さん、最近“世界征服”って言わなくなりましたね」
「……ああ。現場が忙しくて、忘れていた」
「忘れるんですか、世界征服」
「忘れるほど、現場が豊かなら、それも秩序かもしれません」
その夜、シンメトリー本部から通信が入った。
「鷲尾。世界征服の進捗はどうだ?」
左右大帝の声だった。
鷲尾は、少しだけ沈黙してから答えた。
「……八雲第三小学校にて、左右対称おにぎりの普及が進んでおります」
「それは、世界征服か?」
「理念的には、そうです」
「理念的には、か……」
左右大帝は、しばらく黙ったあと、通信を切った。
翌日、鷲尾は町内会の“非対称花壇整備”に参加していた。
花の色を左右で揃えるか、あえてズラすか――住民たちと議論しながら、鷲尾はスコップを握っていた。
「副司令、こっちの花、ちょっとだけズラしてもいいですか?」
「……それが、誰かの安心につながるなら、許容する」
「副司令、最近“悪の人”って感じしないですね」
「……それも、現場の副司令の宿命かもしれんな」
その夜、戦闘員たちが集まって話し合った。
「副司令、世界征服って、今どうなってるんですか?」
「……進行中だ。だが、定義が変わった」
「定義?」
「世界征服とは、“世界の不安を左右対称に整えること”だった。今は、“世界の不安に寄り添う形を探すこと”になった」
「それって、征服じゃなくて、共存じゃないですか?」
「……そうかもしれんな。だが、共存の中にも秩序はある」
空は、左右対称ではなかった。
だが、副司令の一日は、誰かの安心に寄り添っていた。




