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「今日も変なのからは逃げきれたのか」
声をかけてきたのは、学部内で唯一の知り合いとも言える男──村上健太。仲良くはない。一緒に昼を食べたり、勉強会をしたり、その程度の関係だ。
「今日の三限目の課題、やったか?」
「見せないよ」
そう答えると、村上は驚いたタコのような顔をして、すぐに縋りついてきた。
「いつも見せてくれてるじゃん」
この部屋のエアコンが二十六度を超えていたら、暑さとうっとうしさに耐えきれず、きっと見せていただろう。けれど、今日はまだ耐えられる。
「生協でデザートを二個」
僕は前回の授業の復習をめくりながら言った。
村上は人差し指を一本立て、目を潤ませている。子犬の真似でもしているつもりだろうか。僕はゆっくりと彼から視線を外し、天井に移して左右に揺らした。
その仕草だけで、村上は観念したらしい。課題を受け取り、すっと後ろの席に移っていった。
「何だ、またわからないところがあるのか」
教授はけだるそうに僕を見た。
「そうなんですよ。またわからないところが出ちゃって。」
先生はけげんな目つきで、どこがわからないのか言え、と無言で促してくる。最近はもっぱらこんな感じだ。
今、僕たちは──僕と先生以外の人間が存在しない異空間に飛ばされている。奇妙な世界だよね。疑問が浮かぶと、僕は勝手にこの世界に招待され、そしてそれを解消してくれる存在が現れる。いわば“勉強部屋”のようなものだ。先生も大変だ。けれど我慢してもらうしかない。今年だけの話だし、来年には先生の科目はもうない。
「なあ、この首のところにある鎌、何とかならないのかな?」
教授がぼやく。
教授の首元には、たしかに大きな鎌が添えられている。その鎌を握っているのは──死神のような骸骨の被り物をした存在。人間はいないが、人間以外はいる。彼らの多くは僕には無害で、むしろ協力的だ。
ただルールもある。その鎌は、先生がこの奇妙な世界のことを“外”で話したときに首を落とす。もっとも、落とされたからといって死ぬわけではない。代わりに「時間」を奪われるのだ。肉体の時間を奪われて老け、さらに記憶も削ぎ落とされる。話したという事実だけは残るが、この世界に関することはきれいに忘れてしまう。
先生は何度か同じ過ちを繰り返していて──最近、年齢よりも老けて見えるのはそのせいだと僕は思っている。
僕は先生に笑みだけを返してわからないところをさらに聞いた。
僕が先生にその質問をされるのは今回で4回目だ。初めて聞かれたときにその死神に話しかけたら僕の首が落ちた。どうやら僕の首にも同様の鎌があるらしい。それと話しかけたらダメみたい。
この空間は不思議だ。僕と先生だけにスポットライトが当たり、周囲は闇に沈んでいる。僕の理解度が進むにつれて、その光は広がり、部屋が明るくなっていく。だから、嘘で「わかりました」と答えても、この世界は終わらない。無駄に親切な、しかし厳しい仕組みだ。
……うん、だいぶ明るくなってきた。そろそろ出られそうだ。
これが、僕が学年で上位を取る理由です。




