表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

2

 最近、僕はよく考える。駅で流れるアナウンス──「危険物や爆発物の持ち込みはご遠慮ください」。あれに疑問を抱くのだ。人間って、爆発物じゃないか、と。もしそうなら、人間は電車に乗れないんじゃないか、と。もちろんそんなはずはないのだけれど。


 けれど、人は不満や怒りを抱えている。それがある日、密閉された車内で破裂したら。周囲に被害が及ぶのだとすれば、やはり人間は爆発物と呼んでもいいのではないか。


 今日は、歩いて駅まで向かっている。悪くない。いつもは流れる風景が、今日は「見よう」と決めただけで別の相貌を見せる。輪郭のぼやけた街路樹が、はっきりと乱立しているのが分かる。ビルの窓が水面のように光を跳ね返す。ただし、いつもより汗をかいた。


 ……早く電車に乗りたい。

 「まもなく三番線に電車が参ります」

 アナウンスに促されるがままに電車に乗り込む。


 あ。


 以前の調子で吊革に自然に掴まった僕は、つい笑い声をあげた。そして座席に腰を下ろす。


 車内には──誰もいない。僕以外、誰ひとり。

 繰り返す。僕以外、人間は誰もいない。


 三か月前から、僕はこんなふうに奇妙な世界へ迷い込むことが増えた。ちなみに、こうして独り語りをしているのは芥川龍之介を真似ているからだ。僕も小説家を志す一人として、彼には敬意を払っている。とはいえ、まだ一度も小説を書き上げたことはないのだけれど。頭の中にはいくつもあるのだ。


 ──そう。最近の僕は、よく巻き込まれているのだ。


 だが妙なことに、この世界は意外と親切だ、僕に対して。


 僕はいま大学へ向かっている。現実の路線なら、乗り換えを含めておよそ一時間。だが、この世界の電車は違う。一本に乗るだけで大学の最寄り駅に着ける。なぜかは分からない。ただ、僕にとって都合がいいようにできている。


 もちろん、条件はある。時間を守って降りること──それさえできれば、この世界の電車はちゃんと大学まで運んでくれる。どちらかというと、時間にうるさい世界だ。


 一度だけ、やらかしたことがある。帰宅途中、夢中になって読書をして、降りるべき時間を過ぎてしまったのだ。そのときは読後感を味わう余裕すらなく、乾いた笑いが出た。

 ——帰れないかもしれない。

 別に帰れなくてもいいけれど、お腹は空いていたし、読む本もなくなって、ただぼうっと座っているのはごめんだった。


 結局は帰れた。いつも通りの時間に帰宅。ただし酷い疲労感と大量の汗を伴って。あのとき、この世界の親切さは一瞬で裏返ったように思えた。どうやら時間と距離の帳尻を合わせるために、電車で余計に過ごした一時間を「僕が家と駅をシャトルランしていたことにする」ことで処理したらしい。その結果、降りた瞬間にはもう家の玄関に立っていた。


 もう二度と降り過ごすまいと誓った。


 誰もいない電車の中だから、僕は何をしてもいい。そういう意味では、ここはとても自由な場所だ。


 窓の外に広がる景色は、まるで大きなバケツに絵の具をひとつずつ落としていくようだ。赤、青、緑、黄──色は混ざり合わず、それぞれの線を描きながら残っていく。曲線になったり、水たまりのように広がったりしながら、電車の速度に合わせて絵の具のように流れていく。流れ込む光の色合いによって、車内の空気までも変わっていく。



 あまり細かい理屈は気にしない方がいい。この世界では、そういうものなのだ。


 どうやって乗り降りしているか気になるだろう。答えは簡単だ。目的地に着くとドアが勝手に開き、閉まる前に降りればいい。ちなみに大学に行く場合、ドアは一時間に一度しか開かない。要するに途中下車はできない。


 ともかく、そろそろ一時間が経とうとしている。もし降りなければ、また余計な一時間を無為に過ごす羽目になる。それと、虚無疲労と汗がセットでついてくるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ