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最近、僕はよく考える。駅で流れるアナウンス──「危険物や爆発物の持ち込みはご遠慮ください」。あれに疑問を抱くのだ。人間って、爆発物じゃないか、と。もしそうなら、人間は電車に乗れないんじゃないか、と。もちろんそんなはずはないのだけれど。
けれど、人は不満や怒りを抱えている。それがある日、密閉された車内で破裂したら。周囲に被害が及ぶのだとすれば、やはり人間は爆発物と呼んでもいいのではないか。
今日は、歩いて駅まで向かっている。悪くない。いつもは流れる風景が、今日は「見よう」と決めただけで別の相貌を見せる。輪郭のぼやけた街路樹が、はっきりと乱立しているのが分かる。ビルの窓が水面のように光を跳ね返す。ただし、いつもより汗をかいた。
……早く電車に乗りたい。
「まもなく三番線に電車が参ります」
アナウンスに促されるがままに電車に乗り込む。
あ。
以前の調子で吊革に自然に掴まった僕は、つい笑い声をあげた。そして座席に腰を下ろす。
車内には──誰もいない。僕以外、誰ひとり。
繰り返す。僕以外、人間は誰もいない。
三か月前から、僕はこんなふうに奇妙な世界へ迷い込むことが増えた。ちなみに、こうして独り語りをしているのは芥川龍之介を真似ているからだ。僕も小説家を志す一人として、彼には敬意を払っている。とはいえ、まだ一度も小説を書き上げたことはないのだけれど。頭の中にはいくつもあるのだ。
──そう。最近の僕は、よく巻き込まれているのだ。
だが妙なことに、この世界は意外と親切だ、僕に対して。
僕はいま大学へ向かっている。現実の路線なら、乗り換えを含めておよそ一時間。だが、この世界の電車は違う。一本に乗るだけで大学の最寄り駅に着ける。なぜかは分からない。ただ、僕にとって都合がいいようにできている。
もちろん、条件はある。時間を守って降りること──それさえできれば、この世界の電車はちゃんと大学まで運んでくれる。どちらかというと、時間にうるさい世界だ。
一度だけ、やらかしたことがある。帰宅途中、夢中になって読書をして、降りるべき時間を過ぎてしまったのだ。そのときは読後感を味わう余裕すらなく、乾いた笑いが出た。
——帰れないかもしれない。
別に帰れなくてもいいけれど、お腹は空いていたし、読む本もなくなって、ただぼうっと座っているのはごめんだった。
結局は帰れた。いつも通りの時間に帰宅。ただし酷い疲労感と大量の汗を伴って。あのとき、この世界の親切さは一瞬で裏返ったように思えた。どうやら時間と距離の帳尻を合わせるために、電車で余計に過ごした一時間を「僕が家と駅をシャトルランしていたことにする」ことで処理したらしい。その結果、降りた瞬間にはもう家の玄関に立っていた。
もう二度と降り過ごすまいと誓った。
誰もいない電車の中だから、僕は何をしてもいい。そういう意味では、ここはとても自由な場所だ。
窓の外に広がる景色は、まるで大きなバケツに絵の具をひとつずつ落としていくようだ。赤、青、緑、黄──色は混ざり合わず、それぞれの線を描きながら残っていく。曲線になったり、水たまりのように広がったりしながら、電車の速度に合わせて絵の具のように流れていく。流れ込む光の色合いによって、車内の空気までも変わっていく。
あまり細かい理屈は気にしない方がいい。この世界では、そういうものなのだ。
どうやって乗り降りしているか気になるだろう。答えは簡単だ。目的地に着くとドアが勝手に開き、閉まる前に降りればいい。ちなみに大学に行く場合、ドアは一時間に一度しか開かない。要するに途中下車はできない。
ともかく、そろそろ一時間が経とうとしている。もし降りなければ、また余計な一時間を無為に過ごす羽目になる。それと、虚無疲労と汗がセットでついてくるのだ。




