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最近、部活以外で人と話す機会がめっきり減った気がする。
まあ、別にいいんだけど。
思い出そうとすると、すぐに思考が明後日の方向へ弾けてしまう。なんか釈然としない。
……でも、授業にはちゃんとついていけている。あの世界のおかげだ。教授には申し訳ないけど。
スイムのクラスもDに上がることができた。もちろん、それもあのおかげ。
まだ100mは2分台だけど──2分切りは時間の問題だろう。だって僕は、帰り道でも泳いでいるんだから。
「おはようございます」
「おつかれ」
トライアスロン部では、練習前でも挨拶は【おつかれ】だ。今から練習するのに、なぜ「おつかれ」なのか。僕にはいまだによくわからない。
部室に入ると、独特の匂いがする。
扉を開けて左手には、ビンディングシューズやランシューがぎゅうぎゅうに押し込まれた靴棚。練習直後に突っ込まれた靴たちが、湿気と臭気を放っている。
部室の奥には、ウェットスーツから滴った水で錆びた椅子が四脚。右手にはマットレスが敷かれ、その上にみんなのカバンが所狭しと並んでいる。
僕も隙間を見つけてバッグを置き、水着やゴーグルを詰めた袋を抱えてプールへと駆け足で向かった。
すでに何人かは泳ぎ始めていて、マネージャーもプールサイドに立っている。三人で話し込んでいて、声をかけるタイミングを逃した。
……わざわざ会話を止めさせてまで「おはよう」と伝える必要はないよな。そう思って、今日も挨拶はしなかった。
水は冷たい。室内プールなんだから温水にしてほしい。
Dクラスに上がったおかげで大学のプールで泳ぐ機会は増えた。けれど一つのコースを四人で泳ぐせいで、よくコースロープに手をぶつける。勢いよく腕を回すから、手の甲にはいつも痣や絆創膏が絶えない。
「いってぇ……」
「次、下から50メートル! 2分30秒で3本ね」
「ほい!」
ひなこ先輩は、いつもスタートのタイミングをみんなに伝えてくれる、しっかりした先輩だ。
小さな体で、力強くバタ足を刻んで泳ぐ姿──僕よりも速い。僕はバタ足が嫌いだからね。
……でも、負けているのは嫌だ。
こんなに小さな先輩に追い抜かれる自分を、どうしても認めたくなかった。
200mの練習では、僕が遅いから先に泳ぎ始めた先輩に、結局追い抜かれる。
水を叩くリズムのいいバタ足の音が、耳に残る。
抜かれるときは、悔しさを飲み込みながらスピードを落とし、先輩の背中の後ろに付いた。
けれど、ランなら僕の方が速い。先輩の一歩は僕より小さいから。
ただ、それで優越感を抱くわけではない。だって、先輩は女子だから。
「もう少しバタ足をした方がいいよ。そしたら、もっと速くなると思うし、だから」
「家でできるトレーニングとか、何かありますか?」
「うーん……毎日の練習でしっかりバタ足を意識すれば、よくなると思うな。私はあんまり詳しくないけど、瑛人とか昔からトライアスロンやってるから、聞いてみたら?」
「そうですね……わざわざありがとうございます。今度、聞いてみます」
「うん。おつかれさま」
……いい先輩だと思う。
僕はさっさと着替えを済ませ、プールサイドを裸足で駆け抜ける。
そのまま教室へ向かった。三限目は、たしか五号棟だったはず。
運動したのに、昼ご飯を食べていないせいで、脳に送られるエネルギーが不足している。
このままじゃ、きっと寝てしまう。
教授には悪いけれど、また個別にお願いするしかない。
……そういえば試合まであと1ヶ月か。
髪も伸びてきた。
試合前に、散髪に行きたい。
……三日前くらいに行こうなか。




