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 僕はいま、虫と格闘している。

 いや、正確に言うなら──虫と対峙している。


 あの生き物の手は、人間のそれとは違う。突き刺すような棘の感触、硬質な外殻のざらつき。見るだけで背筋がざわつく。どこを見ているのか分からない空虚な眼もまた、嫌悪を掻き立てる。では、幼虫のように柔らかい眼差しや足であればいいのかと問われれば、そういうわけでもない。結局のところ、僕は虫が嫌いなのだ。


 そして今、駐輪所で僕の自転車に纏わりつく一体の虫を前に立ち尽くしている。あと4歩進めばむこうも気づくだろるギリギリの境界線に僕はいる。

 いつもならここで自転車にまたがり、駅まで漕ぎ出すのが通学の習慣だ。けれど今日は違う。


 黒と黄色の縞模様に覆われ、縦横無尽に空気を切り裂く急旋回。見るからに危険な姿──そう、スズメバチだ。鋭利な針を備えた、空の暴君。だが幸運なことに、僕には「勇気」がある。丸腰でも挑もうとする愚直な勇気が。


 ブーン、と低い羽音が耳を震わせる。

 ……やめた。今日は歩いて行こう。

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