1 プロローグ
飢えを知らず
重い病を知らず
戦争を知らず
愛を知らない
だからこんなに退屈なのだ
退屈が僕を殺す
殺されるのを待つより 僕は自ら死を選ぶ
死だけが僕を退屈から解放するものだ
こんな遺書を残して十一歳の少年が自殺したのはちょうど一年前だった。
著名な大学教授の息子だった彼の死は、連日ワイドショーを賑わせた。
こんな理由で死ぬのか、と嘆いた教育評論家がいた。
児童心理の見地から言えば、と訳知り顔で解説した心理学者がいた。
色々な立場の人たちが彼の死について語っていたけれど、一つとして納得できる意見はなかった。
彼の、ごく個人的な死の理由に他人が土足で踏み込んでいく不愉快さばかりが目立った。
多感で実年齢よりずっと早熟だったという彼。だからこそ同世代の子たちには見えない何かを見てしまった果てのことだったのかもしれない。
私より三つも年下の彼が死を選択した心情は分からない。けれど『殺されそうな退屈』は何となく分かる気がした。
毎日同じ家に寝起きして、同じ道を通って同じ顔ぶれの学校と塾に通い、昨日もどこかで聞いたような話に囲まれ、今日の続きの明日を待つ。私が私である限り、私が私を逸脱しない限り、繰り返される代わり映えのない日々。
世間一般では平穏な日常と呼ばれるそれを『退屈』と言うのなら。
彼の死に対して「恵まれた者の甘えだ」と憤慨したのは、国際ボランティア活動をしている青年だった。
世界には飢えや戦争で生きたくても生きられない子供がどれほどいるか。
平和で豊かなこの国にいて退屈だと嘆く暇があったなら、飢餓に喘ぐ子供たちの現状を写した写真展へ行け。広島か長崎の原爆記念館へ行け。
そうしたらそんな馬鹿げたセリフは絶対に吐けないはずだ――と。
世界の惨状をその目で見てきた青年の怒りは、まっとうな正義だっただろう。
けれど、聡明だった少年はそんな批判は全て承知していたと私は思う。それでも彼には死が解放だったのだ。逃避という言葉を使わなかったのは、逃げると言えない最後の矜持であったのかもしれない。
でも、解放だろうと逃避だろうと今ここから、この場所から自分の意思で去った彼は私よりずっとましな人間だった。
少なくとも彼は、自分一人の世界を終わらせただけで、道連れも世界の滅亡も望まなかった。
それに比べて私は自分で去る強い意志も持たず、ただ密かに願っているだけだった。そして、待っているだけだった。
この世の、私を含めた唐突な終焉を。