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「風鈴彼女」  作者: でふ
第六羽
9/10

一通の手紙が導く約束の地

「――君は…」

 僕――逢間は青いワンピースを着た少女に声をかけた。少女の左右には赤いのぼり旗が幾層にも掲げてあり、その後方には江の島神社の拝殿が見えた。少女を取り巻く風鈴が一斉に鳴り響く。僕は思わず身が引き締まる思いがした。

「――手紙、届いてよかった」

 少女はそう言って近くに駆けよってきた。僕は目を瞬かせつつ、少女の顔立ちを見た。

「……もしかして、鈴音?」

「そうだよ。お久しぶり!」

 少女は鈴音だった。整った顔立ちはどこか面影があるが、身長はかなり伸びていて僕より少し小さい程度であった。くりくりとした瞳で覗き込んでくる鈴音の素振りは昔と何も変わっていなかった。

「…背、結構大きくなったね」

 手のひらを僕の頭の上に乗せて自身との身長差を図っていた鈴音を見て、僕は思わず安堵して肩をすくめた。

「まあまあね。鈴音も美人になったじゃん」

「そういうのは彼女に言いなさいよね」

 鈴音からの小粋なトークを聞きながら、童心に帰った気がした。

「それにしてもよくここにいるってわかったね? 色々探そうとしていたんだけど」

「だいたいわかるよ。行くところなんて」

 鈴音はそう言って僕の手のひらを取って驚いて見せた。

「貝のブレスレット! やっぱり付けてきてくれてたんだ!」

 そう目を輝かせつつ僕の顔を覗き込む鈴音は昔からどうにしたってモテてたよな、と思い返す。そうやってところ構わずスキンシップをするものだからクラスメイトの男子から絶大な人気があったのだ。

「まあね。やっぱこれお守りなんでしょう?」

「そりゃあもちろん!」

 と言い始めたところで鈴音は突然僕の手をパッと放した。鈴音を見るといつの間にか自然と僕から距離を取っている。何事だ⁉ と思ったその時、後方から「お待たせ~」という声がした。

 振り返るとカリンさんがハンカチで手を拭いながら近寄って来る。僕は一瞬バツが悪い顔をした。

「そちらの方は……?」

 カリンさんが訝しそうな声色を出しながら僕の隣に立つ。どう言えばいいのか思案している僕を余所に、鈴音はあっけらかんとした声を出して自己紹介をし出した。

「はじめまして、風鳴鈴音(かぜなりすずね)です。彼の小学生の頃の同級生になります。偶然見かけたので思わず声を掛けてしまいました」

 そう言って鈴音が軽く頭を下げた。横目でカリンさんを見ると、ふんふん言いながらこっちを見てくる。僕もたまらず事情を説明し出す。

「鈴音は小学校時代の同級生なんだよ。関西に引っ越す前までは関東に住んでいたからさ、その頃の幼馴染ってやつだよ」

 そこまで言いつつ、幼馴染の下りは言わなくても良かったかな、と思い説明を急いで追加する。

「…本当に偶然、さっき出会ってさ、話してたところなんだよ」

 カリンさんの表情は読めない。読めないがその代わり丁寧にお辞儀をし出した。

「こちらこそはじめまして。桃咲カリンです」

「…え、桃咲カリンさんってあの女優の?!」

 鈴音が目を丸くして「知ってます知ってます」と捲くし立てた。カリンさんも「え、知られてたの? いつの間に?! ありがとう!」と言って二人の間に共同戦線が引かれたようで僕はまた安堵するのであった。


「ところで、二人とも貝のブレスレット付けてるんですね」

 鈴音がゆっくりとそう言う。

「さっき出店で買いました」

 カリンさんはそう言いつつ、鈴音は貝を持っていないことに気付いたのか、「鈴音さんは持っていないんですね、貝」と言葉を濁した。

「私はネックレス付けていますよ」

 そう言ってワンピースの下から貝の付いたネックレスを取り出す。ネックレスにはキラリと光る貝が付いていた。

「……やっぱり伝承って本当なんでしょうか?」

 不安そうに質問するカリンさんに鈴音が「では、説明しますね」となだめるようにゆっくりと言葉を発した。

「…この地の伝承は本当です。これからまさに例祭が行われて「龍鎮の舞」が行われます。そのための儀式に海龍の青い鱗の証が必要なんです」

「でも、証を持っていない人はどうなりますか…? もし海龍伝説が本当なら、人々は龍の雄叫びによって大変な目に遭ってしまうのではないですか…?」

 カリンさんの意見はごもっともだった。僕も鈴音を見る。

「そのために風鈴があるんです!」

 鈴音はそう言って鳴り響く風鈴を仰いだ。

「風鈴は海龍からの魔除けを意味します。海龍からの咆哮を下げることができるのが風鈴の音色なのです。だから神奈川中に風鈴が吊るされているんです!」

 僕はそう言われてはた、と気づいた。今までの通過した駅や出店中に風鈴が飾られていたことを。

「…海龍伝説が本当なことを証明しましょう。二人とも証のブレスレットをしていますね。貝を身に付けた者だけがこの季節になると上空を飛ぶ海龍を見ることができるの。ほら…」

 鈴音はそう言って空を見上げた。釣られて上空を見上げた僕らはぎょっとした。天空の遥か上空の帯電している漆黒の雲の中に、大きな龍がゆっくりと逆巻いていることに…。その大きな龍が島上空に停滞していることに…。

 生唾を飲んだ僕の手にカリンさんの手が握り返してくる。そして、鈴音はゆっくりと言葉を吐いた。

「今夜が祭りです」


 僕らはその後、鈴音から電話番号が記載されている名刺を渡されてしまった。真実を知ってしまったから念のため、だそうだ。名刺には「神奈川県神社庁」の文字が記載されていた。

「一旦島から出た方がいい!」

 鈴音はそう言って僕ら二人を港町まで誘導した。鈴音に促されるまま島から脱出を図る僕ら三人以外、神社の境内にも参道の道中の出店や屋台にも人影は見つからなかった。島を駆け降りる最中、風鈴は早くこの島から立ち去れ…と言わんばかりに反響しており、風鳴りと相まって心をざわつかせた。

「鈴音さんは、大丈夫なの?!」

 港町まで辿り着いたカリンさんが後方にいる鈴音に声を掛ける。汽笛が2回鳴る。巡回船に無理やりに乗せられた僕らは島から引きはがされてしまっていた。

「私は大丈夫だから!」

 鈴音はそう言って船を海へ出した。

「行って!」

 吹きすさぶ嵐の中、島の上空からカモメたちが一斉に離れていく。暗く垂れ込んだ雲からは時折海龍の長い胴体が顔を出していた。その海龍の鱗一枚一枚がギラギラと光を放っており、暗雲からは雷がほとばしっていた。


 僕は船に乗りながらひとり海龍に立ち向かわんとする鈴音をただ茫然と見送ることしかできなかった。





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