男女8人夏物語<前編>
駅の改札口を抜けると眼が眩むほどの眩しさが飛び込んできた。真っ白な駅舎の向こうに広がる空はまるで絵に描いたような青空であった。
――潮の匂い、セミの声、波の音。
全部が”夏のフルコース”のように僕らを迎えてくれたのである。
ここは片瀬江ノ島駅。江ノ島電鉄で乗り入れる終点であり、旅の目的地でもある。
「うわ、ほんまに竜宮城みたいだな!」
中谷が駅舎を見上げて感動している。
「観光案内に”竜宮城モチーフ”ってちゃんと書いてあるっす」
長代は駅舎のそばに置いてあるパンフレットをしげしげと見ながらそう言った。
「そういう説明はいいから、感性で楽しもうぜ」
僕は笑いながらも自然と足を止めていた。その理由は潮風に交じってあの四人組の笑い声が聞こえてきたからだ。
「なあ、これって……完全につけられているよな?」
短澤がひそひそ声で言った。
「うん、そうやな。てか、隠れてる気ないやろ」
中谷が小声で返す。
僕も思わず後ろを振り返る。振り返って確認する場所はホームの端の改札の柱の陰になっているところだ。そこに妙に不自然な位置で日傘を差して立っている女性がいる。そして、その背後には3人の女子が誰がどう見ても”身を潜めているポーズ”をしている……。観光地でそれをやるとぶっちゃけ余計目立つんだよな、と思いながらも目線を合わすためにその四人組を凝視した。
「…あ、目が合った」
長代が呟いた瞬間、彼女たちが出てきた。無理に隠れるでもなく、でも明らかに”観察していた側の空気”を纏っていた四人組の女性たちがまるで「バレてしまったら仕方ない」とでも言うかのように自然な足取りでこちらに近づいてくるではないか。
「ふふっ。やっぱり、バレてた?」
最初に笑ったのはカリンさんであった。髪を耳にかき上げながら整った口元で控えめに笑うその姿にはどこか清楚さが漂う。真っ白なワンピース姿に麦わら帽子、ヒールリボンサンダルというとんでもなくメインヒロイン感が半端ない服装をしている彼女の視線がまっすぐに僕を射抜いてきて、僕はドキドキを隠せない。
彼女は桃咲カリンという。ついこないだまで南部中央学園の女子高生だった女性であり、現在は舞台女優として名を馳せている。去年の夏に南中学園の白鳥の門で出会ってからこうして丸一年が経過しようとしている。その間、学園祭や文化祭、卒業式とすったもんだいろいろなことがあったのだが、僕とカリンさんの関係は相変わらずそこそこと言った関係である。ぶっちゃけると僕からの片思い感がすごいのだが、彼女からの冬の一言、「まだ、だめかな」の「まだ」の部分に期待を寄せているのである。
「尾行なんてしてないよ~。偶然偶然」
ピンクのファンシーレースミニワンピースに厚底ストラップシューズという服装のツインテール女子、花音さんがわざとらしくウィンクをして中谷の方に擦り寄る。その小悪魔的な笑顔に中谷は咳払い一つで耐えたけど、耳が見事に赤くなっていた。
彼女は苺森花音という。同じくついこないだまで南部中央学園の女子高生であった女性であり、現在は大学一年生。中谷の想い人である。服装はいわゆる量産型ファッションであり、中谷が言うには彼女はツンデレ属性がひどいのだと言う。
「ついていったら楽しそうだったからね!」
ニコニコ顔で口にしたのはショートカットの彩花さんであった。黄色のオーバーサイズTシャツにレギンスパンツ、スニーカーにキャップという組み合わせのいわゆるメンズライク系の服装をした彼女は少し首を傾げながら長代の隣にふわりと立つ。そのスポーティーかつ天然っぽいところに長代は戸惑った表情を見せるが、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
彼女は柚木彩花という。同じくついこないだまで南部中央学園の女子高生であった女性であり、現在は大学一年生。長代の想い人である。長代とは既にカップルになっていそうだと傍からは見えるのだが、長代本人が言うところには彩花さんは想像以上に幼いらしく、基本的に脳内お花畑なのでふたりの関係性の進捗が見えないのだという。
「まあまあ、せっかくここまで来たんだし、みんなで海行こうよ」
落ち着いた声で締めくくったのは黒髪長髪の沙良さんであった。トップスを薄緑色のカットソーに白のフレアスカート、黒のアンクルストラップサンダルという服装をした沙良さんの第一印象は四人の中でも一番大人びて見えてしまう。その彼女がまるでお姉さんのように短澤の肩をぽんっと叩く。「え?まじで一緒に?」と短澤が目を丸くしながら声を出したが、沙良さんは微笑んだままであった。
彼女は梨城沙良という。同じくついこないだまで南部中央学園の女子高生であった女性であり、現在は大学一年生。短澤の想い人である。僕らが高2だからかもしれないが四人の中では一番お姉さんに見えてしまう。短澤の野望としては大型二輪に二ケツでドライブに行くのが目下の目標なのだという。
この桃咲家、苺森家、柚木家、梨城家が南部中央学園では果物四天王と名高い名家だったりするのだが、その話はまた別の機会にすることにして、なんなのだこの展開は……まるでドラマかアニメなのかと内心ツッコミを入れつつ、新横浜駅辺りから僕は心の中でなんとなくこうなるだろうな、という予感がしていた。
偶然を装った再会。
しかし、それは本当に偶然の産物なのだろうか。たぶん、誰かの意図された再会だったのだろう。
「じゃ、行こっか」
カリンさんが一歩前へ出て、潮風の中、スカートの裾を揺らした。その笑顔と必ず出会おうとする強引さに僕は言葉を失ってしまった。そして、気づけば彼女の背中を目で追っていたのだ。