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「風鈴彼女」  作者: でふ
第一羽
2/10

男たちの再起動(リブート)

 窓の外を流れる景色が、だんだんと見知らぬものに変わっていく。窓の向こうに広がる水田が、日差しに反射して銀色に光っていた。まるで今までの毎日を洗い流すみたいに新幹線は滑らかに東に向かっている。東海道新幹線の車内、自由席の四人掛け。僕たち四人の男子高校生は関西の喧騒を背に、湘南の海に浮かぶ孤島、江の島に向かっていた。

「それにしても湘南って何があるんだ?」

 一番おしゃべりな中谷(なかや)が駅構内で買ったサンドイッチを頬張りながら言った。中谷とは同じ高校のクラスメイトの一人であり、この四人の中心人物的ポジションに位置している。そんな彼から話題を投げられたものだから、ぼけっと風景を眺めていた僕は急に現実に強制覚醒させられた。

「夏の湘南って言ったら、ほら、江の島とか海の家とか、あの有名な灯台とかがあるっすね」

 隣のクラスに在籍しているアニメ映画オタクの長代(ながしろ)が本を読みながらすかさず答える。長代は知識通であると思う。学内の試験結果もトップクラスの彼はその中でもずば抜けてオタク方面に向けてのエッジが鋭い。そんな彼が、「この作品、最近長編映画化もしたっすね」そう言いつつ読んでいる本の表紙を見せると有名なライトノベルであった。なるほど、これが映画化したのね。僕はスマホを取り出し映画化したタイトルの公式ホームページを見つつ、「湘南 グルメ」で検索をかけていた。

「しらす丼にしらすバーガーもあるよ」

 なぜかしらすが多くてさ、何でもかんでもしらすなんだよ。

「グルメに目がないな」

 短澤(たんざわ)がそう言いつつコーヒーボトルに口を近づけていた。同じクラスメイトの短澤はなかなかに中毒癖のある男であった。タバコしかりバイクしかり、最近はカフェイン中毒に陥っていてコーヒーをよく飲むようになっている。このまま成人すれば酒浸りになりギャンブル中毒にでもなるんじゃないのかと想像してしまうが、流石にそのことは本人には言えない。

「でもさ、海の家って言えばさ、水着のお姉さんとかいるわけじゃん」

 中谷がニヤニヤしながら言いかけたところで、飲んでいる途中のボトルを脇に置いた短澤が咳払いを一つした。

「観光地なんだから、そういうことだけ考えるのはやめろ。江の島は歴史もあるし、弁財天も祀られているし、展望灯台からの景色は絶景らしいぞ」

「お、ガイドブックか。よし、じゃあこの旅のしおりは短澤に任せるわ」

「いや、そういうのは逢間の方が得意だろ。むしろ地元なんだろうし」

 突然のキラーパスに驚きつつ、この旅の発起人は僕だったことを思い出す。

「それもそうなんだけど、まずは腹ごしらえが先じゃない? 久しぶりに湘南バーガー食べたくなったし」

「確かに腹空かしておいた方がいいな。湘南が北高よりも暑くないことを祈るわ」

 中谷が座席にもたれて扇子をパタパタと仰ぎ始めた。

 北部北高校、関西の中で山脈の峰にある高校であり、僕ら四人の通っている母校である。通称:北高の名称で近隣府県からは恐れられ、部活動はない文化祭もないのないない尽くしの県内屈指の進学校である。その高校が峰にあるものだから真夏の日差しの照りつき具合の酷さといったら筆舌に尽くしがたいほどであった。

「夏の湘南って、砂浜が熱すぎて地面歩けないってマジなん?」

「そんなこと知るかよ。けど夏の風物詩って言えば、江の島の花火大会とか、海岸線の夕焼けとか…めっちゃロマンチックらしいぞ」

 いやに詳しい短澤を余所に、中谷は笑いながら、「お、ロマンチックって……告白タイムってやつだろ。俺らもしたよなー」などと言いながら空になったコンビニ袋をガサゴソとしまう。

 中谷の最後の台詞を聞きながら、僕らは窓の外に目をやった。いつの間にか霊峰富士の山を過ぎ去っている。もうそろそろ静岡も通り越す辺りのようだった。


 告白タイム、それに近しいことをついこないだしたばかりの僕たちにとって、今回の旅は完全なる男旅であった。お互いの胸中を察するべくもなく、儚く散りに散り切った四人の男子高校生にとって日々の悩みからの解放を意味している。

 といっても、その悩みの根源は男女関係であり、去年の夏から始まる南部中央学園の四人の女子高生たちとの関係性に端を発していた。一人は高校卒業後そのまま舞台女優になり、他の三人はそれぞれ華の大学に進学していたのだ。つまるところ彼女たちは高校を卒業してしまい、高校二年生の僕らは宙ぶらりんのまま、各々彼女たちを今年の夏祭りに誘い、「予定があるから」の一言で玉砕をしたのである。そんなあまりにも現実(リアル)すぎる現実を直視できず、浪漫溢れる夏の江の島旅行に舵を切ったという一切合切の経緯も含めて、それぞれ感じる傷心は深く抉らないを僕ら四人は暗黙の了解にしているのである。そのため、中谷の一言を聞いても僕らは蒸し返さない、詮索しないの一点張りであった。

 というのがこの夏の大型連休中の旅行の建前であり、何かしらのロマンチックなひと夏の恋でもしてみたい、というのが本音である。僕も僕で今年の春から始めた脚本家への道のために先生(ホトトギス)から出されたお題目である新しい夏の恋愛の脚本を書く題材探しに打ってつけの旅行であると思っているし、何より初夏に届いた一通の手紙の差出人に会いに行くにはこの旅行をフルに活用しない手はない、と考えている。

 そんな各々の胸中が入り混じる夏の東海道新幹線の中で、湘南の観光地巡りやグルメの話題に花を咲かせるのは自然なことであった。


「で、差出人の女の子のことは覚えているんっすか?」

 新幹線がトンネルに差し掛かった辺りでふいに長代が僕の今回の旅の真意を聞いてきた。

「…覚えているよ。小学校時代の幼馴染なんだけど、あの頃と比べて背丈もずいぶん変わっているだろうし面影があるかどうかはわからないけど」

「写真もないんじゃ探すのなかなか難儀そうだな…」

「唯一の手掛かりはゆかりのある土地での思い出の場所、なんだろうな…」

 中谷と短澤が目線を窓の外から車内に移す。

「それもそうなんだよな…」

 僕は再度窓の外に目線を移した。暗いトンネルの中を新幹線が高速で駆け抜けている。はてさて、僕は本当に手紙の差出人に出会えるのだろうか。

「まあ、旅行を思い出の場所巡りに使うのもありだとは思うっす。ガイドは逢間しかいないんだし」

 長代や中谷、短澤はそう言って、うんうん頷いてくれた。彼ら三人は関西から出たことがないそうだ。だからこそ関東を知っている人間が関東の魅力を伝えないことには旅行ガイドの意味がないということになる。

「…正味面白ければなんでもいいんだけどな」

「それはそう!」

「それでこそ男旅!」

 三人からのチャチャを入れられつつ、僕は「しんみりするのはこれでお終い!」と宣言した。新幹線がトンネルを抜けたことを表すゴオッという音が窓から響き、車内アナウンスで間もなく新横浜に到着することを伝えられる。僕らは目配せをしつつ荷物を取り出した。

「いよいよ神奈川か」

 リュックサックを背負う僕ら四人が座席を立ち、車内の前方に向かって歩を進める。期待と興奮を滲ませる僕らを余所に、その後方では深々と帽子を被った四人組がこそこそと話しながら座席を後にしていた。




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