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「風鈴彼女」  作者: でふ
第七羽

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10/11

湘南逃避行

 巡回船から降りて海岸沿いの桟橋に辿り着いた僕ら二人は恐る恐る江の島の方角を見た。島上空には暗雲が立ちこんでおり、その周辺の海は荒れ、雷雨が鳴り響いている。

「…まだ見えるね、海龍」

 カリンさんはそう言って自身の右腕に嵌めてあるブレスレットを掴んだ。天空の雲間で逆巻く海龍を見ながら僕は「みんなの元に行こう」と言って彼女の腕を引っ張る。カリンさんは何か言いたそうだったが、僕は問答無用で彼女を連れ帰ることにした。

 片瀬東浜では曇り空が広がっており、ビーチの観光客はまばらだった。僕ら二人は砂浜の上を海の家目がけて駆けて行った。


 海の家ではいつメン含めた男女三人組がジンジャーエール片手に談笑を楽しんでいる様だった。

「お、来たか」

「何やら天候が一気に悪くなって困ったっす」

「そっちはどうだった?」

 男たちからの出迎えを尻目に僕は急いでこの場を離れることを提案する。

「話は後だ。今は安全な場所に身を移そう」

カリンさんは女子大生グループ三人組に囲まれて息も絶え絶えの様子だ。

「でもさぁ~、俺らホテルも取ってなくね?」

 中谷が酔っぱらっているかのような口ぶりでグラスを机に置く。ジンジャーエールで? 本当にシラフなのか? と疑いたくなる男である。

「それもそうっすね。近場のホテルか民宿探すっす」

 長代はスマホを取り出して何やら宿探しに躍起だ。

「…なんかあったんだな、逢間」

 短澤だけは嫌に冷静で腕を組みつつどっしりとしていた。

 あまりにも三者三様過ぎてここで話してしまおうかと思ったが、女の子たちグループにまで不安が広がると色々とめんどくさいことになりそうな予感がした僕は、まず先に海の家の天井に吊るされている風鈴を確認した。風鈴は江の島方向に向かって揺れながら音色を鳴らしている。胸を撫でおろしたのもの束の間、カリンさんが女子大生グループと何やら話し合い、男たちの会話に割って入ってきた。

「それなら藤沢駅の方にホテルがあるからそっちに行こうよ。予約ならすぐ取れるから」

 女の子たちのうんうん言う頷きに促されるまま、僕は覚悟を決めた。

「全員、タクシーで行こう」


 タクシー乗り場で男女別に二台のタクシーに乗り込むことにした僕ら8人組はそれぞれ4人組に別れ、先行を女子組、後方を男子組でタクシーに乗り込むことにする。男同士道中何も言わずに乗り続けたのは江の島で何かあったのだろうという暗黙の了解のためだったのだろう。

 窓側の座席に乗り込んだ僕は海岸線を見る。海岸線には夕日が落ち、海は逆立っていた。僕はひた走るタクシー車内で江の島に残る鈴音のことばかり心配していた。

 タクシーが湘南海岸を離れ、郊外から都心に向かい、午前中に通った藤沢駅の近くを通過した頃には空の色はどっしりと黒ずんでいて、陽は落ちていた。

 なんとも言えない焦燥感を胸にタクシーを降りようとする寸前、運転席には小さな風鈴モチーフのキーホルダーがぶら下げてあるのが目に付いて脳裏から離れなかった。


 ホテルに付き、大部屋を2つ貸し切る。

 女子グループに「18時になったら一階のレストランに集合しよう」とだけ言って男子部屋に潜りこんだ僕は男メンツ全員が部屋に入るのを待って先ほどまでの事のあらましを説明することにする。三人とも半信半疑で聞いていたが、何度が頷きつつ不安そうな顔をしていた。

「…それでそれで?」

「そんなことがあったんすね」

「大変なことになったな…」

 話している最中に三人から合いの手が入るものだから、僕もいつになく饒舌に細部に至るまで話してしまう。ただ、カリンさんと経験した江の島での伝承話をし終えた後、僕は押し黙ってしまった。

 この後、自分はどうすればいい?

 鈴音を一人残して去ってしまったけれど、僕には何ができるのだろう…。

「…それで、逢間は鈴音さんを一人にしておいていいのか?」

 話を聞き終えた後の短澤の言葉が胸に刺さる。

「かと言って女の子たちを巻き込むわけにはいかないしな」

 中谷の発言が心に沁みる。

「逢間は、どうしたいっすか?」

 長代の台詞が胸に響いた。

「僕は……」

 僕はどうしたいんだろう。その続きを言いかけたところで扉にノックが入った。

「もう18時とっくに過ぎているよ~。早く下来て~」

 女子たちが呼びに来たのだろう。僕ら四人は互いに目配せをしつつ「今行くわ」と言って部屋を後にした。


 藤沢ホテルの1階にはホテル専用のレストランがあった。そのレストランの8人掛けの長テーブルにそれぞれカリン・僕、彩花・長代、花音・中谷、沙良・短澤ペアの順で腰かけた後、僕らはそれぞれ注文済みのディナーコースに舌鼓を打つ他なかった。コースは果物四天王が先んじて決めていたのか、夏のフルコース贅沢盛りであった。理由を聞くと、何事も英気を養わないと、というのが彼女たちの総意だったらしい。

 食事中に変に不安がらせたくなかった僕はたわいもない話を周囲に振りまく。話をしながらカリンさんを見ると、腕に付けていた貝のブレスレットを外してテーブルの上に置いていた。

「…あんまり気にし過ぎてもいけないかなって」

 そう言うカリンさんの表情は温かい食事のお陰か多少頬が緩んでいた。

 僕も考えすぎは良くない、と心の中で自分に言い聞かせてブレスレットを外そうしたその時、ウェイターの注いでいる飲み物をこぼしたふとした拍子に皆が驚いてテーブルが揺れ、ブレスレットは地面に落下してしまった。

 ――パリン。

 割れた音が鳴り、僕とカリンさんが恐る恐る地面を見ると、ブレスレットの貝部分が見事に割れてしまっていた。

「ど、どうしよう…」

 カリンさんが悲しそうな声を出した瞬間、突如としてレストラン中に地鳴りが響き渡った。思わずカリンさんの両耳を塞ぐ。その次の瞬間、ポケットに入れていたスマホがけたたましく鳴り始めた。

「…嘘だろ。竜巻警報が発令されたぞ」

 中谷がスマホの内容にいち早く気付き、スマホ画面を僕らに見せてくる。

 嫌な予感がする…。

 ホテルの外を見ると、逆巻く龍の胴体が上空の雲間から見えてしまった…。

「……海龍が来た!!」

 長代や中谷、短澤も窓の外を見るが何も見えないと言い出す。

 そうだ、このブレスレットをしている人に”だけ”見えるんだった。

 僕は急いでブレスレットを外し、カリンさんの右腕に輪を通し、江の島でもらった名刺を取り出してスマホに番号を打ち込んだ。カリンさんの悲鳴が聞こえる中、ツーコールで電話主が出て、応答に応えてくれた。

「鈴音か! 今、藤沢に龍がいるんだ!」

「なんで島から海龍が離れてしまったの?! もしかして何かした?」

 鈴音の声も嵐の中の音声のように聞こえる。

「さっきブレスレットの貝が割れてしまって…それで…」

「ええ?! ああ…、そういうことね。ブレスレットが割れたっていうのはどっち?」

 鈴音の発する言葉の意図が分からなかったが、僕は状況説明として簡易に「…カリンさんのブレスレットの貝が割れたんだ」と伝えた。

「それなら桃咲さんを連れて江の島まで来て! 江の島で彼女に舞を踊ってもらわないと海龍が鎮まらないの!」

 僕は思わず、ええ…という声を出してしまう。

 行くって言っても貝のブレスレットは一つしかないんだよ。

「それなら風鈴をひとつ携えてきて! 風に風鈴をたなびかせて音を出せば海龍を江の島まで誘導できるはず!」

 僕は、分かった。急いでいく。と言って電話を切り、泣きそうなカリンさんを連れてホテルの外に向かおうとした。

「短澤、ここらでバイク借りれる場所ってあるか?」

「状況は理解したぞ。任せとけ」

 短澤はホテルのフロントカウンターに駆け寄り、即効でキーを携えて僕らの元に駆け寄ってきた。

「ほら、運転だけは気を付けろよ」

 キーを受け取り、ホテルのロビーに向かおうとしたその時、後ろから続け様に二度声がかかった。

「風鈴! 忘れてるっす!」

「メット忘れんな!」

 いつメンの気遣いにジーンときた僕は感謝を言葉にする。

「短澤、長代、中谷。恩に着るわ」


 ホテルの駐車場にて僕はカリンさんにヘルメットを渡す。そして僕が運転する際中に後部座席で風鈴を鳴らすように指示をした。

「ブレスレットはしてあるよね!?」

 原付バイクにニケツした僕は後部座席に乗るカリンさんを振り返る。彼女が心配だったからだ。

「…もちろん!!」

 僕はバイクのエンジンを吹かした。

「しっかり掴まっててね!」

 夕闇の中をニケツの原付が猛スピードで江の島目指して飛び出していく。カリンさんは後方で風鈴を風にたなびかせまくり、風鈴とは思えないほどけたたましい音が夜の街に鳴り響いた。

「…海龍が気付いた!」

 後方から響く声を頼りにサイドミラーを見ると、海龍がのそりと胴体を揺らして僕ら二人を追いかけてくるのが目に入る。

「早く! スピード上げて!」

 後方からカリンさんの声が鳴る。けたたましいサイレン音のような風鈴の音を聞きつつ、僕は全速力で江の島目指して原付をかっ飛ばしていった。




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