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第17章:雪の日の残像

 季節は巡り、冬が訪れた。ある朝、目を覚ますと、窓の外は一面の銀世界に変わっていた。夜の間に降り積もった雪が、音という音を吸い込み、街全体を深い静寂で包み込んでいる。太陽の光が雪に反射し、室内まで明るく照らしていた。


 その日は週末で、学校は休みだった。けれど、六人は約束したわけでもないのに、自然と「開かずの間」に集まっていた。窓の外の雪景色を眺めるため、あるいは、ただこの温かい場所で、仲間たちと静かな時間を共有したかったのかもしれない。


 部屋の中は、ストーブが焚かれ、穏やかな暖かさに満ちていた。窓ガラスには、吐く息で白い曇りができ、指でなぞると、外の景色が歪んで見える。


 しいなは、窓際の椅子に座り、雪に覆われた中庭を眺めていた。降り積もった雪は、あらゆるものの輪郭を曖昧にし、世界を一枚の白いカンバスに変えている。それは、しいなが時折感じる、現実と幻想の境界が溶け合う感覚に似ていた。けれど、以前のような不安や心細さはなく、ただ静かで美しいものとして、その光景を受け入れることができていた。隣には、ことはが静かに寄り添い、同じ景色を眺めている。言葉はなくても、二人の間には温かい共感が流れていた。


 玲とみのりは、ストーブの近くで、編み物をしていた。みのりが玲に教えているようだ。玲は、不慣れな手つきで棒針を動かし、時々「あー! 目が落ちた!」と声を上げている。みのりは、それを優しく笑いながら直してあげる。そのやり取りは、姉妹のように自然で、微笑ましい。玲が、かつて隠していた「女の子らしい」側面を、こんなにも屈託なく見せられるようになっている。みのりが、無理のない、穏やかな笑顔でそれを受け止めている。二人の変化が、温かい部屋の空気の中で、確かな形になっているようだった。


 澪とアカリは、部屋の隅で、古いフィルム缶を整理していた。あの日、不思議な映像を映し出したフィルム。あれ以来、二人は時々、他のフィルムも調べてみていたが、どれも風景や記録映像ばかりで、あの時のような奇妙な現象は起こらなかった。

 「結局、あのフィルムだけが特別だった、ということか」澪が呟く。

 「……なんか、あの部屋自体が、あの時だけ特別だったのかも」アカリが小さな声で答える。

 二人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。論理では説明できないけれど、確かに共有したあの不思議な体験。それは、二人にとっても、忘れられない記憶となっていた。


 雪は、しんしんと降り続いている。時が止まったかのような、静かな午後。

 ふと、しいなが呟いた。

 「……去年の今頃は、まだ、みんなのこと、全然知らなかったな」


 その言葉に、他のメンバーもそれぞれの場所で動きを止め、窓の外へと視線を向けた。

 確かに、そうだ。ほんの一年足らず前は、互いに遠い存在だった。それぞれの世界に閉じこもり、孤独や葛藤を抱えながら、すれ違うだけの日々。それが、この「開かずの間」という場所で出会い、様々な出来事を経て、今、こうして同じ景色を眺めている。


 たくさんのことがあった。嬉しいことも、楽しいことも、そして、傷つけ合い、涙したことも。それら全てが、まるで雪の上に残る足跡のように、彼女たちの心に刻まれている。消すことのできない、大切な記憶。


 「……なんか、あっという間だったね」玲が、編み物から顔を上げて言った。

 「うん。色々なことがありすぎて」みのりも頷く。


 「多くの変数が導入され、複雑な相互作用が生じた。結果として、初期状態からは予測不能な平衡状態に達した、と言えるだろう」澪が冷静に分析する。

 「……つまり、いろいろあったけど、今はなんかいい感じ、ってことですよね?」アカリが恐る恐る尋ねる。

 「……まあ、そう解釈してもいい」澪は、少しだけ表情を和らげた。


 ことはは、黙って窓の外を見つめていた。雪景色の中に、これまでの出来事が、まるで走馬灯のように浮かんでくるようだった。雨の日の押し花、夏の夜のフィルム、秋の日の和解……。一つ一つの記憶が、今の自分たちを形作っている。失われたもの、変わってしまったものもあるけれど、それ以上に、得たものの大きさを感じていた。


 しんしんと降り積もる雪は、過去の記憶を優しく覆い隠していくかのようだ。けれど、それは忘却ではない。雪の下で、春を待つ草木のように、記憶は残り続け、未来へと繋がっていく。


 この静かな雪の日に感じる、確かな絆と、穏やかな幸福感。それは、永遠ではないかもしれない。季節が巡れば、また新しい風が吹き、景色は変わっていくのだろう。けれど、今、この瞬間に感じている温かさは、真実だ。


 窓ガラスに映る、六人の少女たちの姿。それは、一年前とは違う、少しだけ大人びて、少しだけ強くなった、彼女たちの現在の姿だった。雪景色の中に浮かぶ、その淡い残像は、過ぎ去った時間への愛惜と、これから訪れる未来への静かな予感を、同時に映し出しているかのようだった。

 冬の日は、まだ長く、静かに続いていく。

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