失政の秘密
「なあ、最近の政治って何かおかしくないか?」
駅前のボロい居酒屋。新聞記者の吉沢は、お猪口に入った燗酒を飲み干すと、テーブルの向かいに座る学生時代の後輩、公務員の大野にそう話しかけた。
大野がつまらなそうな顔で枝豆に手を伸ばしながら答えた。
「そうですか? 元々こんなものだと思いますよ? 先輩は政治に夢を見過ぎですよ」
大野が食べ終わった枝豆のサヤを小皿に投げ入れた。吉沢が苦笑しながら話を続ける。
「公務員のお前がそんなこと言うなよな……まあ、我が国の政治は昔から誉められたもんじゃないかもしれんが、以前はまだこの国を良くしようという矜持が感じられる施策が度々打ち上げられていたぞ? あ、お兄さん、燗酒もう1本!」
吉沢は、話の途中で店員に注文すると、居酒屋の壁際に置かれたテレビを眺めた。
テレビでは、とある法案についての国会審議が取り上げられていた。野党は揚げ足取りに終始した質問を繰り返し、大臣は国民をバカにしたような答弁を繰り返していた。
吉沢がテレビを指差しながら大野に言った。
「ほら、あれを見てみろ。誰が見ても国民の神経を逆撫でする法案を、さらに逆撫でするように審議している。ここまでくると、わざとじゃないかとさえ思えてくる」
「わざとですか……」
大野がそう呟くと、ジョッキのビールをグイッと飲んだ。
店員が徳利を1本持ってきた。吉沢が手酌で注ごうとすると、大野がそれを制止し、吉沢のお猪口に燗酒を注いだ。
「そういえば、先輩ってまだオカルト好きでしたっけ?」
徳利から燗酒を注ぎながら、大野が吉沢に聞いた。吉沢と大野は、学生時代に所属していたオカルト研究部の先輩後輩の間柄だ。研究部といっても、オカルト雑誌を読みながら雑談する程度の緩いものだったが。
吉沢がお猪口になみなみと注がれた燗酒に気をつけながら口をつけた後、笑顔で大野に言った。
「おっとっと……ああ、お前ほどじゃないがな。信じるかどうかは別として、そういう話は今も好きだぞ」
「さすが先輩!」
大野がニヤリと笑うと、吉沢に顔を近づけた。
「さっきの先輩の話を聞いて、先日、職場の飲み会で上司から聞いた噂話を思い出しましてね……」
大野が小声で話し始めた。
† † †
「太平洋戦争中、我が国がアメリカのルーズベルト大統領を呪殺したという話、先輩も知ってますよね?」
いきなり始まった大野の突拍子もない話に、吉沢が戸惑いながら答えた。
「す、すまん、初耳だ……」
「あれ、昔、先輩とこの話をしたような気がしたんですが……昭和19年8月、当時の内務大臣が全国の神社に驕敵撃滅の祈祷を求め、有力寺院においても敵国調伏の祈祷が行われるなどした結果、翌年の昭和20年4月12日、アメリカのルーズベルト大統領が急死したという話です」
大野がそこまで一気に話すと、ビールを一口飲んだ。再び小声で話し出す。
「実は、この話には裏があるらしいんですよ。これらの祈祷の真の目的は、別にあったというんです」
「真の目的?」
エイヒレを齧りながら吉沢が聞いた。大野が焼き鳥に手を伸ばしながら話を続ける。
「職場の上司が若い頃、旧内務省に勤めていた上司から聞いた噂話なんだそうですが、神社や寺院による敵国撃滅・調伏の祈祷は全てカモフラージュで、祈祷の本当の目的は、戦後復興に向けた『御霊会』だったと言うんです」
「御霊会? 怨霊を鎮め、御霊・神として祀るというアレか?」
吉沢が昔の記憶を辿りながら言った。大野が焼き鳥を食べながら頷く。
「そうです。当時、初めての本土空襲である八幡空襲が起きるなど、戦況は悪化の一途を辿っていました。当時の政府上層部は、この時点で敗戦を確信していたようなのです」
大野が食べ終わった焼き鳥の串を串入れに投げ入れた。
「まあ、匙を投げたということですね。そして、すでに戦争で亡くなり、また、今後亡くなるであろう数多くの人々の怨み、悲しみを鎮め、戦後復興の神に祀り上げようとしたというんです」
大野がビールを一口飲むと、吉沢に聞いた。
「太平洋戦争での我が国の死者はどれくらいか知ってますか? 先輩?」
吉沢がお猪口の燗酒を飲み干すと、少し考えてから答えた。
「確か、日中戦争以降で軍民合わせて300万人くらいだったかな」
「さすが先輩。約310万人と云われています。これだけの人々の怨念、残された大切な人への想いが『神』になれば、一体どれだけの力を発揮するか……」
大野が徳利を持ち、吉沢のお猪口に燗酒を注いだ。吉沢がお猪口に口をつけた後、小さく呟いた。
「310万の怨霊を鎮め、神に祀った結果が、あの奇跡の戦後復興という訳か……だが、それがさっきの話とどう関係するんだ?」
不思議そうに尋ねる吉沢に、大野が更に小声で答えた。
「すみません。ここからが本題です。現在の我が国は、あちこちにガタが来ている状況です。抜本的な対策を講じるには、最早その体力がない……」
大野がため息混じりの声で話を続ける。
「もう、神仏にすがるしかない状況なんです。そんな中、政府の上層部が先程の『御霊会』の話を知ればどう思うでしょうか。国民の多くの怨念、大切な人への想いを御霊・神に祀り上げ、その神力で我が国を再び復興させようと考えたとしたら……」
それを聞いた吉沢が、つまみを注文するため店員を目で探しながら笑った。
「ははは、それは飛躍し過ぎじゃないか? 仮にそれが事実だとしても、神に祀る怨霊がいないじゃないか」
「これから生み出すんですよ」
「え?」
大野の言葉に驚いた吉沢が、店員を探すのを止め、大野の顔を見た。
大野は悲しそうな、助けを求めるような表情で言った。
「政府が崩壊しないギリギリのところで国民を不幸にし、国民の怨念・悲しみを蓄積させていくんです。そして、もうすぐ起こる大災害、いや、人災により、敗戦時に匹敵する規模の怨霊を生み出すんです。その犠牲の上に、我が国を再び復興させる……」
大野が虚ろな目でテレビの方を向いた。吉沢もテレビの方を向く。
テレビでは、政府が防災関連予算の大幅削減を決定したことが速報で流れていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
このお話はあくまでフィクションです。