第五話「中延聖陽、異能を求めて」
中延家。
「えいっ!」
うーん、ダメだな。
「やっぱり、異能は使えない……」
あの不思議な出来事から数日間、何度も試しているんだけど、異能が発動することはない。
「夢、夢なのかあ……」
異能、本当だったらよかったんだけどなあ。
「重宝しそうだし、使えたら良かったんだけど……」
やっぱり夢とは思えない。あれは現実のはず。
「でも、それじゃあなんで使えないのかな?」
あの日の出来事が夢ではないならば、良霊である自覚を持つ私は、異能を使えるはずなんだけど……
「うーん、なぜだ?」
何か、他に条件があるのかなあ?
「今日は平日、か」
森下先生は仕事だし……迷惑になるよね。
「他の人たちはなんか、すごい人ばかりだし……」
森下先生の仲間の人たち、私一人で会うのは、難しそうだしなあ。
「でも、やっぱり釈然としない」
夢落ちであるはずがない、夢落ちであってほしくない。
「異能、使ってやる!」
私は誤魔化されない、真実を突き詰めるぞ!
「……何か、変わるかもしれないし」
異能という大きな力、きっと、今の現実を変えるだけのインパクトはあるんだと思う。
「あれ、でも何かを忘れているような……」
何か大事な目的をもって、あの日は出掛けたはずなんだけど……
「まあ、異能の前には細かいことだよね!」
そう、今は異能が一番大切!
「よし、外に出るとしよう!」
家にいても、何も解決しないよね!
※ ※ ※
屋外。
「とは言ってもなあ……」
森下先生はお仕事、掛け合うわけにもいかないし、掛け合えたとしても、どうせ誤魔化されるに決まっている。
「板橋……廣瀬……」
あの人にどうにか会うことができれば、道は切り開けるかもしれない。
「でも、どこにいるだろう?」
もう、大学のキャンバスにはいないだろうしなあ……
「西ヶ原さん、こっちです!」
「待ってよー、馬込さーん」
「ん、西ヶ原と言えば……」
西ヶ原……西ヶ原……西ヶ原、先輩?
「だとすれば……」
妹さんか何かかもしれない。
「ちょっと、そこの人!」
「え、私ですか?」
しまった、勢いで……
「あ、いきなり声を掛けてすみません」
「いや、それは良いんですが……あれ、住吉川の制服」
「はい、住吉川の生徒です」
「私も住吉川です!」
となると、やっぱり西ヶ原先輩の関係者?
「西ヶ原さん、この方は?」
「住吉川の生徒さんで、ええっと……」
「あ、すみません、二年の中延聖陽です」
「先輩さんでしたか、私は一年の西ヶ原杏です」
「よろしくお願いします、西ヶ原さん」
絶対関係者だよね、うん。
「私は馬込星良です、同じく一年生です」
「はじめまして、馬込さん」
あれ、この雰囲気、どこかで……
「西ヶ原さん、やっぱり通り名あった方がいいんですかね?」
「……いや、要らないんじゃないかな?」
「でも、こうやって名乗るときに……」
通り名と言ったら……異能!
「馬込さん!」
「はい、なんでしょうか?」
「どうして、通り名が欲しいんですか?」
「父にはあるんですよ、通り名」
え、もしかして……
「お父上のお名前は?」
「えっと……板橋一二三ですが?」
「あれ、でも……」
「母が離婚して、私の名字は馬込なんですよ」
完全に、一致。
「あれ、それじゃあ廣瀬さんはお兄さんですか?」
「兄のことを知っているんですか?」
「はい、ちょっとした知り合いで……」
「そうでしたか、兄がお世話になっています」
「いや、そこまでの知り合いではないです……」
「あれ、そうなんですか?」
この娘なら、居場所を知っているかもしれない。
「廣瀬さんがどこにいるのか、ご存じありませんか?」
「すみません、知りません」
「そうですか……」
そう都合よくはいかないか。
「兄はスマホを所持していないので、連絡の取りようもありません」
「そうなんですね!」
全く、スマホくらい持てばいいのに!
「中延さんは、兄に会いたいんですか?」
「はい!」
「では、一緒に探しましょうか」
「え、良いんですか?」
まあ、渡りに船だけどさ……
「馬込さん、これから遊びに行くんじゃ……」
「西ヶ原さん、困っている人を見捨てるわけにはいきません」
「まあ、今度は私の番か……」
「西ヶ原さん?」
「うん、中延先輩のこと、助けようか」
「はい、助けましょう」
うわ、優しい後輩ちゃんたちだ!
「中延さん、家に兄はいなかったんですか?」
「え?」
「もしかして、家にいるんじゃないですか?」
「ああ、それは……」
あの汚い家には行きたくないけど……
「行ってないんですか?」
「なんとなく、今日はいないかなって思って、行ってないんだ」
「なるほど、そうですか」
まあでも、家に行くのが一番ではあるんだよな。
「あれ、もしかして杏さん?」
「ん、この声は……」
「杏さん、ご無沙汰。高明と芽愛ちゃんの件、良かったわね」
「はい、本当に!」
むむっ……この人は……
「芽愛ちゃん推しの私としても、最高のエンドだったわ!」
「王子先輩、芽愛ちゃん推しだったんですね」
「そんなの、当たり前よ!」
ん、西ヶ原先輩に何かあったのかな?
「あれ、どこかで見たことある顔ね」
「あ、二年の中延です!」
「確か、去年の生徒会長選挙に出ていた娘よね?」
「あ、はい、そうですね」
私のこと、覚えてくれていたんだ。
「中延先輩、生徒会長選挙に出たんですね」
「うん、まあね」
……そっか、何か忘れてると思ったら、生徒会長選挙のスローガンを考えること忘れていたんだ。
「あ、私は王子朱苑、まあ、覚えてるかもしれないけれど」
あれ、この人って確か……
「ん、そっちの娘は……」
「朱苑さんですね、お久しぶりです」
「……え?」
「どうも、馬込星良です」
「馬込……」
「両親が離婚したので、名字が変わったんですよ。板橋星良、と言えばわかりますか?」
「……星良ちゃん?」
「朱苑さん、お綺麗になりましたね」
「……どうして、ここに?」
「はい?」
これは明らかに、初対面同士のやり取りじゃないですね。
「……英国に行ってるんじゃないの?」
「英国? ああ……」
確かあの人、嘘付いてるって……
「間違えました、私は馬込星良ではありません」
いやいや、無理があるでしょ。
「星良ちゃん、どういうこと?」
「いや、それはですね……」
「廣瀬、英国行ってないの?」
「英国、行きましたよ?」
「……でも」
「旅行で英国に行きましたよ、もう帰ってきてますが」
「……」
「朱苑さん?」
ああ、あの人って本当……
「……廣瀬、日本にいるのね?」
「ええ、まあ」
「「「「「「ひ・ろ・せー!」」」」」」
うわあ、これは怒ってるよ。
「星良ちゃん、廣瀬はどこにいるの?」
「分かりません、連絡付かないので」
「確か、ご両親が離婚したとか言っていたわね?」
「はい、なので別に暮らしています」
「えっと……それは、その」
「私、主人公みたいですよね?」
「え?」
「両親が離婚なんてイベント、モブキャラにはあり得ない展開ですよ!」
「ああ、うん、そうね……」
「もう、星良ちゃんは……」
流石、あの人たちの家族なだけあって、この娘もなかなかぶっ飛んでるね。
「えっと……廣瀬は相変わらず、携帯は持っていないの?」
「はい、持っていませんね」
「本当、あいつはろくでもないわね……」
なんか、嫌な予感するんだよなあ。
「これから、廣瀬を探すわよ!」
そっか、協力してあの人を探す流れか。
「それならば、都合がいいですね」
「星良ちゃん、どういうこと?」
「中延さんも、兄を探しているみたいなので」
「……どういうこと?」
あ、これは答え方間違えると勘違いされるやつだな。
「先日、あの人にセクハラされたんですよ!」
まあ、間違ってはいないはず。あれが現実だったなら。
「また、あいつはそんなことをして回っているのね……」
「はい!」
森下先生の話って、やっぱり本当だったんだ。
「あれ、今先日って言ったわよね?」
「はい、先日一度お会いしたんです」
「本当に日本にいるのね……」
「はい、そうですね……」
あの人、これから大変そうだなあ。
「じゃあ、一緒に廣瀬を探しましょう!」
「あ、はい……」
やっぱり、こういう流れなのかあ。
「セクハラ嘘つき野郎に天罰を下すのよ!」
「そうですね……」
まあ、セクハラのことは正直優先度低いけどね。
「あの、王子先輩……」
「あ、杏さんごめん、咄嗟のことに……」
「板橋さんなら、私も一度会ったことがありますよ」
「え、そうなの?」
へえ、そうなんだ。
「はい、コンビニで小銭入れを落とした時に、拾ってもらったんです」
「ふーん、そうなのね……」
「知っていれば、先輩にお伝えしたんですが……」
「いや、知らなかったんだから仕方がないわ、ともあれ、これから探すのみよ」
「そうですね……」
「西ヶ原さん、兄に会っていたんですね」
「あ、うん……なんとなく話してこなかったけど……」
「不思議ですね、ここにいる全員、兄のことを知っているんですから」
「あ、うん……そうだね」
そっか、本来は交わらないはずの人たちが、廣瀬さんという共通項のもと、結び付いているんだ。
「中延さん、廣瀬とはどこで会ったの?」
「王子さんの大学です」
「……それ、どういうこと?」
「その日も廣瀬さんを探していて、もしかしたら王子さんの大学にいるのかなあと……」
「……どうして、そう思ったの?」
「それは……その」
まあ、隠しても仕方がないことか。
「王子さんと、谷在家さんの様子を見に行ってるんじゃないかって、森下先生が……」
「……森下先生と一緒に探していたの?」
「はい、そうですね……」
「でも、どうして森下先生がそんなことを?」
「えっと、それは……」
もう、全部言ってしまおう……
「廣瀬さんが、王子さんと谷在家さんのことが好きだということで……」
私は全く悪くないからね!
「……そう」
「はい……」
「やっぱり……そうなのね」
「えっと……」
「私の見立ては当たっていたというわけね……」
「見立て?」
「……あいつは、私か有野、どっちを選ぶかという選択から逃げ出したのよ」
「ああ、そういう……」
好意は互いに分かっているって、本当だったんだな。
「全く……全く……」
確かに、これは両想いというやつですね、間違いない。
「決断を、口にさせてやるわ!」
「あ、はい……」
「さて、行きましょう!」
「え、どこに?」
「とにかく、行くのよ!」
「あ、はい……」
なんだろう、ちょっと面倒な展開になってきた気がする。
※ ※ ※
「いないわね……」
「そりゃそうですよ、適当に歩いているだけなんですから」
この人って頭良い感じの印象があったけど、恋愛が絡むとそうでもないのかな?
「朱苑さん、提案があるんですが」
「星良ちゃん、聞かせて!」
「二手に分かれませんか?」
「そうね、それがいいかもね」
「どの組み合わせで別れますか?」
「星良ちゃんは杏さんと一緒でいいんじゃない?」
「そうですね、そうしましょうか」
「杏さんもそれでいい?」
「はい、私は馬込さんと一緒に回りますよ」
……ということは。
「中延さんは私と一緒ね」
「あ、はい……」
「問題ない?」
「はい、大丈夫ですよ」
まあ、別に断る理由もないし。
「では、私たちはあっちを探しますね、朱苑さん」
「頼んだわ、星良ちゃん!」
「さあ西ヶ原さん、行きましょう」
「うん、行こうか」
スタ……スタ……スタ……
「でも不思議な感じがするわね」
「何がですか?」
「高明君の妹の杏さんと、廣瀬の妹の星良ちゃんが仲良いだなんて」
「まあ、そうなんですかね?」
と言っても、私は西ヶ原先輩とはそこまで仲良くないしな。
「ああ、ごめんなさい、高明君とそこまで面識なかったかな?」
「まあ、ちょっと話したことがあるくらいですね……」
心、読まれてる?
「心なんて読んでないわよ?」
「いや、読んでますよね?」
「そんな、普通の人間にそんなことができるわけないでしょ?」
廣瀬さんの関係者だしな、怪しい。
「王子さん、普通の人間なんですか?」
「どういうこと?」
おっと、これは口外しちゃいけないんだったな。
「いえ、私の気のせいです」
「そう、それならいいけれど……」
今のは心読まれなかったし、やっぱり気のせいか。
「中延さんとこうやってちゃんと話すの、そこまでなかったわよね?」
「そうですね」
「生徒会長選挙の討論会に誘った時くらいかな?」
「はい、確かにあの時は話しましたね」
「ねえ、別に責めるわけじゃないんだけど……」
「はい?」
「どうして、あの時討論会に参加しなかったの?」
「えっと、恐いからと……」
まあ、別に隠す必要もないんだけど……
「そうは見えなかったのよね」
「え?」
「確かに、一年生で唯一の候補者だったけど、中延さんって胆力ある人だと思っていたのよ」
「へえ、そうなんですね……」
胆力なんて、私にあるのかなあ?
「今だってそうでしょ?」
「どういうことですか?」
「私としっかり話すのが初めてにしては、どっしりしているというか、物怖じしていないというか……」
「そう見えますか?」
「うん、私にはそう見える」
なんだろう、さっきまでのこの人とは何かが違う。
「正直、少しあなたに興味はあったのよ」
「興味、ですか?」
「機会やタイミングに恵まれなくて、私は卒業しちゃったけどね」
「そうだったんですね」
「うん、そうよ」
私みたいな、何のとりえもない人間に興味あるなんて、変な人だなあ。
「あれ、廣瀬さん探しは良いんですか?」
「まあ、焦って見つかるものでもないし、歩きながらでも、少し話しましょうよ」
「王子さんが良いならば、私としては構いませんが……」
本当、動きが読めない人だ。
「それで、討論会に出なかった本当の理由って何だったの?」
「まあ、お恥ずかしいんですが……」
「ん?」
「単純に準備不足ですね」
「ああ、なるほど、繋がったわ」
「繋がった、とは?」
「選挙の為に必要な準備が追い付いてなかった、だから討論会に手を回す余裕がなかった、そういう話でしょ?」
「そこまで話していないのに、よく分かりましたね」
「一年生で会長に立候補していたからよ」
「それが、どう関係するんですか?」
「普通は、一年生で生徒会長選挙に立候補なんてしないと思う。そんな行動力ある人は稀有だと思うわ」
「それが、関係するんですか?」
「中延さんの行動力は、ある意味では向こう見ずの裏返し」
「ああ、なるほど……」
「ごめんなさい、表現が不適切だったわ」
「いえ、事実ですし……」
「まあ、それなら良いんだけど……」
選挙の準備不足に限らず、全体的にその傾向はありそうだな。
「むしろ、なんだかスッキリしました」
「何が、スッキリしたの?」
「えっと、自己分析じゃないですけど、私が知らない私の心理が見えたというか」
「へえ、そう思うのね」
「え?」
「正直、怒られることも覚悟して『向こう見ず』だと言ったのよ」
「そうだったんですね」
普通に、的確な表現だと思ったけどな。
「やっぱり面白いわね、中延さんは」
「私、面白いですか?」
「面白いわよ、芽愛ちゃんとはまた違うタイプだけどね」
「神楽坂先輩、ですか」
「何が違うのかなあ、二人の面白さって……」
「……さあ?」
本当、この人の感性は独特な気がする。
「二人とも、ある意味似ているのよねえ」
「私と神楽坂先輩がですか?」
私、あの人みたいになれる気がしないんだけど……
「そう、似ている部分は感じるわ」
「どこが似ているんですか?」
「感覚的な話にはなるけれど……」
「はい……」
「二人とも、形に拘っているようには見えないわ」
「形に拘る、とは?」
「なんだろう、魂で生きている感じがするわ」
魂……異能……
「ある意味、生存への拘りが薄いというか……」
「それ、死にたがりってことですか?」
「うん、芽愛ちゃんも死のうとしていたし」
「そうなんですか?」
「ええ、彼女は高明君の為に死のうとしていたのよ」
「へえ、そうなんですね……」
「おっと、誰彼構わず話すような話では無かったわね」
「あ、はい……」
「この話をしたことは、秘密にしてほしいわ」
「まあ、別に話を広げる理由もないので、構いませんが……」
「悪いわね」
でもどうして、神楽坂先輩が西ヶ原先輩の為に死ぬ必要があったんだろう?
「私も、生存への拘りが薄いように見えるんですよね?」
「うん、そうね」
「どういう部分から、そのように感じるんですか?」
「準備不足な生徒会長選挙への立候補なんて、その典型だと思うわよ」
「それが、生存への拘りと関係するんですか?」
「選挙って、昔で言ったら殺し合いなのよ」
「殺し合い?」
「武力で殺しあう代わりに、選挙が生まれたわけでしょ、ある意味では戦争なのよ」
「へえ、そういう考え方もできますか……」
「その選挙にろくに準備もなく立ち向かうなんて、まさに死にたがりよ」
「でも、選挙で人は死にませんよね?」
「なんだろうなあ、ある意味社会的には死ぬんじゃない?」
「社会的に?」
「そう、負けたら恥ずかしいとか、そんな感じ」
「負けましたけど、恥ずかしいだなんて思わなかったですよ?」
「まさにそこよ」
「え?」
「普通の人は、そこまで考えて躊躇うのよ」
「そういうものですか……」
「そう、だからあなたは死にたがりだと私は思う」
「なるほど……」
そっか、死にたがりかあ。
「でも、芽愛ちゃんとは何かが違う」
「え、同じなんじゃないですか?」
「死にたがりという部分では同じだけど、それ以外の部分では違う気がする」
「何が違うんですか?」
「さあね?」
「え?」
「なんとなく、ここは私が言う部分じゃない気がするわ」
「そうですか……」
私と神楽坂先輩との違いかあ、なんだろう。
「中延さん自身で、見つけるべき答えな気がするわ。知らないけど」
「私自身で、ですか……」
「頑張って、答えを見つけるのであーる」
「……であーる?」
「これを語尾につけると落ち着くのよ」
「そうなんですね……」
「ええ、昔からそうなの」
本当、不思議な人だなあ。
「まあ、今年はしっかり頑張ろうとは思っています」
「おっ、今年も立候補するのね」
「はい、今度は準備不足にならないようにしたいと思います」
「そっか、頑張ってね」
「あ、はい」
そう、今年はしっかりと、頑張るんだ。
「でも、勢いは大事にしてほしいわね」
「え?」
「もちろん、しっかりとした準備も必要なんだろうけど、中延さんの持ち味は勢いにある気がするわ」
「なるほど……」
「欠点かもしれないけど、裏を返せば行動力の塊よ。そこを削いだら勿体ないわ」
「そうかもしれないですね……」
「ええ」
「頭に、入れておきます……」
「うん、そうしてちょうだい」
……おっと、本題に戻らないとだな。
「あ、王子さん、一つ聞いていいですか?」
「はい、なんでもどうぞ」
「別件というか、元の話に戻るというか……」
「うん、話してみて」
「王子さんは廣瀬さんのこと、好きなんですよね?」
「……ぐっ」
「好きなんですよね?」
「……まあ、いわゆる好きだと解釈できないこともないわね」
解釈の余地、あるのかなあ?
「廣瀬さんとは、いつからの付き合いなんですか?」
「付き合ってないわよ!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「ああ、ごめんなさい」
「いえ……」
この人、なかなか可愛いな。
「あいつとは、小学校一年生からだったかな?」
「いわゆる幼なじみというやつですね」
「まあ、そうね……腐れ縁、とも言うけれど」
「私にはそういう人、いないんですよねえ」
「そうなの?」
「はい、昔からの友達っていなくって」
「まあ、そんなに珍しいことでもないわよ」
「まあ、そう思いますが、少し羨ましくもあります」
「羨ましいのね」
「はい、市ヶ谷先輩を見ていても思います」
「市ヶ谷さん?」
「はい、小村井先輩との関係とか、なんか良いなあって」
「ああ、小村井君が幼なじみだったわね」
「はい」
「あの二人、結局どういう状態なの?」
「え?」
「付き合ってないの?」
「まだ、付き合ってはいないみたいですね」
「そうなのね」
「はい、だからなんだろう、じれったくなるんですよ」
「中延さんが?」
「はい」
「そっか、中延さんはそういう存在なのね」
「どういうことですか?」
「きっと、二人だけじゃいつまでも進展はないんでしょうね」
「ああ、曳舟さんも似たようなこと言ってましたね……」
「曳舟さんって?」
「私の友人です。私がいるから、二人の関係は進展があるって言っていました」
「やっぱり、そういう存在が最後には必要なのよ」
「そうですか……」
「高明君たちもそうだったもの」
「西ヶ原先輩たち?」
「おっと、これは高明君たちの物語の話だったわね」
「物語?」
本当、西ヶ原先輩に何があったんだろう?
「まあとにかく、二人だけではままならないことって多いのよ」
なぜだか、謎の説得感を感じるなあ。
「中延さんは役割重大ね」
「役割、ですか……」
「そう、物語の展開は全て、中延さんの動き次第」
「私、そこまで影響力無いと思いますけど……」
「向こう見ずの死にたがり」
「え?」
「死にたがりの存在無くして、物語は動かないものよ」
「それって、切込み隊長ってことですか?」
「そう、必要な犠牲とも言えるかな?」
「それ、割に合わないですね……」
「そんなこともないわよ?」
「どういうことですか?」
「いや、割に合わないかもね……」
「どっちですか?」
「中延さん自身には利益はないわよ、多分ね」
「そうですよね?」
そう、別に私の恋愛が成就するわけでもない。
「ただ、世界はきっと変わる」
「世界、ですか……」
「そこの捉え方次第ね、中延さんの」
「私の?」
「自分を犠牲にしてまで、世界に爪痕を残したいのか次第、かな?」
「そうですか……」
そっか、それでも私は、何かを残すことができるんだ。
「まあ、普通はそこまでしないだろうけどね……」
「なるほど……」
でもそっか、考え次第では確かに意味があるんだ。
「まあ、この件に関しては犠牲になってもらわないと困るけどね」
「この件、とは?」
「私と廣瀬の件よ」
「……王子さんの件ですか?」
「そう、私がそのまま廣瀬にぶつかっても、解決しない気がする」
「そうなんですか?」
「正直、廣瀬を目の前にして、私は理性的に振舞える気がしない」
「今、凄く理性的に見えますけど?」
「そんなことはないわよ、内心ではグツグツと沸いているわ」
「そうですか……」
この人の振る舞い、本当に自然な感じがする。
「だから、お願いね?」
「え?」
「切込み隊長の役割、頼んだわよ?」
「面と向かってそれ言うの、凄いですね」
「私の為に、死になさい」
「ふふっ……まあ、それも悪くないかもしれません」
「じゃあ、お願いね」
「はい……」
不思議と、苦労に見合った対価は得られる気もする。
「そう言えば、中延さんはどうして廣瀬と会いたいの?」
「えっと、セクハラだって……」
「それだって、表面的な理由でしょ?」
「……どうしてわかるんですか?」
嘘、バレてるの?
「セクハラされたなら、その場で済ませば良いことでしょ、わざわざ日を改めて会いに行く理由がないと思うわ」
「じゃあ、さっきのは……」
「ほら、星良ちゃんと杏さんがいたでしょ?」
「はい、いましたね……」
「二人の前で話を深堀りするのも、どうかなあって思ったのよ」
「そこまで考えていたんですか?」
「ううん、後付け」
「後付け……」
「よく考えたら不明瞭な理由だなあって、そう感じたのよ」
「探偵みたいですね……」
「探偵?」
「私のこと、よく見ているなあって……」
「私はジャーナリストよ」
「ジャーナリスト?」
「だって、新聞部の元部長だもの」
「ふふっ、そういうことですか」
「そういうことよ」
私、この人のこと好きかもしれない。私が力になれるのだとしたら、それって素敵なことなのかもしれない。
「それで、どうして廣瀬に会いたいの?」
おっと、見過ごしてはくれないみたいだ。
「誰にも、内緒にしてくれますか?」
「え?」
「私自身は話してもいいと思っているんですが、どうにも、あまり話すような話では無いみたいで……」
「それじゃあ、無理に言わなくても……」
「いや、正直一人では抱えきれなくて……」
「そうなの?」
「王子さんなら、話がちゃんと通じるかなって……」
「お、随分と信頼されたものね」
「王子さんなら許容できるかなって、さっきから話していて思いました」
「まあ、私ならどんな話でも付いていける自信があるわ」
「それであれば、お話しします……」
「ええ、お願い……」
さて、どこから話そうか……