第四話「中延聖陽、異能に目覚める」
休憩後。
「さて中延、さっきの説明を復唱してみろ」
「え?」
「中間テストだ」
「ええ、せっかくの夏休みなのに……」
「基礎の理解ができていないと、話がまとまらん」
「分かりました……」
ええっと……確か。
「この世には、良霊と悪霊がいるわけですね」
「そうだな」
「悪霊は負の感情に漬け込んで、悪さをすると……」
「ああ」
「良霊というのは、生まれながらに取り憑いていて……」
「ああ、そうだな」
「自分の魂が良霊であるという自覚が生まれると、異能にも目覚める……」
「そうだな、自覚がない限りは、普通の人間とは変わらない」
「大体、こんな感じですよね?」
「ああ、そういう理解で良い」
「良かったです」
異能が使えるかどうかは、自覚次第か。
「では続いて悪霊について簡単に説明する」
「はい」
「悪霊は基本的に、人間の体を得られていない魂のことだ」
「幽霊のイメージに最も近いですね」
「そう、悪霊は、体を持っている魂が恨めしい」
「体が欲しいってことですか?」
「そういうことだな」
「だから、負の感情に漬け込むんですか?」
「そう、負の感情を増幅させて、その魂を殺してしまうんだ」
「殺す?」
「新しい宿主になるためだよ」
「ああ、なるほど……」
そこまでするんだね、悪霊って危険なんだなあ。
「殺すまでいかずとも、元の魂を弱らせてしまえば、大体の支配権を得ることもできる」
「でも、ちょっと違和感が……」
「なんだ?」
「それってつまり、良霊も憑依するまでは悪霊ってことですか?」
「いいや、そういうことでもない」
「どういうことですか?」
「良霊は神様から、肉体を与えてもらえる」
「……続けてください」
「悪霊は、神様から肉体を与えてもらえない」
「……神様って、何なんですか?」
「さあ、エンマ様みたいな感じじゃないか?」
「……仮にその神様が実在したとして、どういう基準で肉体を与えたり与えなかったりするんですか?」
「さあ、知らん。私は神様ではないからな」
「そうですか……」
「まあ、仕組みはよく分かっていないんだよ。便宜的に神様の仕業ってことにしているだけで」
「はあ……」
「ともあれ、どんなメカニズムかは分からんが、死後に肉体を得られる魂と肉体を得られない魂が存在している」
「……肉体を与えてもらえるかどうかで、良霊か悪霊か決まるってことですか?」
「まあ、そういうことだ」
仮に神様が実在するとしたら、随分と不公平な気がする。
「ちなみに、悪霊とは言っても、誰かに憑依しない限りは悪さはしない」
「悪さしないんですか?」
「できないって言う方が正確かな?」
「できない?」
「良霊にしても、悪霊にしても、体無しには異能は使えないということさ」
「逆に言えば、悪霊に憑依された人は異能を使えるってことですか?」
「そういうことだな」
それだと、つまり……
「じゃあ厳密には、悪霊に憑依されてしまった人と戦うってことですね?」
「そう、悪霊を倒して、その人の元の魂に支配権を戻すのが、私たちの役割だ」
「ああ、そういうことになるんだ……」
「だから、ただ倒すだけでも済まないんだよ」
「どういうことですか?」
「元の魂が弱っていると、また別の悪霊に付け入るスキを与えてしまう。だからカウンセリングも兼ねないといけないってことだ」
普通なら、この人たちにカウンセリングが必要になるんだろうけど……
「割と地道な作業ですね……」
「私たちが教職を選んだのは、そういう理由もあるんだぞ?」
「え、それが関係していたんですか?」
「教師もまた、その道のプロですからね。一石二鳥というか、とにかく都合は良いんですよ」
「そういう職業選びもあったんですね……」
教師らしくないのは納得。教師やりたいから教師になったわけじゃないんだね。
「ただ異能を使えば良いわけではありませんから」
「なるほど……」
「さて中延、大体こんなものだ。質問は?」
「いや、大体分かりました」
まあ、別に知らなくてもいいことだし、適当に。
「そうか、それなら構わん」
「姫、彼女に説明するためにここに来たわけではないでしょう?」
「あれ、そうだったか?」
……私も素直に聞いちゃったけど、確かに目的はそこじゃなかったね。
「廣瀬を探していたんでしょう?」
「そうだった、そうだった、すっかり忘れていた」
「しっかりしてくださいよ、姫」
本当に忘れていたのかな? 最初から説明目的だったような気もするけど……
「何か、思い当たる場所とかないか?」
「さあ、私は知りません」
「そうか」
「家にはいなかったんですか?」
「最初に家に伺ったんだよ」
「そうなんですね」
「ああ、どうしようかなあ」
「玄太のところにいるかもしれないですよ」
「そうだなあ、可能性としては否定できん」
「玄太……さん?」
「熊野前玄太、同じく昔の顔馴染みだ」
また、新しい名前だ。
「へえ、そうなんですか」
「信吾、玄太のところに行くことにするよ」
「熱中症には気を付けるんですよ?」
「大丈夫、最悪玄太に診てもらうから」
「全く……」
診てもらうって、どういうことかな?
「ほら中延、行くぞ」
「今度は、どこに行くんですか?」
「病院だよ」
「病院?」
「熊野前病院って、聞いたことがないか?」
「ああ、聞いたことありますね……」
「そこの院長なんだ、玄太はな」
「凄い人じゃないですか!」
「ああ、凄い人だ」
だから『診てもらう』なんだね。
「中延さん、本当に危険なので、あまりこの世界に深入りはしない方がいいですからね?」
「あ、はい……程々にしておきます」
「本当、気を付けてくださいね」
「はい……ご心配痛み入ります」
私から積極的に来たわけでもないけどね……
「でもどうして、そこまでみんな心配するんですか?」
「中延、どういうことだ?」
「どのみち私には悪霊が見えないし、別に負の感情とかないし、問題ないんじゃないですか?」
確かに、悪霊自体は危険なんだろうけどさ……
「ああ、私たちは目を付けられているんだよ」
「誰に?」
「悪霊たちに、だよ」
「先生たちが悪霊を倒すからですか?」
「そうだ」
「危険だというのは、私たちの身の回りには悪霊の刺客が襲ってくる可能性があるからだよ」
「ああ、そういうことですか」
「いざとなれば、私は中延を守る、それだけだ」
「なるほど……そういうことであれば、お願いします」
「ああ、連れ回すからには安全は保障するよ」
「お願いします……」
「じゃあ出発だ、中延」
「はい……」
本当、大変な世界に来てしまったものだな。
※ ※ ※
熊野前病院、院長室。
「こんなところ入るの、初めてかも」
「まあ、この規模の病院の院長に会うことなんて、普通に生きていてそこまで無いしな」
「そうですよね……」
「さて、まだかな?」
「院長さんだし、お忙しいんじゃないですか?」
「そうだろうな」
「アポなしで会えるものなんですか?」
「いけるんじゃないか?」
「どうして?」
「私が来たからだ」
「森下先生、本当に重大人物なんですね」
「そんなことはないさ、ただの昔のよしみだよ」
「そうですか……」
コン……コン……
「お、来たかな?」
「ですかね?」
さて、今度はどんな人かな?
「姫、いらっしゃい」
……この人も、姫って呼ぶのか。
「どうも、元気してるか?」
「ふふん、医師がくたびれていちゃいけないからね」
「まあ、それもそうだな」
うん、普通にお医者さんって感じ。
「それで、この学生さんは?」
「私の生徒だよ」
「ふふん、住吉川の生徒さんですね」
「あ、住吉川高校に通っている中延と申します」
「姫、またどうして?」
「人生経験だよ、人生経験」
「姫は、相変わらず型にはまらないな」
「そこが私の美点だ」
「姫、この娘がケガでもしたら、連れて来なさい」
「……え、止めないんですか?」
「ふふん、止めて止まる人ではないですからね」
「ああ、そういうことですか……」
「異能関係でのケガを、普通の病院で診てほしくはないですし」
「秘密を守るためですか?」
「ふふん、そんな具合です」
「なるほど、そういうことですか」
「廣瀬君がケガした時も、この病院で診ることにしてますね」
「へえ、廣瀬さんも」
「ああ、そうだ。廣瀬の場所知らないかと思って、ここに来たんだったよ」
「姫、廣瀬君を探しているんですか?」
「ああ、野暮用があってな」
「小生は知りませんよ」
……うわ、中二病みたい。小生って何?
「そうか、玄太も知らないか」
「他の場所は探したんですか?」
「廣瀬の家と、信吾の場所は訪ねたよ」
「ふふん……それじゃあ後は、カミナリの場所くらいになるな」
「……え、カミナリ?」
「一之江カミナリ、玄太と同じく旧友だ」
また、変な名前だなあ。
「それじゃあ、次はその人の所ですね」
「ああ、そうなるな」
「あ、そうだ……」
「ん?」
「院長さんの異能は、なんなんですか?」
「小生の異能は、治癒の異能です」
「ああ、お医者さんにピッタリですね」
「ふふん、そのおかげで院長にまでなれましたよ」
「異能ってやっぱり便利なんですね」
「ふふん、乱用は禁物ですがね」
「やっぱりそうなんですね」
「使いすぎると流石に怪しまれますからね、ここぞという時だけ使うことにしています」
「なるほど、そういうものですか」
「さて、仕事の途中でしたので、小生は戻りますね」
まあ、仕事の邪魔しちゃいけないもんね。
「私もカミナリの所に行くよ、邪魔したな」
「姫の頼みならば、仕事くらいはな。もともと悪霊退治のためにこの仕事を選んだわけだから」
「へえ、院長さんもそうなんですか」
「ふふん、それが合理的ですからね」
「なるほどです」
「さて、行くぞ中延」
「あ、はい……」
なんとなくもう、この世界のフィーリングは分かってきたかも。
※ ※ ※
一之江銀行、待合室。
「これまた、凄いところで待たされてますね」
「カミナリは銀行の頭取だからな」
「頭取ってなんですか?」
「ああ、今は頭取とは言わないんだったな」
頭取って何だろう?
「お待たせしたな、姫!」
「おうカミナリ、元気そうだな」
「この娘は?」
「私の生徒だ」
「うむ、そういうことか!」
「ああ、人生経験の為に連れ回してるんだ」
「拙者は一之江銀行の社長、通り名は一之江カミナリだ!」
「あ、どうも……住吉川高校に通っている中延と申します」
「うむ、よろしくな!」
なんかフランクな感じの人だな。
「あの、頭取ではなく社長さんなんですか?」
「うむ、拙者は社長だぞ」
「中延、頭取は昔の呼び方だ」
「そうなんですか?」
「ああ、昔は銀行の社長のことを頭取と呼んでいたんだ」
「へえ、そうなんですね」
一応、覚えておいた方が良いのかな?
「姫、それで何用だ?」
「廣瀬の場所を知らないか?」
「知らん!」
即答じゃん。
「そうか、じゃあ他をあたるよ」
「そうしてくれ!」
「他に当てはないか?」
「ないな!」
「そうか、邪魔したな」
「先生、これだけの為に、わざわざ銀行の社長さんを呼んだんですか?」
「まあ、結果的にはそうなるのか」
「この一連の流れ、電話じゃダメだったんですか?」
「それじゃあ中延の人生勉強にはならないだろう?」
「まあ、それはありがたいんですが……」
「それだけでもない、実際に会って、様子を確認したくてな」
「ああ、それも兼ねているんですね」
「そうだな」
あ、これ聞いておこうかな、
「ねえ、森下先生」
「なんだ?」
「皆さん、どうして通り名を名乗るんですか?」
「ん?」
「皆さん本名じゃなくて、通り名なんですよね?」
「ああ、そうだな」
「カッコつけの為ですか?」
「それもあるな」
「あるんですね……」
そうだよね、なんか中二病っぽい人ばかりだし。
「それだけではない」
「セキュリティ的なアレですか?」
「そうだな、いわば異能とは裏社会の話だ」
「裏社会、ですか」
「そうだ、だから基本的には通り名が必要なんだ」
「先生、通り名ありませんよね?」
「姫」
「それが、通り名なんですか?」
「そうだ、私は裏社会においては姫と呼ばれている」
「てっきり、先生は自意識過剰な痛い人なのかと思っていました」
「ははっ、痛い人なのは正しいな!」
「怒らないんですか?」
「だって事実だしな」
「そうですか……」
本当、不思議な人だなあ。
「社長さんの異能は何なんですか?」
「拙者の異能は舞踏です」
「……え?」
「ダンスと言った方がいいですね」
「それ、異能なんですか?」
「異能ですよ、ダンスをすることで能力を発揮するんですよ」
「銀行業務と関係するんですか、それ?」
「中延、頭取ともなると社交の場に出ることもあるんだよ」
「ああ、そういうことですか」
「おっと、頭取ではなく社長だったな」
ダンスの異能まであるのかあ、割と自由なんだなあ。
「では失礼するよ、カミナリ」
「てっきり、雷系の異能なんだと思ってました」
「別に異能に基づいて通り名を付けたわけではないしな……」
「まあ、そっか」
「私の能力に姫要素なんて無いしな」
「それもそれですね」
逆に、姫要素のある異能って何だろう?
「それじゃあ邪魔したな、カミナリ」
「うむ、またいつでも来てくれよ!」
本当、この人人望あるんだなあ。
※ ※ ※
路上。
「さて、当てがなくなってしまったな」
「困りましたね」
「まあな」
「どうするんですか?」
「腹ごしらえでもするか」
「え?」
「そろそろ昼時だろ?」
「いや、どちらかというとおやつ時ですけど……」
「朝食ったのが十時くらいなんだよ」
「先生からしたら昼時という話ですね」
「ああ、そうだ」
自分本位な感じするなあ。
「何が食いたい?」
「いや、私お昼食べましたし……」
「まあ、良いじゃないか、おやつだよ」
「夜ごはん入らなくなりますよ」
「私のを少し分けてやるよ、少しなら問題ないだろ?」
「でも、悪いですよ……」
「子供が遠慮をするな」
「それでは、お言葉に甘えます」
押し問答が通じるとは思えないし……
「何がいい?」
「まあ、なんでも……」
別にお腹減ってないし。
「私は麺類が良いな!」
「じゃあ、ラーメンとかですか?」
「この暑い中ラーメンを提案するとは、なかなかだな!」
「あ、だったら別のでも……」
本当、なんでもいい。
「いや、暑いからこそラーメンで行こう!」
「あ、はい……」
「久々だが、あそこのラーメン屋に行くか」
「あそこって?」
「元生徒のラーメン屋だよ」
「先生、元生徒多いですね」
「そりゃ教師だしな」
「まあ、そうですね……」
「では、ラーメン屋へ!」
「はい……」
普通のラーメン屋なのかな?
※ ※ ※
ラーメン屋。
「いらっしゃい!」
「流石、この時間だと空いていて快適だな」
「その声は……」
「ツクシ、久々だな!」
「先生、お久しぶりです」
綺麗な人だなあ……あれ、でもどこかで見覚えがある顔立ちだなあ。
「おう、元気そうでなによりだ!」
「その娘、生徒さんですか?」
「ああ、現生徒だ!」
「どうも、住吉川高校に通っている中延聖陽です」
「どうも、店主の初台ツクシです」
「初台……」
ああ、そっか……
「あ、生徒会長の立英は、従妹ですよ」
「ああ、だから見覚えが……」
「はい、よろしくお願いします!」
笑顔の感じとか、本当に初台会長そのものだなあ。
「先生、立英は元気ですか?」
「ツクシの方が会っているんじゃないのか?」
「親戚同士なんて、そこまで会うものじゃないですよ」
「そういうものか」
「そういうものですよ」
まあ、最近は割とそうみたいだよね。
「ここに掛けるぞ?」
「はい、お好きな席へどうぞ」
「ほら、中延もここ座れ」
「あ、はい……」
でもまさか、初台生徒会長に従姉さんがいたとは……
「それで、立英はどうなんですか?」
「まあ、最近はすこぶる元気そうだな」
「それは何よりです」
「一時期、元気がないこともあったがな」
「そうなんですか?」
やっぱり、元気なかったんだね、アレ。
「ああ、だがどうにかなったようだ」
「そうですか、それならばいいんですが……」
初台生徒会長、何かあったのかな?
「生徒が優秀だから、解決できたんだ」
「どういうことですか?」
「生徒会に秀才アリ、ということだ」
「秀才?」
「えっと……」
「あ、それってもしかして、笹塚さんのことですか?」
笹塚先輩の名前、よく出てくる日だなあ。
「初台から聞いているのか?」
「いいえ、以前公園で会ったんですよ」
「そうか」
「その笹塚さんが解決したということですか?」
「ああ、笹塚はそう言っていた」
「へえ、そうなんですね」
笹塚家って凄い人の集まりなんだなあ、一二三さんの生活費もそうだけど。
「先生、注文どうしますか?」
「中延は何がいい?」
「先生が食べたいもので良いですよ」
「うーむ、そうだなあ……」
「二人で分けるんですか?」
「ツクシ、ダメか?」
「ダメじゃないですが、売り上げ的にはアレですね」
「その分、私が追加で食べるから許せ」
「そういうことであれば構いません」
「さて、どうしようかなあ……」
どれも美味しそうだなあ、本当。
※ ※ ※
食後、店外。
「いやはや、旨かったな」
「本当ですね、美味しかったです」
「特に炒飯が旨かった」
「森下先生、あんなに食べて大丈夫なんですか?」
「私は昔から大食いでな」
「そうなんですね」
その割にはモデル体型だよね。
「いくら食っても太らないんだよ」
「うわー、羨ましいなあ」
「そうか?」
「はい、森下先生身長高いし、本当にモデルさんみたいですよね」
「よく言われるな」
「やっぱり、そうなんですね」
私が身長低いのはどうにもなりそうにないなあ。身長が高くなる異能とかあれば別だけど……
「さて、廣瀬を探さないとな」
「当て、無いんですよね?」
「無いな、全く」
「じゃあ、どうするんですか?」
「いや、可能性はあるな……」
「え?」
「どこにもいないってことは、女の尻でも追っているんじゃないかってな」
「……え、そういう人なんですか?」
「ああ、大の女好きでな」
癖が強すぎて困る。
「あまり会いたくなくなってきました」
「大丈夫だ、君には手を出させないから」
「それならばいいんですが……」
「さて、どこにいるのかな」
「女の人なんて、割とどこにでもいますよね?」
「いや、あいつには惚れている女がいる」
「好きな人がいるのに、女性を追っているんですか?」
「本命と遊びは明確に分けているそうだ」
「うわあ、勝手な理屈ですね」
絶対、そんな人は好きにならないと思う。私は。
「よし、大学に行こう」
「大学、ですか?」
「さしづめ様子が気になって、通っている大学に見に行っているんじゃないかな」
「廣瀬さんの好きな人の大学、知っているんですか?」
「君も知っている人だと思うぞ」
「私に、大学生の知り合いなんていないですよ?」
「知り合いというほど仲が良いわけじゃないんだろう」
「それ、誰ですか?」
「谷在家と王子だ」
「えっと……確か」
本当に知っている人だった。
「前生徒会長と、前新聞部部長だな」
「まあ、確かに知ってる人ですが……」
「どうかしたか?」
「二人って、おかしくないですか?」
「廣瀬の本命はあの二人なんだよ」
「なかなか酷い話だなあ……」
「なんでも二人と相思相愛らしい」
「へえ、そうなんですね……」
もう本当、滅茶苦茶。
「おっと、この件は二人には内緒だぞ?」
「え、二人は廣瀬さんの好意を知らないんですか?」
「いや、好意自体は互いに分かっているらしい」
「じゃあ、何を内緒にするんです?」
「二人は、廣瀬が日本にいることを知らない」
「意味が分かりません」
「話せば長くなるが、二人は廣瀬が英国に行っていると聞かされている」
「嘘付いているんですか?」
「二人の為の嘘らしいぞ?」
「よく分かりません」
何のために、そんな嘘を?
「私にもよく分からんが、内緒は内緒だ」
「まあ、私はあのお二人とは仲良くないですし、別に話すこともないと思います」
「であれば、問題ない」
問題しかないと思うけどね。
「それでは、二人の大学へ行こう!」
「分かりました……」
さて、いよいよ廣瀬さんは見つかるのかな?
※ ※ ※
元勲大学、キャンパス。
「見つからないな!」
「まあ、あてずっぽうですからねえ」
「生徒すら見当たらないぞ!」
「夏休みですもんねえ、外で遊んでいるんじゃないですか?」
「そうか、その視点は盲点だった」
「廣瀬さんも、いないんじゃないですか?」
「どうして?」
「廣瀬さんも、生徒がいないこの場所を探したりはしないんじゃないですか?」
「まあ、その可能性もあるが……」
「ここ探しても無駄じゃないですか?」
「いや、霊気は感じるんだよ」
「……霊気?」
「あいつの霊気を確かにこのキャンバスから感じる」
「霊気とか読めるんですか?」
「まあな、悪霊探しも同じ要領だよ」
あれ、ということは……
「それ使えるなら、最初から全部わかってましたよね?」
「何が?」
「今日回ったところ、廣瀬さんの霊気がないって分かったんじゃないですか?」
「まあそうだな、場所に着いた時点でいないことは分かっていたよ」
「全部、徒労じゃないですか……」
「だから、徒労じゃないんだよ、旧友の様子を確かめる一貫の作業だ」
まあ、それならそれでいいけどさ……
「というか、廣瀬さんへの用件ってなんなんですか?」
「ん?」
「一二三さんには、空気が不穏だとか言ってましたが」
「いや、それは方便だ」
「え?」
「空気が不穏なのはいつものことだ。別に、今日昨日不穏になったわけでもない」
「ということは……」
「全部暇つぶしだ!」
「ああ、そうですか……」
「久々にあいつの顔が見たくなってな」
「別に急ぎの用事があったわけじゃないんですね……」
「急ぎならば、こんな悠長に探すマネはしていないよ」
「そうですか……」
なんだろう、肩の力抜けるなあ。
「おお、廣瀬の霊気が近付いてくるぞ!」
「え、それ本当ですか?」
「ああ、すぐそこまで……」
サッ……
「おお、やっぱり森下か、久々だな」
この人が……噂の廣瀬さんか。
「探したぞ、廣瀬」
「何か用でもあったのか?」
「いや、顔を久々に見たくなってな」
「そうか、俺も森下の霊気を感じて、会いたくなった」
「廣瀬、ここで何をしていたんだ?」
「朱苑や有野がいないかと思ってな」
「やっぱりそうだったか……」
うわ、本当に本命二人なの?
「夏休みだし、いないんじゃないか?」
「まあ、そのようだな、引き上げようと思っていたところだ」
「そうか」
「それで、この娘は?」
「今の私の生徒だよ」
「あ、住吉川高校二年、中延聖陽です」
「ほう、なかなか面白いな」
「何が面白いんですか?」
「廣瀬もやはり感じたか」
「ああ、面白い霊気だな」
「やっぱりそうだよな」
「え、私の霊気がなんなんですか?」
「前々から、常人の霊気じゃないと思っていたんだ、中延の霊気は」
「うわあ、すごい後付け臭いですね」
「後付けじゃないさ、最初に会った時から感じていた」
「へえ、そうだったんですね……」
私の魂、もしかして良霊なのかな?
「この娘、良霊なのか?」
「いや、まだそれは分からん」
「そうか、面白い霊気なんだがな」
「だよなあ」
面白い霊気か、異能使える目が出てきたのかな?
「私の魂が良霊である可能性って、高いんですか?」
「まあ、割と高いとみているよ」
「へえ、そうなんだ……」
「でもないと、こんな風に連れ回したりはしないさ」
「だから私だったんですね」
「まあ、そういうことだな」
なんかワクワクしてきたかも、異能欲しいなあ。
「まあ、住吉川の生徒は割とそんな感じだけどな」
「どういうことですか?」
「中延に限らず、面白い霊気を持つ生徒は多い」
「それ、本当ですか?」
「ああ、やたらそういう生徒が多いんだ」
「例えば、市ヶ谷先輩とかは?」
「市ヶ谷も割と面白い霊気だな」
へえ、私だけじゃないんだ。
「他にもそういう生徒いるんですよね?」
「初台や笹塚、あとは神楽坂とかかな」
「……それ、本当ですか?」
「ああ、何故だかそういう生徒が集まりやすいんだよ、うちの学校は」
「それは……不思議ですね……」
何か磁場でもあるのかな、うちの学校。
「あれ、でもそれだと……」
「ん?」
「なぜ私だけ、連れ出したんですか?」
「君の霊気は一際強いんだ」
「ああ、そういうことですか」
「言い回しを変えれば、読み取りやすい霊気とも言えるな」
「そうですか……」
霊気に読み取りやすさとかあるんだね。
「仮に私が良霊だとして、どうすればその事実に気が付けるんでしょうか?」
「さあな、人それぞれだし……」
「自分は良霊だと思い込めば、異能使えたりしないんですか?」
「そういう話ではないな。実際に体感として、良霊だと自覚できないことには異能は使えない」
「なるほど、なかなか難しいんですね」
残念、異能使えると思ったのに……
「森下、荒業使ってもいいか?」
「荒業?」
「もしかしたら、気付きを得ることができるかもしれん」
「まあ、一興だな」
「ん?」
「中延、どうする?」
「荒業って、具体的に何をするんですか?」
「こういうことだよ、少女」
「え?」
「異能、ピンク・タイフーン!」
ビューッ…!
「きゃっ!」
「ほう、白か」
「セクハラですよ、セクハラ!」
本当、この人最低!
「それはすまん」
「すまんで済んだら警察は要らないんですよ!」
「廣瀬、流石にそれはどうかと思うぞ?」
「俺の異能は風だ、これ以外に荒業もないだろう?」
随分とセクハラチックな異能ですね!
「よし、こうしよう」
「……え?」
「俺を殴ってくれ」
「……良いんですか?」
「それくらいのことをしてしまったと思う、さあ」
「……本当に殴りますよ?」
「さあ、来い」
まあ、本人が言ってるんだからいいよね?
「えいっ!」
なんだろう、腕が光って……
「おお、これは!」
「異能、ウィンド・バリア!」
「え?」
バァァァァァァンッ!
「はぁ……はぁ……今のは?」
「良霊だったな、中延!」
「……え、そうなんですか?」
「腕が光ったのを見ただろう?」
「まあ、確かに光りましたけど……」
……嘘、私も異能使いなわけ?
「咄嗟にバリアを張ってなかったら、俺は死んでいたかもしれん」
「今、バリア張ったんですか?」
「ああ、バリア越しに感じたよ、すごい威力だったな」
「へえ、そうなんだ……」
「森下、これは何の異能だろうな?」
「受け止めたお前が一番分かるんじゃないか?」
「今のだけでは分からんな、偶発的な発現のようだし」
「それならば私に分かるわけがないよ」
「まあ、そうだなあ」
これ、異能なの?
「少女、許せ」
「え?」
「異能、ウィンド・イリュージョン!」
あれ、意識が遠のいて……
「おい、廣瀬!」
「森下、これが最適解だ」
「まあ、巻き込むわけにはいかないか……」
「ああ……」
「まさか、本当に異能を開花させるとはな……」
……ダメだ、眠い。
※ ※ ※
熊野前病院、病室。
「ん?」
もう夕方か……
「あれ、確か私は……」
「おお、目覚めたか」
「……え?」
「いきなり倒れたんで、心配したぞ?」
「……森下、先生?」
「ともあれ、良かった!」
「あれ、確か私、異能を……」
「異能、なんのことだ?」
「いや、だって今日……」
「確かに中延は今日、私と街中を回ったがな」
「それで私、異能に目覚めたんですよね?」
「中延、本当に大丈夫か?」
「え?」
「異能なんて、この世にあるわけないだろう?」
「いや、そんなわけは……」
「なあ玄太、異能って知っているか?」
「ふふん、聞いたこともないよ」
「だよなあ、中延、漫画の読みすぎじゃないか?」
「まあ、そうなのかなあ?」
やけに現実味があったけど……夢だったのかな?
「院長さんは、確か治癒の異能を……」
「ふふん、確かにそんなものがあれば便利ですね」
「いや、でもなあ……」
「確かに中延さんは、さっき小生と会いましたが、そんな話は一度もしていませんよ?」
「じゃあ、夢なんですかね?」
「疲れていたんでしょう、夢だと思いますよ」
「そうですか……」
まあ、森下先生だけが言ってるわけじゃないし、夢なんだろうな。異能なんてあり得ないもんね。
「中延、一人で帰れるか?」
「あ、はい……大丈夫だと思います」
「では、気を付けて帰れよ」
「森下先生」
「なんだ?」
「森下先生は、どうして今日私と回っていたんですか?」
「なんだ、さっき言ったじゃないか」
「え?」
「旧友たちの様子を見るためだよ」
「ああ、そうですか……」
じゃあやっぱり、それが元になって変な夢を見たのかもしれないな。
※ ※ ※
夜、中延家。
「もしもし、市ヶ谷先輩」
「聖陽、何か用?」
「いや、ちょっとお話ししたいなって……」
「そう」
「今、お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、話してちょうだい」
「では……」
まあ、夢だろうけど……
「私、変な能力に目覚めたんですよ」
「……聖陽、何を言っているの?」
「ごめんなさい、冗談です」
「変な冗談はよしなさい……」
「はい、すみません」
……やっぱり、夢ってことだよね?
「聖陽、そんなことより……」
「……なんですか?」
「あなた、知ってた?」
「何をですか?」
まさか、異能の話じゃないよね?
「初台さんたち、二か月前に別れていたらしいのよ」
「え、そうなんですか?」
これは、なかなか驚きだな。
「今日神社で、神楽坂さんから聞いたのよ!」
「へえ、そうですか……」
「それで西ヶ原君、今は別の女の子と付き合っているんだって」
「そうなんですね……」
西ヶ原先輩、大人しそうに見えてなかなかやるなあ。
「でも、それが上手くいっていないらしいのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、だから神楽坂さんにアドバイスしたのよ」
「何を?」
「無理やり、関係を壊しちゃえばいいってアドバイスしたの」
……なるほど、昨日のアレを引きずってこうなったのか。
「あんまり、人の恋路に口出しするものでもないですよ?」
「聖陽も、私の恋路に口出ししてくるわよね?」
「ぐっ……」
「だったらブーメランね!」
「まあ、そうですね……」
そうだよね。私の日常はやっぱり、こんな感じだ。全部夢だったんだ。