第三話「中延聖陽、異能との出会い」
後日、中延家。
「よし、頑張るぞ!」
生徒会長選挙に勝たないといけない。今日から頑張ろう!
「住吉川高校を、ぶっ壊す!」
いや、よく考えたら丸パクリはどうなんだろう?
「うーん、文意はそのままで、何か良い表現無いかな?」
……いや、思い付かない。街を出歩いて考えてみよう!
「よし、出掛けるぞー!」
※ ※ ※
「とは言え……」
勢いで家を飛び出してみたものの、当然ながら、スローガンの言葉なんて思い付かない。
「まあ、地道に考えよう」
いきなり思い付くものでもないと思うし、街を散策してみよう。
「お、その顔は!」
「はい?」
この声は……
「中延じゃないか!」
「森下先生?」
私の所属する書道部の顧問である、森下高見先生。どうしてこんなところにいるんだろう?
「元気そうで何よりだな!」
相変わらずこの人、モデル体型だなあ。私身長低いし羨ましいな。
「先生、お仕事は大丈夫なんですか?」
「何を言っているんだ、今日は山の日だぞ?」
「山の日?」
「八月、生徒は基本的に全部休みだしな、仕方がないとは思うが」
「あ、そうですね、感覚に違いがあったようです」
そっか、世間だとお盆休みの時期か。
「そろそろ通常モードに治すんだぞ!」
「あ、はい……」
まあ、もう折り返しだもんね。新学期まで。
「それで森下先生、こんな所で何をしているんですか?」
「別に、ただの散歩だが」
「ふーん、そうですか」
「中延こそ、こんな辺鄙なところで何をしているんだ?」
「散策しながら、スローガンを考えているんです」
「スローガン?」
「はい、生徒会長選挙のスローガン、そろそろ考えないとなって」
「ああ、そういうことか!」
「はい」
「それで、何か思い付いたのか?」
「いいえ、まだ思い付きません」
「力になれるかも知れん!」
「どういうことですか?」
「中延は、この世に異能があると思うか?」
「ちょっと、言っていることがよくわかりません」
異能? なにそれ?
「ほら、手から雷出したり、口から炎を吹いたりだな」
「漫画の話ですか?」
「ノンノン、これは現実なんだよ、中延」
「いや、そんなわけは……」
暑くて頭がおかしくなってるのかな、この人。
「百聞は一見に如かず、だな」
「え?」
「よし、ちょっとついてきなさい」
「いや、流石についていけないんですが……」
「何が不満なんだ?」
「いや、不満とかじゃなくてですね」
「じゃあ、行こう!」
病院に行った方がいいんじゃないですかね?
「えっと、生徒会長選挙と、その異能とやらがどう関係してくるんですか?」
「直接的には関係しないな」
「ええ……」
「だが、今まで知らない世界を知ることは、一つの経験になるぞ!」
「そう言われてもですね……」
「中延は頑固なんだな」
「いや、頑固とかそういう話じゃないと思いますよ?」
「この世には、異能があるんだぞ?」
「無いですよ」
「中延が初めてなんだけどな、生徒に見せてやるのは」
「え?」
「あいつはまあ、私が巻き込んだわけじゃないしな」
「えっと……」
あいつって、誰だろう?
「本来は、一般人にこれを見せることはタブーなんだよ」
「私も一般人なので、ダメなんじゃないですか?」
「細かいことは良いんだ」
「いや、まったく細かくは……」
あれ、いつもと立場が逆転してる?
「大丈夫、中延に危ない真似はさせないからな」
……もしかしたら、森下先生は本当の話をしているのかもしれない。
「どうして、私は良いんですか?」
「中延なら良い気がしたんだ」
「アバウト過ぎませんか?」
「私、普通の女子高生ですよ?」
「いや、中延は何か違う気がするんだ」
「どこがですか?」
「君は他の奴とは何かが違う」
「いや、そんなことは……」
「まあ、嫌ならもう誘わないが……」
なんだろう、ここは行かなきゃいけない気がする。
「本当に、危なくないんですね?」
「ああ、君を守るくらいの力は持っている」
「森下先生にも異能があるんですか?」
「なんだ、信じてくれるのか?」
「もしかしたら、本当なのかなあって」
「ふふっ、やっぱり見る目に狂いは無かったようだ」
「それで、どうなんですか?」
「街中で使うことは控えたいんだがな、できれば」
「ここ、人いないですよ?」
「そうか、ならばちょっとくらいはアリかもな」
本当に、異能なんてあるの?
「よし、ちょっと離れるんだ」
「あ、はい……」
これは、もしかしたらもしかするのかも?
「私の異能は、銃の異能だ」
「……銃?」
「そこのドラム缶を撃ち抜く、見ていたまえ」
「あ、はい……」
え、本当に、本当なの?
「異能、ゲベール・ガン!」
パァンッ!
「……え?」
「ほら、そのドラム缶を見てみろ」
「あ、はい……」
一瞬、雷鳴のような光線が見えたけど……
「穴が、開いてる……」
「そりゃそうだ、撃ち抜いたんだからな」
「元々開いていた……訳はないよね……」
「それは正真正銘、今撃ち抜いたんだ、君の目の前でな」
まさか、この世に異能があるだなんて……
「これくらいは手品みたいなもんだ、全然序の口だよ」
「……森下先生、何者なんですか?」
「しがない高校の女教師だが?」
「いや、そんなわけは……」
これ、夢じゃないよね?
「おっと、私が異能を使えることは、他言無用だぞ?」
「そんな大事な秘密を、私に話しちゃって良かったんですか?」
「君は口が堅いと見込んだんだよ」
「もしかしたら、話しちゃうかもしれないですよ?」
「ははっ、そうなれば私の人を見る目も鈍ってきたという証左だな」
「秘密に、しますよ……」
「君ならそうするだろうな」
おかしい、さっきまでは普通の日常だったのに、常識では説明できない世界が目の前に現れた。
「よし、では行こうか」
「……どこに、行くんですか?」
「言っただろう、今まで知らない世界を見せてやると」
「これだけじゃ、ないんですか?」
「序の口だと言っただろう、私以上の異能使いなんて、いくらでもいるぞ?」
「そうですか……」
「さっきは散歩と言ったが、実はとある人物の元に用事があるんだ」
「へえ、そうなんですね」
「板橋一二三、私たちはそう呼んでいる」
「板橋、一二三……」
ニックネーム、もしかしてひふみん?
「一二三は本名じゃないぞ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、板橋は本当の名字だが、一二三は通り名だ」
「通り名、ですか……」
「ああ、そうだ」
凄い、まったく意味が分からない。
「その方、森下先生のなんなんですか?」
「え、一二三のことか?」
「あ、はい……」
「高校時代の彼氏だよ」
「え……」
「いわば、元カレというやつだ」
「あ、そうですか……」
「では、早速行こうか」
「あ、はい……」
「よし、付いてこい!」
なんだかよく分からないけれど、ちょっと面白そうかも?
※ ※ ※
板橋家。
「一二三、上がるぞ!」
なんだろう、悪いけど汚い家だな……
「相変わらず汚い家だなあ……」
そうだよね、私の感覚はおかしくないよね。
「勝手に上がるんじゃねえ!」
森下先生、合鍵持ってたな、そう言えば……
「一二三、少しは掃除した方がいいぞ?」
「うるせえ!」
うわあ、なんかお酒臭いんだけど。
「あいつと別れて以来、ずっと汚いじゃないか」
「掃除なんてしてる暇ねえんだよ!」
「何が暇だ、ネット投票で地方競馬でもやっているんだろ?」
「それがどうした!」
汚部屋に加えて、酒に競馬か。典型的なダメ人間だな。
「どうせ勝てないんだから、やめちまえよ」
「お前には関係ねえだろ!」
「まあ、正直どうでもいいんだが、元生徒の家庭が荒んでいるのは看過できん」
「廣瀬はそんなこと気にしねえよ!」
「まあ、それもそうだなあ……」
「森下先生、その元生徒さんって誰ですか?」
「板橋廣瀬、こいつの息子。元は住吉川の生徒だったんだ」
「へえ、そうなんですね」
「高見、その娘はなんなんだよ?」
「現生徒だよ、見て分からないか?」
「知るか!」
まあ、一応自己紹介しとくか。
「中延聖陽です、住吉川の二年です。お邪魔してます」
「お、おお……」
「よろしくお願いします」
「ああ……」
案外、悪い人でもないのかな?
「それで高見、なんの用だよ?」
「最近、いささか空気が不穏だと思ってな」
「俺はもう引退したんだよ、全部廣瀬に任せてるんだ」
「だから廣瀬に会いに来たんだよ」
あれ、でもさっき、この人に会いに行くって……
「廣瀬なら、どっかほっつき歩いてるよ」
「そうか、じゃあ待とうかな」
「森下先生」
「中延、どうかしたか?」
「その廣瀬さんに、電話掛けたらいいんじゃないですか?」
「廣瀬はそういう類の道具を持ち歩かないんだよ」
「へえ、そうなんですね、変わった人」
「私もそう思う」
変な人ばかりだなあ、本当。
ガラガラガラ……
「誰か来たみたいですよ? その廣瀬さんじゃないですか?」
「いや、多分廣瀬じゃねえ」
「そうなんですか?」
「毎月のアレだな」
「毎月の、アレ?」
町内会の集金とか?
「……お邪魔しますよ」
「おお、やっぱりそうか」
「この人は……」
ガタイが大きい人だなあ、凄い。百八十センチはあるかな?
「ほら、これ今月の分です」
「おお、よろしく言っといてくれよ」
「一二三さん、この方は?」
「幡ヶ谷熊襲だ」
「くまそ……さん?」
「毎月、こうやって生活費を届けてくれることになっているんだよ」
「えっと……どういう経緯で?」
「話せば長くなる」
「そうですか……」
そっか、このお金で生活が成り立っているんだね。働いているようには見えないし。
「……一二三さん、お酒の飲みすぎは控えるんですよ?」
「ああ、分かってるよ」
「随分素直なんですね、一二三さん」
「え?」
「森下先生の忠言には反抗的だったのに」
「そりゃ、こいつが金を届けてくれなきゃ生活できねえからな」
「ああ、そういうことですね」
良いなあ、不労所得。
「……なんで、姫がここに?」
「姫?」
「私のことだよ、中延」
「森下先生、姫なんですか?」
「姫だよ」
「そうなんですね……」
自分で姫って言ってるよ、この人。
「つったく、姫ってガラじゃねえだろう」
「私もそう思うが、他の連中がそう呼ぶんだから仕方ない」
「まあ、良いけどよ……」
自称じゃなくて他称か。
「その制服は……」
「あ、私は……」
「……姫の生徒さんですね、こんにちは」
「よくわかりましたね」
「……お嬢様も住吉川の生徒ですからね」
「お嬢様って?」
「笹塚だよ、中延」
「笹塚……さん」
生徒会の副会長さんだよね。
「あれ、知らなかったか?」
「確か、生徒会の……」
「そう、その笹塚だ」
「お嬢様って?」
「熊襲は笹塚の運転手なんだよ」
「へえ、そうなんですね……」
運転手なんているんだ、凄いなあ。
「さっきの金だって、熊襲のポケットマネーじゃないんだぞ?」
「え、そうなんですか?」
「熊襲は届けているだけだよ」
「届けているって?」
「一二三の生活費は、笹塚家から出ているんだよ」
「そうなんですね……」
「一二三が死ぬまで、生活費は笹塚家から出ることになっている」
「また、どうして?」
「高見、そこまで話すことねえだろ?」
「まあ、それもそうだな……」
「私、知りたいです」
「そう言われてもな……」
「ここまで話しておいて、寸止めは酷いですよ」
「それもそうだな……」
気になるから、なんとしても聞きださないと。
「まあ、別に隠すことでもねえけどよ……」
「じゃあ、話すぞ?」
「勝手にしろ……」
「笹塚の親御さんにとって、一二三は命の恩人なんだよ」
「へえ、そうなんですね」
「その時の怪我が元で、今はこういう生活をしているんだよ」
「そうですか……」
「日常生活くらいは支障がないけどな、労働となると難しいものがあるんだよ」
「それは大変ですね……」
働けないんじゃまあ、仕方ないのか。
「別に、そこまで面倒見てもらわなくてもいいんだけどな……」
「じゃあ、どうして?」
「断っても渡してくるから、素直に受け取ることにしたんだよ」
「そうなんですね……」
「ああ、そうだ……」
「森下先生、笹塚さんはこのことを知っているんですか?」
「知らんと思うぞ、多分な」
「知らないんですね」
「まあ、話しても信じないだろうがな、笹塚は頭が固いから」
「頭、固いんですね」
「ああ、少なくとも中延のように、素直にこんなところに来るような真似はしない」
「そうですか……」
「中延、なかなか順応性高いな」
「え?」
「もうすっかり、この場の空気に馴染んでいるだろう?」
「これって、馴染んでいるって言えるんですかね?」
「まあ、見方次第ではあるが……」
「はあ……」
まあ、目に見えている以上は信じるしかないというか……
「……それで、姫はどうしてここにいるんですか?」
「廣瀬を待っているんだ」
「……ああ、作戦会議かなんかですか」
「そういうことだ」
「まあ、いつものことでしたね」
「そうだな!」
先生、割と定期的に来ているのかな?
「いつものことなんですか?」
「割といつものことだな」
「そうですか……」
「それじゃあ私は帰りますね、一二三さん、姫」
「ああ、いつもありがとうな」
「いえ……」
「熊襲、笹塚によろしくな」
「学校で会わないんですか?」
「夏休みだしな!」
「お嬢様、生徒会の仕事で学校行ってますよね?」
「それ以外の業務でそれどころじゃない」
「というか、私たちの繋がりはお嬢様に秘密でしたよね?」
「まあ、そうだったな」
「なので、よろしくは言わないでおきます」
「ああ、それでいい」
「ええ、それでは……」
ガラガラガラ……
「高見、ここで待っていても廣瀬は戻ってこないと思うぞ?」
「それもそうなんだよなあ、探しに行くか」
「そうしとけよ」
「じゃあ、そうしよう」
あれ、もう出るのかな?
「どうせ、信吾のところで修行でも付けてもらってるんじゃねえか?」
「そうかもしれんな」
……え、誰って?
「高見、廣瀬がここにいないのは分かってただろ?」
「もしかしたら、いるかもしれないと思ってな」
「そうやっていつもここに来やがる……」
「お前の様子を見に来てるんだよ」
へえ、やっぱりそういうことか。
「……余計なお世話だっつの」
「元気そうでよかったよ、それじゃあな」
「ああ……」
「あ、失礼します……」
「高見、この娘を危ない真似に巻き込むんじゃねえぞ?」
「大丈夫だ、私が守るからな」
「それなら構わねえが……」
「それじゃあな、一二三」
「……ああ」
ガラガラガラ……
「さて、次は信吾のところに行こうか」
「ねえ、森下先生」
「どうかしたか?」
「あの人、奥さんとかいないんですか?」
「最近離婚したんだよ」
「へえ、そうなんですね」
「ああ」
「じゃあ、チャンスなんですね」
「まあ、そういうことだ」
「え、本気なんですか?」
「まあな、あいつ一人だとあんな感じだろ?」
「ああ、そうですね……」
「廣瀬の教育上も良くないしな」
「廣瀬さんは、その別れた奥さんとの子供なんですか?」
「そういうことだな」
「あ、流石に突っ込みすぎましたね、すみません」
「私が誘ったんだから仕方がない」
「そうですか……」
「まあ、ともあれ廣瀬はここにいないし、信吾のところに行くぞ」
誰だろう、信吾って。
「その信吾さんって、何者なんですか?」
「一二三や熊襲と同じ感じだ」
「昔の、お仲間みたいな感じですか?」
「まあ、そういう感じだ」
「修行とか、言ってましたが……」
「信吾は廣瀬の師匠だからな」
「へえ、師匠……」
「本当、素直に話を聞くもんだな」
「実際見せられたら、信じるしかないですよ」
「ふふ、そうか」
「はい……」
「それじゃあ、行くとするか……」
「そうですね……」
さて、次はどんな人なんだろう……
※ ※ ※
とある学校の旧校舎。
「……ここは、学校ですか?」
「旧校舎だな」
「旧校舎?」
「そう、旧校舎」
「えっと……独式高校?」
「そう、独式高校の旧校舎だ」
「なぜ、ここに?」
「信吾は多分、ここにいるからだ」
「また、どうして?」
「信吾もまた、教師だからな」
「先生なんですか?」
「ああ、独式高校の教師だ」
「へえ、そうなんですね」
「いつも休日は、ここで修行をしているんだよ」
修行かあ、本当にバトル漫画みたいだなあ。
「ここ、入っても大丈夫なんですか?」
「そこは教師権限というやつだな」
「職権乱用じゃないですか……」
「ああ、職権乱用だ」
「堂々と言わないでくださいよ……」
「だって事実だしなあ……」
本当、教師らしくない教師だな。
「それ、生徒の前でする話ですか?」
「変に誤魔化しても仕方がないだろう?」
「森下先生って、生徒会の顧問でもありましたよね?」
「それがどうかしたか?」
「そんな感じで、顧問の仕事が務まるんですか?」
「仕事中じゃないしなあ、今は」
「まあ、そうでしょうけど……」
「ほら、細かいことは良いじゃないか」
「細かいかなあ……」
「ほら、こっちだ」
「あ、はい……」
この人、本当にヤバい人だな。
※ ※ ※
「おお、姫か」
この人も姫って呼んでる……
「信吾、廣瀬来てないか?」
「今日は来てないぞ」
「へえ、そうか」
いないんだ、板橋廣瀬さん。
「そこの子は誰ですか?」
「私の生徒だよ、住吉川の」
「どうも、高輪台です。独式高校で教師をしています」
「どうも、住吉川高校に通っている中延と申します。二年です」
「よろしくお願いします、中延さん」
「よろしくです……」
先生っぽいって言えば、先生っぽい見た目かも?
「姫、どうして中延さんがここに?」
「まあ、人生経験積ませるためにな」
「あまり褒められたことだとは思いませんね」
え?
「まあまあ、良いじゃないか」
「危ない目には合わせてはいけませんよ」
「分かってる、分かってるよ」
「それならば、良いんですが……」
「やっぱり、危ないんですか?」
「はい、危険な世界ですよ」
「具体的に、どう危険なんですか?」
「姫、話していないんですか?」
「ああ、話してやってくれないか?」
「まあ、ここまで連れて来たのならば仕方ないですか……」
「ああ、頼む」
「では……」
さて、どんな話が……
「私たちは、悪霊と戦っているんですよ」
「へえ、悪霊……」
もはや、何来ても驚かないなあ。
「信じていない顔ですね」
「いや、そんなことは……」
だって、そりゃねえ?
「まあ、仕方がないですね、見たことなんてないでしょうから」
「本当に、悪霊なんているんですか?」
「ええ、普通の人間には見えないでしょうけどね」
「だから見たことないんですね、私」
「そうですね、特別な霊感を持っている人でないと、その存在を捉えることは難しいでしょう」
「そういうものなんですね」
「はい、そういうものです」
これ、霊感商法のセミナーの入り口だったりしない?
「その悪霊は、何か悪さをするんですか?」
「そうですね、犯罪を起こさせたり、人を自殺に追い込んだり、そういうことがあるんですよ」
「へえ、それは大変ですね」
にわかには信じられないけど。
「ええ、悪霊が関係ないように見える事件でさえも、裏には悪霊が絡んでいることもしばしばです」
「なるほど、案外身の回りに溢れているんですね」
「そうですね、悪霊は人の悪意に漬け込むんですよ」
「悪意って?」
「負の感情、とでも言いましょうかね。悔しいとか、悲しいとか、恨めしいとか、そういう感情を持っている人間に漬け込むんですよ」
「それは怖いですね」
「そうですね、だから我々の存在が不可欠というわけです」
「我々の存在?」
「我々のように、異能を持つ存在が、悪霊を退治するんです」
ふうん、ゴーストバスター的な?
「その異能というのが良くわからなくて……ある日突然、身に付いたりするものなんですか?」
「中延、良い質問だ」
「ありがとうございます……」
「異能の正体も、また霊なんだよ」
「悪霊?」
「いいや、悪霊と対を為す良霊とでも言えるかな?」
「良霊、ですか……」
悪霊の対だから良霊か、単純だなあ。
「そう、その良霊が憑依している結果として、異能を使うことができるんだ」
「ある日突然取り憑かれて、能力に目覚めるという感じですか?」
「まあ、半分そうかな?」
「どういうことですか?」
「基本的には、先天的なものだ」
「生まれた時から取り憑いているということですか?」
「正確には、取り憑いているというよりは、魂そのものが良霊なんだ」
「それって、霊と言えるんですか?」
「霊とも言えるし、魂とも言える」
「魂かあ……」
これ、霊感商法だったらどうしよう、ヤバいことになる前に逃げた方が良いのかな?
「人って存在は、魂と体の二つで構成されている」
「精神と肉体って感じですか?」
「そんな感じだな。肉体だけではなく精神もあればこそ、人間は人間足り得るんだ」
「それ、私もそうなんですか?」
「無論」
「例えば……先輩も?」
「ああ、人間は誰しも魂を持っている」
「へえ……」
市ヶ谷先輩、これ聞いたら驚きそうだなあ。
「霊というのは言わば、体を失った魂だよ」
「体を失った……」
「実体を持たないが、より本質的な存在だ」
「本質的……ですか」
「そう、体を失った魂は、長い年月を経てやがて次の体を求める」
「なるほど……」
失恋したから、次の恋人探す的な感じ?
「人は生を受けるとき、二つのパターンがあってだな」
「二つのパターン?」
「一つは、新たに魂が生み出されるパターン」
「もう一つは?」
「良霊が魂として、生誕時に体に憑依するパターン」
「それって、転生ってことですか?」
「いや、転生ではない」
「え、転生ですよね?」
「復活と言った方が正確だ」
「復活?」
「そう、復活だ」
「……何が違うんですか?」
「転生とはいわば、強くてニューゲームだ」
「RPGとかでよくある、あれですか?」
「ああ、それだ」
「なんで強くてニューゲームなんですか?」
「転生だったら、記憶を持っているはずだろ?」
「漫画やアニメとかではそうですね」
「この場合は復活だから、基本的には前世の記憶は保持しないんだ」
「つまり、前世のあれこれはリセットされると……」
「そうだ」
記憶がないんじゃ、復活するメリット無いなあ。
「だが、魂はあくまでも同じものだ」
「記憶がないのに?」
「記憶なんてなくても、その行動原理だとか、その生き方だとかは、自然に似通うと言われている」
「森下先生の魂も、要はその良霊ってことですよね?」
「そういうことになるな」
「やっぱり、記憶はないんですね?」
「記憶はない、ただ……」
「ただ?」
「復活したということは自覚できる」
「記憶がないのに?」
「ああ、記憶はなくとも、なんとなく分かるんだよ」
「なんとなく……ですか……」
「こればかりは実際に経験しないと分からないことだから、説明のしようがない」
「そうですか……」
ふわふわした話だなあ、本当。
「ちなみに、どうすればどっちのパターンか分かるんですか?」
「良霊か、普通に生まれた魂かを見分ける方法ということだな?」
「はい、そうです」
まあ、そこまで興味もないけれど。
「本人が、自身の魂が良霊であると気付くかどうか次第だ」
「随分とアバウトですね」
「そういうものだから、仕方がない」
「そうですか……」
なんだろう、フィーリングって感じだよね。
「ただ、良霊である全員が気付くというわけでもない」
「そうなんですか?」
「ああ、自分の魂が良霊のものであったと自覚しないまま、一生を終えることもあり得る」
「へえ、そうなんだ」
「中延の魂ももしかしたら、良霊であるという可能性は否定できないということだ」
「それは興味深いですね」
正直、そこまで興味ないけどね。
「だろ?」
でも、市ヶ谷先輩がそうである可能性もあるってことか。
「しかし私には、そういう自覚がありません」
「本当、こればかりはタイミングというか、不確定要素が大きいんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、ひょんなことがきっかけで自覚できる場合があるって話だな」
「割と、運次第なんですね」
「そういうことだな」
私の魂は、良霊なのかな?
「ちなみに異能は、自身の魂が良霊であると自覚しないと、用いることはできない」
「良霊だからと、異能が使えるわけではないんですね」
「そうだな、魂が良霊であると自覚できた瞬間に、能力に目覚めるということだ」
「異能の開花は気付き次第、ですか」
「そうそう、そういうことだよ」
「ようやく分かりました」
「さて、説明ばかりも疲れたな」
「まあ、そうですね」
本当、漫画の設定の話を聞いているみたいだなあ。
「少し休憩を挟んだら、まとめに入ろうか」
「あ、はい……」
この話、まだ続くわけ?
「二人とも、良ければこれ、飲んで下さい」
「お水?」
「はい、どうぞ」
「わー冷たい、ありがとうございます」
「いえいえ」
「でも、ここら辺に自販機なんてありましたっけ?」
「無いですね、私がここにストックしてるんですよ」
「冷蔵庫があるんですか?」
「いいえ、ありませんよ。電気も通っていませんからね」
「では、どうして?」
「これこそ、信吾の異能だよ」
「高輪台さんの?」
「私の異能は冷気です」
「冷気?」
「はい、冷気を自在に操ることができます」
「すごい便利じゃないですか!」
「中延さん、この旧校舎に入ってから暑く感じないでしょう?」
「確かに、冷房が付いているわけでもないのに涼しいですね、よく考えたら……」
「これも私の力というわけです」
「冷房要らずですね!」
「はい、電気代掛からないので重宝してます」
随分と、実用的な能力だな。
「信吾の異能が羨ましいよ、私の異能なんて、日常生活には役立たないからな」
「確かに、森下先生は銃ですもんね」
「銀行強盗くらいにしか使いようがないんだよな」
「教師がそういうこと言わないでください……」
教師失格だよね、この人。
「姫、本当ですよ。教師である自覚を持ってください」
「あいあい、分かってるよ」
でも、異能は欲しくなってきたかも……